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天魔裁判②



 【竜吞ウーガ】の持つ性能は会議が始まる前にグラドル、エンヴィー、ついでにスロウスの3方に説明を行なっている。更にこの二ヶ月の間にウーガが挙げた成果についても。

 グラドルの支配域を縄張りとしていた巨星級の魔物2体の撃破。

 誕生時の【粘魔王】の撃破も合わせれば3体。驚くべき成果であり、ウーガが秘める価値を引き上げた。


 しかし、その結果は、ウーガがいかに危険な“魔物”であるかを示すものでもあった。


「魔術において、“使い魔”と“魔物”の違いを解き明かせてはいません。使い魔作成とは、言わばヒトが制御可能な魔物を生み出す技術に他なりません」


 魔物と使い魔の類似点は非常に多い。無いと断ずる研究者もいるほどだ。


「ウーガが、人類が対処を諦め放置していた魔物を滅ぼすだけの力を秘めているのは認めます。ではウーガは?あらゆる巨星級をも打ち倒す、“超巨星級”の制御が外れたとき、我々に対処する手立てはあるのでしょうか?」


 ラクレツィアは眉をひそめる。が、先ほどまでのように急ぎの反論はしなかった。ウーガの有用性、重要性を語る上で、避けては通れないリスク面の話だからだ。

 この点を焦って否定すると、ウーガそのものの価値を貶めかねない。 


「カーラーレイ一族の全滅、即ち【大地の精霊(ウリガンディン)】の加護を損ない、弱体化したグラドルにウーガを御する力があるかを問います」


 カーラーレイ一族はグラドルの神殿の腐敗の温床であったのは間違いなかった。そして、邪教徒を招いた原因であったのも。にもかかわらず、彼らの地位がこのような事態になるまでの間揺らがずにいたのは、大地の精霊の加護が間違いなく一端だった。

 それを失った。ウーガにおけるグラドルという国の正当性をどれだけ語ろうと、その事実は動かない。


「世界の秩序を守る【七天】の名代として、ウーガの危険性に対する一切の保険を持たずにその運用を行うことは看過しがたい」


 天秤がグローリアへと揺れる。義有りと、審判の精霊が判断した。


「貴女たちにはそれがあると?」

「【天魔】グレーレならば可能です」


 再び天秤がグローリアの方へと揺れる。嘘偽り無く真実であると示している。


「彼ならば、ウーガを危険が無いレベルまで弱体化する事も、今のまま制御する事も可能でしょう。彼にはその力も実績もある。彼以上の魔術師はいない、というのは貴方がたも認めるところでしょう」


 ラクレツィアも反論はない。天賢王が認めた最強の7人の戦士の一人が【天魔】だ。その点を否定することもやはり出来ない。


「目先のメリットのためにウーガのリスクを野放しにするのは望ましいものとは思えません。貴方がたに【天魔】と同じだけの技術が、保証が、用意できるならこの要求は引き下げます」


 出来るわけが無い。言外にハッキリと告げる、自信に溢れた笑みをグローリアが浮かべる。そしてその自信は正しい。そんな人材がいるならば、ラクレツィアは早々にそのカードを切っているだろう。


《ディズ、厳しいか》

《無理。私にグレーレの代わりはできない》


 同じ【七天】のディズならば、と、確認するが彼女は否定する。名の通り、専門分野から違うのだから確かに無理があるだろう。 


「せ、制御権が損なわれれば、ウーガ自体の機能が失われるよう、仕込まれている」


 エシェルが改めてウーガの保険を説明する。無論、その点はグローリアも事前に説明されて把握していた。その上で彼女は揺さぶっていた。ウルはエシェルを座らせようとしたが、それよりも早くグローリアはエシェルに狙いを定めた。


「では制御権が悪用されたならば?」

「そのようなことは、しない」

「何を根拠に。貴方がこれから先、悪の道に進まない保証は?貴方が制御権を奪われれば?増やした制御権が悪しき者の手に渡る可能性は?単に操作を誤るという事だって無いわけでは無いでしょう」

「そこまで言い出すと、どんな道具も使えなくなるのでは?」


 エシェルのメンタルがボコボコに殴られて死にそうになったので、やむを得ずウルが口を挟んだ。


「包丁だってヒトを殺せる。世に名を残す名剣、迷宮からの遺物、魔術師が生み出した魔導具。どれも悪しく使われるリスクがある。実際そういった事件も起きている」


 表だっては言えないが、【大地の精霊】とて、ウーガ動乱の際には思い切り悪用されたのだ。エイスーラが粘魔王になる前から精霊の加護を好き勝手に振り回し、ウル達を死ぬギリギリまで苦しめたのを忘れてはいない。


