竜吞ウーガ 平穏の2か月
およそ600年ほども前に発生した迷宮大乱立。
極めて限られた土地に住まう人類が、再びその征服地を広げない理由は幾つか存在する。様々な魔物の侵入から人類を守るための太陽神の結界、それを発動させるための神殿の建設やそれを支える神官達の数の不足。よしんば足りたとて、今度はその建設にかかる費用、襲い来る魔物に対する護衛などなど、ハードルは幾つもある。
グラドル周辺のように、魔物の出現数が極端に少ない場所でも無ければ、そうそうに衛星都市を増やすことは困難だ。
だがそれ以上に、都市建設、人類生存圏の拡大を困難たらしめてる存在がある。
『――――ZEEEEEEEEEEEEEEEE……』
“超”大型魔物の徘徊である。
生存圏から外れた大型の迷宮が放置され、結果氾濫を起こし、深層の凶悪な魔物が外に溢れ出て、地上の魔力を喰らい、誰にも討伐されることも無く放置された結果、際限なく成長を繰り返した魔物達。巨星級と類される、神殿も冒険者ギルドも対処不可とした魔物達。
彼らは幾つかの例外を除き、自ら積極的に移動して都市を襲うことはしない。しかし同じ場所を陣取り、そこに人類が近づけば魔物の本能として襲ってくる。
そういった習性から、決して立ち入れぬ空白地帯というのは幾つもある。現在人類が、人類生存圏の拡張を断念せざるを得ない最も主たる理由はそれらである。
『ZEEEEEEEEEEEEEEEEEE…………』
大地に穿った巨大な“魔華”、【血皇薔薇】もその一つ。
全長50メートル超、あまりに巨大で、馬鹿馬鹿しいまでに高く伸びたその紅の薔薇は、遠目には美しいが、しかし近づけば死をもたらす血染めの薔薇だ。その太い茎に無尽に伸びた棘はほんの僅かでもその領域に踏み入ったものをズタズタに引き裂いて殺し、地面にばらまく。根からその血肉を啜って更に美しく華を咲かせる。
その領域があまりに広く、結果、近づくことがままならない。結果放置するほか無く、何に邪魔されることも無くなった薔薇は周囲の獣や、哀れにもルートを外れて迷い込んだ名無し達、あるいは同族であるはずの魔物達すらも貪欲に殺戮し、成長し続けた。
いずれは自重でへし折れる、などという希望的観測を無視して、最早並の山よりも高くなってしまった怪華は、今日も今日とて獲物を狙い続けていた。
「【竜呑ウーガ】【対巨星殲滅咆吼】発射」
『ZE―――――――――』
巨大な使い魔から放たれる破壊の光に、焼き切られるまでは。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜呑ウーガ、司令塔内部にて
「……相変わらず、おっそろしいな。コレ」
竜呑ウーガの指令を司る一室、遠見の水晶で、長らくの間そこに君臨し続けていた【血皇薔薇】が見る間に倒壊し、熱と破壊と光の渦の中に落ちていく姿を眺め、ウルは若干引きながら感想を述べた。
対処困難として長年放置され続けていた賞金首の掃討、本来ならば入念な準備と時間をかけて向かうはずのその戦いが、ウーガに掛かればものの1分足らずで決着がついてしまった。これが、本来は都市攻城兵器として利用する予定だった事実が今になって恐ろしい。
「接収出来て良かったですね、ウル様」
「俺達が預かって良いものなのか甚だ疑問だがな……そも正確には俺達のものでもない」
ウルが顔を見上げる、この部屋の中央最上段で鎮座するのは、現在の【竜吞ウーガ】の所有者であるエシェル・レーネ・ラーレイが座っている。彼女こそが、ウーガの主だ。元々、衛星都市ウーガは彼女の管理すべき都市である以上、形が変わろうとその繋がりが変わるわけではないだろう。
そう思うのだが、エシェル自身はといえば、首を横にふってハッキリと口にする。
「ウーガはウルのものだ」
「話をややこしくするなエシェル」
「私はウルのものだからこれはウルのものだ」
