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対策会議③



「…………なんか、すげえ疲れた」

「まだ直接出会ってもいないのに、大変ですね」


 ブラックも大変だが、それ以外の面々もやはり、厄介ではあるだろう。そんな個別でも面倒な連中が一堂に会する時、どのような状況になるのか、想像するのも嫌だったが、想定し準備しなければならないのだから頭が痛い。

 ウル以外の面々もそろそろ疲れ始めている。そろそろ1度切り上げる必要はあるが、その前に、


「さて……最後に一つハッキリさせておかなきゃならんことがある」


 ウルが口を開く。全員がウルに視線を集める。


「大きな賭けと幾つかの偶然と幸運で手に入れたこの【竜呑ウーガ】を、俺達がどこまで欲張るかだ」


 最も重要であり、認識を共通のものとしなければならない題目だった。


「【竜呑ウーガ】は、別に欲しかった訳じゃない。エイスーラと邪教徒の思惑を潰すために、必要だから奪っただけだ」


 あまりにも大規模であったために破壊は不可能。エイスーラ自身を狙おうにも、大地の精霊の加護の守りを併用し、逃げに徹された瞬間破綻する難度の高さ。様々な問題を乗り越え、無力化するために選んだ手段が使い魔の簒奪だ。

 つまり元々、ウーガの獲得は「目的」ではなく「手段」、オマケだったと言える。


「そう、ウーガはオマケだ。手放したところで、別に、何かを失う訳じゃあないはずだ」

「でも、そうはしないのは、惜しいからですよね?この、あまりに巨大なオマケが」


 シズクが腕を広げるようにして今居るこの場所を示唆する。6人ものヒトが集まって尚、収まる広いリビング、高価な家具一式に、心地よい風。今この場にいることそのものが、ウーガを得たことで得られた大きなメリットだ。そしてこれはほんの一部でしか無い。ウーガという存在の特性を考えれば、もっとより大きなメリットが得られるのは確実なのだ。

 失うのは惜しい。と、そう思わずにはいられないのは当然だ。

 故に、確認しなければならない。


「だから、確認するのは、()()()()()()()()だ」


 今後も度々、この問題には向き合う必要がある。

 そのため最低限、1度この場で意思統一を固めなければならない。


「――まず前提として、俺たちは、その件に口出しはしない」


 そう思っていると、まず手を挙げて第一声を発したのは、この中で唯一、立場として部外者となる【白の蟒蛇】のジャインだった。


「アンタが一番欲張ると思ったが」

「お陰様で、今を満喫しているのは確かだが、自分を見失う程じゃあねえよ」


 ジャインはふっと笑ってみせる。この場の中で、“自分の家”を手に入れてはしゃいでいたのはジャインだったが、思った以上に冷静であるらしい。その点は流石に、銀級まで上り詰めた冒険者の一人だった。


「今の俺達、【白の蟒蛇】にとって一番嫌な展開は、ウーガからも追い出されることだ。が、そうなったところで別に死ぬわけじゃない」


 元々、銀級冒険者として大成している彼らにとって、此処から追い出されたところで生きるための手段が失われる訳ではない。


「そもそも、ウーガを獲得した功績はお前らにある。コッチは手助けしただけだ。だから俺には口出しする権利はないし、責任も負わない。違約金は貰うがな」

「【白の蟒蛇】の方針は了解した」


 ウルは頷き、他のメンバーに視線をやる。

 すると次に手を挙げたのはシズク、そしてエシェルだった。


「私はウル様の方針に従いますね」

「私もそうだ」

「理由は……いや、やっぱ言わんでいい」


 貴方の所有物だからですが?という視線が来たのでウルは黙らせた。話が早いのは悪いことではなかった。ウルの責任の比率が高くなるということでもあるのだが。

 視線を戻すと、今度はロックが、その骨身だけとなった手をカラカラと挙げる。


『なら、ワシも同じカの。主、シズクの指示に従うだけじゃからの』

「ウーガを楽しく駆け回ってたやつがよく言うわ」

『ウーガから追い出されるような事があるならちゃんと事前に教えておいてくれよ?最後に思いっきりぶっ飛ばしたいからのう、カカカ!!』


 ロックの意見も把握した。残るは……と、ウルがリーネへと視線をやると、彼女は少し考えるようなそぶりをして、口を開いた。


「そうね、私としては――――完全に手放すのは少し惜しいわね」

「意外だな。白王陣以外に興味が無い女が」

「だからこそかしら。此処って、やりがいがあるのよ。白王陣を使うのに」


 ウーガ騒動の終結以後、ずっとリーネはウーガの調整と点検に駆け回っていた。

 グラドルから多数の魔術師が来訪した際も、ウーガ調査を譲ることはなく、また、神殿仕えの優秀な魔術師達も、彼女の技術と知識を認めむしろ彼女に教えと指示を請うていた程だ。

 恐らく、此処を生み出したあの邪教徒を除き、今この世で最も【竜呑ウーガ】に詳しい彼女が、確信を持って言う。此処は使える、と。


「アカネ様の協力もあって、白王陣の筆記速度は向上したけど、白王陣の本質は“守り”よ。私達は無理矢理使ってるだけで、攻性魔術にしても本来の用途は“迎撃”」


 白王陣は特異で強大な魔術であるが、魔法陣という本質は揺らがない。

 【ロックンロール号】をウル達が生み出したのも、移動できない白王陣を無理矢理動かすことを目的とした手段だ。完成速度という弱点が補われたとしても、その本質までは変わることはない。

