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大罪都市エンヴィー 好奇の2か月




 驚天動地!!グラドルの大地に巨星級の要塞都市爆誕!!


 などという、少々悪乗りに近い新聞が【大罪都市エンヴィー】を巡ったのは、【竜吞ウーガ】が誕生してからおよそ2週間が経った後の事だった。

 都市一つが丸ごと“移動要塞”と化す。歴史を顧みても類を見ない超大規模の大魔術。

 そしてその裏で蠢いた邪教徒の影、神殿との妖しき繋がりをほのめかす黒い噂。

 神殿が咎めるギリギリのラインの情報は、都市民達を大いに沸かせ、娯楽として楽しませた。隣接してもいない別の大罪都市の話題は、大体の都市民にとってすれば他人事だった。

 二ヶ月の間に、新聞が出回り、都市に情報が行き渡り、様々な噂話が都市民達の間に花開き、徐々に飽きられ、工房で新たに開発された魔導機に話題が移る頃にはすっかり、ウーガは日常の一部と化した。


 しかし、都市の運営やその守りを司る者達にとってすれば、それは他人事ではなく、そして終わった話でもなかった。


「面倒な事になってしまったなあ……」


 神殿とは別個に存在する、都市国の治安を守る騎士団、【エンヴィー騎士団】の騎士団長、ロンダー・カイン騎士団長は、古ぼけた眼鏡を書類に向け、深々と溜息をついた。

 なんとも精気のない様子だ。巷で騎士団に憧れる幼い子供達が見れば、頼りなさが拭えないような小柄の只人の騎士団長の姿にさぞがっかりすることだろう。

 実際、見た目通り彼はもう何年も現場に立っていない。矢面に立たず、机の上で書類をやっつける仕事を続けて数十年。彼を軽視する者は騎士団内でも珍しくなく、お飾りのトップと、堂々と指摘する部下もいるほどだ。

 そんな彼がここの所ずっと憂鬱な表情を続けていた。

 

 原因はハッキリとしている。遠く、グラドルで発生したウーガ騒動だ。


 騒動が起きたのは遠い国の事、当然ウチには関係ない。と、そうはならないのが都市の守護を担う騎士団の辛いところである。


 都市が丸ごと、邪教徒の手によって弄ばれた。エンヴィーは大丈夫なのか?

 実は邪教徒がウチにも入り込んでいるのでは?

 なんとかしてくれ!貴方がたは都市守護の要でしょう!!

 

 ウーガ騒動の噂がエンヴィーまで届いた時、そういった声が殺到した。勿論そういったヒステリックな声は時間経過と共にしぼんでいったが、1度でもそういった不満があがれば騎士団として何も動かない訳にもいかなかった。


 とは、いえ “エンヴィーに潜んでいるかもわからない邪教徒の調査”と、いうのは非常に、面倒だった。とっかかりがない。しかし何もありませんでした。とも、言いがたい。


「不穏な動きをする連中なんて、どこにでもいるからなあ……」


 邪教徒に限らず、疑わしき連中というのはエンヴィーにも存在している。都市に住まう誰もが潔癖であるなら、騎士団なんて必要としないのだ。そして疑わしき連中の中には邪教徒とおぼしき影も確かにあった……が、


「悪いことをしていない連中を、捕まえる権利はないし……」


 彼らがつかめたのはそうとおぼしき、までであり、実際にどうかも分からない。

 【邪教徒】の連中は真っ当な組織とはとても言いがたい。唯一神と、精霊達への信仰で統一された神殿のものとは違う。思想も、目的も、信仰の在り方もバラバラ。「この世界への憎悪」という点では統一されているがその憎悪の強さもバラバラである。

 中には「ちょっとした都市への愚痴を言い合って楽しむ婦人会」なんてものまで、実は邪教徒が作った集会の末端だった事まであるのだ。

 当然、そんな邪教徒としての自覚もなければ活動もしていない出席者を捕まえるわけにはいかない。


 彼らは市井に溶け込み、わかりにくく、そして潜在的な脅威であっても今は何もしていない。つまり手が出せないのだ。そしてそんな彼らを探るには、何よりも情報が足りない。


「せめて、近隣、衛星都市で起こった事件であったならばよかったのに……」


 彼の発言は実に不謹慎極まったが、実際、ウーガの騒動が果たしてどのような状況下で発生してしまったのか、それを知るにはあまりにも場所が遠かった。

 この大騒動の情報がエンヴィーに届くまで2週間もかかったのもその証拠だ。物理的な距離、魔物の障害、主星と衛星都市以外のか細い流通。この世界の理だが、やはりどうしたって情報の鮮度も量も質も悪い。何よりやり取りが面倒くさい。

