回想 勇者との密談②
ディズから助言を受けて数日後。
竜に丸焦げにされてから目を覚まし、ウーガに異変が起こったその夜。
再びディズの馬車の中にて。
「マジで死ぬとこだった」
「よくよく死にかけるねえ、ウル。大丈夫なの?」
「……ま、なんとか。体中痛いが」
飛竜に丸焼きにされて死にかけて、ギリギリで蘇生して帰ってきたウルはかなりぐったりとしながら同意した。たぶん冒険者としてやってきて一番死にかけた。
エシェル含めた仲間達がいなければ確実に死んでいた。変な奴らばかりだが、良い仲間に恵まれたとしみじみ思った。その変な巡り合わせの所為で今こんなことになっているかもしれないという可能性は考えないこととする。
《にーたんさー、ほんまいっぺんあたまみてもらいなねー?》
「アカネ、それは俺の事バカだって言ってる?」
《うん》
あ、これはマジで怒ってる。
ウルはアカネの頭を誤魔化すように撫でるが、全く反応してくれない。寂しい。
「まあ、油断した。完全に気を取られた俺が悪い」
「で、その君が気を取られたっていうのが、真核魔石、らしきもの、だったね?」
そう、土竜蛇が魔石を運んでいった集積地点。迷宮の中心地、本来であれば真核魔石がある筈の場所に存在した、似て非なる奇妙な結晶。ロックの見解が正しければあれが竜呑都市の全ての中心だ。
「それが何かわかった?」
問われ、ウルは少し黙って、頭を撫でていたアカネを膝の上に置いた。
「ああ、わかった………推測したのは俺じゃないがな」
推測を立てたのはリーネだ。
彼女は竜に襲撃される直前、あの奇妙極まる結晶を、自らが魔術学園で習得した知識と照らし合わせて、そして合致する術式を思い出していた。
「アレは……使い魔作成の儀式だ」
リーネはそう言った。自分でも少々信じがたそうではあったが、しかし術式は間違いなく、そのためのものだったらしい。
「中央に巨大な魔石、魔力源を添え、魔石そのものと周囲に術式を刻む。魔力源を使用し、周囲の“素材”を使って使い魔を生み出す儀式」
「そして現在、あの竜呑都市ウーガは魔物のような姿に変貌を遂げた。なるほどね?」
ディズは察した。ウルもリーネの説明を受けてすぐに察した。そしてそのあまりにも馬鹿馬鹿しい推測を前に、まだ見ぬ今回の首謀者と思しき邪教徒の頭の正気を疑う羽目になった。
「都市そのものを巨大な使い魔にしようとしているとんでもねえバカがいる」
移動要塞、と呼ばれる存在、島喰亀のようなモノは確かに存在している。アレも、言ってしまえば使い魔の一種だ。が、しかし、今回はその比ではない。何せ都市だ。
果たしてどのような形で完成させるつもりなのかはしらないが、これを考えた奴は頭がおかしい。いや、頭がおかしいからこそ、邪教徒になって人類に牙を向けてきているのだが。
《そんなん、いうこときくん?》
「さあ。作り手の腕にもよるだろうね、物量で特攻させるだけの可能性もあるけど」
「何処に向かわせる気なんだよ」
「邪教徒が関わっている前提なら、大罪都市プラウディアさ。天賢王のおわす場所。間違いなくね」
ディズはキッパリと断定した。
「そうなのか?」
「邪教徒の憎むべき、太陽神信仰の総本山だからね?大罪都市プラウディアは常に彼らから狙われてるし、大規模な侵略計画だって、1度や2度じゃなかった」
「平和そうだったがな。俺とアカネがプラウディアに住んでいたときは」
「平穏なのは、努力の賜物さ」
つまり、都市そのものを使い魔にして都市にけしかけるような常軌を逸した計画を、常に凌ぎ続けて平和を維持してきたという事である。そう考えるとディズに対する畏敬の念は高まるのだが、彼女自身はその偉業を誇らしくするでもなく、寝転がったままだ。
「しかし、向かう先はグラドルとかじゃないのか?そっちの方が近いだろう?」
「それはないね。ウルもわかってるだろ?」
ディズは意地悪く笑った。ウルは嫌そうな顔で俯いて、自分の推測を口にした。
「今回の件は、大罪都市グラドルの誰かが関わってる」
「あるいは、黒幕そのもの」
ウルの少し甘い見積もりを、ディズが即座に修正する。
「都市そのものを使い魔にする計画だ。都市建設途中に、外部から介入してどうこう出来る規模の計画じゃない。最初からそのためにウーガが建てられたと考える方が無難だ」
「で、飛竜の一件で、今回の一件は邪教が関わっているのは確定したんだよな……」
「そう、だから立った推測はこうだ。グラドルは邪教と手を組んだ。そして協力して大罪都市プラウディアを襲う計画を立てている」
ウルは少し黙った。ディズの出した結論を飲み干すのに時間を必要としたのだ。
「…………イカれてんのか、グラドルの連中は」
胸糞の悪さをそのまま吐き出すように、ウルはようやく感想を声に出して、これを仕掛けたとおぼしきグラドルの一派を評した。頭がおかしいとしか言いようがない。いや、ひょっとしたら本当に頭がおかしいのか?