「そのとち狂った主張をグラドル側に言うのだけはやめろよマジで」
ウルがそう言うと彼女は黙るが、確信に満ちた視線が変わるわけでもなかった。
ウーガの騒動が終わってから2ヶ月が経過して尚、彼女のウルに対する依存に変化はなかった。このところの多忙な状況と時間経過で多少はマシになることも期待したのだが、むしろ依存が強くなったらしい。困った。
【竜呑ウーガ】の騒動から2ヶ月が経過した。
大罪竜ラストに襲われてから始まったこの騒動は、ウーガを制御下に置き、粘魔王を撃退する事でひとまずの決着を迎えた……訳ではなかった。トラブルは得てして、問題そのものよりも、その後の事後処理の方が時間が掛かるものだ。
特に今回は、ウーガよりも、【主星都市】である大罪都市グラドルの方が遙かに大きな混乱に見舞われ、結果、状況説明のためウル一行もディズもエシェルも非常に忙しい日々を過ごす羽目になった。
グラドル神殿にて事情説明も当然行なった。ただしそれは尋問と言うよりも、「今回見知った多くのことを口外するな」という脅し混じりの警告に近かった。
当然ではある。今回の件、言ってしまえば「グラドルの王族が、邪教と手を結び、都市を魔に堕とし、天賢王に反旗を翻そうとした」という、何処をとっても醜聞どころではないスキャンダルだ。
挙げ句、その反逆の王族が末端を除いてほぼ全滅したのだ。後始末に奔走する神官達にとって表沙汰に決して出来ない点が多すぎた。表沙汰になれば、今起きてる混乱がいよいよ収束できなくなる。
口にすればただではおかない。という殺意にも近い念押しが神官達から繰り返され、ウル達はそれを承知し、魔術による契約まで行う羽目になった。それほど向こうは必死だったのだ。
そのお陰で、コチラが隠しておきたい事――エイスーラの件を話さずに済んだわけだが。
エイスーラはウーガで陰謀を企てた邪教徒との戦闘で殉死、という扱いとなり、既に葬儀も行われている。それ以上その件を掘り下げるつもりはウルにも、エシェルにも無かった。
そんな風に色々と目が回るような忙しさを経験したウルであったが、ディズとエシェルの多忙さは、ウルのソレと比較して、更に酷いものだった。
七天として、シンラ無きグラドルの混沌を天賢王の代行として治めたディズは勿論のこと、エシェルなど、自身の実家が未曾有の悲劇に巻き込まれたのだから、大事だ。
神殿の王の一族。彼らが保有する財産、技術、業務、秘密、関係や取引、それら全てが突然失われたとあって、その穴埋めは必須だった。そして生き残ったエシェルは、その“穴埋め”にどうしても必要だったのだ。
勿論、カーラーレイ一族の代行を彼女一人がこなすことは困難、というよりも不可能であるのは誰の目にも明らかだ。生き残った血族は他にもいるにはいるが、本件で巻き込まれなかった連中は、詰まるところウーガの一件からはずされる程度の連中であるわけで、要はたかが知れている。仕事はウーガの中心人物でもあったエシェルに集中した。仕事の量は膨大となった。カルカラがつきっきりで、ほぼ寝る間もなく補助していなければ、今もエシェルはグラドルの神殿の執務室でひたすらサインを書き続けていたことだろう。
と、ここまでが二ヶ月間起こった出来事である。
地獄のような混乱も収まり、新たなるシンラを担う一族も決まり、引き継ぎも完了した。表向きだけでも、平穏を取り繕うまでに安定した――――ただ一点、【竜呑ウーガ】という存在の取り決めを除いて。
――邪教徒が生み出した危険な魔物だぞ!処理すべきだ!
――あの巨体をどう処分するのだ。コントロールを失い暴れれば今度こそ破滅だぞ
――今、エシェル・レーネ・ラーレイの制御下にあるなら、問題ないのでは?
――だから放置すると?あれほどの可能性の秘めた存在を?馬鹿な!
――訳の分からない物を分からないまま使うなど正気の沙汰ではないぞ!
