前へ次へ
185/707

幼少のおもひで/天魔裁判④


 昔の話

 かつてウルが、冒険者となる前、名無しとしての身分故、都市間の放浪を余儀なくされていた頃、父親の仕事(と、言って良いかは怪しいものだったが)の都合から、【大罪都市エンヴィー】に滞在をしていた頃の話。

 その頃、既にアカネは精霊の卵に食われ、【精霊憑き】と化していた。彼女の価値を聞かされていたウルは、彼女を守るため、人目を避けて生活を続けていた。


《にーたん、みてみてーあれー》

「……走ってるなあ、なんだありゃ」


 馬を引かずとも疾走する巨大なる鉄の塊、魔導機の姿にウルは呆然となった。


 エンヴィーは魔導機の大国だ。

 

 【天魔のグレーレ】の出身地でもあるこの国において、彼のもたらす研究の恩恵を受けたこの国が最も発展させたのが魔導機械である。魔術そのものでなく、魔術を基盤とした機械が発展した理由は、エンヴィーが建設された場所そのものにある。ギンガン山脈と呼ばれたその場所は、同時に【大罪迷宮エンヴィー】でもあった。

 山そのものが迷宮と化し、本来の鉱山の形状から異常に隆起したその場所は、恐るべき魔物の巣窟であると共に、素晴らしい鉱物の宝庫だった。地層や温度•湿度、魔力濃度といった様々な条件を全く無視して生まれる、稀少で多様な鉱物の数々は、【大罪都市エンヴィー】を発展させた。

 【天魔】のグレーレの発明は、この土地との相性が抜群によかったのだ。


 彼がその才覚を発揮し始めてから、鍛冶の都市として有名だったこの場所は、多様な魔導機械を生み出すからくりの都市として発展する。


 そんな都市の真ん中で、ウルとアカネは、今日も今日とて、その日生きるための糧を探していた。彼の保護者は相も変わらず役に立たず、故に自分の食い扶持を漁るのに必死だ。

 プラウディアのように、都合の良い孤児院はなかった。あるにはあったが、人数は一杯で、親のいるウル達を引き取る余裕などなかった。


 そこで、子供でも出来る小遣い稼ぎはないか、と、探し回り、聞き回り、そして一つ仕事を見つけた。


《にーたん、みっけた》

「さすがアカネだ」

 

 様々な魔導機が作られては古い物は捨てられるこの都市で、廃棄されて貯められたゴミの収集エリアが幾つかあり、ここで利用可能な金属類を回収する仕事にウル達は勤しんでいた。

 本来、都市で出るゴミというのは可能な限り圧縮して収めるか、焼き払うか、可能であれば再生する。土地が限られる以上、ゴミに土地が奪われるなんてことはあってはならない。が、エンヴィーで出てくる魔導機は、燃やすこともできず、小さく押し込めるのも難しかった。

 結果、誰もが住まうことを好まない地下深くの更に奥に奈落を作り、そこに放棄するという無茶な手段がとられた。

 都市民たち誰もが目を背ける暗部ともいえる場所であり、今も稼働している魔導機も容赦なく捨てられるため、中には得体の知れないガスが溜まっている危険な場所だ。度々問題に上がるが、具体的な解決策が導き出せずに放置されている。

 ウル達はそこに潜り、売り物になりそうな金属を漁っていた。勿論直接降りるのは危険すぎたので、釣り竿のようなものを作り出し、アカネがひっついて、使えそうな金属があれば回収するのだ。


《なーこれわたしだけしんどい》

「ごめんて」

《あとでじゅーすかって》

「ミスリルとかひろえたらな」


 そんなこんなで、幾つか使えそうな金属類、銅線の類いを拾い集め、引き取ってくれる怪しげな工場に渡し、駄賃を得て二人は帰路についていた。

 思った以上に稼げたが、子供だけでどうしてこれだけ集められたのか、と訝しがられたので、暫くあの工場は使わないようにしようと決める。妹の事を悟られる可能性は可能な限り排除する必要があった。

