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救済


「――――ッああ!!」


 鈍く、重く、おぞましい肉を斬り骨を断つ感触を振り払うように、ウルは竜牙槍を振り抜いた。同時に、エイスーラの首を断ち切った、

 刎ねた首の断面から血が噴き出す。至近でそれを浴びるハメになったウルは、しかし身動きを取れず地面に膝を突いた。


「っはあ……!しんど!!」

「ウル様」


 シズクが駆け寄ってくる。ウルはエイスーラの死体から離れて深く溜息をついた。


「血を浄化し、怪我を癒やします」

「頼む……しかしまあ」


 身体の治療をシズクに任せながら、ウルは振り返る。未だ、シズクの魔術によって磔になったエイスーラの肉体。首を失った彼の身体がだらんと吊り下げられている。

 首の断面から噴き出す血が、美しかった彼の法衣を血で穢し続けていた。そしてその足下では恐ろしい形相の生首が、転がっている。

 ウルはそれを見ながら、ぼやいた。


「……やっぱり気分、良くないわ。殺しなんてするもんじゃねえな」

「ええ、本当に」


 シズクは悲しげな表情で祈りを捧ぐ。殺した相手に祈りを捧げるなど欺瞞でしか無いと、それを承知で彼女は祈る。ウルもまたそれに続いた。


「星よ、その身を委ね、貴方の下へと還します……さて、後始末だな」

「ええ、ご遺体を、残すわけにはいきません」


 既にシズクの表情からは悲しみは拭われていた。無理をしているのであろうというのはウルにもわかったが、ウルも彼女の意向を尊重した。


「魔術で、骨も残さないように焼き払います。証拠は残しません」

「犯罪、なんて次元じゃねえしな。まあ、都市外で隠蔽された死体なんて、探しようがねえとは思うが――――」

「うんそうねえ。だからそれされちゃったら困るのよねえー」


 瞬間、ウルとシズクは跳ね飛んだ。

 その場に、ウルとシズク以外の第三者の声が響いたからだ。


「あはは、反応良いわねえ。エイスーラ様を殺したのだから当然かもだけれど」


 女がいた。煌めくような緑の髪の美しい半裸の女。子供のように幼く見えるが、しかし妖艶な妙齢の女にも見える。陽炎のようにはっきりとしない。その不確かな容姿と、虚な目が薄気味悪く、不吉だった。


「…………どっから湧いて出たんだ。お前」


 エイスーラを殺したことで少しばかり気が抜けていたのは確かだが、常時【未来視の魔眼】の展開は続け、警戒を欠かしてはいなかった、ウーガでの反省から学んでいた。しかし、この女が出現した予兆は全く、少しもつかめなかった。


 未来の視界にも女が近づく動作は映らなかった。

 突然、前触れも無く、湧いて出たのだ。


「ウル様。お気を付け下さい」

「シズク」

「あの方、身体からヒトの音が一つもしません」


 彼女の“耳”がどれほどの情報を拾っているのかは不明だが、その表情と声音から伝わる緊張の強さは、エイスーラと相対した時以上のものだった事から、その脅威度は推し量れた。


「あら、酷い。コレでも私はちゃあんと人よ?ある程度、身体の仕組みをはずしているけど、魂は弄ったりなんてしていないもの」


 晒された自分の肌を撫でながら笑い、そして少し目を細め、此方を見る。正確には、自身をヒトでないと言い切ったシズクへと視線を向けた。


「貴方とは違うわよ。ねえ、シズクちゃん」

「私のことをご存じなのですか?」


 シズクは問い返す。僅かに、鋭い緊張が走っていた。

 対して、女の方はといえば、へらへらと笑って両手をあげる。


「予想は付くけど、正直あまり知らないし、興味も無いなあ」

「興味が無いならさっさとどっかに消えてほしいんだが」

「貴方には興味あるのよ?少年」


 そう言って、女の視線はシズクからウルへと移った。より正確に言えば、今は露出した、ウルの右腕、大罪竜に呪われた腕へと。


「うふ、ふふふふふ!!ねえ、どうしたのかしらそれ?!信じられないけれど、“色欲”の腕じゃない?!どうしてそんなものを貴方が持って、しかも生きているの?!」

「ただの事故だよ。っつーかアンタ誰だ」


 問いに、女は忘れていた。と言うように手の平を叩いた。


「アタシ?【陽喰らう竜】のヨーグ。よろしくね?」

「よろしくしない。どっか行ってくれ。コッチは忙しい」

「エイスーラ様の死体の隠滅のため?ねえ、それやられると困っちゃうのよねえ」

「だったら?」


 言葉を皮切りに、ヨーグという女の気配が変わった。胡乱な気配が更に濃くなった。闇夜から崖下を覗くような真っ黒な闇の魔力が、ヒトの形をした女から溢れ出る。


「貴女たちも救済しないと――――」


 そう言って、ヨーグは手の平を此方に向け、


「――――あ ら?」


 る、よりも早く、その首が両断された。


「【魔断】」


 彼女の後ろで、【勇者】ディズが、軌跡を追う事も叶わない剣技を披露していた。ウルもシズクも、切り裂かれたヨーグ自身も絶句する中、動けたのはディズと――


「【劣化創造・模倣:封星剣】」

《おっしゃー!!》


 アカネだけだった。

 ディズの振るう剣となっていたアカネがその姿を変える。その形は、ウルがカルカラを捕縛したときに使用した短剣と同じだった。ソレは真っ直ぐに生首となった女の首を貫き、直後彼女の頭を拘束した。


