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偽竜最終戦②


 偽竜との戦闘も通算3度目となる。ともなれば、スペックの方はおおよそ把握できている。

 能力は飛行と咆吼。空を自在に飛び回り、そして多様な咆吼を使いこなす。着弾すると爆散する【火玉】に近いものや、広範囲の燃焼、更に超高範囲、高出力咆吼。武器は一つだが攻撃は多様だ。

 だが現在、偽竜の力は大幅に削がれている。


『GYAAAAAAAAAAAA!!!』

「狭っ苦しそうで大変だな。同情するよ」


 理由はシンプル。地形の不利だ。

 自在に空を飛べる能力を持ちながら、偽竜がいる今この場所は都市の中、地下水路だ。空間としては広い方だが、空には限りがあり、自由からはほど遠い。移動には大きな制限がある。それだけでも大きく力は損なわれていた。

 敵の届かない距離から一方的な攻撃が出来るだけでも、圧倒的なアドバンテージがある。だが此処ではそれが叶わない。この場所の守護を命じられているから。

 その隙を狙わない理由はなかった。


「ロックは回避専念。シズクは氷棘で翼を狙え」

「当たるかはわかりません」

「それでもいい。無理に回避させて激突させろ」


 淡々とウルは指示を送り、攻撃を続ける。

 戦車から放たれる魔術は狭い地下空間を飛び回る【偽竜】を執拗に狙い続ける。


『GUUUUUUUUOOOOOOO!!!』


 【偽竜】は苛立たしそうに唸る。だが、攻撃は出来ない。動きを停めて吐息を放とうとすれば、間断なく放たれる攻撃が偽竜の身体を貫く、そうすればダメージは小さくとも、バランスを崩して墜落するだろう。

 状況は一方的だった。だが、その状況を【偽竜】は当然良しとはしなかった。


『GAAAAAA!!!』


 ぐんと旋回し、偽竜が降下する。地面スレスレの状況で低空飛行し、真っ直ぐに此方へと突っ込んでくる。


『カカカ!!!強気じゃのう!!』

「回避!!」

『無理じゃ!!抱きしめたるわい偽竜ゥ!【骨芯変化ァ!!】』

 

 ロックンロール号の形状が変貌する。鎧のように車体に巡らされていたロックの骨が形を変える。それは骨で出来た大きな両の手だ。ウルが外からそれを見ていたなら、死霊術師が操る巨大なる髑髏を思い出していただろう。

 更に車輪に骨の棘が伸び、地面に突き立った。


『【餓者双腕!!】』


 巨大な骨の両手と偽竜の身体が激突した。地面に深く食い込んだ車輪が、衝撃を受けきれず、砕けながら後ろへと押されていく。力は圧倒的に偽竜が上回っていた。


「手数ならコッチが上だ!」


 ウルは竜牙槍の砲口を再び開き、シズクが魔術の詠唱を続ける。ロックの動きが封じられたからと言って、戦車の機能全てが停まるわけではない。回避防御の手間を戦車に任せ、攻撃に集中出来るのは戦車の明確な強みだった。

 だが当然、向こうも使える武器が減っているわけではない。


『GAAAAAAAAAAA!!!』


 骨の双腕に押さえつけられた直後、偽竜は地面に着陸した。同時に顎を大きく開き、強い熱光を溜め込み始めた。

 吐息が来る。それもウルを一撃で丸焼きにした強烈なヤツだ。


『2度目はないわ!!』

「【咆吼】中断!シズク、盾!」


 ロックの両腕が偽竜の翼を逃がさぬよう押さえ続ける。シズクは詠唱を取りやめ、防御の魔術を開始する。ウルは黒睡帯を取り払い、未来視の魔眼に意識を集中した。


「【【【【火喰らいの盾】】】】」

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 三重の盾が生成された直後、偽竜の高威力吐息が吐き出された。灼熱の炎は眼前に生まれた輝く盾を瞬時に1枚砕き、2枚目も即座に破壊し、3枚目も続け様に焼き払った。炎熱を喰らう魔術を正面から破壊して尚、勢いを保った吐息が戦車に直撃した。


「――――熱っづうう!!!!」


 直撃はせずとも、爆発的に上昇した戦車内の温度にウルは叫んだ。叫んだ側から口の中まで焼ける感覚に即座に口を閉じた。焼かれた鉄鍋の中に閉じ込められたような感覚だ。事前に、個々人に火除けの加護を何重にも張り、対火装備を重ねて尚このダメージである。