 あとは手に入れた金を節約して、数日は凌ごう。頑張ったアカネに約束通りジュースでも買ってやるか、などと、ウルが考えていると、


《にーたん》

「どした。あんまり人前で話しちゃだめだぞ」

《あれみて》

「んー…?」


 狭い裏路地を通る最中、アカネが示す方角を見ると、複数の人影があった。

 ウルと同じか、少し年上の子供達だ。何やらごちゃごちゃとしているのが見える。具体的に言うなら、5人程の子供が、一人の小柄な少年に暴力を振るっているのが見える。


《あれやばない》

「そうだな、はなれよう」

《にーたん、しんでまうよあれ》

「騎士団をよぼう」


 子供のケンカ、というには一方的な暴力が繰り広げられている。が、やはり子供は子供だ。血が派手に噴き出てるが、アレで死ぬことは無いだろう。というのがウルの見立てだった。そもそも殴る側はヘラヘラと笑って、面白がってるだけで、殺そうだとかは思っているようにはとても見えない。だが、アカネは怖がっていた。

 面倒くさいなあ。と、思いつつも、他人に優しいアカネの気持ちを踏みにじるのもあまりよろしくないと思った。何より、


 ――お前に道徳を与える


 前の都市、プラウディアの孤児院で、彼を教えた「じいちゃん」の教えがウルにはまだ残っていた。


「……しょーがない。アカネ、お面になってくれ」

《はーあい、むちゃしちゃいかんよー》


 ウルは諦めて、近くにあったへし折れたパイプを握りしめる。適当な仮面となったアカネを被り、顔を隠して特定できないようにしてから近付いた。


「おい」

「んん?なんだい君、邪魔をするんじゃぶへ?!」


 3人組の子供の中で、一番デカくて、リーダー格とおぼしき少年の鼻を狙ってパイプを振り下ろした。鼻がへし折れるような勢いではないが、派手に鼻血が噴き出るくらいの強さの一撃だった。


「ぶ、ぶへえ!!?いだい!!」

「な、なんだよお、コイツ!?」

「こっちくるぞ!?逃げろ!!」


 狙い通り、血が噴き出して、すぐに狼狽した。暴力を振るうことに慣れているくせに、振るわれることには全く慣れていない様子だ。仮面を付けたウルの姿が余計に恐怖を煽ったらしい。子供達は散り散りになって逃げ出した。


「ぐっ……うう……」


 そして、残ったのは彼らに虐められていた一人の少年だった。橙色の髪をした、細身の男。ウルよりも年上に見えるが、なんだか弱々しくて、あまり頼りになりそうには見えなかった。

 まあ、怪我の具合を見るにやはり死ぬことも無ければ、後に残る怪我でも無い。と、すればさっさと引き上げよう。と、ウルはきびすを返そうとした。が、


《ねーだいじょーぶ?》

「あ、こら!」


 ウルが止める間もなく、仮面だったはずのアカネがするりと前に出てしまった。優しい妹であるが、この頃はまだ、自身が隠れなければならない存在であるということが理解できていなかったのだ。


「う……きみ、……えっと?君は……」

《アカネだよー?》


 仕方ない。と溜息をついて、ウルもまた、少年に近付く。ここらでは見かけたことの無い奇妙な二人に、少年は最初怯えていたが、自分が助けられた事に気付いて、そしてその事実に驚いた様子だった。不安げな表情でウルの肩を掴んで揺さぶった。


「だ、だめだよ。あいつ、あいつ、ヘイルダーだよ?アイツの父さん、中央工房の、すごいひとなんだよ?」

「ふぅん?仮面付けといてよかったなあ」

《たいへんだなあ?》


 その説明に、ウルはあまりピンときていなかった。中央工房がエンヴィーの大きなギルドなのはなんとなく理解はしているが、相手がその組織の偉いさんだったとしてもウルの立場が変わるわけでも無い。

 ウルにとってすれば、トラブルを起こした相手が本当にただの都市民相手でも都市を追い出されるか捕まる可能性だってあるのだ。元から立場が弱いのだから気にしても仕方が無い。そのために仮面をして顔も隠したのだ。


 そのウルの様子に、何かを悟ったのか、暫くすると彼は落ち着いた。そして少し下がると、おずおずというように自身に手を当てた


「……僕、僕は、エクスタインっていうんだ。君たち、は?」

「ウル」

《アカネだよー》


 と、このような経緯で3人は出会い、そしてウル達がエンヴィーに滞在する間、友人としての関係を育んでいくこととなる。

 この後、ウル達の金属回収に何故かエクスタインが付き合い始め、結果、落下した彼を回収するためにちょっとした冒険になったり、ウル達と完全に敵対した中央工房の子供集団と壮絶な戦争を開始したりするのだが、それはまた別の話である。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「貴方は……」

