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ウーガ簒奪作戦③

 ウーガを挟み、ウル達と正反対の場所で天陽騎士との交戦を続けていた白の蟒蛇たちもまた、ウーガの凄まじき咆吼を前に、その戦闘は一時的に中断された。

 使い魔の誕生、安定したと思った矢先に発生した凄まじき咆吼。天陽騎士達も事態を把握できず、動けないようだった。

 対し、ジャイン達は冷静だった。シズクからの通信魔術により、極めて短いながらも、「結果」が知らされたからだ。


「……マジでやりやがったのか、アイツら」


 この修羅場、土壇場で適当な事を言うわけが無いと分かっていても、信じがたい。あんな、綱渡りの作戦をマジで最後まで通すなど、頭がおかしい。その作戦に乗った自分もヒトのことは言えないが。


「ジャイン!てめえなにしやがった!!」

「あ?」


 向かいの木々の影からジョンの声がする。射撃手が自分の位置をばらすような真似をするのは愚策極まるし、らしからぬ真似だった。が、声音の震え方からは動揺が伝わってくる。

 どうやら、事態の異常と、状況が不利に傾いたという事実を察したらしい。


「なんにもしちゃいねえよ」


 俺はな。と、言葉にせずに付け足す。

 実際、今回の作戦においてジャインは囮である。天陽騎士やジョン達を引きつけ、余計な事をしないように誘導しただけ、何も嘘をついていない。

 だが、ジョンはジャインの言葉を真に受けなかったらしい。反論の代わりに矢がとんできた。ジャインが陰にしていた老木を正確に射貫き、砕く。ジャインは即座に場所を移動する。こんな状況であっても、必中の魔眼によるジョンの射撃は正確だった。此方を完全に捉えているらしい。


「で、俺がなにかしでかしたとして、どうするんだよ?まだおいかけっこするのかい?」

「ふざけんなクソが」


 声と共に、複数のガラス瓶の炸裂音。途端に広がる毒煙。躊躇のない事だった。ジャインは更に距離を取る。見事にジョンとの場所が寸断された。


「コイツラは囮ですらねえただの案山子だ!退くぞ!!」


 ジョンの声がする。幾つかの天陽騎士の声とのやり取りの後、徐々に気配が遠ざかっていく。ジャイン達が銀級であるが故に、どうしても無視できぬ戦力として効果を発揮していた囮としての機能も失ったらしい。

 大地の精霊の守りも貫けず、毒で追いやられていくだけの戦力など、最早相手にするまでも無いと見なしたのだろう。


 間の抜けたことに


 ――――可能な限りの天陽騎士達を引きつけてくれ。それだけでいい


「舐め腐りやがって」


 ジャインは小さく悪態をついた。そして合図を送る。


()()


 途端、移動を始めていたジョン達の周辺、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「な!?」


 離れた場所から、ジョン達の悲鳴と、大地の凄まじい揺れと、轟音が響く。木々から獣たちが逃げ惑い、鳥達が一斉に飛び立った。


「ジャインさん!やりました!!」

「でけえ声で騒ぐなボケども、毒煙吸うぞ」


 騒がしい騒音の中、ジャインは周囲にまき散らされた毒煙を吸わぬよう口鼻を隠しながらその方角へと近づいていった。

 迷宮から溢れ出た大気の魔力の影響だろう。十メートルを優に超える大木が乱立した森林地帯。その最も大きい木々を重なること無く、一帯を叩き潰すためにジャイン達が作ったトラップだった。

 倒れる直前まで密かに切り込みを入れ、術式を仕込み、合図で一斉に倒したのだ。


「おう、ジョン、死んでないなら返事しろよ。殺してやるから」

「ジャイン!!てめえ!!」

「おうおう、元気だな。大地の加護様々でよかったな」


 大樹の下の方からジョンの声が聞こえてくる。大の大人数人でも囲えそうに無いほどの太く巨大な丸太の下敷きになって尚、押し潰されて死なないのは流石、大地の加護と言ったところだろう。

