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回想 勇者との密談


 日は遡る。


 ウル達、【歩ム者】が仮都市に到着した日の夜の事まで。


「…………さて」


 ウルは宿泊施設からひっそりと外に出ていた。明かりも灯さず、まるで人目から隠れるようにしながら外に出て、迷わずに進んでいく。その先にあるのは宿泊施設のすぐ側に停めてあったディズの馬車だ。

 近くにはロックンロール号も停まっていた。全身鎧を纏ったロックが馬車置き場の明かりの下で警護をしていた。


「ロック、そっちはどうだ」


 兜を被ったまま表情は読めないが(元々彼に表情なんてものはないのだが)しかし明らかに面倒くさそうに声で言った。


『ヒマじゃ』

「だろうな」

『本とかないんカの?絵札とかでも良いぞ』

「警備に見えなくなるからヤメロ。っつーか絵札なんて誰とすんだよ?ジェナさん?」

『そこにおるじゃろ』


 ロックが指さす先にはダールとスールが二頭、パッチリとした目で此方を見ていた。


「馬だが」

『並の人間よりずっと賢いぞ?ゲームもできるからの』

「マジか」


 賢いのは分かっていたがそこまでとは、と思っていると、ダールがかるく頭突きをしてきた。侮ってんじゃねえぞコラと言うようである。「すまんかった」とウルは頭を下げて謝った。

 ダールは「しょうがねえな」と言わんばかりに生暖かい鼻息をウルに浴びせて、ふんと顔を逸らした。


「まあ絵札は今度もってくるが、兎に角、護衛の体は崩さないでくれよ」

『面倒じゃが、まあしゃーないの。“依頼人の命令”じゃしの』


 ロックはそう言って再び不動の姿勢を取る。

 ウルはそのまま隣のディズの馬車に乗り込んだ。


 馬車の中は相変わらず広い。なにやら良い香りまでする。少し手狭ながら高価な宿泊施設のようだ。ウルの今寝泊まりしている場所よりも住みよい空間である。


「ウル様」

「どうも」


 中には白髪のメイドが、静かにお茶を点てていた。ウルが入ってくるのを察したのだろう。ウルは感謝しながら、馬車の中へと足を踏みこむ。

 奥の座席で眠っているのは、勿論この馬車の主であるディズだ。金色の髪の美しい少女が、美しい馬車の中で眠る姿は人形と間違えそうになる。

 ウルは向かいの座席に座り、暫くその寝顔を眺めた後、口を開いた。


「ディズ」

「なんだい」


 パチリと、彼女は目を覚ました。

 ウルは特に驚かない。彼女には事前に「必要なときに呼びかけてくれれば起きるから」とは聞いていたからだ。必要なときとそうでないときの区別がどうついているのかわからないが、とりあえず今は「必要なとき」と認識してくれたらしい。ウルはほっとした。


「状況を説明するか?」

「ウーガに到着した。ウーガは竜に呪われていた。今居る場所は近くの避難所。この認識で間違いない?」

「……ジェナからきいたのか?」

「ずっと寝てたよ。アカネの情報はずっと入ってきてたけどね」


 ちなみにアカネはディズの胸の上ですよすよと猫の姿で眠っている。可愛かった。


「で、この状況、どういう事か分かるか?」

「まだなんとも」

「なんともかあ……」


 都市全体が真っ黒な結界に覆われたのを見た瞬間、これはディズの助けが必要なヤバい案件だと確信していたため、その答えは少し残念だった。


「結界の類いは【怠惰】に類する竜がよく使うものだ。【暴食】のものじゃない」

「余所から来たって事か?」

「そうかもしれない……ただ、迷宮全体にかかった特性は【暴食】の【餓え】だ」

「つまり?」

「ちぐはぐだ。噛み合ってない。完成度も低い」


 ディズは悩んでいるようだった。竜においてはウルよりも遙かに知識のある彼女がこうも悩むのであれば、ウルに分かる道理もなかった。そして彼女がこうして悩む程度には、現在の状況は混迷を極めている、らしい。

 ならばウルが提案する事は一つだ。


「なあ、エシェルは嫌がるかもしれないが――」

「ダメ」

「おい」


 【勇者】としての出動を依頼するよりも速く拒否されてしまった。


「竜対策は確かに私の義務だけど、暫く動くつもりは無い」

「やっぱりダメージが重いのか?」

「ダメージはかなり回復したよ。ただ、私が動けると“気づかれる”のは不味い」


 その言葉の意味するところの不穏さに、ウルは顔を顰めた。馬車の外を見回そうとしたが、そのまえにぐいと手をひかれて押さえられた。


「あんまキョロキョロしないでね?ずうーーっと、この馬車を見張っている奴がいるから」

「……誰だよ?」


 自然とウルは声を潜めた。今更意味が無いかもしれないが、今までの会話もずっと監視されていたと思うと薄気味が悪かった。


「さてね。一番疑わしいのは邪教徒、【陽喰らう竜】だけど」


 砦、死霊術士、餓者髑髏に竜の子、嫌なことを思い出してウルは気分が悪くなった。


「この騒動もアイツらの仕業?」

「さあね。彼らかどうかもわからない。逆探知されないよう、大分慎重に監視してるみたいだから、それが誰かも分かってない。ここまで距離をとるなら、こっちの会話もわかりはしないだろうけど」


 馬車周辺に魔術が使用された形跡もなく、本当に遠方から此方を監視するだけに止めているらしい。逆によくそんなものに気づけたなとも思うが、ディズの言うことだ。嘘ではないだろう。