《できたよー!》

「――――おどろいたあ。この子、精霊憑き?勇者様」


 封じられた生首は、驚くべき事にその状態でも尚喋っていた。生首だけでどうやって喋っているのか、そもそもなんで生きているのかも分からないが、首がくっついていたときと同じように、へらりと笑いながらアカネを見つめ、目を丸くさせた。


「というか、どーして此処に居るのかしらあ?あの聖獣ちゃんのとこいったんでしょ?」

「急いで戻ってきたんだ。君がいるのにフリーにするわけないでしょう」

「私が出るの見計らってたって事?ふふ、ウフフ、そのためにエイスーラ様を見殺し?」

「さて、()()()()()()()()()()()()



 ディズは周囲を見渡す。当然そこには、ヨーグとは別に首が寸断され、血塗れになった死体が――――無かった。いつの間にか消え去っていた。代わりに黒ずんだ炭と、その側でしれっと黙って立っているシズクの姿があった。ウルは迂闊なことを言わないように口を閉じた。


「わあーひっどい。わっるい人達だわあ」

「君ほどじゃあないさ」

「失礼ねえ、私は救ってあげているだけなのにぃ」

「あの名無し達も君の救済?」


 そうよ?と、彼女の顔が笑う。朗らかな笑みだった。ウルは傍目にしか目撃していなかったが、あの巨大な肉塊、ヒトの部品が大量にくっついたような不出来な粘土細工のような代物を、彼女は笑顔で肯定していた。


「良いでしょう?ゼウラディアに使われるより、ずっと良い生き方だわ」

「それを決めるのは君ではないよ」


 それ以上、会話を続けるのは疎ましかったのか、ディズは会話を切り上げた。目の前までつり上げていた生首を下ろすと、ウル達へと視線を向ける。


「二人とも、無事かい?」

《にーたんたちだいじょぶ?》

「まあ、なんとか――」

「君たちが何をしたかについて、私は関与しない。実際見届けたわけじゃないしね」


 ウルの言葉を遮り、ディズは言葉を続けた。


「そもそも、エイスーラ、あの男は自分の意思で都市の外、人類生存圏外に飛び出した。シンラの身分でありながら、愚かしくも単身で。此処ではどんな事故も起こりうるし、“行方知らず”になったとて、それは自己責任というものだ」

「……」

「だから、彼のことはいい。ただし――」


 ディズは、ウルの肩を強く掴んだ。痛みを感じるくらいに強かった。


「シンラの失踪は、確実に混乱を巻き起こす。場合によっては、私は君たちを護れない。追い詰める立場になるからだ。だから――」

「分かっている。こっちが決めたことだ」


 ディズの手に触れ、ウルは頷く。全て、承知の上だった。事前に、こうなるであろう可能性についてはシズクと二人で綿密に話をしていた。故に迷うこともなかったのだ。ディズは手を離すと、額を揉む。


「……あの時、私がもっと早く決めるべきだったかな」

「流石に、こんなことまで自身の責任にしてしまう必要は無いと思いますよ?」

《そーよ。ディズ、かろーししないかしんぱいなくらい、おしごとしてるわ》


 シズクが労るように声をかけ、それにアカネが追従する。ウルも同意見だ。流石に今回の件、全ての責任をディズがひっかぶるのは無茶が過ぎる。彼女がいなければ、もっと現状は悪くなっていたであろう事は、誰の目にも明らかだ。 


「仲良しねえ。ヒトを殺しといて酷い子達だわあ」


 そこに茶々を入れるのは、ヨーグだった。どの口が、と、反論する気はウルには起きなかった。喋るだけ無駄な相手、である以上に、ごもっともだとも思ったからだ。酷い、という言葉に反論する者はこの場にはいなかった。

 代わりに、ディズが再びヨーグの生首をつり上げて、問うた。


「ごもっともだけど、君は自分の心配をした方がいいんじゃない?今後君からは情報を搾りとるし、もうそうなったら、長くはないだろう?」

「あらあ?心配してくれてありがとう、でもね。大丈夫なの」


 ディズの探りに対して、生首だけのヨーグは笑った。へらへらとした笑みではない。口端が裂けるような凄惨な笑みだった。世界の全てを嘲るような笑みだった。

 彼女は、言う。


「だって、グラドルは、()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

「…………―――――シズク!!!!!!」


 ディズが叫ぶ。同時に、


「――――――GA、PE』


 シズクの横、黒ずんだ、灰の中から、産声が響いた。

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