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誕生


 最初に、この状況の違和感に気がついたのは【白の蟒蛇】ジョンだった。


「……なんだ?」


 彼は依然として、元同僚達、分裂した白の蟒蛇たちと戦闘を続けていた。

 いや、戦闘ですらない。向こうの攻撃は全て無効化されている。行われているのは一方的な蹂躙だ。向こうは逃げ惑う以外選択肢はない。


「はは、見て下さいジョンさん。ジャインの奴、尻尾まいて逃げ出してら!」

「散々イキっといて笑えるぜ!」


 部下達がジャインの動きを指さして笑っている。彼らもまた、大地の精霊の加護による無敵の力の万能感にハイになっている。ジョンも先ほどまではそうだった。が、今はその高揚もすっかり冷めている。

 状況は一方的、だからこそ、ジョンは違和感を拭えない。


 なんでジャインの野郎はされるがままの状況を放置している?


 ジャインの実力は知っている。剛力な戦闘スタイルに反して頭脳は冷静沈着。紛れもない銀級の冒険者に相応しい判断力を有している。ならば、今の状況が彼にとって望ましくないことは理解しているはずだ。

 ジョンのしていることは、本質的には時間稼ぎだ。竜呑都市ウーガが【聖獣】と成るまでの時間稼ぎ。使い魔が生まれれば、後に起こるのは蹂躙だ。大巨星級の使い魔による無差別攻撃。大地の精霊の加護を持つ者はその場にじっとしているだけで良い。だが、持たない者は逃げることすら叶わない蹂躙劇が待っている。

 そしてジャインの情報収集力ならば、恐らくその事を把握している筈なのだ。


 なのに、なにもしてこない。

 ただただ一方的にやられて、逃げ回り、残り少ない時間を浪費している。

 これはおかしい。


「おい。探知魔術にアイツら以外の動きは無いんだろうな」

「ありません!こちら側にいる連中の動きは全部把握しています!」

「反対側の本隊と思われる連中も押さえています!!」


 自信満々に断言する部下に、ジョンは逆に不安を濃くした。

 他に動きがあった方がまだ納得がいった。この場所にいるのは奴らだけ。別働隊はない。そしてジャイン達の動きは全てこちらで把握できている。無策に、散発的に攻撃しては撤退を繰り返しているのみだ。


 だが、ジャインに無策はあり得ない。

 つまり、ジョンは今、ジャインの策の一端すら、把握できていない。

 コレは不味い。とても不味い。


「おい、何をしている。次の毒を放て。奴らをウーガへと追い立てろ」


 考え込んでいたジョンに、天陽騎士が鋭く命令する。ジョンは舌打ちしそうになりながらも騎士へと向き直った。


「申し訳ありません。しかし奴ら、何か企んでいるやもしれないと……」

「だからなんだというのだ。その上から叩き潰せば良いだけのことだ」

「しかし」

「では作戦を変えると?目に見えぬ策を恐れ、最善手を捨てるなど、とんだ無能だ。つまらんことを言っていないで仕事に戻れ」


 まるで此方に取り合おうとすらしない天陽騎士に、ジョンは怒鳴り散らしたい衝動を抑え、歯を食いしばった。腹立たしい事に、そして困ったことに、騎士の物言いに反論の余地は無かった。

 不安に怯え、取れる最善手を取りこぼすなど、石橋を叩いて砕くような愚かしい徒労だ。万事順調な作戦を切り替えるのは、愚策を捨てるよりも遙かに困難だ。


 順調だから足を止める理由は無い。

 順調だから別の作戦に切り替える理由も無い。

 順調だから、順調だから、順調だから――――


 ――――ならば、ジャインが全く作戦を変えないのは、()調()()()()()


「――――!!」


 背筋に冷たいものが流れた。不安が確信に変わる音がした。不味い。絶対に不味い。だが彼が、その確信を叫ぶよりも先に状況が動いた。


「おお……!!」


 最早人形(ゴーレム)のように機械的に進軍を進めていた天陽騎士達がピタリと足を止め、そして上を見上げる。ジョン達も釣られて上を向いた。彼らの眼前には、巨大な壁のように見える竜呑都市ウーガを包む結界が映る。

 距離が大分近づき、真っ黒な壁となったその結界、使い魔の儀式により“卵”と化したその都市が、今、強く発光している。その輝きの意味をその場にいる全員が理解した。


 ()()()()()()()()()()




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 竜呑都市ウーガの、術が完成に至る事を示すその輝きは、ウーガの土地の何処であろうと届かない所のない凄まじくも禍々しいものだった。

