偽竜最終戦
竜呑都市ウーガ
大罪都市グラドルに連なる新しい衛星都市――――に、みせかけて生み出された“対プラウディア決戦兵器”、都市全てを使い生み出された魔術陣、人工的に迷宮化する事で生み出された魔物達による大気の魔力の魔石化とその運搬と集積。
それら全てを精巧なバランスで維持し、生み出されんとする都市規模の巨大なる使い魔こそがウーガの正体である。
恐るべき大魔術であり、そして思いついたとて「子供の妄想」と笑い実行に移す事はない奇術だった。【台無しのヨーグ】でもなければ、あるいは七天の一人、【天魔】でもなければ、実行に移す事は無かっただろう。
そんな前代未聞の大魔術が、まさに結実しようとしていた。
全ての準備は完了し、後は魔力が満たされれば、【聖獣】は生まれる。
その、巨大魔術の中心地。
『――――――』
飛龍は、否、【偽竜】は聖獣の前で沈黙していた。
主からの最後の命令、この場の守護を命じられ、それを忠実に守っていた。
実のところ、既にその命令は無意味になっていた。この大魔術の守護が必要だったのは、術が完成するまでの間の事だ。そして“既に術は完成した”。最早、この魔術を編み出したヨーグであっても、途中で中断することも、変更することもできない。
強引にそれを行おうとすれば、多量の魔力が行き場を失い、周辺地域一帯をも巻き込む破壊を起こすだろう。
つまり、【偽竜】が此処を守ろうとしなくとも、此処に侵入するような者が居るはずがなかった。何も出来ない、何かしようとするならそれは自殺と同義だからだ。
その筈だった。
「ああ、やっぱいるんだな。偽竜」
「傷も治っていそうですねえ」
その偽竜の目の前に、巨大な異物が出現した。
それはヒトと比べれば明らかに大きい。魔物の類いとも見紛うばかりのサイズだが、荒れた水路を蹴りつける車輪に、木造と金属の装甲は人工のものだった。そしてその身体を白く太い骨が外骨格のように覆う。人魔の入り交じった、まさに異物だった。
それがロックンロール号などという珍妙な名前が付けられた代物であるなどと、当然偽竜は理解できなかった。
「戦車、運べて良かったな」
『この通路もっとはよ知っておったら楽だったんじゃがの?』
「言うな」
今回ウル達が使った迷宮の侵入経路は先日までウル達が開拓していた通路とは別口だ。
所謂隠し通路、もしくは搬入通路とも言える経路だった。
この迷宮が人工のものである以上、【作成者】にとって中心部である最深層へのアクセスは問題だ。いちいち魔物達を潜り抜け、狭苦しい“肉の根”の通路をかき分けて魔石収集を役目とする土竜蛇を邪魔せずにたどり着くなど、どう考えても非効率だ。
迷宮化が進んだ後も、それに影響されない安全な通路は必須だった。それが今ウル達が使った通路である。
「まさか仮都市から直通とはな…」
「楽勝でしたねえ」
しかもそれはありがたい事に、ロックンロール号を走らせる事が叶う大きな通路だった。ウル達はそれを利用して、殆ど消耗無く、現在最深層にたどり着いている。
「で、だ。あの【偽竜】を操ってたのが裏切りの従者……カランだったんだよな」
ウルは内部に取り付けられた望遠鏡で、真核魔石(使い魔用)の前で鎮座する偽竜を覗き見ていた。マジマジとみる機会がなかったが、翼を生やした巨大な蜥蜴のような姿をした偽竜は禍々しく恐ろしかった。
アレがヒトの手で作られた使い魔などとはとても思えない。
「ええ、そして自身の身体のように操っていたとか」
「そんなことできるのか」
「普通は出来ないそうですが、彼の上司の技術でそれが叶ったとか」
カルカラと共に捕まった邪教徒の手先、カランの持っていた情報をディズは殆ど根こそぎ掌握していた。白の蟒蛇との情報交換や、周囲の名無し達への様々な指示に追われる中、シズクはディズからその情報を受け取っていたようだ。
聴取の後、カランが半ば廃人のようになっていたのは気にしないことにする。
「残念ながら、命令の変更は出来ないみたいでした。捕まる直前に、自分でも命令を変えられないようにしたみたいです」
「自分がどんな目に遭おうともってか。けなげなことだな面倒くせえ」
