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白の蟒蛇の願い


 白の蟒蛇、ジャインにとって“天才”という人種は見慣れていた。


 彼は銀級の冒険者だ。そして銀級の領域というのは多かれ少なかれ、才覚を持ち合わせた者達の住まう場所だ。武勇、魔術に秀でるのは勿論のこと、技能も選りすぐりで、武具も希少なものを身につけ、幾多の迷宮を突破し真核魔石を人類にもたらしてきた傑物。


 紛れもない英雄達。それが銀級だ。


 そもそも彼の部下であるラビィンもまた天才のタチだ。予知に近いレベルの【直感】と、はるか遠くの敵を感知する【超聴覚】、敵を殺める時の魔物のように俊敏で自在な身のこなし。自分の死をも恐れず活路を掴む感性。間違いなく天才だ。

 だから天才に出会っても彼は驚かない。見慣れているから。

 そして才覚の際立つ者もすぐに分かる。見慣れているから。


 なので、【歩ム者】のシズクを目撃したときも、ジャインはそれほど驚きはしなかった。


 確かに、少しは驚きはした。ジャインの知る天才と比べ、遜色無いどころか大幅に上回る程度には、彼女の輝きはずば抜けていた。きっと、あっというまに銀級へと駆け上り、あるいはその先にもたどり着くかもしれないと、彼女を正確に評価していた。


 が、彼女へのジャインの興味はそこまでだ。


 そもそも同じ冒険者といえど所詮は別ギルドの、ただの他人だ。バケモノじみた天才だからなんだというのだ。彼我を見比べ、劣等感に苛まれる程、彼は幼くはなかった。


 だから、その隣に居る冴えない、何の見所も感じない少年にも、思うところは少なかった。

 あるとしたら、同情だ。


 可哀想に。あの若さで、あんなバケモノじみた天才のとなりなんて、さぞや生きづらい事だろうという、哀れみと同情。つまり、歯牙にもかけてはいなかった。


「何の用件だろう。ジャイン殿」


 “仮神殿”の最上階、執務室の中央の椅子に座り、左に天才児(シズク)を、右に何故か天陽騎士(エシェル)をはべらせ、剣呑な面構えで此方を見るウルを見て、ジャインは自分の認識を大幅に改めるハメになった。


「ジャインさん。見てくださいアレ、ハーレムっすよ」

「俺が許可するまで口開いたら殴るからなラビィン」

「…………」


 一緒に来ていたラビィンが口に両手を当てたのをみて、再びウルを見る。


 ジャインが此処に来たのは、【歩ム者】に協力の交渉をするためだ。

 神殿の剣、天陽騎士に包囲されている状況は把握している。だから逃げる準備は進めていた。ウル達に声をかけるのは、“念には念を入れるため”だ。

 だが、どうやら目の前の男は、そんな「保険」程度の代物ではなくなったらしい。


「此方も非常に面倒な状況になっていて、其方の要望に対応できないかもしれないが、勘弁してほしい」

「そりゃ、見たら分かるな。何があったんだよ。ソレ」


 ジャインはウルの右腕にしがみつくエシェルを見て眉をひそめる。高慢ちきで面倒な天陽騎士、わめき散らすことしか能が無い、というのがジャインのエシェルへの評価だ。が、今現在の彼女の様子はどうか。


「…………」


 まず喋らない。前はジャインを目にすれば即座に噴火していたのに、全く喚かない。こちらに視線すらやらない。何やら泣いていたのか目が赤く腫れている。憔悴しきっているのか、以前より痩せた印象だが、対照的に目にやたら強い光が灯っている。ギラギラとしている。

 そしてウルの歪な右腕に縋り付いている。指一本でも手放すまいというようだった。


 異様だ。人が変わったとしか思えない。


「……どうやってたぶらかしたんだお前それ」

「紆余曲折あったんだ。複雑骨折だ」


 苦々しい顔だった。本当に色々とあったらしい。

 そして、この少年(クソガキ)が、この件の中心に“なった”のは間違い無いらしい。


 天陽騎士が連れてきた【歩ム者】を、ジャインは過小評価も過大評価もしなかった。

 あまりに若いが、魔物と対峙したときの動きは悪くない。ダラダラと時間を消費しただけの“温い”銅級よりも場数は踏んでいそうだ。詳細な迷宮の情報があれば、ウーガの深層まではたどり着く事も出来るだろう、というのが彼の見込みだった。

 だから、情報を求められた時、(彼にしては珍しく)自分がかき集めた情報の全てをそっくりそのまま与えてやった(金は取ったが)。


 狙いは単純だ。ジャイン達の代わりに、この事件の中心を探らせるためだ。


 竜呑都市ウーガが【白の蟒蛇】にとって競合相手の居ない極めて都合の良い狩り場であったのは間違いなかったが、同時に、ここが通常の迷宮と比べ“異質”であるのを彼は重々承知していた。

 突如出現した胡散臭い迷宮で魔石の荒稼ぎをすると決めた時点で、リスクは覚悟していたが、それは起こりうるトラブルを黙って受け入れるという訳ではない。ウーガの謎は知っておくにこしたことは無い。

 そして、謎を探るのは自分でなくても良い。それがジャインの判断だった。


 ジャインの狙いはどうやら上手くいったらしい。


「それで、改めて確認するが、どのような用件で?」


 正確には、上手くいきすぎたというべきか。

 椅子に座るウルは、此方を観察するような目つきで問いかけてくる。余裕のある目つきだ。自分と、自分の取り巻く状況を掌握した者が持つ余裕だ。

 1Fの広間では傷だらけになった従者どもが呻き、怪我をしていない従者どもは鬱陶しく泣きわめいている。仮神殿の外でも名無し達もまた、混乱している。脅威に晒されることは多々あれど、定住の場所を持たぬが故の強み、逃走という手段が断たれ包囲されているという事実は彼らに動揺を与えていた。

