冒険者(もどき)にはなれたけど③
何が何でも冒険者になる。ならねばならない。後などないという事実を改めて自覚し、ウルは今日も今日とて訓練所にてグレンのしごきを受けていた。
彼の指導はメチャクチャで乱暴だが、しかし間違いなく自分の血肉となっている確信をこの2週間で得ることが出来た。粗暴な態度に相反して、彼の指導は的確だった。ただそこに多大なる暴力が入るだけで。故に、彼の指導を受けることに迷いは無い。冒険者となる、強くなるというのなら受けない手は無い。無いのだが、
「…………意気込んでもいてえもんはいてえ」
「つらいですねえ……」
ウルは腫れた顔を押さえるように呻き、シズクはおなかを抱えてうずくまる。
「……シズクはよく続けられるなあ」
「私もやらなければならないことがありますから」
若干青い顔をしながらもシズクはこくりと頷く。妹の命をかかっているウルであっても、この2週間心が折れかけた事は数度あった。しかし彼女がくじけるところはウルが見ている限り一度も無い。
出会った当初は(その異様な登場の仕方も相まって)なんかふわふわした変な女、というくらいの印象しかなかった。が、今はその認識も変わる。異常に美しく、そして聖女のように優しく、根性の据わった――――天才。
「本日は新たな魔術を使ってみたのですが、付け焼き刃では上手くいきませんね」
「魔術ギルドに行って、教えてもらったのか?」
「はい。教えてもらったらできました」
「できたのかあ…」
普通、魔術はそう簡単に習得出来るものではない。ウルも手札を増やすために練習しているが、一つ覚えるのにも一苦労だ。
神と精霊に選ばれし神官達が起こす【奇跡】と異なり、【魔術】は、理論上は誰もが平等に扱うことができる。【魔術】は元々、神と精霊を介さずに【奇跡】を起こすことを目的に生まれた技術だからだ。ただし、【魔術】を起こすためには弛まぬ努力が必要であり、一つの魔術を一朝一夕で身につけることなど出来はしない。普通は。
出来るものは天才という。彼女は天才だった。
白亜の冒険者では平均して一日に一回使えれば良い魔術を日に三回使いこなすほどの才能。悪態と皮肉が意思をもったかのようなグレンすらも、彼女の才能は手放しに絶賛するほどだ。
「心強いよ。全くもって」
彼女と一緒に居ると、自分の凡庸さにくじけそうになることがある。が、その考えはすぐに振り払う。卑屈さはなんの助けにもならない事はわかっている。そもそも、そんな大天才の彼女と今、パーティを組めている事自体この上なく幸運な事なのだ。
矮小でひねくれた自分の根性を宥め、立ち上がり土を払う。するとほかの訓練生の相手をしていたはずのグレンが目の前に立っていた。
「おう、今さっき、お前等以外の全員の訓練生が卒業したぞ。おめでとう。お前等もさっさと辞めちまえ」
「……途中、新入生が何人かはいってこなかった?」
「そいつらも辞めた」
「賢いな……」
そもそもこの暴君のいる訓練所にいつまでもしがみついているウルとシズクがおかしいのだ。酒場の冒険者達に話を聞いたが、グレンの指導はせいぜい1週間続けば良いところだそうだ(その短い時間に徹底して鼻っ柱をへし折りつつ生存術を叩き込むから無駄ではないのだが、と冒険者達は苦い顔をしながら付け加えた)。
1週間もすれば銅の指輪をこの男が与えるつもりが全くないと誰しも気づく。それでも尚居座り続けるウル達がおかしいのだ。
「グレン、銅の指輪をくれ」
「やらん。2週間も同じこと言って飽きねえのかお前は」
「妹の命がかかっている。時間も無い」
グレンは溜息をついた。2週間同じ事を言い続け、同じ言葉を返され続けている。2週間である。約束の一月の半分を消費している。一応、冒険者となるための訓練自体は順調ではあるものの、焦りは募るばかりだった。
「グレン様、この2週間ウル様は決してくじけずグレン様の訓練を耐え忍び続けました」
「3、4回くじけてたけどな……」
「少なくともグレン様の“試し”をウル様は乗り越えたと言って良いのではないですか?」
シズクの意見に対して、グレンは口を閉じ、ウルを睨み付けた。ウルはせめてフラつかないように歯を食いしばったが、迷宮に突入、帰還してから訓練というハードなスケジュールでなかなか足下はおぼつかない。それでも目を背けまいとしていると、グレンは溜息をついた。
「……ま、心身の耐久性が在ることは認めてやる」
「それだけか」
「重要だよ。一番重要と言っても良い」
ついてこい。と、いつもの訓練を切り上げ、グレンはウル達を連れ訓練所へと向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
冒険者ギルドグリード支部訓練所、資料室
「まず、大前提として、お前が目指している黄金級がいかにメチャクチャかを説明する」