 だが、それだけだ。


「攻撃に対しては無敵の防御。だが不動の守りというわけでもねえし、剛力を授かるわけでもねえ。付け入る隙はあるわなあ」


 先の接敵で、ジャインは大地の加護の動きを分析し、そして把握した。一切の攻撃を通さない驚くべき守りの力。反則だと思ったのも本当だ。だが、対処できないわけじゃない。

 グラドルの天陽騎士、エイスーラの私兵達の保有する力とその対策、事前に打ち合わせていた範疇を出ることはなかった。


「無敵の防御も、当人が動けなきゃ石像と大差ねえわ」

「クソデブが!殺してやる!!」

「この程度の妨害!すぐにでも退けてくれる!!」


 ジョンと天陽騎士隊長の憎悪の声と共に、魔術の詠唱が複数聞こえてきた。自分らを押しつぶす大樹を破壊しようと動いている。身じろぎ出来ずとも、身体は無事なら魔術を唱えるくらいは可能だろう。


「それをさせる訳がねえだろ。っつーわけで」


 小さな摩擦音、ジャインの手元には火が付いた着火剤の木片が一つ。それをぽいっと、投げ捨てた。

 倒れたばかりの大木に、小さな火種など当然燃え移る筈も無い。だが、コロコロと落下した木片が大木の陰まで落下していくのを確認し、ジャインは大きく後方に飛んだ。その場から逃げるように。


「まあ、死ねや」


 直後、空気が割れるような音と共に、周辺一帯が巨大な炎に包まれた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 幸いにして、というべきか、可燃物になる材料は既に仮都市に存在していた。都市建設用のあらゆる建材を誰であろうグラドルが暁の大鷲に運ばせていたのだ。実際にはウーガを使い魔化するためのものだったわけだが、利用しない手は無かった。

 逃げそびれた名無しの連中に呼びかけて、資材を粉砕し、乾かし、地下空間採掘のための爆破術式と可燃性の油を混ぜて、包囲網の進行ルートに合わせて地面に仕込み、覆い隠す。

 罠の隠蔽、仕込みはジャインの得手の一つだった。天才のラビィンと並ぶために身につけた小手先の技術の一つだが、ジョンが相手でもバレない自信があった。


 そして結果はこの通りだ。


「足下不注意だぜ天陽騎士様。無敵に胡座かいてっからそうなるんだ」


 炎の勢いは凄まじかった。遠方からでも立ち上がる炎が見え、距離を取っても皮膚が焼けるような熱量がある。そして、倒れた木々からは悪臭を伴う強烈な黒煙が溢れだしていた。内部の水気の蒸発とはまた別の、強い異臭だ。


「わーくっさ!キツイっすね!」


 そう言って鼻をつまむのは、別働隊としてトラップ部隊を率いていたラビィンだ。指示通り、恙なく済ませたらしい。


「吸うなよ。あのバカがまき散らしたのと比べりゃマシだが、虫樹の樹液の焼けた煙だ。毒だぞ」

「死ぬっすか?ジョン達も死ぬんすかね?」

「そこまでじゃねえよ。大地の加護持ちに毒は効かん……が、()()()()()()()


 連中が呼吸をしているのは戦闘中に確認している。

 大地の加護は毒は無効化出来るのだろう。熱に身体や肺を焼かれることもないのだろう。だが、空気まで燃えれば、呼吸はできまい。大地の加護は、そこに存在しないモノを生み出すなんていう能力ではない筈だ。

