長同士の労い
大罪都市グラドルは混乱の極みにあった。
突如として、神殿から複数の巨大な竜の影が飛び立ち、更にそれ以外も複数の神官や従者達が【粘魔】とおぼしき魔物に変貌を遂げたのだから。安全な太陽神の腕の中、美食の都市として安寧と快楽を貪っていた彼らにとってソレはあまりに思いも寄らぬ天災だった。
都市の治安を任された騎士団も駆け回るが、無論、この未曾有の事態に騎士団達も混乱していた。そもそも彼らの内からも同じように【粘魔】に変貌する者が出てきていたのだ。統制もろくに取れてはいなかった。
だが、それでも尚、死者や怪我人は驚くほどに少なかった。
それは、神殿が混乱を収めた訳ではなく、騎士団達が迅速に動いた訳でもなかった。
竜騒動で守護についていた黄金級、【真人創りのクラウラン】、そして彼の部下達とおぼしき蒼髪の戦士達の活躍である。彼らは真っ先に粘魔達を押さえ込み、トップが粘魔化し混乱した騎士団達を統制、神殿の無事な神官達に働きかけ、都市の機能をいち早く回復させた。飛竜となって飛び去った一部の粘魔達以外の、都市で暴れる粘魔達を滅ぼしていった。
この機に便乗するように動いていた邪教徒も、何かを目論む間すら与えず見事捕らえてみせたのだから、まさにグラドルの救世主と言える活躍だった。
「全く、都合の良い連中ですね。少し前までは無駄飯くらいと陰で笑っていたくせに」
今し方、都市の路地裏に潜もうとしていた粘魔を1体打ち倒したファイブは、クラウランに称賛の声を上げる神殿の神官達に、小さく悪態を吐く。
「そう言うなファイブ!実際、平時の時の我々は無駄飯喰らいだったのだ!」
「それが腹立たしいのです。自分たちの都合で貴方を縛り、素知らぬ顔で貴方を罵り、挙げ句今は称賛している。手の平返しをするにしても、あまりに品性が無い」
ファイブは怒っていた。彼自身がどう言われようと気にしないが、彼の“創造主”であるクラウランがコケにされるのは我慢ならない。しかも今回の騒動は明らかに、グラドルという都市の歪さが招いたものだ。その歪さの尻拭いを、何故創造主がしなければならないのか。彼は憤っていた。
しかし、クラウランは首を横に振る。
「違うなファイブ。私を縛ったのは、我らに感謝している彼らではない。今回の騒動の原因はエイスーラ含むカーラーレイ一族の一部。騎士団団長、そして一部の神官と従者達だろう」
そして彼らは全員、粘魔に変わった。自らの業のツケを支払う羽目になった。
「今我らに感謝してくれる者達の多くは事情も知らぬ者達だろう。安易にヒトを括ってはいけないよ。ファイブ」
「……申し訳ありません。マスター」
「良いとも!私を思ってくれてのことだろうからな!!む?!」
と、会話をしている最中、クラウランが顔を上げる。視線の先には先ほどファイブが打ち倒した粘魔がいる。核を破壊し、後はゆっくりと自壊を待つだけだった粘魔が、その自然崩壊の速度を急速に速めていた。間もなく霧散し、散り散りになって消滅を果たした。
「これは……」
「マスター」
そこに、空中から人影が降り立った。魔術を使っていたのだろう、セブンが重力を無視した動きでゆっくりと、虚空を滑るようにしてクラウランの胸元に飛び込んでいった。クラウランは彼女を確りと受け止めて、微笑んだ。
「おお、セブン!探索ご苦労様だ」
「粘魔の気配が無くなったわ」
「そのようだ。……どうやら我が同胞が、この大本を断ってくれたらしい」
「勇者、ですか」
クラウランは頷く。セブンの頭を撫でると、顔を真剣に戻す。自らが生み出した、愛しの子供達であると同時に、自分の手足である優秀な戦士達に指示を出す。
「さあ、彼女の仕事を無くしてあげようじゃないか!怪我人達を癒やし、混乱を鎮めるのだ!」
「了解です。我がマスター」
かくして、グラドルの混乱は収められていったのだった。
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一方、混乱の中心たる【竜呑ウーガ】はというと、
「うーわー、すごいっすねー。秘密都市って感じっすねー。めっちゃぶっ壊れてるけど」
「うるせえ静かにしろラビィン」
「アレ公園ですかね。何でしょうあの無駄にでけえ噴水の像」
「美の精霊フローディアじゃないの?頭吹っ飛んでるけど」
「てめえらもはしゃいんでんじゃねえよ」
白の蟒蛇は、竜呑ウーガに乗り込んでいた。彼とラビィンだけでなく、部下達も揃っての搭乗である。そしてラビィンだけでなく全員が結構はしゃいでいた。ジャインは頭が痛くなった。
尤も、ジャインとて、幾らかの高揚とした気持ちが無いでは無かった。ウルから事前に言い渡されていた“報酬”が、現実味を帯びてきたからだ。
「本当なんすかね?私達が、此処に住んで良いなんて」