グレンはそう言ってだんと壁にかけられた黒板を手の平で叩いた。そこには巨大な文字で【大連盟】とかかれていた。
「【黄金級】は冒険者ギルドが定めている冒険者階級の最高位だ。そしてこの黄金級に到達するヒトはめったにいない。今現在、黄金級として認定されている者は片手で数えられるほどだ」
「ギルド長は違うのか?」
「お前ら最初にあったジーロウも銀級だよ。まあ、大罪都市プラウディア本部の冒険者ギルド長は黄金級だが……まあ、それはいい」
つまり、黄金級とは単純なギルド内部における役職制度とは必ずしも合致しない。冒険者ギルドで出世したからといって黄金級にはなれないし、黄金級になったからといって冒険者ギルドを牛耳れるというわけでもない。
冒険者の指輪とは、総合的な見地から見る
つまり黄金級とは虚飾なく冒険者にとって最高の称号である。
「有名どころだと【黒の王】、【真人創り】、【神鳴女帝】なんかだな。どういう実力か、って言われてもピンとこねえだろうから功績だけ上げるぞ」
大罪都市ラース及び周辺の衛星都市の魔獣災害
真人と呼ばれるホムンクルスによる2桁以上の大迷宮の踏破実績
人類生存圏外化した【大罪都市スロウス】エリアの踏破及び開拓
イスラリア大陸、全土に蔓延った犯罪ギルド【鎖蛇】の壊滅
数え始めればキリがない。そしてその種類は多種多様だ。冒険者、といういわば何でも屋のトップなのだ。その功績は“荒事である”事以外共通点は少ない。
ただし、多様なプロフェッショナルである彼ら彼女らは、しかし一つだけ、共通した案件で貢献を上げている。どんな黄金級であっても必ず“ソレ”とだけは遭遇し、結果を勝ち取っている。ソレは――
「【竜】だ。黄金級になるなら、必ず、竜の攻略が必要不可欠だ」
「竜……」
「そだよ。竜、竜、名無しのお前なら割と知ってるだろ。竜。あれ倒せるか?」
いきなり倒せるか?と言われても、ウルには全くイメージがわかない。
知っているか、と言われれば知っている。グレンの言うように“名無し”であるが故に、都市国の彼方此方を放浪しているが故に、必然的に知る機会がある。
竜、世界の敵対者、生きとし生けるものの憎悪の対象
迷宮を生み出した元凶とも呼ばれる唯一神の敵対者、都市をも喰らう災厄
だが、認識しているからこそ、竜の攻略と言われてもあまりにもピンと来なかった。それはまるで、巨大なる山脈を動かせるか?と言われているような気分に近かった。
「……具体的に、竜って戦ったらどう強いんだ?」
「竜の鱗は刃も毒を通さず、上級魔術以外の魔術は全て反射する。魔銀をも溶かす猛毒の牙、眼光は睨むものを石化させ、咆哮は脳を破壊する。ブレスを吐けば万の生命が一瞬で溶ける。そして、知性は賢者を上回り、幾度となく討伐されようとも生き残った百戦錬磨の経験を持つ。生ける者全ての敵対者」
「出来るか」
「なら黄金級は諦めろ」
グレンはアッサリとそう言う。彼からすればウルが諦めるなら願ったり叶ったり、というようだった。実際、グレンが繰り返し「諦めろ」と言っていた理由の一端がようやくウルにも理解できてきた。
「……今は無理でも、成長したら竜と戦えるようになるか?」
「無理だ。お前にゃ」
取り付く島もなかった。だが、無理、という言葉も流石に聞き飽きた。何故そうまで断言するのか。
「俺には才能が無いのか?」
「普通」
グレンの評価は実に端的で、的確だった。
「此処2週間、ずっとお前を殴ってきた結論だ。良くも悪くもない。平凡、凡人、平均、一山いくらの人材。それがお前だ」
「泣くぞ」
別にウルは才能が無いわけではない、とグレンは言う。
これまでの訓練の中でも、厄介な事情も相まって人一倍の根性は示してきた。魔物への恐怖からくる警戒心と、その恐怖に溺れない胆力も持っている。成程、不断の努力をずっと重ね、運に恵まれれば、ひょっとしたら良いところまで、銀級の末席くらいにはたどり着けるかもしれない。
「だが、黄金級は無理だ」
「そこまでたどり着く才能がないと?」
「いいや、“違う”」
違う、その否定は予想していなかったのかウルは眼を点にする。
「才能は確かにあるに越したことは無い。だが、才能だけでは黄金級にはなれない」
「なら努力が足りない?」
「銀級以上の奴らは誰だって死ぬほど努力してる。だがアイツらは黄金級にはなれない」
「運?」
「ラッキーが百万回続くなら黄金級になれるかもな。そんな奴は存在しないが」
努力でも、才能でも、運でもない。では何が黄金と銀と分け隔てるのか。
「
グレンは少しウル達から距離をとると、ぐいっと服をはだけた。
「自分も、自分の周りも、全ての運命をもなげ捨てる
はだけたグレンの鍛え上げられた肉体。その右肩から腰にかけて、彼の身体を真っ二つに引き裂くよう青黒い傷跡が刻み込まれていた。
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