包囲殲滅戦②
天賢王の懐刀の一本と、暴食都市の王。
対峙した両者の内、先に動いたのはエイスーラだった。
「【平伏せ】」
「――――っ!」
途端、勇者達と逃亡者を中心に空から“重さ”がのし掛かった。勇者は少し足をふらつかせるだけに済ませたが、彼女の背後に居た逃亡者達、仮神殿の従者達はそうもいかなかった。
ひい!と悲鳴の声をあげながら、地面に倒れ伏した。
「頭を垂れるがいい愚かなプラウディアの下僕、無能ども」
「【白結界】」
勇者が即座に魔術を施し、背後で悲鳴を上げる従者達に結界を施す。彼らに掛かった重力は緩んだが、しかし倒れたまま動こうとはしなかった。
「役立たずのクズどもを守ろうなどと、余裕だな勇者よ」
「酷い言い様だ。元はと言えば君の国の従者達だろうに」
勇者は溜息を吐いた。倒れ伏す従者達を庇うように前に出ると、そのまま尋ねる。
「彼等を使い捨てる事を、他の官位の家々は承諾したの?」
「したとも?」
エイスーラは即答した。
それがどれほど惨い意味を示すのか、エイスーラは勿論分かっていた。分かっているからこそ、気分が良い。勇者が心底、哀しそうな顔をするのが何よりも最高だ。
「血を分けた家族を贄として喜んで捧げる連中の顔を見せてやりたかったな、勇者。アレは見物だったぞ」
「……神殿の頂点ともあろう者が、悪趣味に染まったね。大地の精霊も悲しんでるよ」
「ほう、流石末席とはいえ七天。精霊の代弁者を気取るとはな。恐れ多くて私にはとても真似できん事だ」
彼女の言葉をエイスーラは嘲笑う。自らの精霊の扱いを省みる所はまるで無いというようだった。だが実際、この場においては、真理を突いているのは勇者ではなく、エイスーラの方だった。
精霊にヒトの理は当てはまらない。
精霊の意図を図ることは許されない。
精霊の力の使い手がいかに暴挙を起こそうとも、ヒトは精霊を咎める事は叶わない。
裁くのも、裁かれるのも、ヒトである。精霊ではない。
「大地の精霊が私を咎めるなら、この力はとうに没収されているだろう。だがそれはない。ならばそれが全てだ」
「もっともだね。やれやれ、たまには私にも愛を分けてほしいよ。精霊達には」
「哀れだな。神にも精霊にも愛されぬ女の嘆きは」
そしてエイスーラが再び手を振るう。途端、大地が隆起し、槍のように“勇者”に向かって降り注ぐ。魔術ではあり得ない、詠唱も対価も払わずに起こす超常の力。神官にのみ許された奇跡が自在に振るわれる。
精霊の寵愛を受けようと、ヒトの身を遙かに超えた力を扱うには当然鍛錬が必要となる。時として、過ぎた力が自身を破壊してしまう者も少なくはない。
エイスーラ・シンラ・カーラーレイ。グラドルの王である彼の神官としての能力は紛れもなく王と呼べるものだった。
「見ろ!!コレがこの世の理だ!世界の真理だ!お前では決して届かぬ力だ!」
「確かに私に神官の適性は無いけれど――――」
嵐のような攻撃を前に、小柄な“勇者”はその姿すら呑まれようとしながらも、しかしその声は平静だ。
「――――君に剣が届かないわけではないよ」
黒の閃きが奔る。
その一撃は大地の隆起を両断し、そしてその起点となっていたエイスーラの頬を掠めた。あらゆる攻撃を通さない無敵の加護が掛かっているはずの彼の身体は、しかし“勇者”の剣撃に対してはその力を発揮せず、彼の頬から血が伝った。
「ッ!?」
「天陽騎士の、そして七天の役割の一つは墜ちた神官への粛清だよ。用意はあるさ」
振るわれる力の量は明らかにエイスーラが上だった。しかし、力の質、なにより振るう者の練度は、明らかに“勇者”が上回っていた。
だが、
「……く、フハハ…!用意、用意と言ったな。貴様。それならば此方にもあるぞ?」
エイスーラは、ダメージを負った事への狼狽を押しとどめ、再び余裕を取り戻す。
“勇者”は平坦な表情を変えぬまま、剣を構え直した。
「用意ね。秘密兵器でもあるのかな?」
「あるとも。そのための協力者もいる」