 炎は燃えさかり、身じろぎも出来ず、術の詠唱を口にするため、空気を吸い込むこともままならない。

 天陽騎士達の死因は窒息死だ。


「わーえっぐ」

「楽にしてやろうとしても出来ないんだから仕方ねえ――っと」


 ジャインが手斧を振るう。瞬間、眼前に迫っていた“矢”がはじけ飛んだ。覚えのある一撃、ジョンの一射だ。だが狙いは随分と荒い。

 そして、炎の中から、丸焼けた人影が姿を見せた。


「ジャ、イン!!ごろ、ころしてやる!!」

「ぶっさいくなザマだな、ジョン」


 ジョンの有様は酷い事になっていた。纏った皮鎧や自慢の大弓は焦げつき、体中が煤まみれで反吐まみれだ。大地の加護で、守り切れない全ての部分が損なっている。無残な状況だった。


「なんで邪魔をしやガる!名無しの俺達が真っ当に努力して安住の地なんて得られるわけねええエえだろうが!!」

「うっせーな本当に」


 ジャインは深々と溜息をついた。ただただ、彼は呆れていた。彼は同郷であり、長らくを共にした戦友であるが、しかし限度というものはある。


「誰に言い訳してんだか知らねえが、俺は別に、テメエが俺達のやり方を小馬鹿にしようが、道を外して外道働きに走ろうが、知ったこっちゃねえ」


 俺達だって、地道にコツコツなんて仕事してないしな。と肩を竦める。その上で「だがな」と、ジャインは実に冷め切った目で元同僚を睨み、告げる。


「外道に墜ちた挙げ句、負ける間抜けにかける言葉なんてねえよ」

「ジャイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!」


 その言葉がきっかけとなり、ジョンは大弓を引き絞った。火に焼かれて尚、その機能を損なわれていない大弓は真っ直ぐにジャインに狙いを定め、そして放たれる。


「じゃあな、ジョン」


 それよりもずっと早く、ラビィンが速やかに彼の胸元まで飛び出していった。怒りと憎しみで正気を失い、無防備に晒されていた喉元に、彼女が両手に握ったナイフが突き立てた。


「っご……」


 大地の加護、エイスーラによって守られていた筈のその肉体を、ラビィンのナイフは真っ直ぐに、なんの抵抗もないかのように穿ち、切り裂いたのだった。


「…な……んで……」

「さー?バカだからわかんないっすよ。私は」


 血濡れたナイフを振り払う。ジョンの鮮血が飛び散る。ナイフの刀身に彼の血とは別の、赤黒い液体がこびりついていたのを、ジョンは既に目で見ることは叶わなかった。

 代わりに、フラフラと手が虚空を彷徨い、ラビィンに伸ばされた。


「…………ラ」

「昔は、弱虫のジャインにいを助けてくれててカッコ良かったよ、ジョンにーちゃん」


 かつて同郷として、家族のように苦楽を共にした仲間に告げる最後の言葉にしては、やけに軽く、それ故に彼女らしかった。死の間際まで激情に支配されていたジョンは、その最期の間際、少しだけ表情を柔らかにして、そのまま死んだ。


「あーつっかれたー。ジャインさーんねぎらってー」

「効果あったな。ナイフ」

「わー無視ひっでー」

「ウル達に通話魔術で結果教えておけ。それと、他の天陽騎士どもは死んだか?」

「生命反応はあと二人……いや、消えました。くたばったみたいっす」

「良し」


 ジャイン達と同じく、炎上した森林地帯から脱出した部下達に矢継ぎ早に指示を出す。攻撃無効の天陽騎士達の猛追を受け、流石に疲弊した様子ではあったが、幸いにして行動不能の怪我を負った者はいなかった。