 情報の精度を上げるためには、現地での見聞が必要になる訳なのだが、騎士団というのは都市守護の要であって、都市の外に軽々と飛び出す事は出来ない。


 ただし、何事にも例外というものは存在する。エンヴィーにもソレは存在していた。


「カイン騎士団長、今よろしいか」

「うぉ!っとと……どうぞ入ってください」


 英気溢れる力強い声が扉から聞こえてくる。カインはその声に驚き書類を落とす。慌てて書類を拾い上げながら、気の抜けた細い声で返事をした。


「エンヴィー騎士団飛空遊撃部隊長グローリア・フローティン入ります」

「エンヴィー騎士団飛空遊撃部隊副長エクスタイン・ラゴート入ります」


 入室したのは二人の騎士だった。

 一人はグローリア・フローティン。森人の女。種族特有の若々しさと、整った容姿であるが、一見して受ける印象は“冷たさ”だった。細目だが、向けられる視線は強く鋭い。カイン団長のそれとは別に騎士らしからぬ気配だが、あつらえられた鎧は、彼女の纏う冷たい気配をより一層際立たせていた。

 そしてもう一人のエクスタインは只人の若い男だ。まだ20にも届いていない。橙色の髪。線が細く優しげな笑みを浮かべた中性的な美少年。グローリアの纏う雰囲気は、彼がいなければもっと鋭いものだっただろう。エンヴィー騎士団特有の青と白の色彩の鎧はよく似合っていた。


 二人の入室に対して、カインは少し困ったような表情をする。騎士団のトップとは思えない反応だった。それだけでこの場の力関係がハッキリと見えるほどだ。


「ええと……準備が出来たのかな。遊撃部隊の皆さんは」

「ええ騎士団長殿。これより【竜吞ウーガ】の現地調査に向かいます」

「出来れば、騎士団が別国に首を突っ込むのはあまり望ましくないんだがねえ…」


 カインは小さい声で不満を漏らすが、グローリアはまるで堪えた様子はなかった。挙動不審の団長を見下すように、薄らと笑みを浮かべる。


「我ら遊撃部隊は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、懸念するような問題が貴方にふりかかることはないでしょう」

「ああうん、そうなんだがね……」


 あっという間にしどろもどろになるカインに、今度は隣のエクスタインはカインを労るように笑みを浮かべた。


「申し訳ありませんカイン団長。我々も上からの指示を拒否するわけにいかず…」

「……うん。まあ、分かってます。君たちの部隊は“特別”だ。大連盟の法にも引っかからない。尤も、グラドルの方達はあまりいい顔はしないでしょうから……」

「向こうの刺激にならぬよう、注意を払います。併せて、ウーガとグラドルの情報を持ち帰れば、エンヴィーの邪教徒対策にも繋がりましょう」


 カインの心中を慮る言葉に、カインは縋るような顔つきで頷く。


「頼むよ、エクスタイン君。そしてグローリア君。【七天】のグレーレの機嫌を損なわぬよう、頑張ってください」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【七天】の一人、【天魔】のグレーレ・グレイン。森人の奇人にして天才。


 史上最高峰の魔術師であり、魔導機械開発の天才。【大罪都市エンヴィー】を魔導機械大国へとたった一人で変貌させてしまった真性の怪物。 

 天賢王にも認められる恐るべき魔術の使い手であり、様々な障害があり交流が大きく制限されるこの世界を様々な魔導機と使い魔の生成により編み出された「移動要塞」によって、世界を大きく縮めた偉人でもある。


 が、問題も多く抱えていた。

 その問題の大半は、彼の偉大な才覚と、常識に欠く破天荒な人格によって起きていた。


 天賦の魔術の才覚を得るための引き換えにでもしたのか、彼は躊躇いと自重を一欠片も持ち合わせてはいなかった。天賢王から渡された超法的権限を躊躇うことなく振り回し、そのたびに巻き込まれた者は破滅と祝福が同時にもたらされる。