「あれか、手を組んだというより邪教に乗っ取られでもしたのか?大罪都市グラドル」
正直、その方がまだ筋が通る。というか、それくらいの異常事態でも無い限り、大罪都市に大罪都市が巨大な魔物を、いや、使い魔をけしかけるという状況が理解できない。
だが、混乱するウルに対して、ディズはどこか納得したような表情だった。
「実のところ、表沙汰になっていないだけで、水面下でプラウディアとグラドルってずっとこんな感じなんだよね」
「は?」
「仲、悪いんだよ。“旧大陸支配国”と“現大陸支配国”」
迷宮大乱立が起こるよりも以前のこと。この世界に魔物が溢れるよりも前、イスラリア大陸を支配していたのは大罪都市グラドル――――正確には、グラドルの元、とも言うべき大国だった。既に名前も失われたその国は、大陸の隅々までその権威を行き届かせ、無敵の軍隊を従えて、その名を轟かせていた。
だが、迷宮が現れてしまった。迷宮は大陸の各地に出現し、膨張した大国の支配域をズタズタに引き裂いた。混乱し、まともに軍隊を編成する間もなく、大国は離散した。
【神殿】が混乱に秩序をもたらし、援助を貰わなければ立ちゆかぬ程に小さくなって、大罪都市プラウディアの管理する大連盟に所属するまで縮小したのが、今の大罪都市グラドルの成り立ちだ。
「つまり、助けてもらったって事だろ。グラドルが、プラウディアに」
「でも、グラドルにはこう考えてる者がいる。グラドルは依然として、大陸の王であると。そして神殿、プラウディアは、混乱に乗じて玉座を奪い取った簒奪者であると」
実際、神殿がグラドルを“救助”に向かった際、いざこざが発生し、そして少なからずの血が流れたらしい。単純な助けた、助けられたの話で終わりはしなかったのだ。
「だけど、何百年前の話だよ」
「何百年前からずっと続いてる、今の話さ。ウル、歴史は地続きなんだよ」
「歴史もへったくれもない、名無しの俺達には縁の遠い話だ」
「君たちだって、無縁の事ではないさ……話が逸れたね」
全くだ。と、ウルは頭を掻いた。グラドルにどんな事情があろうと、どれだけ正当な理由があろうと、現状、グラドルの害意がウル達に降りかかっているのだ。振り払うしかない。歴史の重要性も理解はしたが、現状の危機を脱してからの話だ。
「グラドルが絡んでるのはほぼ確定だ。と、なると、疑わなければならない相手がいる」
「エシェルか?だが、彼女は」
「プラウディアに反逆を起こそうというのに、【勇者】がくっついてくること承知で君らを招き入れるバカはいない。彼女は候補から外して良い。本命は別に居る」
「――――カルカラか」
エシェルの側付き。常に彼女の世話を焼く、この都市のトップに最も近い者。精霊を自在に扱えないエシェルの代わりに精霊の力を手繰り、衛星都市ウーガの形を自由に造る事が許された唯一の神官。
最も疑わしいのは彼女だ。
「ウーガを使い魔そのものにする術式なら、都市設計の段階で仕込みは絶対必要だ。疑うべきは彼女だ。都市建設計画そのものを、言われるまま指示通りに作っただけという可能性もゼロじゃあないけど」
ウルは首を横に振る。
「あの女と直接何度も話した訳じゃないが、そんな指示待ちなタイプではなかったな」
エシェルやグラドルの命令であればなんであれ首を縦に振るだけの女、ではなかった。時に彼女から真っ向から反対したり、あるいは自分の望む方に誘導しようとする節もあった。その応対の是非は置いておくとして、彼女が彼女なりの判断力を持っているのは間違いない。
「都市建設中、おかしな指示があれば気づいた筈と。なら、確定だね」
「……彼女は邪教徒?それともグラドルの配下?」
カルカラは何度か顔を合わせているし、短いが会話も交わしている。その間の言動に、怪しげな所はなかったし、無愛想だったが、エシェルの事を常に守ろうとしているように思えた。エシェルも彼女のことをずっと信頼している風で、邪教徒という印象はなかった。
ディズもそのウルの所感には同意してくれた。
「彼女は、都市建設を進めていったんでしょう?ならグラドルの命令かな。“力を精霊から没収されていない”みたいだし。竜と直接接触はしていないと思うけど」
聞いた覚えのない情報にウルは疑問符を浮かべた。
