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天魔裁判③


 ウーガの会議室に突如として現れた終局魔術。

 本来ならば、熟達した魔術師が数人規模で集中し、協力し、ようやく発動する最も強大な魔術の果てが、突如として会議室のど真ん中に出現した。空に描かれた魔力の軌跡は、地盤が無いために間もなく砕けようとしながらも、持続していた。

 空中で魔法陣が数秒間持続する。それ自体高度極まる技術である。まして、それが終局へと至った究極の魔術であるならば、奇跡の所業と讃えられるものだ。


 無論、そんなこと、魔術の銃口を突きつけられた側には、どうでも良いことなのだが。


「――――ひ」

「リーネ、止めろ」

「【唄よ鎮まれ】」


 ウルが止め、シズクが術式を砕く。一瞬騒然となった修羅場は、次の瞬間には何事も無かったように霧散した。その場にいる全員が冷や汗をかいた。だれよりも恐ろしい目に遭ったであろうグローリアは、しばし硬直した後、震える声でリーネを指さした。


「き、き、貴様…!」

「時代遅れの、停滞して落ちぶれた家の魔術を披露して差し上げただけだけど?」


 ウルによって首根っこを掴まれながらも、リーネは全く悪びれもせず言い切った。やはりブチ切れている。むしろここまで叫び出さなかっただけマシだろうか。しかしこの後どう収拾を付けるべきか。


「このようなこと!!」


 当然、グローリアもキレてる。彼女の部下達も既に何人か剣を引き抜いている。エクスタインが抑えているのが見えるが、どこまで止められるかわからない。この最悪の空気をまず何とかしなければ――


「このようなこととは何かな。グローリア」


 そこに、ディズが言葉を挟んだ。


「相手の家柄を侮り、【天魔】の使いでありながら魔術を見誤り、しっぺ返しを喰らったことかな?」

「ぐっ……!」


 そう返されて、グローリアは二の句を継げずに押し黙る。


「最下位とはいえ、官位を持った家柄の当主の彼女を公然の前で侮辱したんだ。無礼千万と咎められるのはどちらかを、少し考えた方が良い」


 そう言って、ディズは不意にラクレツィアの背後に視線をやる。

 正確には、彼女の背後に並ぶ、グラドル天陽騎士団へと、視線を向ける。


「…………………」


 彼らの、グローリアを見る目は剣呑だった。リーネが魔術を放つよりも前から、グローリアの言動に対して、腹に据えかねるといった様子だったのだ。

 ウーガの動乱で多くを欠いたグラドルの天陽騎士団は、しかし結果としてカーラーレイに繋がり不正を容認した者達が排された事で、結集した。


 残された我等は、真に神と精霊の剣となろうと。


 天災と崩壊の果てに、史上最もその意識が強くなっていた。故に、もし、リーネ自身が怒りを示さなければどうなっていたか、わかったものでは無かった。リーネがたとえラストの官位持ちであってもその怒りは変わらない。

 場合によっては、騎士団と天陽騎士団の抗争だ。


「ぐ…………」

「少し、空気を入れ換えましょうか」


 ジェナがそう提案し、扉の窓を開けていく。吹き抜けてくる風は心地が良い。夏の暑さが徐々に緩んでいくのを感じる風が、更に雰囲気が落ち着きを取り戻していく。

 その間に、ウルは引き寄せていたリーネに近づき、小さく声をかけた。


「……落ち着いたか」

「私は冷静よ。あれを発動させる気も無かったし」


 何も無い空中で、空気中の魔力のみを土台として描く白王陣は、彼女が【速記】を獲得してから得た副産物だ。通常であれば書いていく側から魔力不足で砕けるものを、速度で強引に完成まで持っていく。

 尤も、威力はまるで安定しない未完成の技術である。今見せたのは半ばハッタリだった。


「シズクの【消去魔術】が効いたわね。ほっといたって、すぐに砕けてたでしょうに」

「冷静なら良いが、グローリアの前に立っても手を出さないでいられるか」

「蹴りは良い?」

「ダメ」

「冗談よ。腸は煮えくりかえったけど、言ってくること予想してたし、冷静。少し派手にしたけど」


 少し、と突っ込みたくなったが、冷静ではあるらしい。

 実際、今の魔術もやり過ぎではあったが、効果的でもあった。向こうの気勢はかなり削がれている。


「まだもう少し戦ってもらうことになるから頼むぞ」

「ええ――――頼ってくれてありがとう。ウル」

「この手の問題で、お前以外に誰を頼るんだよ」


 ウルはそう言って彼女を離し、席に着いた。リーネも椅子の上で立ち上がり、視線を集める。しかし先ほどまでのものとは明らかに違う畏敬の視線が彼女に注がれた。


「今見せたとおり」


 そう言って、リーネはグローリアを睨む、流石に今の彼女に反論する余裕は無いのか、視線に押されるように黙った。


「効果、発動速度、正確性、レイライン一族の白王陣は進歩しています。この【竜呑ウーガ】に対しても安定した影響を与えることは出来ている。事実、今のウーガの【咆吼】に都市部への攻撃性能はありません。結界に対して霧散するよう、私が調整しました」


 天秤がリーネへと揺れる。事実であると示している。


「私ならばウーガを制御できる。ウーガ誕生の折、邪教徒から制御を奪ったのは私だ」

「……あれを見せつけた後の補足としては不足だろうが、彼女の能力は俺からも保証させてもらう。彼女の技術と、ウーガへの干渉能力は確かだ。【白の蟒蛇】所属の銀級魔術師も認めている」


 そこにジャインが言葉を添える。

 最早リーネの力を疑う者はこの場にはいないだろう。彼女の力量不足をエンヴィー側が突くことは出来なくなった。それをグローリアも理解したのか、苦々しい顔をする。

 リーネの能力、白王陣の強さを誰であろう彼女自身が体感したのだ。いかにここから、【白王陣】の不足を語ろうと、それは自分に嘘をつくことにほかならない。自分を騙すような発言では、決して精霊の天秤は動かないだろう。 


 終わったか? ウルはそう思った。


「素晴らしいです。レイライン一族の研鑽の結晶、感服させていただきました」


 だが、リーネの力を、否定するでも無く、待ったをかけるでもなく、肯定する男がいた。

 エクスタイン・ラゴート。ソレまで沈黙していたエンヴィー騎士団の副団長。女と見間違う程の美麗な顔立ちに優しげな笑みを浮かべたウルの古馴染みは、静かに前に出た。


 第三ラウンドのゴングが鳴る。もう勘弁してくれとウルは思った。


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