 当然ソレは、ジョン達とは向かい側にいたエイスーラ達の場所にまで届いた。


「ク、フハハハハハハハハ!!!!!!」


 エイスーラは歓喜に打ち震え、高笑いした。

 自らの生み出した圧倒的な力の波動、天地をも覆うような輝きに感動し打ち震えていた。この力の全てが自らのものになろうとしているのだ。感動しないわけが無い。

 使い魔の術の成功は、エイスーラにダイレクトに伝わる。誕生する使い魔の主は彼自身だ。右の手の平に強烈な熱が走り、【制御術式】が灼かれる。だが、その痛みすらもエイスーラは心地が良かった。

 大地をもひっくり返すほどの力が、自らの手中に収まるのだから。


「この力でもってイスラリア大陸の覇王となる!!プラウディアも、あの疎ましい天賢王も!!!全てを飲み干し喰らってくれようぞ!!!」


 エイスーラは吠え猛る。そこにあるのは果て無き貪欲さだった。全てを喰らって尚尽きぬ我欲。そのための手段を手中に収める歓喜に彼は打ち震えていた。

 そしてその後ろで


「…………んー?」


 緑の邪教徒、ヨーグは不思議そうに首を傾げた。

 彼女は自身の生み出した巨大なる使い魔の誕生にまるで興味を向けてはいない。彼女が視線を向けているのは、自身が“台無し”にした【合人】と、ソレと戦う【勇者】だ。


「あたたああああああああああああぐるししししいしいいいいい!!」

「――――!!!」


 聞くに堪えない絶望の悲鳴。

 救いを求める幾つもの子供の手が伸びた巨大なバケモノを前に勇者は防戦一方だ。彼女はロクに反撃出来ていない。獣よりもデタラメな動き方をする【合人】に叩きつけられ、吹っ飛ばされ、後退を繰り返す。

 エイスーラは気づきもしていないが、勇者が何かしようとしているのは間違いなかった。


 彼女は【勇者】だ。

 だのに、【聖獣】の誕生まで、何もしなかった。不思議だ。何がしたいんだろう?

 じゃあ、気になるから、何もしないでおこう。


 という、思考になるのが台無しのヨーグであった。“救済”以外、目的という目的は無い。信念も持たない。だから好奇心にはすぐ流される。

 彼女だからこそ、竜呑都市ウーガの完成は至り、

 彼女だからこそ、“致命的な見過ごし”を起こしている。


「あらあ、始まるわねえ」


 そして、ヨーグは再び意識を散らして、演劇の幕開けを喜ぶ子供のような声を上げる。竜呑都市ウーガから一際に激しい音と、光が放たれる。薄気味の悪い半円球が徐々にその形を変える。


 素材となるのは土と石、金属、そして秘密裏に運ばれた多量の魔石だ。


 迷宮化によって集った魔石は核となり、魔物と同じように血肉を模した身体へと変わる。都市建設を装い運ばれた建材は頑強なる皮膚となり、外敵を穿ち砕く角と成る。

 防壁から太く頑強な六つ足が伸びる。深い爪が地面を喰らう。胴体は山脈のように隆起し、防壁がそれを覆う鎧のように伸びていった。尾は短く太い。反対の頭は大きい。何もかもを砕く顎、左右についた六つの瞳、平べったい鼻に耳。そして顔全体を胴体と同じく防壁が覆い鎧兜のように形を成した。


 その巨大な両顎がゆっくりと開き、そして大地をも揺らす程の声で、産声を上げた。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 【聖獣】と呼ばれるソレが咆吼した。


「素晴らしい…!!」


 エイスーラは歓喜に打ち震えた。


「あらあ、思ったよりずっと綺麗にできちゃった。ざんねんねえ」


 ヨーグは自らが生み出した狂気の異物の完成度の高さに“落胆”し、


「……さて、と。【星墜】」


 勇者は、とん、と地面に紅の剣を突き立て、【合人】を()()()()()()()()()()


「ゆ、ゆゆゆ、ゆうじゃああああ…!!」

「うん、大丈夫だよ。安心して。ちゃんと助けるさ。知人にアテがある」


 恐るべき重力が、悍ましい巨体を包み、そしてその全身を地面にのめり込ませた。深々とめり込んだ身体は抜け出すことも叶わず、結果、実に呆気なく【合人】は動けなくなった。