「協力者。さて誰だろう」
勇者は表情を変えず、剣を構えたまま静かにエイスーラを見つめていた。驚きもしないあたり、彼に協力者がいたことは予想していたようだった。
「まあ、秘密兵器なんて嬉しいわあ」
だが、彼の横にいつの間にか現れた、緑髪の女が姿を見せた瞬間、彼女の顔色は変わった。
「勇者様。久しぶりねえ」
「――――ヨーグ、君か…!よりにもよって!!!」
その言葉に込められているのは深い嫌悪だった。普段の彼女を知る者ならば、常に余裕の態度を崩さぬよう振る舞う彼女のその反応には驚いた事だろう。それほど明確で、ハッキリとした驚愕と嫌悪を緑髪の少女へと向けていた。
「都市丸ごとの使い魔化……ああ、なるほど、考えてみれば確かに君の趣味か」
「あれすごいでしょう?都市まるごと遊べるなんて初めてだから張り切っちゃったの」
「ああ、凄いよ。驚いた。あきれかえるほどに」
そしてそのまま視線をエイスーラへと移す。金色の瞳に込められていた感情は明確だ。
強く重い、批難だ。
「とんでもないものを招いたね、エイスーラ。君の隣に居るソレがどういうモノか分かっているのかい?」
「邪教徒。それがどうかしたのか?」
世界の敵。唯一神ゼウラディアに背き、邪神を崇める、存在すら許されぬ悪意。魔物と同類の紛れもない人類の敵対者。それをなんともないとでも言うようにエイスーラは笑う。神に仕える神官の身でありながら、神に背く事などなんでもないというように。
だが勇者は首を横に振った。
「そういうことじゃないんだよ。そんな次元の話じゃない」
邪教徒を招き入れた。そんなことはどうでも良い、と勇者は断言する。
ならば何が問題か。
招いたモノが、彼女であったからだ。
「君が招いたのはヒトの形をした災害だ。彼女は敵はおろか、君も、君の国も滅ぼすぞ」
「大地は滅びぬ」
「滅びるよ?」
勇者は断言した。そのあまりにキッパリとした言い様に、エイスーラは僅かにたじろいだ。そうなると、あまりにも強く確信した金色の瞳が不気味だが。
「ねえ、いつまでも話していていいのお?都市の“救済”進んじゃうわよ?」
しかしそんな中、まるで空気も読まず、のんびりとした声をあげたのは、誰であろう会話の中心であるヨーグだった。子供が、祭りへの道程で両親を急がせるような声音だった。
「……ああ、そうだね。急ごうか。それで君は、今回は何を用意したの?」
問われると、ヨーグはにぃっと微笑んだ。
自慢のイタズラを披露する時に見せるような無邪気で邪悪な笑みだった。美しい緑の瞳が細く細く弧をかく。その奥の緑が薄気味悪く光ったように見えた。
「聞いて!あのね!私思ったの!名無しの人達!神に愛されない人達可哀想って!だってなあんにも悪いことなんてしていないのに、ただ気に入らないからってだけで捨てられるなんて、あんまりだわ!」
可哀想だと、そう言う割に彼女の声音には喜色が含まれていた。ほんの少しでも同情するようなそぶりすらみせない。そういった感情が根こそぎ損なわれているかのようだった。
「なるほど、それで?」
「だから、どうにかして“精霊達に愛してもらえる身体”にしてあげようと思って!」
この時点で、勇者の表情は大分しかめ面になっていた。ありありと「嫌な予感がする」と物語っている。だが、そんな彼女の様子に気づいていないのか、そもそもしゃべりかけている相手のことなどまるで見てもいないのか、彼女は笑い続ける。
「それで、それは上手くいったのかい?」
「ううん?失敗しちゃったの!」
あまりにも晴れやかに堂々と言い放たれた失敗の二文字を、勇者は驚くでも喜ぶでも訝しむでもなく、そうだろうねと言うように頷いた。
「ヨーグ、叡智のヨーグ、台無しヨーグ。君は今度は何を壊したんだい?」
「ヒト」
次の瞬間、激しい地響きがした。空から何かが振ってきた。それは巨大だった。だが、巨大である、という以外に、説明が困難だった。
ソレはあまりにも無秩序だった。