「向こうが報酬として提示したのは確かだ。契約も魔術で結んだ。不履行の場合でも金をふんだくれる」
ジャインが目的を語った後、ウルが提示してきた条件がソレだった。即ち【竜呑ウーガ】の簒奪と、そのウーガの搭乗権を獲得すること。捕らぬ狸の、と言うにもおこがましい滅茶苦茶な報酬条件だった。
が、ジャインはそれを承諾した。そしてその賭けに勝った。
「しょーじきあの条件承知したときは本気で脳みそまで肥えて頭おかしくなったんかと思ったすけど、いやー流石っすねージャインさん」
「手の平返し清々しすぎてキレる気にもならん」
実際、かなり分の悪い賭けであったのは確かだ。その条件で受けたのは、千載一遇と言える好機であったのもそうだが、何より、あの時ウルという冒険者の発する得体の知れない空気に呑まれたのは否めない。
そう考えるとかなり腹立たしいし、それで成功したのだから更に腹立たしい。とはいえ、それで結果として、彼の夢、人生の目標がかなり具体的な形で現実になりそうなのも事実であり、感情の置き所に少し困っていた。
とりあえず本人達に1度悪態をついた後、報酬のやり取りを確認するか。と、現在ウーガに乗り込んだ次第なのだが――
「……何やってんだお前ら」
ジャインは地面に死んだように倒れているウル達一行を発見し、呆れ顔になった。特にウルに至っては、泣きじゃくったエシェルに抱きしめられてもピクリともしない。疲労で動けないのかされるがままの状態だ。
が、周辺の、特に破壊の酷い街並み、高熱で溶かした金属のようにドロドロになって、その後固まったような異様な地面、車輪が吹っ飛んでほぼ半壊している謎の戦車、そして、体中に治癒符が貼り付けられ、左腕がグルグルの包帯巻きになったウル自身を見れば、壮絶な状況であったことだけはわかる。
「疲労で、ぶったおれてた」
ジャインに気づいたのか手を上げようとして、痛んだのかそのまま下ろした。
「ほんと、ひっでえ戦いだった」
「見りゃ分かる。いやよく分からん。どうなってんだこの辺り」
「邪教のやつら、おもったよりずっと、あたまおかしかった」
「……どういう戦いだったかは気になるが、ソレは後だ。勇者はどうしたよ」
「グラドルすっとんでった」
随分と慌ただしい事だが、しかし、グラドル方面からもあの飛竜が飛んできたことを考えれば、その懸念もわかろうというものだった。尤も、グラドルには確か【真人創り】が在駐していたはずだから、滅多なことにはならないだろうと思うが。
とはいえ、今はグラドルのことも勇者の事も置いておこう。重要なのはそこではない。
「で、報酬は支払ってもらえるんだろうな」
「そのつもりだ、が、ウーガが、これからどうなるかわからない」
「……ま、俺達の手には余る代物なのは確かだろうな」
ウーガの破壊の一撃はジャインも目撃している。と言うか、目撃しないわけがなかった。地形すらも変える恐るべき破壊の渦。アレを生み出したウーガという存在は、下手をすれば今後の人類生存圏に多大な影響を与えかねない。
結果、ウルとジャインとの間の取り決めなど吹っ飛ぶ可能性は勿論あり得る。そうなった場合不履行の違約金はいただくつもりではあるのだが――
「まあ、兎に角、あれだな」
「ああ、あれだな」
ウルとジャインが互いに顔を見合わせる。互い、交換したい情報も、話し合わなければならないことも、山ほどあるが、それはそれとして、一つ、区切りとして、言わねばならないことがあった。
「「お疲れ様だ」」
二人のギルド長がそう言って互いを労った。
こうして竜呑都市ウーガを巡る、長い混乱と、戦いの日々は、ひとまずの集結を迎えたのであった。今回の戦い以降、ウルの命運はさらに加速し、激しい混沌の渦の中に呑まれていく事となるのだが、ソレはまた別の話。
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【天陽騎士エシェルの依頼:竜呑都市・ウーガを解放せよ】
・未達成
【天陽騎士エシェルの依頼:謎の翼竜を討伐せよ】
・達成
・飛竜獲得魔石:金貨三枚相当
・粘魔(強)の魔片 吸収
【粘魔王討伐戦:リザルト】
・粘魔王撃破報奨金:なし
・粘魔王獲得魔石:金貨25枚相当
・対都市超大型使役獣[竜呑ウーガ]簒奪
・粘魔王の魔片 吸収
【エシェルの依頼:カーラーレイ一族暗殺依頼】
・達成
・【鏡の寵愛者】エシェル・レーネ・ラーレイ隷奴化
・業大幅に増加。
・未覚醒技能【大物殺し】→【王の殺戮者】に変化
・【王の殺戮者】
→支配者への敵対時能力向上 特殊希少技能(680年間取得者無し) 自動技能 【禁忌】
【白銀の虚】
【黄金の聖者】
【緋終】
【死霊王】
【白神の創造者】
【宵闇の女王】
かくして役者は揃い 交差し 果てに【灰の王】は降臨する