 身じろぎ一つ取れなくなったその怪物を、【勇者】は優しく撫でて落ち着かせた。


「――――あ?」


 流石に、その結果は、興奮と狂喜に身をよじらせていたエイスーラを我に返すには十分な光景だった。一方的に、此方の策になんの手立てもなく防戦一方であったはずの勇者が、急に反撃に出て、呆気なく此方の先兵を突破したのだから。


「大地の加護を貰っている生物に重力の魔術が効くか心配だったけど、問題なかったみたいだね。良かった良かった」

「き……貴様」

「ん?ああ。ゴメンね。邪魔して、さあ続けて?」


 勇者は肩を竦め、先を促すように両手を広げた。

 言われるまでもなく、すでに使い魔の形は完成した。対プラウディアの最終兵器が完成し、エイスーラの権威は盤石のものと至った。


 ウーガの破滅的な輝きは強まり、エイスーラとのリンクは完成へと至る。

 だが、エイスーラの高揚はすっかり冷めてしまった。あるのはただただ、疑念のみ。


「……何故、どうやって」

「ああ、たかだか“百人分くらいのヒトの筋力量と魔力量を合算しただけ”の存在でしょ?純粋な力だけなら三級くらいの強さはあると思うけど、脅威としてはそこまでかなあ」


 てんで、身体の統率がとれてなかったしね。と彼女は不愉快げに語る。それを聞いてヨーグはニコニコと笑った。エイスーラはヨーグの様子にも気がつかず、【勇者】に注視する。


「なら、何故」

「モタついたか?勿論、時間稼ぎだよ。()()()()()()()()()()()()()()()()


 彼女は淡々と、そう言いながら地面に倒れ伏す【合人】の身体にそっと触れる。悍ましい肉塊であったそれに、幾つもの術式が魔力により刻まれる。地面にめり込んで尚、じたばたと幾つもの腕が蠢き続けていたが、次第にその動きを止めた。剥き出しになった瞳がゆっくりと閉じる。眠ったようだった。


「……何を目論もうとも、無駄だ。最早【聖獣ウーガ】は止まらぬ」


 エイスーラはそんな彼女の動きを一つも見逃すまいと凝視し、契約の印が刻まれた手を隠すようにジリジリと距離を取った。

 彼女の対策として生み出された【合人】は全く彼女に通じなかった。ならば、今最も警戒すべき事は、彼女に自分が殺される事だ。

 ウーガにプラウディアの殲滅はすでに命じている。使い魔の契約自体も、万が一の保険のため、自身が死ねば、父に権限が譲渡されるよう仕込まれている。

 エイスーラという存在は既に、この場における必須ではない。


 だが、そんなことは関係ない。


 エイスーラは【聖獣】誕生のために殉死するつもりなど全く無い。【聖獣】の契約を、病に伏し、老いぼれ、耄碌した父親に譲る気など欠片も無い。

 全て、全て自分のためにここまで来たのだ。

 わざわざ自分が直接出向いたのも、決して【聖獣】の契約を、自分以外の弟妹達に奪われたりしないためだ。自分の私兵以外、何処にも情報が漏れないようにするためだ。


 彼は誰も信じていなかった。彼は全てを自分のものにしたかった。


 妾生まれの、忌み子として生まれてから、姉エシェルの邪霊騒動から突如として跡継ぎになったのが彼だ。腫れ物扱いから一転して、もてはやされ、彼は舞い上がり、しかし同時に、自分の立場があまりに脆い事もエシェルの境遇から理解した。

 彼女に石を投げつけ、罵倒し、弟や妹を煽動して彼女をいびり倒した。再び姉が、自分の立場を間違ってでも奪ったりしないように。エシェル以外の兄弟姉妹にも徹底して、自分のコントロールに置いた。


 彼は失うのを恐れ、それ以上を求めた。

 疑心と餓え。それがエイスーラの骨子である。


 だから彼が今最も恐れるのは、自分が失われること。自分から奪われること、それのみだ。そしてそんな彼だからこそ、【転移】の巻物は当然、用意していた。いつでも逃げ出せる。自分だけでも助かるために。

 目の前の勇者の隙を見て、すぐにでも彼は巻物を発動させるつもりだった。そのため眼前の勇者に全神経を集中させていた。


 故に、彼は気づかない。


「――――」


 彼が最初に地面に平伏させた従者達。悲鳴を上げて、勇者が施していた結界の中で身じろぎ一つ取らなくなった彼等が、本当に一切の身じろぎもしなくなっているのを。

 そして外套を羽織った彼等の内、たった一人だけがそっと手を上げて、エイスーラへと向けているのを。





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