「改めまして、エンヴィー騎士団遊撃部隊副長、エクスタイン・ラゴートという者です。よろしくお願いします」


 エクスタインは爽やかに笑みを浮かべる。

 昔の彼はどちらかというとおどおどとしたタイプだった。人前で目立つことを拒み、喋ることもあまり好かない内気な性格だ。人前で営業的に笑みを浮かべるタイプでは全く無かった。と、そう思いながら眺めてみると、ウルの方にちらっと視線を送り、そして申し訳なさそうに笑った。


《やっぱエクスっぽいねー》

「ああいう所は変わってねえな」


 彼と別れたのはもう何年も前のことだ。変わっている部分は当然大きく変わっただろう。しかし、本質的なところはまだ、変化していないらしかった。

 しかしそんな彼が、今は敵として立ち塞がっている。


「リーネ・ヌウ・レイライン様の力、確認させていただきました。ウーガという資産の保全において、彼女の技術は有用だ。我々は節穴でした」


 エクスタインがそう語ると、隣のグローリアが少し咎めるように睨み付ける。が、エクスタインは気づいていないのか、気づいていて無視しているのかわからないが視線を向けない。彼は、グローリアと比べ、悠然とした口調で言葉を続ける。


「ですが、つまりそれなら、【グラドル】は、ウーガの運用を、【ラスト】の魔術師に頼ると、そういうことですか?」


 む、と、ラクレツィアが言葉を詰まらせる。


「曲がりなりにもウーガは衛星都市。その都市の管理を、冒険者ギルドに属した、【大罪都市ラスト】の魔術師に依存する。健全とは言いがたいです」


 此処に来て、ウル達が外部の者であるという事実を、エクスタインは浮き彫りにした。


 たしかに、ウル達一行【歩ム者】の中で、本質的に本件に関わりがあるのはエシェルのみだ。(その彼女も、今はまだ正式に冒険者ギルドに所属しているわけではない)

 ウル達は、紆余曲折の果て、エシェルの依頼で此処に来たに過ぎない。利便上ウーガに暮らしているが、正式な住民でも無い。本質的にウル達は放浪者だった。都市の運営、管理という、大任を託すに足るかと言われれば、不適格だろう。能力が不足しているというよりも、根本的に資格が無い。

 都市は人類の生存圏を確保するための壁だ。

 都市そのものを神聖視する者も多い。それを、外部の国の魔女と、放浪者の名無しが守るというのは、確かに問題が起こりかねない。



「では、グラドルが【歩ム者】を正式に雇用し、主従の関係を明確にしましょう」

「形だけそうして何の意味があるのでしょうか?グラドルの神官達とて認めないのでは?」

「都市運営の人員不足のため、ギルドを雇う事はグラドルにも多くの前例があります」

「前シンラ、カーラーレイ一族の無茶な都市計画の際にでしょう?その計画の無理が、今回の騒動に繋がったのではないのですか?騒動が起こった今、外部の介入を認めますかね」


 議論が再び停滞し始めた。

 グレーレと同等の能力を持つ者の不在、という点で押しつぶされなかったのは幸いだが、リーネによる管理能力の証明で押し返しきれなかったのはキツかった。天秤も中央で揺らぎ続けている。

 コレは長引きそうだと、ウルは思った。


「そんなにややこしい話かね?」


 ところがそこに、場を一瞬で支配するような、低く、深く、響く声がした。

 此処までの間、ずっと沈黙していたブラックが、声を発したのだ。否応なく全員が、ブラックに視線を集める。


「……なんですか?ブラック?」


 ラクレツィアが彼の言葉に応じた。出来れば無視してしまいたい、という気配が全身から放たれている。実際その感情はこの場の全員の共通だろうが、どうしても無視することは出来なかった。

 議論の歩みを進める最中、道のど真ん中に巨人が寝そべったような感覚だった。無視は出来ない。


「いや、何、小娘達の姦しい口げんかを見るのは正直楽しかったんだが、停滞してきたみたいだから、なあ?年寄りのジジイがちょっと助言してやろうと思ったのさ」


 そう言って彼は、自分に尋ねたラクレツィアへと向き直る。爪が伸びた、獣人というよりも悪魔のようになった手を差し出し、そして、


「なあ、ラクリー。俺にウーガを()()()()()?」


 爆弾を投下した。


評価 ブックマーク いいねがいただければ大変大きなモチベーションとなります!!

今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

前へ次へ目次