「……精霊の力の没収?」
「精霊の力のセーフティだよ。竜、それに属する者になれば、たとえ神官であってもその力は精霊達から没収される。というか逃げられる。精霊は、竜が嫌いだからね」
なるほど。と、ウルは一瞬納得し、その後、ん?と首を傾げた。
「精霊は竜の気配を感じると逃げる」
「うん」
「今回の一件はグラドルと邪教徒が関わってる。というか手を組んでる」
「高い確率でね」
「カルカラはグラドルか邪教徒の命令で動いてる可能性がある」
「そうだね」
「彼女、【岩石の精霊】操ってたぞ」
「邪教徒は竜と関わり深いけど、竜そのものじゃないからね」
「……」
「……」
「精霊の竜判定すげえ雑では?」
「良いところに気づいたね、ウル。精霊ってけっこう雑なんだよ」
マジで言ってんのかてめえ、というウルの視線をディズは涼しい顔で流した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「イスラリア大陸を創りたもうた太陽神ゼウラディア。迷宮大乱立の混沌の折、窮地に陥った憐れなるイスラリアの民達を救うため顕現し、最も精霊との親和性の高かった初代の天賢王と神は契約を交わした。自らの力と、自らの下僕である精霊達の力を人類に分け与えた」
ディズが語るのはゼウラディアと天賢王の契約の歴史だ。ウルも聞き覚えはある。とはいえ、自分とは関わりの無い遠い昔の話、という認識で、あまり深く考えたことは無かった。
「太陽神ゼウラディアは、精霊達にヒトを手助けするよう命じた。一方でイスラリアに迷宮を発生させた元凶と思しき竜達を敵と定めた。竜と接触すること自体忌避するように首輪を付けた」
「アカネが俺の右手を嫌う理由はそれだよな」
《くちゃーい》
「泣くぞ」
「つまるところ、精霊達が竜を嫌うのは、根本的に道徳や倫理観じゃなくて、単に太陽神の与えた枷が耐えられないからってだけなんだ」
勿論、ヒトとは全く違う生物に、人類の都合やルールを精霊に押しつけること自体、不敬な話であるんだけどね、とディズは少し困ったように笑う。ウルは眉をひそめた。
「それなら、悪党が精霊に好かれたらめっちゃ不味いじゃん」
「だから神殿は精霊と親和性の高い血族を徹底的に管理している。神殿の役目の一つだね。神官達も、従者達も、特権階級という地位の対価に首輪をかけられているんだ」
「なるほど……だが、それは」
ディズはウルの反応をみてころころと笑った。反応の良い生徒に喜ぶ教師のようである。
「うん、君の予想の通り。これは精霊と国を管理する【神殿】そのものが悪用しないことが前提になっているね。万が一にもそんな事態にならないよう、神殿の管理からは独立した“騎士団”が対処に当たる仕組みになっている」
本来であれば。
ウルは何気なしに馬車の窓の景色を眺めた。真っ黒な闇夜である。何も見えない。人の気配はない。いつ何時襲ってくるかもわからない魔物達に対処するために警戒する騎士団の姿はない。頼りない、魔法陣による結界の柔い光が包むばかりである。
此処が魔物の数が少ないグラドルでなければとても持たなかったろう。
「…………ここに騎士団はいないが」
「いないねえ。通常建設途中の都市なら、護衛用に騎士が駐在するのが普通だと思うけど」
「人手不足を理由に、騎士団から人員が割けなかったらしい。魔物討伐ギルドの白の蟒蛇が代用で護衛に来ていた、そうだ」
「……」
「……」
二人は黙った。互い、思ったことは同じだろう。だから黙った。
沈黙を破ったのはアカネだった。
《さいしょからはめられてるじゃん?》
「言うなアカネ」
「グラドル騎士団までグルの可能性があるのか」
本当に、考えれば考えるほど、最初からこの状況になるべく仕込まれているのが分かる。必死に事態解決に奮闘していたエシェルが不憫だ。しかも、自分の側近が裏切っているなどと。
「同情してるところ悪いけど、多分、更に状況は悪くなるよ」
「まだあんの…?」
「口封じがくる」
「わあ不穏」
あまりに直球すぎる単語にウルは笑った。笑うほか無い。
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