 どのような結果であれ、彼が通った跡に元の状態であるものは一つも無い。【台無し】の異名を持つ邪教徒の存在がいるが、彼の方こそその名にふさわしいと言い出す者まで出るほどだ。


 さて、そんなわけで、彼を嫌う者はこの世界に多かった。


 特に神殿、神官達の多くは彼を嫌悪していた。憎悪していると言っても良い。彼が精霊達を、私的な実験に行使しようと考えたのが原因だろう。

 100年ほど前、彼が【七天】に成ったとき、先代【天賢王】は彼に官位も授けようとしたが幾人もの神官達からの悲鳴のような直談判を受け、官位を付けるのは諦めた。故に彼は【七天】でありながら神官でもない。

 だから彼には神殿の武力である【天陽騎士団】を率いる権限もない。

 その事について彼は困るようなことはなかった(自分を嫌う天陽騎士達を小間使いにして苦悶に悶えさせてはみたかったと、ぼやいたが)が、手足として動かす部下は必要だと感じていた。


 ――フィールドワークを軽視しないが、研究の時間が削がれるのは面倒だ。


 そういった都合から、彼は自らの故郷である【大罪都市エンヴィー】、その騎士団に介入する。様々な恩と縁故を使って、騎士団の中にとある部隊を生み出した。


 【エンヴィー騎士団飛空遊撃部隊】


 騎士団でありながら、グレーレが開発した【飛行要塞ガルーダ】を駆り、都市外まで飛び立ち、都市に迫る様々な障害や問題を“事前に”排除するために生まれた部隊である。

 その実態は、グレーレの私兵部隊であり、グレーレの超越特権を振り回し彼の望む魔術資産価値の高いモノを根こそぎに奪う【強奪部隊】だった。


「カイン団長も老いたな。20年前程は、もう少し精気があったというのに、今やすっかりと衰えてしまった」

「カイン団長は只人ですからそれもしかたないかと…」

「只人でも、老いと共にそれに見合う英気を纏う者はいる。あれは当人の素養だろう」


【飛行要塞ガルーダ】艦橋において、グローリアは嘲るように首を横に振る。

 飛行要塞の管理運用のため、艦橋で様々な操作を行う騎士達の前で、堂々と上官への不満を漏らすが、それを咎めたり、居心地悪そうにする者はいなかった。むしろ軽い冗談というように笑う者までいる。

 昼行灯な騎士団長に対する愚痴や不満は騎士団の中では慢性化していた。ましてこの【遊撃部隊】において、カイン団長は名目上の上官に過ぎない。彼を敬う者はろくにいない。

 唯一、副長のエクスタインは団長に対してやや同情的な声をあげた。


「ですが、あの方の気苦労も分かりますよ。頭が痛いでしょう。ウーガの騒動は」

「まあ、それはそうであろう。私とて最初は耳を疑った程だ」


 隊長の過ぎた言葉を、やんわりと抑えるのが彼の役割だった。

 歴史も深く、エンヴィー騎士団の中でも明らかに浮いた存在である遊撃部隊が、それでもここ数年、騎士団内で比較的円滑な関係を維持できているのはエクスタインが出世してからなのは紛れもない事実だろう。


「で、あればこそ、我々の出番というものだ。彼が机の上で手を拱いている間に、精々ウーガの真相と情報も“ついでに”持ち帰り、彼に恩を売るとしよう」


 グローリアとて、下にこそみているが、カイン団長と積極的に敵対するつもりはなかった。団長という地位にも興味は無い。遊撃部隊隊長というあまりに奇異な組織のトップを創立時から担ってきた彼女にとって、もっとも優先すべき事項は他にある。


「私も微力を尽くします。グラドルも今回の申し出には承知してもらえましたしね」

「今のグラドルに我らを拒む余裕はないからな。どのみち、彼らも【天魔】殿の知識と力は必要としているはずだ」

「そして叶うならば、ウーガの情報を持ち帰りましょう」


 エクスタインの言葉に、グローリアは笑う。と言っても、相手を和やかにするようなものではなかった。貪欲さと陰湿さを伴った笑みだった。


()()()()を持ち帰れるのが、最も望ましいがな」

「それは、隊長……」


 彼女にとって最も優先すべきは、実質的な彼の上司であるグレーレの知的欲求を満たすことだ。彼女はグレーレの信奉者であり、彼の望むまま、あらゆる魔術資産を彼に献上してきた。