と、グラドルとウーガを行き来するカルカラの話を聞く限り、グラドルの内部でも錯綜している、らしい。さもありなん。ウルとてこの存在の扱いには困っていた。
身の丈というのはウルもよく知っているし、黄金級を目指す今、それを超えんとしているのも事実だが、流石にこのウーガは、ウルのキャパシティを大幅に、とてつもなく大幅に、超えている。
一言でいうと、どうすりゃ良いか分からん。
グラドル側も同じなのだろう。だから、グラドル周辺に存在していた巨星級の賞金首、【血皇薔薇】の殲滅を依頼してきたのだ。果たしてこのウーガがどれほどの価値があるのか、見極めるために。
そしてその結果が、これだ。巨星級の賞金首を、なんの苦も無く排除せしめた。
価値が更に上がった。ますます扱いに困る。
「ウル、ウーガの調子はどう?」
「リーネか。ご覧の通り、見事に血皇薔薇を滅ぼしたよ」
「そ。術式調整が上手くいってなによりね」
司令塔にやってきたリーネの装いは魔女のものとはまた違っている。職人の作業着に近い。巨大な箒のような杖だけが唯一魔術師らしい部分だった。現在彼女には、この得体の知れないウーガという存在の調整役を任せている。
知識、技術、そして制作過程に手を加えた実績を踏まえ、現在ウーガの調整を任せられていた。最初それを任せると命じられた時、リーネは白王陣の研究の邪魔になるから拒絶するとウルは思っていたのだが、意外にも彼女もその役割は喜んで買って出ていた。
理由は、彼女の下働きとしてグラドルからやって来た幾人かの魔術師達の、リーネへの尊敬の眼差しが物語っている。
「白王陣というのは凄いのですね。このような巨大な使い魔の調整もできるのですから」
「もっと褒め称えなさい」
白王陣の有用性を知らしめる好機である、ということらしい。
「元々、精霊に依らない都市運営の要だったから、超長期を見据えた調整は白王陣の華……ま、ウーガは例外も多くて大変だったけど」
「超アンバランスで、手を加えるのも難しいんだったか?」
「ウーガ構築前の話ね。ウーガが誕生した時点でそこは安定化した。けど、やっぱり、極端なのよこの使い魔。特に攻撃手段がね」
体内にある巨大な核、魔力を収束し、指向性を持たせ一気に放出する。山のようになっていた粘魔王の身体の大半を消し飛ばし、今、血皇薔薇を倒壊させた【超咆吼】。確かに極端という次元ではなかった。
うっかり都市部の方角にぶっ放せばどうなるか、考えるだけでも恐ろしい。
「と、いうよりも、そのために創られていると見るのが自然ね。結界に干渉し、破壊することを目的とした術式が明確に組み込まれてる」
「プラウディア攻めのためか……正気じゃない」
エシェルが苦々しく顔を伏せる。邪教徒の思惑、というだけではなく、弟と、そして自身の実家が引き起こそうとした事態を想像したのだろう。
「今は私が調整したから、問題ないわ。少なくとも、今のウーガの【咆吼】では太陽の結界は砕くことは出来ない。対魔物特化ね」
「ひとまず安心か……今回の結果含めて、通信魔術でグラドルにもそれは伝えなきゃな」
「【白王陣】のおかげで調整できた!……と伝えなさいね」
「了解だよ。んじゃ、【血皇薔薇】殲滅確認して、魔石回収して、終わりかな。今回の結果の検討は明日にしよう。」
ウルは椅子から立ち上がり、伸びをする。実質、今回何もしていなかったとはいえ、やはりこの巨大な使い魔の中で、それを扱う責任を負うというのは緊張を強いられた。トラブルが発生した場合の責任は自分だ。何事もなく済み、肩の荷は少し下りた。
「ウル様は引きあげられますか?」
「ウーガの魔石回収までは見届けるよ。一応ギルド長だし。他の奴らは解散して良い。エシェルも、指示さえ出せば見ておく必要無いんだろ?」
「私もウルといる」
「……うん、まあもう好きにしろ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【血皇薔薇討伐戦:リザルト】
・血皇薔薇撃破報奨金:金貨200枚(グラドル預かり)
・血皇薔薇獲得魔石:金貨50枚相当(グラドル預かり、一部ウーガが吸収)
・落下物:血水晶の花弁(グラドル預かり)
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