 何の備えも無ければ、この戦車がそのまま墓場になっていただろう。あるいは調理鍋か。


「だが、耐えたぞ…!!」


 ウルは魔眼で眼前を睨む。焼けそうになりながらも目を逸らさない。数秒先の光景が映る。偽竜の吐息も無尽蔵ではない。その火力が弱まるタイミングを先取りして読み取る。


「5秒後!!!」

「【【氷よ我と共に唄い奏でよ】】」


 ウルは竜牙槍の発射用意を再び開始する。同時にシズクが魔術の詠唱を開始する。

 間もなく、ウルが捉えた光景が始まった。竜の吐息が弱まる。攻撃が終わる。それが最も隙が生まれるタイミングであるのはヒトも魔物も変わりは無い。

 その最大の隙を、ウル達は完全に捉えていた。


「【咆吼!!】」

「【【氷霊ノ破砕槍・二奏】】」


 弱り始めた吐息を穿ち貫く、竜牙槍の咆吼が偽竜を直撃し、その両翼をシズクの氷の槍が貫き、砕き割った。


『GYAAAAAAAAAAAAA!?!?』

『は!!かわいそうに、のう!!!』


 巨大な骨の手が握りしめられる。作られた拳が真っ直ぐに目の前の竜に叩きつけられる。めしゃりと、叩き潰れるような音がして、偽竜が後ろに吹っ飛ばされた。


『GOAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』


 だが、それでも尚、偽竜はまだ倒れはしなかった。ひしゃげた顎を裂けるほど大きく開く。先ほどの吐息よりも更に眩い灼熱が凝縮していく。あまりに強い熱量に身体が耐えられないのか、偽竜の黒い身体の彼方此方から黒い血が噴き出す――――


「――――なんだ?」


 ウルは偽竜の動きにぎょっとした。

 裂けるほど大きく開かれた顎、そしてそれは、()()()()()()。歪な音と共に形状が砕け、崩壊する。最早まともな竜の形を取っていない。噴き出した黒い血が、生きているように蠢きながら、崩壊寸前のからだを覆っている。これは、この生物は、


粘魔(スライム)か!?」


 一見、偽竜の中から粘魔が這い出てきたようにも見えたがそうではない。粘魔が竜の形を模倣しているのだ。が、粘魔がそんな真似をするなんて話は勿論聞いたことはない。

 だが、目の前の粘魔は確かに竜の真似事をしており、しかもその力を再現している。そして今、自壊をも厭わず最後の一撃を吐き出そうとしていた。


「……まあ、いい!!死ぬなら、一人で、死ね!」

「出来たわ。【白王陣・白王降誕】」


 戦車からウルが飛び出す。小さな身体、しかしその身に宿す力はこの場の誰よりも強大だった。白王の力を手にしたウルが、竜牙槍を片手に跳ぶ。白王の力の余剰により、竜牙槍にもその力は溢れる。

 【紫華の槍】の刀身は、魔力を毒に換える。だが前回の探索時のような、微弱な魔力から生まれる一時的にしか効力が持たない毒液ではない。白王の魔力にあてられ、溢れたその毒は、万物をも爛れ溶かす致死毒だ。


「【縷牙・白王水】」


 本来の色を超過し真っ白に染まった毒を()()()に改めてまとわせる。

 ウルは構え、地面を踏み抜き、突き出す。


「【紫華突貫】」


 白の閃光が、偽竜の頭を穿った。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






『――――――』


 竜を模した粘魔の断末魔は無かった。

 声を上げようにも、口も喉も、それどころか頭もなかったからだ。

 ウルの一撃で偽竜の頭はかき消えたからだ。膨大な力と、万物を溶かす毒の合わさった一撃は、偽竜の頭部を完全に消滅させてしまった。

 頭部をスッカリ失った偽竜は、それでも暫く両足で立って静止していたが、しばらくするとバランスを崩し、ぐらりと揺れ、倒れた。恐らく粘魔としての核も貫かれたのだろう。そのまま残った身体も形を保てず崩れ、蒸発していった。