 その点、やはり竜呑ウーガとの相性は抜群に良い。

 言わば此処は“移動する拠点”だ。


「【竜呑ウーガ】自体が移動できるから、言わばロックンロール号の巨大版か」

「ウーガ自体の調整も、長期仕様の白王陣と相性が良いの。ウーガは生き物だから、それ自体に描き込んでも魔力不足で霧散しない」


 これまた、ウルの肉体に白王陣を描き込んだ時の応用だ。ウーガは生き物であるから、本体が魔力を貯蔵している限り、白王陣は途中で破綻しない。


「ウーガ自体の魔力は足りるのでしょうか?」

「元々貯蔵量はヒトのソレと比べて膨大だから尽きることはないし、もし不足した場合、ウーガは必要に応じて大地と一体化して休眠し、消費を減らして魔力を貯蔵できる」

『すげえのうこの怪獣』


 改めて、とんでもない生物である。ウーガ完成の経緯の闇さえ無ければ、世界中から賞賛されていたであろうというのは間違いない。これを生み出した制作者のヨーグは、今は生首だけになってどこぞの牢獄に封じられているらしいが。


「私の目的は白王陣の力の証明と宣伝。その点では此処は非常に都合が良いわ。目立つ、という点でも此処ほど話題の場所は無い。そして同時に、私ならウーガに対して大きな貢献が出来る確信がある」

「こっちからもギブが出来る、ってのはデカイな」

「此処までが私の意見。で、貴方はどうなの?ウル」


 リーネの視線がウルに向く。他、全員の視線もウルに集まった。ウルは小さく息をつくと、天井を仰ぐようにして、口を開く。

 

「――――本音を言うとこんな訳の分からんもん今すぐ手放してえ」

「ビックリするくらい忌憚ない意見出たわね」

「ちょっと前までその日の飯代で顔青くさせてたのに都市運営とかバカかよ」

『波瀾万丈すぎてきゃぱおーばーしとるの』

「っつーか6ヶ月前まで冒険者ですら無かった奴に全責任集まるの畜生過ぎるだろ」

「天才クソ野郎って罵りたいところだが流石に哀れだわ」


 言いたい不満を全部言った。なんの解決にもならないが仲間達の哀れみが暖かかった。


「真面目に今の状況は俺の裁量を超えている。アンバランス過ぎる。このままだと、絶対碌な事にならない」


 そしてトラブルが発生した場合、十中八九、ウルは対処できなくなる予感があった。ウーガ騒乱の時、ウルが立ち向かうことが出来たのは、敵が明確で、何をすれば良いのかがハッキリとしていたからだ。だから短い時間でも準備は確りと出来た。

 だが、今のこの状態は、次に何が起こり、どんな問題が発生し、そして何に巻き込まれるか、全く見えていない。備えようにも何を備えれば良いのかが分からない状態だ。無防備でいるのと変わらない。そしてそんな状態でいれば、不意のトラブルで呆気なく死にかねない。


「過分だ。この場所は」

「では、手放しますか?」


 シズクが、銀色の瞳を真っ直ぐにウルに向ける。

 ウルは沈黙し、目を暫くつむる。そして、暫くした後、苦々しい笑みを浮かべた。


「……ウーガ騒動で文字どおり命懸けで走り回ったのは俺達な訳で、その成果を全部明け渡すのは、バカだわな」


 知識も経験も不足しているウルとて、ウーガという存在が抱えているであろう莫大なまでのメリットを理解できない訳ではない。ひょっとしたら、アカネを買い戻すという自分の目的を、黄金級に至らずとも果たせる可能性があるくらいには、凄まじい場所なのだ。

 そして、この場所を、邪教徒と天賢王の反逆者達から取り戻したのは誰であろう、ウル達と勇者ディズである。

 だからウーガの権利は全て寄越せ、などと欲張るつもりはない。が、苦労に見合うだけの報酬を、グラドル側に要求するだけの権利はある。それは間違いない。

 今回の騒動の原因はグラドルだ。ウル達はその尻拭いをしてやったのだから。


「最低限、今回巻き込まれた俺達の住居と土地の提供。ウーガ騒動解決に導いた報酬。これくらいは貰ってしかるべきだ」

「無難なラインですね。報酬の量は要相談でしょうけど」

「ついでに、白王陣の有用性のアピールもな。リーネは後でウーガへの白王陣の用途をまとめておいてくれ。場合によっては説明に出てもらう」

「了解よ」

「私はどうすればいい、ウル」

「エシェルは難しく考えず、グラドルに忠実でいてくれ。無理にコッチに便宜を図ろうとするよりも、その方が良いだろう」


 カーラーレイ一族の生き残りが、今のグラドルに反抗的だった場合、問題が大きくなる可能性が高い。エシェルは何度も頷いた。


「おっし、じゃあ解散。各々仕事しながら、三日後に備えよう」


 了解、という一同の返事と共に、会議は閉幕となった。


 そして場面はその三日後、ウーガとウル達の運命が決まる【第一回ウーガ会合】へと移る。

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