「この後は?」

「万一の時の逃げる準備しとけ。コッチの仕事は果たした」

「サービスちょーっと過剰でしたけどねえ」

「黙れクズ」


 指示を終え、部下達は速やかに動き出した。その場に残されたのはジャインとラビィン、そして死体となったジョンだけだ。

 ジャインは、ジョンの死体の方へと近づくと、長く深い溜息を吐き出した。そして、


「あーーーーーーーーーああああ!!!早く辞めてえ冒険者ァ!!」


 地面に倒れ込み、あらん限りの声で叫んだ。隣で、それを聞いていたラビィンは、そのあらん限りの咆吼にやられないようにしばし耳を塞ぎ、


「ちょーうっせー。そんなショックだったの。ジャインにい」


 そう問われ、ジャインは彼女へと顔を向ける。何時もの冷静沈着な銀級冒険者の表情は無い。疲労でぐったりとした顔がそこにはあった。


「あったりめえだろ!なんだって同郷の幼馴染みを殺さなきゃなんないんだ!?」

「ジョンにいちゃん達が私らに隠れて犯罪に手を染め始めたからだよ」

「そうだった!!なーんで血迷っちゃうかね!本当にこのバカは!!」


 ジャインは物言わない死体となったジョンに悲鳴のような罵声をぶつけ、その後、もう一度溜息を吐き出した。淡々と、恐ろしく冷静にジョンを誘導し、追い詰め、そして殺しきった彼であるが、別に、情が無いわけでも無ければ、心乱していないわけでも無かった。


「……やっぱり、金も、帰る場所も無いって惨めだ。金があれば、ジョンも血迷わなかった筈だ!」

「そりゃどーかなあ。銀級になっても、道を外れるんならどう頑張ってもこうなってた気もするけど、私は」


 安心安全な居場所を得る。

 そのためのジャイン達の働きっぷりは、決して生やさしいものではなかった。ジャインが、都市に住まい、そして冒険者を辞めた後の長期的な生活を見据えていたからだ。それには実績と、都市からの信頼、そして膨大な金が要る。当然、離反者が出ないわけが無い。ジョンと、彼に付いていった元ギルドメンバー達がただ離反するだけなら、方向性の違いというだけの話だ。

 しかし彼らは“易く誤った道に逃げた”。犯罪に手を染め、名無しの同胞を邪教に売り払った。しかも、ジャインが中心となり築いた看板を浅ましくも利用し、挙げ句それを奪い取ろうとして、ジャイン達を消そうとした。


 コレはもう、金がどうこうという話ではない。


 名無しだろうとなんだろうと、“それ”を越えた瞬間、あらゆるモノから排除されてしまう一線というものはあるのだ。ジャインの育ての親たちと同じように、彼らはそれを全く理解できていなかった。あるいは知ってて見て見ぬフリをした。自分だけは大丈夫、などと言って。

 ラビィンだって、その分別は付く。彼らは付かなかった。つまりバカだ。


「そんなバカが自滅して消えたってーだけの話だよ。ちょうど良かったじゃん。ギルドやってくのに危ない奴ら、みーんなクビに出来てさ」

「おめーのポジティブさを見習いてえよ本当に」


 慰めてもなおがっくりと、自身の巨体をしぼませてジャインは明らかに疲れていた。勿論、天陽騎士達との激闘、更に苦戦を偽造し、誘導し、罠に嵌めるという曲芸をした直後だ。疲れてもいるだろう。

 だが、それ以上に彼が消耗した理由はラビィンには分かっていた。故に、


「いつか私らが死んで、ジョンにいちゃんと同じよーに土と風に還ったときに、からかってやろう。私らを見限ってほんっとーにバカだったねって」

「…………あー、そうだな」


 その、彼女の言葉に込められた労りを察せぬジャインではなかった。

 ジャインは立ち上がり、両頬を叩く。顔を上げたときには、いつもの、銀級の冒険者の顔がそこにはあった。


「まあ……後は祈るだけだ。あのガキどもが、このまま上手く事を運ぶことをな」

「行くと思う?」

「トラブらなかったら奇跡だっつの。いつでも逃げ出せるようにしておくぞ……だがまあ」


 ジャインが視線を向ける先は、巨大なる使い魔となり、身じろぎせずにいるウーガの向かい側、現在エイスーラと対面しているであろう、ウル達の方角だ。


「俺達にパシらせたんだ。勝てよクソガキ」



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