「こわ……」


 ウルは自身のもたらした結果にドン引きした。

 白王陣もそうだが、【紫華の槍】も思った以上に危ない特性を秘めていたらしい。注がれる魔力の質や量で毒性が変化するのは把握していたが、変化に際限がない。

 白王陣の力すらも受け入れて変質する。毒花怪鳥の爪は思わぬ拾いものだったらしい。扱いに気をつけようと心に決めた。


 偽竜は墜ちた。その形を保つことも叶わなくなったのか、黒い液体に溶けて、ソレすらも迷宮に吸収され消えていった。偽竜との戦闘は終わったのだ。

 しかし依然として此処は迷宮の中である。ウルは喉や全身が炙られた痛みを感じながら、シズクに指示をだした。


「ジズグ!周辺探索!」


 戦車の上部からシズクが顔を出し、両腕で丸を作る。魔物はいないらしい。そして彼女もまた喉をやられているらしかった。あの灼熱の中、唄を媒介に魔術の詠唱をしていた彼女が最もダメージがデカかったのだろう。


『おう、ウル!シズク!さっさと飲め!』


 真っ黒に焦げたロックが、その巨大な骨の手で、ぽいと二人の方へと回復薬(ポーション)を寄越してくれる。ウルは慌てぬように、ゆっくりと口に含んだ。喉の痛みと共に全身に回復の効果が染み渡るのが心地よかった。隣でシズクも同じように回復し、戦車の中を覗き見る。


「ふう……リーネ様、大丈夫ですか?」

「――――あっつ!あっづ!?なんでこんな熱いの!?」

『あんな炙られたのによう気づかんかったのー』


 見る限り、全員無事らしい。ウルは肩の力を少し抜いた。というよりも力が入らない。白王陣で魔力を消費しきった反動だ。


『しかし【偽竜】……いや【粘魔】か?3度目は楽勝じゃったの』

「主不在の使い魔、不利な地形、割れた手の内。楽勝じゃなきゃ困る」


 相手は碌な強みを発揮出来ず、此方はその強みを潰すための準備も、此方の強みを押しつける準備も全てが整っていた。相手がどれほどの格上であったとしても、これで負けるわけにはいかなかった。

 最後の変化事態は気になるが、あまりこの件に時間をかけるわけにもいかなかった。なにせ、まだ“一段階目の仕事が終わったに過ぎない”。


「全員、可能な限り体調を万全に戻せ。回復薬(ポーション)魔力回復薬(マジックポーション)は全部使って良い」

「【飢餓】の特性が迷宮に残ってなくて良かったですね」

「アレも、結局の所ウーガそのものを使い魔化するための魔力収集機能だったのでしょうね。完成直前になったから機能を失った。遠慮無く回復しましょう」


 用意は潤沢だ。暁の大鷲から消耗品は限界まで買い漁っている。普段なら少しでも節制しようとやりくりするところだが、今回はそうも言っていられない。金の出所も自分たちではないのだから遠慮せずウル達は回復に専念した。


「――――ヤバいわね、これ」


 魔力回復薬を口にしながら、リーネはぽつりと感想を述べる。彼女が睨むのは眼前に広がる竜呑都市ウーガの“核”だ。真核魔石に似た、使い魔製造の儀式の中心部である。

 脈動する術式を睨む彼女の横でウルも同じように観察するが、なにか凄まじい力が蠢いているという事以外さっぱりわからない。


「やっぱ凄い魔術なのか。コレ」

「凄い……のは凄いけど……正直褒めたくないわ私コレ」

「どういうこっちゃ」

「危ういのよ」


 リーネは恐る恐る、というように地面に刻み込まれた術式に触れる。今にも爆発する爆弾に接触するような慎重な動作だった。


「ほんの僅かでも別の要素が加われば、その瞬間全てが崩壊するようなバランスよ。普通、こんなの組んでたら頭がおかしくなるわ」

「よくわからん」

「小さな小石みたいな土台の上に巨大神殿が建築されてるようなもの」

「よくわからんがわかった」


 これを考え出したヤツは頭がおかしい事がわかった。頭がおかしいことは重々承知していたので、情報は増えなかったが。


「だから、やっぱりこの魔術に直接的に干渉するのは不可能よ。ほんの僅かでも弄って術が崩れたら、私達消し飛ぶわよ」

「なるほど了解」


 つまり現状は、()()()()だ。ウルはシズクに視線を向ける。彼女は応じて頷き、そして自分たちが使った隠し搬入通路へと顔を向け、【冒険者の指輪】を嵌めた指を口元に当てた。