「オ、おオオあああアあアアガアアッッガアアアアアアア!!!!!!」
巨大な手足が幾つもある。だがサイズもまちまちだ。小さいモノや大きいモノがある。獣人のような体毛に覆われているかと思いきや、土人のように筋骨隆々の所もある。赤子のような小さな頭もある、頭が幾つもある。それぞれに顔がある。全員が苦しそうに呻きそれぞれが泣き叫んでいる。
沢山のヒトが、ぐずぐずに溶けて、混ざって、そのまま固まった。そんなバケモノが姿を現した。
「精霊に好かれるチカラが少ないなら、沢山のヒトを足していけば、きっと良くなると思ったのだけど、残念、形が整わなかったの。崩れちゃったわ」
でも、いいわよね?そう言って彼女は笑う。上手くいった、そう言うように。
「救済は成ったわ!だって、意地悪なゼウラディアの定めた形を壊せたんですもの!それが改善であれ、改悪であれ、救われたの!」
そう、これが彼女の全てだ。
彼女の目的は、“変える”事だ。森羅万象、この世のあるべき姿の全てを。そして変わりさえするならば、なんだって彼女は救済だと認識する。改善も、改悪も、破壊も、新生も。
だから彼女は時として、災害に見舞われ、瀕死となった都市まるごと一つを救うような偉業を成し遂げる事もある。そしてその後に、救った都市を丸ごとぐしゃぐしゃにしてしまうような事もする。
彼女の中には区分が無い。変化以外に、目的がない。そしてそこに際限が無い。
「たたただたたあたたたたたただすすっすすすすけけけけけててええええええ」
だから、彼女の生み出す悲劇に底などない。
多手多足の蠢くバケモノが此方に向かってくる。魔物と比較しても尚圧倒的な速度だった。ヨーグの“足し算”は精霊に好かれるチカラに限った話ではないらしい。
そして、幾つもの頭達は喚き、苦しみ、そして泣いていた。勇者に救いを求めるように手を伸ばす。中には子供のような小さな手もあった。
「……単身で出てきた理由がコレか。そりゃ、部下にだって見せられないよねこんなもの」
勇者はあまりにも忌まわしい怪物を睨んだ。
「あ、勿論壊れてもヒトだから、王サマの加護は受けられるんだよ!」
「その名無し達は“まだ”生きているぞ。救ってやると良い勇者よ!ハハハ!!」
「うん、そうしよう」
取り返しがつかない事が明確な悲劇を前に、勇者は変わらず綺麗事を口にする。
その様を滑稽だと、エイスーラは嘲笑うのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
“浄化”作戦は順調だった。
無敵の兵隊達、大地の祝福を受けし神官、そして外法極まりし竜の使徒。
その全てが情け容赦なく進軍した。道中遭遇する魔物達は呆気なく蹴散らされ、逃げ惑う従者達はそれ以上に破壊された。一流足る銀級の冒険者達も、世界最高峰の戦力足る七天も、圧倒的な大地の加護と、悪趣味極まる策謀を前に足止めを余儀なくされていた。
そして、その間にも竜呑都市ウーガの術式は完成に近づく。
都市を丸ごと使い魔とした規格外極まる魔術が結実すれば、全てが終わるだろう。エイスーラの一声で、山のように巨大な使い魔が周辺全てを一呑みにして、すりつぶし、そして天賢王のいる大罪都市プラウディアへと突撃するだろう。
あらゆる状況がエイスーラを味方していた。全てが思うままに進行していると彼自身確信する程に、一方的な展開だった。
「さて、全員準備はいいか」
「暑いので少し脱いでいいです?」
『カカカ、楽しみじゃのう!』
「もう少し乗り心地よくなればいいのに。陣描くのに薄暗いし」
「おーし喧しいな」
当然、【銅】の冒険者の挙動など、歯牙にもかけてはいなかった。
「さて行くかね。“まずは”偽竜退治」
名無しの冒険者達。
彼らが、この戦いの中心であると、エイスーラ達はまだ気づいていない。
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