天魔裁判⑥ 判決
「ただウーガに神官のトップを添えたとて、ブラック様のおっしゃるとおり、後々歪みが出ます。彼らが支配力を発揮する力が弱まっていってしまうのですから」
ブラックが明るみにした事実は、この世界の根本的な常識を崩すものだ。
故にこの場に居る多くの者が戸惑っている。この場に居る多くは、都市を支配する支配層か、あるいはその支配者と共存する都市民達だからだ。そんな彼らの怯えをまるで笑うように、シズクは軽快に言葉を進めた。
「ウーガの規模があまりに大きいから難しく考えてしまうのではないでしょうか?グリードに、移動要塞の【島喰亀】がありました。あれを管理するのは神官でしたか?」
島喰亀の管理、操縦をしていたのは、その魔物を扱うのに長けた術者だ。彼は別に神官ではなく、精霊の力に頼ったわけでも無い。その規模が大きくなっただけだと彼女はいう。
そしてそれは、ブラックが提示した事実を考えれば、最終的に誰しもが行き着く結論だった。だが、それでもその事実を誰もが口にしなかった理由は一つ。
「だから貴女たちが支配者となると?」
エクスタインが、シズクが誘導した本懐に踏みこんだ。
神官がこの都市の支配者としては不適格。では誰が支配者となるか。当然それは、ウーガを管理できる者にこそ、その座は明け渡されるだろう。つまりウル達だ。書類上、契約上どうであろうと、自然とそうなる。
だが、容易く「じゃあそうしよう」と言える者はこの場に多くはない。
「島喰亀も十二分に大きな力と影響力を持った移動要塞です。その更に数倍の規模になった代物を、名無し達に与える事を納得できる者は存在しませんよ。まだ、神官をお飾りに据えた方がマシです」
「私達は支配者となりませんよ?」
だが、シズクはエクスタインの言葉を否定する。
「このウーガの支配者になるのに的確な者がいます。エシェル様です」
「――――ん?!」
唐突に話の弾が自分に飛んできたエシェルは、集う視線を前に酷く間抜けな顔をさらした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
エシェルの名を出した瞬間、カルカラが鋭い視線をシズクへと向けたが、彼女は気にする様子はまるでなかった。
「難しい話ではありません。今のところ彼女が最も妥当であるという話です」
そう言って、シズクは立ちあがると、座っているエシェルの背後に立った。
「エシェル様はグラドルの神殿で官位を有している点。第四位ですが、元はカーラーレイ一族と同じ第一位です。都市の管理者として的確です」
もともと、ウーガは彼女が支配する予定でしたしね。とシズクは笑った。
一方で、彼女が何故現在第四位かについては、シズクは触れなかった。エシェルも黙る。此処で実は自分は邪霊の愛し子でございとでも言えば非常にややこしいことになるのは彼女でも分かった。ウル達以外の面々の中にもその事実を知る者も居たが、黙った。
「出自も不確かな【歩ム者】が管理するよりも、よほどスマートではありませんか?事実、今のウーガは彼女の指揮のもと、管理が行われています」
エシェルは感情を表に出さないように懸命に努力した。
シズクがあまりにも平然と、自然と、当然のように、審判の天秤に否定されないギリギリの嘘をついたからだ。確かに形式上は、自分が指揮官だ。形だけでもそうした方が良いと言われたからそうしていた。だが、実務はウルがやっていたし、エシェルは彼に殆ど頼りきりになっていた。
だが、勿論、そんなことを言って、シズクの発言を否定するわけにはいかない。だから必死に彼女に教えられた意味深な微笑みを浮かべることに全神経を集中させた。
「しかし、彼女は【歩ム者】と懇意にしていると聞きましたが?」
「ええ、親しき友人としてほどよい距離感で仲良くさせてもらっています」
エシェルは微笑に更に力を入れ、焦点をぼやけさせて何も視界に入れないように努めた。ウルの方だけは見るわけにはいかなかった。絶対に顔が引きつる自信があった。
「しかし、それは危険ではありませんか?曖昧な友好関係は腐敗の温床です。貴方たちを通じて、ラストに繋がることを、グラドルの神官達が畏れないでしょうか?」
「あら、エクスタイン様。面白いことをおっしゃるのですね?」
シズクはクスクスと笑った。煮詰まりつつあったこの会議室の中にあって余裕たっぷりに。その微笑みを見て、聞くだけで、自分が追いつめられているように感じる、妖しい微笑みだった。彼女の微笑みを耳元で聞く羽目になったエシェルはぞわぞわと産毛が逆立つような感覚に襲われた。
「不正、忖度、そんなのは起こるに決まっているじゃないですか」
「……それは」