「それでも、ヒトが火を使い、闇を照らすことを止めないのは、それだけの価値があるからだ。リスクの側面だけを挙げ連ねるのは文明の否定では」

「…………話を不必要に大きくして、はぐらかそうとされては困りますね」


 バレた。実際エシェルへの攻撃を逸らそうと喋っていただけなので、完全に図星である。やっぱり、口先だけで適当にはぐらかすのは自身の得手ではないなとウルは反省する。


「何事にも、リスクはある。それはそうでしょう。どれだけ入念な準備をしたとて、事故や悪用のリスクを完全に消すことは叶わない。ですが、減らすことは可能なはず。その準備がウーガには不十分だと言っているのです」


 結局、話は元に戻る。

 ウーガを扱う上での保険が足りないのだという追求。【天秤】が依然としてグローリアへと傾きが動いているのは、その追及が正しいからだ。

 そして必要になるのは、グローリアが示した【天魔】という安全保障に匹敵するだけの何かだ。 


「改めて問います。貴方がたに【天魔】に匹敵するだけの保証があるのですか?」


 無いならば、世界の安全のため、ウーガをコチラで管理する。グローリアはそう言い切る。視線がコチラに集中した。今度はターゲットをウルに移したらしい。ラクレツィアと直接やり取りをするよりも易いと判断したようだ。

 この場で、ウルが解答せず逃げるのは、【天秤】の傾きがまた悪い方へと動きそうだという予感があった。故にウルは沈黙し、少し悩み、そして()()()()()()()


 その目配せに、相手は頷く。それを見て、ウルは答えた。


「保証は()()


 は?と問うグローリアに対して、ウルの代わりに立ち上がったのは、小人の少女。


 白王陣の使い手、リーネ・ヌウ・レイライン。


「私なら、【天魔】のグレーレの代わりが出来るけど」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「貴方が、【天魔】の、代わりを?」


 グローリアの言葉に込められたのは明確な侮りと、敵意だ。

 出来るわけがない。という明確な侮りと、自身の主を軽視するような発言をした小人の少女に対する敵対心。彼女がいかに、【天魔】のグレーレを信奉しているかが分かる。 


「グレーレは日々、新たな魔術を生み出し、世界に革新をもたらしています。新たなる魔導機械を生み出し生活を豊かにし、新たな武器普及させ人類の開拓を後押ししている。今の世に普及している殆どは、彼が作った!」


 全て事実だ。

 エンヴィー騎士団遊撃部隊、通称【強奪部隊】などという存在が何故許されているのか。様々な国の魔術的資産を【七天】の超法的特権の悪用にちかいやり口で奪い去っていくことが何故問題にならないのか。

 彼が奪っていくものを越える価値を生み出し続けている事に他ならない。

 天賢王の配下の【七天】で、人類の発展という側面で最も多大な成果をもたらしたのは彼だ。他の【七天】もそれは肯定する。


 それに並ぼうなどとおこがましい。


「そんな彼と同じ事が、出来る?名前も顔も知られていないような魔術師が!」

「リーネ・ヌウ・レイライン。陣の術者よ」


 出し抜けに小人の少女は自身の名を名乗った、名を知らないのなら、とそういうことらしい。すると、先ほどまで怒り狂っていたグローリアがふと、眉をひそめる。


「……ヌウ……いえ、それより……レイライン…」

「あの偉人に並び立とうなどと、おこがましいことを言うつもりは私には無いわ」


 その間に、リーネは言葉を続ける。小人の体格の低さ故、椅子を土台に立ち上がるようにしている。だが体躯に対して、語る彼女の声音はハッキリと、そして力強かった。


「でも、此処で重要なのは、ウーガの管理と保険が可能な術者がいるか否かでしょう?天魔のグレーレとまったくの同等である必要なんて無い」


 グローリアが繰り返していた言葉。【天魔のグレーレ】という存在を引き合いに出した保険の不在の追及は、意図的に話をずらされていた。ウーガの管理者がいないという話から、天魔のグレーレに並ぶ者がいないという話に。

 それをリーネは元に戻す。


「そしてウーガの管理という一点に話を絞るなら、決して不可能ごとではない。少なくとも私にはこの“超巨星級”とも言える使い魔に干渉する術がある」

「――本当にそうでしょうか?」


 そこに、グローリアが再び口を挟む。表情には再び敵意が浮かんでいた。

 先ほどとは違う、より強くなった侮りも。


「レイライン家。魔術大国、【大罪都市ラスト】における建国の母、大罪迷宮を封じた【白の魔女】の弟子の末裔の一つ」


 魔術大国ラストの名は、この場にいる全員も知るところだ。その名の持つ力も、天魔のグレーレに決して劣るものではないだろう。その国の開祖の弟子の末裔ともなれば、という期待の視線が幾つもリーネに集まる。