『面倒ならディズに倒してもらえばよかったのにのう』
ロックンロール号と一体化したロックが口出しする。無論、ウルとて出来るならそうしたかった。偽竜は非常に強力な使い魔であるが、ディズに敵わないだろうというのは間違いない。だが、
「アイツはアイツで大変なのに、これ以上負荷はかけられん」
『ま、ワシはこっちの方が楽しくて良いがの、カカ!』
ロックは笑う。
ウルは彼の暢気さに呆れつつも少し笑った。この気楽さはありがたかった。何しろ、これから前代未聞の“賭け”にでるのだから。
「全く、心臓と胃に悪い……」
「でも、賭けなんていつものことではないですか?」
「頷きそうになるが、やめろ。こんな危機的状況慣れたくない」
迷宮化し、更にこれから超巨大使い魔と化する都市の中心部に侵入している割に随分と暢気な会話だった。
『しかし偽竜、こっちを見てるはずだが、動かないのう』
「そもそもこっちが何なのか理解できていないんだろう。ずっと戸惑ってくれるなら楽だがな。リーネの時間が稼げる」
ウルは自分の背後で、自分の背中をキャンパスに集中しているリーネへと意識を向ける。先ほどから一切会話には参加していない。極度の集中で此方には見向きもしていない。【白王陣】の準備を進めていた。
この直通通路はかなりのアドバンテージを稼ぐことが出来た。魔力消耗が激しくなる後半の筆記状況でも、安全な場所で作業が出来るのだ。先にも偽竜に大ダメージを与えた白王陣だ。有効な攻撃なのは間違いなかった。
問題は、敵がその完成を悠長に待ってはくれるか、と言うところだが……
『リーネの準備は着々じゃが、お主の装備はどうなんじゃ。全部失ったろ前の戦闘で』
「悪くねえよ。【暁の大鷲】から特急で仕入れたから、細かい調整は出来なかったけどな」
ウルは自身の装備を確認する。火喰いの鎧が粉砕し、新たに買い付けた薄い蒼の鎧は魔銀製だ。性能は実にシンプルで、強く、軽く、頑強。それに尽きる。特殊な効果は無い。ただただ強い。
魔銀は多くの冒険者から人気だ。冒険者となれば、これを手に入れてようやく一人前だと言われる程だ。ウルは自分が一人前になれたなどとはちっとも思わないが、備えられる最大のものを、として提供されたのがコレだった。
『よく売ってくれたの?というか、アイツら逃げたんとちゃうんか?』
「先行部隊は包囲前に脱出できたらしいが、本隊は間に合わなかったんだと」
逃げ遅れた、という割にスーサンは全く余裕たっぷりな態度であり、本当に逃げるつもりだったのか疑わしい。しかもウル達に協力すると言いながらたっぷりと金をせしめた辺り、全く此処で死ぬつもりはないようだった。
いざとなれば、自分たちだけでも逃げる手段は確保していても不思議ではない。
「ま、お陰様で十二分に補充が出来たからこっちとしちゃありがたかったがね……そろそろどうだ?ロック」
『ふむ、そろそろヤバい空気がし始めたぞ。ウル。お前さんからのう』
「時間切れか…」
白王陣の完成が近づくにつれて発せられる異様なる力の気配の高まりをロックが告げる。魔物に近いロックが感じ取れるということは、偽竜にも同じく分かるということだった。
「んじゃ、向こうが動く前に、やるかね」
「今回はエシェル様の加護がありません。お気を付けて」
「アイツにも“役割”があるからしゃーない、なっと!」
主砲となる竜牙槍を砲口にセットする。顎を開き、此方に疑問と警戒を向け、今にも動き出しそうな偽竜へと矛先を向ける。
「先日のお礼参りだ。受け取ってくれよな」
先日、不意打ちの咆吼で死にかけたウルはそう言って、竜牙槍の【咆吼】を放つ。
全く正体のつかめない謎の巨大な物体を前に警戒し、距離を置いていた偽竜は、突如出現した砲身から放たれた熱光に着弾し、驚きと悲鳴の声をあげた。
『GOOOOOOOOOOOOO!?!?』
「戦闘開始」
偽竜は怒り、そして宙を舞い此方に接近する。
通算3度目となる、偽竜との決戦の火蓋が切って落とされた。
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