 天陽騎士に襲われたのだ。神殿の剣に、神殿の下僕である従者達が殺されたのだ。混乱も当然だろう。ジャインだって、正直情報を聞いたときは耳を疑った。ジョンが“神殿の連中”と繋がっているとは思っていたが、まさか神殿の一部、などではなく、神殿そのものと繋がっているというのは予想外だったからだ。


 襲撃犯が天陽騎士の紋を掲げたのはそういうことだ。


 そう、本件で暗躍していたジョンと繋がりのあったジャインですら驚いたのだ。現状の混乱は至極当然だ。にもかかわらず、


「………………」


 目の前のガキに一切動揺を隠している様子はない。つまり知っているのだ。天陽騎士がとち狂って、従者を殺したこと。そしてそんな凶行が何故発生したかまで。


 それは都合が良く、都合が悪かった。


 ジャインの知らない情報を把握しているのは都合が良い。彼の狙い通り、自分の代わりにしっかりと情報を集めてくれたということだからだ。

 が、ジャインの知らない情報を把握“しすぎている”のは都合が悪かった。現在、イニシアチブを向こうが完全に握っている。ジョンの一件を握ってるこっちがコントロールできるかと目論んでいたが、甘かったらしい。


 ――――切り替えるか


 ジャインは思考をリセットした。

 最初の目論見、こちらの情報を餌に、向こうの動きを操ろうという考えは棄てた。逆に向こうに利用されるような事になったとしても、情報を引き出さなければダメだ。合理的に、彼は自分のプライドを棄てた。


「協力の要請と、情報を交換しに来た。この混乱した状況だ。助け合えるならそうしたいだろう?」 

「ああ、尤もだ。それで、“何が知りたいんだ?”」


 包み隠さずストレートに「お前の知りたい情報は全て知っている」と口にするのは、余裕からか、あるいは単に小細工をするほど腹がまだ黒くなっていないからなのか。

 余裕たっぷりな態度を取られると、その鼻をひっつまんで引っ張り上げてやりたくなる衝動にかられるが、自制する。別に、このガキとケンカしにきた訳ではないのだ。


「なら、聞くが、このクソみてえな包囲網から脱出するアテはあるか?」

「“ある”」


 正直な事を言えば、かなり無理のある問いだったという自覚はある。それが分かれば苦労はしないという話で、その筈なのだが――――この目の前のガキは今なんと言った?“ある?”


「あるっつったか?」

「言った。確実性のあるプランじゃないがな。その計画自体は今ある」


 目の前のウルの目に、嘘偽りはないように思えた。そもそも向こうに、こちらを騙す意味があるとも思えない。と、なると、


「……へえ、じゃあそれがどんな計画かご教授願えるのかね?内容によっちゃ、手伝わせていただいて、おこぼれにあずかりたいものなんだが」

「説明するのは構わないが、漏洩を防ぐための契約は結んでもらう」

「まあ、道理だな。この状況だ」


 現状、何処で誰が聞き耳を立てているか分かったもんじゃない。あるいは、包囲している天陽騎士達に情報を売り渡そうとする者が出るとも限らない。ジャインは納得した。


「なら、説明するが、その前に一ついいだろうか?」

「なんだよ」

「あんたの目的、願いを教えてくれ」


 ジャインはウルの質問の意味が最初、理解できずに首を捻った。突然、この修羅場にあまりにそぐわない言葉がとんできたため、脳が理解を拒否した。


「…………何言ってんだテメエ?」

「あんたがこんなきな臭い場所で、それでもリスクを呑んで魔石をかき集めていた理由を教えてくれ」


 言ってることの意味が理解できたが、ジャインは眉を潜めた。


「……こいつぁ何か?お前に教えなきゃその脱出計画に参加できないのか?」

「いや、単に、後の交渉の手間が省けるかもと思っただけだ。言いたくないなら構わない。情報保守の契約だけ結んで説明に入る」


 ジャインは口をひしゃげた。

 自分の人生の目的なんてもの、酒の席だってそうそうに口に出すものじゃない。大望をおおっぴらに胸を張って掲げる年齢はとっくの昔に過ぎている。今更それを、自分より一回り下のガキに語れなどと、どんな羞恥プレイだ。


「まー良いんじゃないっすか?ジャインさん。別に隠す話でもないっしょ?」


 すると、ラビィンが何故か出しゃばってきた。ジャインは拳を振り上げると、彼女はひょいと距離を取る。


「殴るっつったろ」

「だーってえ、いちいち腹探るの面倒じゃないっすか?このウルって奴の計画にのるってんなら、一蓮托生っすよ“絶対”」


 ラビィンの言葉の、その極端な物言いに、ジャインは顔には出さないようにしながらも、驚いた。ラビィンが断言するような時は【直感】が働いた場合が殆どだ。

 成長した冒険者としての技能。五感とは別に伸びた第六感。未来予知めいた確信が、彼女にはあるのだ。

 この目の前のガキ達と、運命を共にするハメになるという、確信が。


「……………………俺ら、白の蟒蛇の初期メンバーは、【幽徊都市】の出身なんだよ」


 やや、間を空けて、観念したようにジャインは語り出した。


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