 しかしグローリアの侮りの表情は変わらなかった。


「その中でも最も落ちぶれて、術式を腐らせた一族が、レイラインだったはず」


 傍からこれを聞いていたウルは感情を表に出さずして、思った。

 どうか“ぶち切れ”ないでくれ、と。


「我々の立場上、【大罪都市ラスト】には何度も足を運んでいます。あの国が持つ魔術資産を時には預かり、逆にコチラか提供することもありました。その過程で、白の末裔と接触する機会は多くあった」


 場合によっては、【白王の術】を提供するよう迫ったこともあった。とはグローリアは言わなかったが、それをしたこともあったのだろう。それ故に、ラストの【白王の術】への理解は深い。


「彼らの多くは、受け継いだ【白王の術】を正しく活用していた。研究し、研鑽を重ね、都市に還元し、その地位を高めていた――――だが、レイラインの一族は違う」


 彼女はリーネを見る。小人の彼女を、森人であるグローリアは高いところから見下す。


「彼らは、引き継いだ術式を、持て余した。強固故に融通の利かない魔法陣という特性を扱いかね、変化を畏れ、停滞し、落ちぶれた。魔術至上主義が罷り通っているラストで最下位の官位に留まっていることからもそれは分かるでしょう」


 ヌウという官位は神官の中でも最下位の地位だ。無論、そうであっても敬意を払ってしかるべきだが、例えどれだけの建て前を置いても、都市民と大差ないのは変わりない。

 その地位に、魔術大国ラストの白の末裔が甘んじているという事実が、彼女の言葉を裏付けていた。


「そんな彼女の術が、この前代未聞の使い魔に対して太刀打ちできるのでしょうか。あるいは、一時的に制御できたとして、それがこの先もずっと問題ないという保証たり得るでしょうか?」

「――そうね」


 ウルの懸念に対して、彼女の声音は、酷く冷静だった。リーネでなくとも強い侮辱と分かる言葉を投げられて尚、彼女の声音には僅かな震えも無かった。


「おっしゃるとおり。確かに、レイライン一族は【白王陣】の扱いと研鑽に難儀したわ。大地に術式を描き、魔術を成す魔法陣の発展、それ故に複雑で、アレンジしにくい。新しい魔術と“混じる”余地が少なくて、結果として古い」


 彼女はレイラインの歴史を連ねていく。

 苦難と不遇の歴史、しかしそれを語るリーネの声音には、深い慈しみがあった。自身の今に続くかつての苦労の時代を、それ自体も大切であったのだと語るようだった。


「でも近年、レイライン一族は白王陣の転用に成功した。効力の減退を可能な限り抑えた【白王符】の開発で、術の使い勝手は発展した。他にも様々な形で、白王陣は発展しようと研鑽を続けている」


 リーネはそう言って、自身の家を貶めんとしたグローリアを見つめる。


「歩みは遅いけど、止めてはいないわ」


 だが、尚グローリアの態度には余裕があった。森人として長らく【天魔】の下で務めてきた彼女には、魔術大国ラストへの理解はこの場の誰よりも深い。レイライン一族の【白王陣】も直接見聞きしている。

 故にまだ確信がある。突けば崩せると。


「努力は素晴らしいと思いますが、結果が出なければ意味がありません。結局、“頑張ってる”という情報では、ウーガを御せる証明には成ってはいないでしょう?」

「――――証明すれば良いの?」

「は?」


 しかし、彼女は知らない。

 【白王陣】が、この数ヶ月で新たなるブレイクスルーを迎えたことなど。


「では、ご覧あれ」


 瞬間、結ばれたリーネの髪が解ける。髪の毛の一本一本が強く、輝き、それらが広まる。

 その場にいる全員がぎょっとなり、騎士達が慌てるように剣を抜こうとするが、それよりも早く、髪の毛は蠢き、その一つ一つが全く別の動きをしながら、瞬く間に空中に陣を構築する。


「――――っ」


 誰かが動き出すよりも早く、グローリアの目の前に【白王陣】が完成した。 

 煌煌と輝くそれは、紛れもない【終局魔術】の発動を意味している。


「貴方を、なんの抵抗も出来ないまま焼き殺すくらい、容易いわよ」


 ウルは頭を抱えた。やっぱキレてた。




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