 そしてそのためなら様々な犠牲をも厭わずに、だ。


「彼ならば、最も確実、かつ、効率的にウーガを活用出来るだろう。あるいは、“複製”すらも。ならば、彼が管理することこそが相応しいのは言うまでも無い」


 盲信にしか聞こえない彼女の言葉は、しかし、現実味があった。

 【天魔】のグレーレがこの世界に莫大な利益を与えてきたのは紛れもない真実だ。世界各地の移動要塞も、彼女たちが駆る【ガルーダ】も全てグレーレの功績だ。今この世界で利用される魔術の基盤も彼が生み出したと言われており、更に新たなる魔術開発も次々に行なっている。【竜牙槍】といった魔術兵器の要たる【魔導核】の開発ネットワークも彼が担っている。

 グローリアの率いる【遊撃部隊】の行き過ぎたようにすら思える接収行為を、肯定するだけの実績が、グレーレにはあった。


 今回のウーガ騒動は、歴史上類を見ない魔術事件だ。で、あればこそ、それを管理するのは世界最高の魔術師である【天魔】だと、彼女は確信していた。


「ですが、グラドル側も容易くは納得はしないでしょうね」

「生き残りに必死だろうからな。全てではないとはいえ、国家ぐるみで邪教徒に与したのなら、大人しく死ぬか、天賢王に下るのが筋とは思うが……」


 そう言って彼女は事前に斥候部隊から送られてきた書類をみつめる。そこに載っているのはグラドル側の情報ではなく――


「今回の交渉はグラドルがメインになるだろうが、ウーガ側も問題だな。構成員がかなり特殊とは聞いていたが……」


 カーラーレイ一族唯一の生き残りの少女【エシェル】、【七天・勇者】【銀級・白の蟒蛇のジャイン】、さらに新進気鋭の冒険者【粘魔王殺しのウル】の存在。一癖も二癖もある連中が今のウーガを住処としている。他の住民はグラドルから半ば追い出され今も帰れずにいる従者達と名無しが少数。

 改めて、混沌としている。どういう経緯でこんなまとまりのない有様になったのか、想像もつかない。


「どう考えてもこんな連中がまとまるとは思えない。烏合の衆ならば統制は容易いだろう……が、情報収集には苦労しそうだな」

「実は、その点ではアテが一つだけあります」

「ほう」


 エクスタインの言葉にグローリアは意外そうに眉を上げた。


「グラドルに交友があったとは初耳だ。エンヴィー出身の都市民だろう?」

「いえ、グラドルではありません。どうも、古い友人が今回関わっていたみたいで、彼から少しでも話が聞ければな、と」


 そう言って、彼は艦橋に映る遠見の水晶を見る。ガルーダが天空を駆けて数日。遠見の水晶に薄らと映り始めていた目的地、巨大な影を見て、彼は微笑みを浮かべた。


「再会が楽しみだね。ウル、アカネ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 かくして、様々な思惑が交差し、竜呑ウーガへと集結しつつあった。

 それがどのような結果をもたらすかは、今は誰にも分からない。ただ、間違いなく、大きな波乱と混乱が巻き起こることは誰の目にも明らかだった。


 都市同士が隔絶し、行き来の制限されたこの世界であって尚、あらゆる場所からの注目を集める【竜呑ウーガ】。


 その混沌の中心にして、それを生み出した張本人。冒険者となってからまだ1年足らずの間に邪教徒からウーガを簒奪した驚くべき新進気鋭の冒険者。ギルド【歩ム者】のギルド長、ウルはというと――――


「……なあ、ジャイン」

「んだよクソガキ」

「あんたんとこの家庭菜園で取れたトルメトの実美味いな」

「もっと食って良いぞクソガキ。自家製ソースもいるか」

「おべっかクッソ嫌うクセに自分の農作物への賛辞に死ぬほど弱い」


 白の蟒蛇のジャインの食卓で収穫の喜びを味わっていた。



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