「それを防ぐためにルールを創り、組織を組み立てる。それが統治であり支配です。今指摘しても意味の無いことです」
「……そうですね、失礼しました」
エクスタインは反論出来なかった。確かに「不正が起こるかも知れないから止めよう」なんて言い方は、ただの難癖だ。その危険性は高いという指摘なら正しいが、それならそれで、ではどうすれば良いかを考えれば良いのだ。
エクスタインは非を認めた。その彼にシズクは笑う。
「心配してくださってありがとうございますエクスタイン様。ですが我々は健全で確かな信頼で結ばれています。ご安心ください」
ウーガ奪還の折、実の弟の暗殺をウルに依頼した対価に彼の所有物になると抜かし、挙げ句、今も度々彼の寝床に潜り込んでいる事実をエシェルは黙った。絶対に言えない。背中がすごい汗をかいてる気がする。
見上げるようにシズクをちらっと見ると、色々と全部知ってるはずの彼女はエシェルに微笑みを返した。エシェルは懸命に表情にださないように努力した。
「私達と彼女との雇用関係を健全に維持するために改めて検討が必要でしょうが、今は置いておきましょう。そして、彼女が適任だと思った理由はもう一つ」
そう言って、シズクはポン、とエシェルの両肩に触れた。
「制御術式を現在彼女が持っているという点」
これがおそらく本命なのだということは、その場の誰もが理解できた。
エシェルは自らの手の平に刻まれている刻印に意識を向ける。にっくき弟から奪い取った、邪教が生み出した刻印。竜吞ウーガを制御するための全ての要。
「ウーガの運営には複数の人員が必要なのはそうです。白王陣の使い手たるリーネ様のような優秀な術者が不可欠なのは事実。ですが、最終的にウーガに指示を出せるのは刻印所持者のみです」
即ち
「制御術式は、精霊の力に変わる信仰と信頼の象徴になる。官位持ちの者がこれを継承していけば、現在のこの社会の構造から外れる事もなく、権力が損なわれる事も無い」
通常の都市部で、神官がその権威を振るえるのは、彼等が都市部で圧倒的な力を振るえるからだ。その権威に見合うだけの力が存在するからだ。竜吞ウーガでその力が落ちるなら、ウーガ内において真に力を持つものとは、即ちウーガに指示を出せる者だろう。
彼女の主張は確かに正しい。
エクスタインは、シズクの言葉を精査するように沈黙した。そして探るように問う。
「ウーガが規格外なのは確かですが、制御術式はただの魔術の術式です。精霊の加護とは違う。時間さえかければ、誰しもに継承も出来て、増やすことも出来る。絶対的な権力の象徴としては不確かでは?」
「あら、エクスタイン様?それはおかしいです」
シズクは依然、余裕を一切崩さずに微笑む。対照的にエクスタインからは微笑が消えつつあった。
「そもそも、何故精霊が絶対不変の象徴と見ているのですか?」
「な……」
「今しがた、ブラック様が証明したではありませんか。精霊の信仰すらも、崩れる可能性はあるのだと」
「……それは」
その言葉に動揺したのはエクスタインではなく、ラクレツィアの背後に並ぶ天陽騎士たちだ。彼らからすれば、シズクの物言いはあまりにも不敬極まるものだった。だがしかし、一方で彼らには身に覚えがある。神殿の神官たち、精霊の加護に守られていたはずの権力者たちが、無惨な不定形のバケモノに豹変したのを、彼らは目撃している。
彼らは精霊の加護を持ち、権力を有していた。にもかかわらずあのような顛末を迎えたのだ。そしてその事実を目撃した彼らの内に、神官たちへの不信が存在しないかと言われれば、否だ。結集し、高潔であろうと志しても、この不信はぬぐいきることは出来なかった。
「神殿も、玉座も、王冠も、本来はそれ自体に何の付加価値も存在していません。物語を奏で、煌びやかに化粧して、それを絶対的な価値があると勘違いさせているだけです」
で、あれば
「エシェル様の今持っている術式を、【王冠】にすることは出来ますよ。そうですね、ラクレツィア様」
ボールを突如投げられたラクレツィアは、しかし流石と言うべきか動揺の一切を表情に出さなかった。シズクに向かって彼女は頷く。
「元々、ウーガの制御術式はどのように扱っていくかはまだ検討の段階でしたが……確かにそういった工作は可能です。複製の制限、制御術式そのものへの保護術式の付与、“準”制御術式作成等、出来ることは多いです」
「制約をいくつか設けて、あとはそうですね。ウーガと術式は【大地の精霊】からの授かりもの。といった物語を付与しましょうか。恐らくウーガを創った人は元々はそうするつもりだったでしょうから」
「――そうですね。本当に性質の悪い事」