「【通話】――安全は確保されました。此方に来てもらって大丈夫ですよ」


 指輪の機能によって魔術の通話を行う。距離が遠くであれば働かず、双方が指輪を持たなければ一方的な連絡となるが、ただの合図ならこれで十分だ。


 間もなく、通路に隠れていた“者達”がやってきた。


「カルカラ様、ようこそいらっしゃいました」

「…………」


 裏切りの神官、カルカラは実に不機嫌な表情でウル達を睨んでいた。


「機嫌が悪そうだな」

「監禁、拘束、尋問されて機嫌がいい人がいると思いますか?」

「そっちの所業を考えれば、相当良い待遇とは思うがね」

「感謝しています」

「どういたしまして」


 雑な感謝を雑に返した。


「準備を進めます。他の皆さんも此方へ来て下さい」


 シズクの呼びかけに、カルカラの後ろから更に続いて隠し通路からやってくる。彼女と比べると恐る恐る、という様子だ。

 男女様々。彼らは“神殿にいた従者達”だ。明らかに不満と恐怖を隠そうとしない表情で、しかし止まること無く迷宮の最奥へと足を踏み入れていった。


「どうしてこんなことに…」

「き、気味が悪い……」

「はやく家に帰りたい……」


 多様な悲鳴と嘆きが溢れる。まあ、当然だろう。

 彼らの多くは迷宮はおろか、都市の外にすら出たことが殆どないような連中だ。ましてや、迷宮の深層などという、冒険者でもそう多くは踏み入れないような場所に引っ張り出されたのだ。嘆きもするだろう。

 だが、彼らは此処に来るしか無かった。彼らとて崖っぷちなのだから。


「ようこそおいで下さいました。皆様。どうかご協力をお願いします」

「シズク様!!!」


 シズクが前に出て声をかけると、やってきた従者達の半数以上が、一斉に彼女の方へと近づいていった。腐っても官位持ちである彼ら彼女らが、ただの冒険者であるシズクに向かって様付けする光景は異常であったが、口を挟む余地はなかった。従者達は最早必死と言って良い形相でシズクに跪いていた。


「どうか、どうか私達をお救い下さい!どうか…!!」

「ご安心下さいまし。皆様」


 シズクの声音は、地下深くのこの場所ではよく響く。鳥の美しい囀りのような声は、耳を通して脳を揺らした。


「我が身命に懸けて、皆様をお守り致します」


 端から聞いているウルですら、漠然とした安心感が心の奥から湧いてくるのを感じた。真正面から聞いた従者達なら尚のことだろう。うっとりとした表情でシズクを崇めている。

 短い間に人心掌握はすっかり済ませているらしい。頼もしいことだ。


「本当に此処は安全なんでしょうね!?」

「彼方此方から変な音がするぞ!!」


 とはいえ、流石にまだ、シズクに心酔していない者もいる。いくら何でも時間が短すぎたし、従者達の数が多かった。シズクとて一声で全員を支配できていたら今頃世界を征服できているだろう。


「き、き、貴様ら!ぼおっとしているんじゃない!早く私を守れ!!」


 何よりも、此処には従者の最高位のグルフィンがいる。巨体で肥満なグランの位を持った男は、恐怖で青ざめながらも此方に大声で喚き散らしながら護衛を指示する。此処に1秒でも居ることが耐えられないとでも言わんばかりだった。


「くそ!くそ!くそ!なんで私がこんな所にいなければならないんだ!早く帰らせろ!!」


 どうしたものか、と、思っていると、ウルの横からスッと、カルカラが出て、グルフィンの前に立つと――――彼の首を引っ掴んだ。


「んご?!」

「けたたましく喋るな豚。黙って仕事をしろ」

「き、きさ、きさみゃ」

「私はこんな所に来たくもなかったのだ。だというのにどうしても確実な護衛が必要だからとやむなく居る。これ以上苛立たせたら殺すぞ」


 みしみしと、骨が軋む音がしたので、慌ててカルカラをグルフィンから引き剥がす。グルフィンは悲鳴を上げながら一気にカルカラから距離を取り、シズクの後ろに隠れると小さくなって黙った。よっぽど怖かったらしい。


「あんたそういうキャラだったっけか」

「貴方にも言っておきます」


 カルカラはウルの方へと振り返ると、手の五指から岩石で出来た爪を伸ばしウルへと突きつける。目の色を剣呑に輝かせ、言った。


「エシェル様が死んだら殺します」

「この捕虜めちゃくちゃ自由だなあ……」


 裏切った主を守る。それこそが彼女の目的で全てだった。

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