二人の間で話が進む。エクスタインは口をはさむことは出来なかった。それが出来ないように、意識して二人は会話を途切れさせないまま、割り込ませないように話を進め続けた。
誰も口をはさめず、異論も言わせず、そして、
「幾つか挙げられた懸念はこれで解消できるはずです」
Qウーガの制御はグラドルのみで可能であるか
Aグラドルの神官であるエシェルが雇った【歩ム者】でそれは可能
Qウーガという都市の管理をグラドル以外の官位所持者に預ける問題についてどうか
Aウーガはそもそも都市ではない。通常の都市の運営管理を当てはめるのは不適当
Qだとしても、巨大な使い魔を名無し達に実効支配される懸念を、グラドル側が納得しない。
A全ての要である制御術式を、グラドルの官位をもつエシェルによって管理させる
「まだまだ検討の余地はあります。ですが一先ずはおおよその問題は解消されたかと思います」
シズクはそう締める。誰も何も言わなかった。それを見てシズクは頷く。
「それでは確認いたしましょうか」
そう言ってシズクは立ち上がると、机の中心で未だ揺らぎ続ける【審判の精霊・フィアー】へと両手を合わせ、問うた。
「【審判の精霊】よ。判決を」
すると、【天秤】が動いた。大きくぐらりと揺らぎ、ウルの方へと向かう。その秤をゆっくりと傾け、傾け、傾けて――
「……――――」
その、直前で停止した。
「あら?決まりませんでしたね」
シズクはすっとぼけた声をあげた。
「……マジで面倒くせえ」
ウルは思わず本音が零れた。だがおそらくこの場のほぼ全員の感想だろうと思った。
決まらなかった。決まらなかった以上、まだ議論は続けなければならない。だが、これ以上はどうすれば良い。本当に、あと少しであるというのはわかるのだが、何が決め手なのか、誰もつかめずにいた。
「ウル坊達へと傾きかかった。察するに、不適格にあらず。されど適格に足らず。かね」
そこに再び、ブラックの声が響く。彼はウルの前で揺れ続ける天秤をなぞり、笑う。
「ま、そりゃそうだ。活動開始から1年足らずの冒険者。実績は輝かしいが、その数自体もまだ少ない。だから足らずだ」
「……つまり?」
「要は、審判の精霊は疑ってるのさ。白王陣の嬢ちゃんの個人の実力は確かでも、【歩ム者】ってギルドはちゃんと仕事出来るのかい?ってな」
それを聞き、グローリアは安堵するように息をついた。
「では、それなら、やはり彼らに任せる事は出来ないという――」
「おっと、そいつは早計だぜ、グロー」
急くように結論を出そうとしたグローリアに、ブラックはノリノリの表情で待ったをかける。本当にこの男はずっと楽しそうである。目の前で秤にグラグラされて息が詰まりそうになってるウルは、ブラックの顔面に拳を叩き込みたくなった。
ブラックは、触れられない天秤の先を撫でるようにしながら、【審判の精霊】へと問いかける。
「【審判の精霊】よ。例えば、これから、【歩ム者】が、信頼に値するだけの実績を積むっていうならどうよ」
計りは揺れた。傾きは深くはならなかったが、ぐらぐらと左右に振れる。その様は、もし言語化するならば「え~どうしよっかな~」だっただろう。それを見て、ブラックはしかたないな、と笑って更に言葉を付け足した。
「例えばこれからプラウディアで起こる世界滅亡を賭ける大戦で活躍したりしたら?」
「――――待てブラック!それは……!」
ディズが、恐らくウルが彼女と過ごしてきた中で、最も鋭い声音で、ブラックに詰問する。他にも、神殿の関係者達や、ラクレツィアは何かを察したようだった。彼らに対してブラックはただ笑い、そして視線は天秤へと向かい言葉を続けた。
「【大罪迷宮プラウディア】の【陽喰らいの儀】で、活躍したりしたら、どうよ?」
その一言で、天秤が一気に傾いた。ウルへ、ではなく、ブラックのいる場所に、深々と秤が突き立った。彼の提案を是とし、執行力を与えると、【審判の精霊】が判決した。
「おっと、全く現金だなあ、精霊って奴らは。天賢王に利有りとなるとすぐこれだ」
ハッハッハ、とブラックは笑い、笑った後、隣に座っていたウルの肩をぽんと叩いた。ウルが顔を向けると、彼は良い笑顔でサムズアップしていた。
「んじゃ、頑張れよ?ウル坊」
「――――ディズ、よくわかんねえけどコイツぶん殴った方が良いか?」
「ぶん殴った方が良いと思うよ」
ウルはぶん殴った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
強制依頼:【終焉戦争・陽喰らいの儀】を突破せよ
評価 ブックマーク いいねがいただければ大変大きなモチベーションとなります!!
今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!