「ただ、ハッキリしているのは、私に、【勇者】に、後ろめたいことをしようとしてるって事だけだ」

「ろくでもないことだけは確かだな……でも、それなら尚のこと動いてもらいたいんだが?」


 だが、ディズは寝転がったまま首を横にふる。


「私は負傷していることにしておいてほしい。ここまで私を警戒している相手だ。もし動けると気づかれたら、この監視者は逃げてしまう」

「逃げるだけ、なら正直コッチとしてはありがたい話だが」


 出来れば相手なんてしたくはないのはウルの本音だ。

 ディズはそんなウルに優しく微笑みを浮かべた。


「この監視者が、後片付けをしてから逃げてくれるならそれもいいね」

「……最悪、処理の仕方も分からんゴミをまき散らすだけまき散らして逃げると?」

「もしこの件に【陽喰らう竜】が関わってるなら、計画が頓挫した瞬間、無差別な破壊行為に方針を変える。太陽神の下暮らす者達に害は与えられるならなんだっていいだろうからね」


 無敵かよ、とウルは苦笑いをし、その後胸糞が悪くなった。

 ヒトを、今の社会を、世界を傷つける事だけを目的とした集団、手段もバラバラで姿形も違う、憎悪だけで固まった集団。コレではまさに、魔物ではないか。

 ウルの認識が少し変わった。邪教徒、自分と同じヒトであるという事実が、甘く見させていたらしい。彼らはまごうことなく、人類の敵なのだ。


「と、いうわけで、限界ギリギリまでこの監視者は引きつけてから動くので、私は引き続き寝るよ。まだ身体、癒えきってないしね」

「なら、俺もあまり顔を出さない方が良いのか」

「いや、アカネ以外の、ウル視点の情報も欲しいし、ちょくちょく顔を出してよ。怪しまれないようにね」

「難しいことを言う」

「恋人が心配で足繁く通う彼氏のような態度でいけば怪しまれないよ」

「友達のお見舞いって辺りでいいだろ」


 友達のお見舞いなんて初めて!と、ディズがやたらテンション上がったのが涙ぐましかったので、今度来るときは果実でも持っていってやることにしたウルだった。





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「飛竜が出たんだが」

「よくよくトラブルに巻き込まれるね、ウル」

「ついでエシェルが従属の契約をシズクにかけられて仲間になった」

「よくよくトラブルを引き起こすね、シズク」


 ウルは苦々しい顔でその指摘を受け入れた。腹立たしいが事実ではあった。

 この日は色々あった。迷宮帰り、ジャインとの交渉後、飛竜がいきなり出現し、ソレを必死の思いで撃退し、エシェルが正式に仲間になった。


「それで、飛竜はどんなだった?」

「アカネから聞いただろ?アカネは今回の最大の貢献者だ」

《そーよ!がんばったのだから!》


 アカネはふふんと自慢げに軟体な身体をくねくねした。蛇かな?と問うと、粘魔(スライム)の真似らしい。

 今日のアカネは目を覚ましている。どうも、前にウルが馬車に顔を出したとき、自分が寝ていたのがとてつもなく不満であったらしい。此処に顔を出したとき何故起こさなかったのかとめちゃくちゃぷんすこになって怒られてしまった。可愛らしい。


「ウルの所感が聞きたいのさ。印象でもいい。何か無い?」


 ジェナが出してきたお茶を啜りながら、ディズは問うてくる。

 ウルは楽しげにへばりつくアカネを剥がしながら、中空に視線を彷徨わせる。印象と言われても困る……訳でもない。実のところ、あの飛竜に遭遇し、交戦した結果、感じた事は確かにあった。シズクとも話し合い、確信した。


「大罪竜とは比べるべくもない、生まれたばかりの、ディズが倒していたドラゴンパピーよりも更に弱かった。アレは本当に竜だったのか?」


 あれほど苦戦し、しかも倒しきれず逃げられた相手であるにもかかわらず、そんな言葉が口から飛び出したのは、ウルは知っているからだ。【竜】を。

 確かにウル達よりは強い。が、対抗できない訳ではなかった。リーネの白王陣の反撃で一時的に撃退できた。出来てしまった。だがウルは身をもって知っている。竜は、あんなに温くはないと。


「シズクが俺達だけで戦闘続行を決めたのも、アレに自分の対竜術式とやらが通用しなかったかららしい。形はそれらしいが、中身は竜そのものじゃあない」


 ディズはその答えを聞いて確信を得たというように頷く。


「“術式”がどこまで信用できるかはわからないけど、君とシズクの二人がそう言うなら、偽物だね、その飛竜は」

「俺達の感想でそんな断定していいのか」

「自覚があまりないようだから言うけど、君とシズクは【七天】と【黄金級】以外で【大罪竜】と相対して生き残った唯一の存在だよ?」

「わあ全然嬉しくねえ」


 不相応が過ぎる経験値の濃さに頭が痛くなった。


「最上位の竜の脅威を肌身で知り、生きて帰った君らの感性は信じよう」

「じゃあ、今回は竜に似た魔物がたまたまこの仮都市に来たと」

「本当に、たまたまと思う?」


 ディズは問う。ウルは嫌そうな顔で首を横に振った。


「……まあ、んなわきゃねえわな」

「この都市の事件のきっかけ、建設途中の都市の異変、グラドルに出現した竜(仮)の出現。黄金級の大罪都市の護衛要請。結果、此方から目を逸らされた。出来過ぎだねえ」


 こぼれ落ちていく情報の断片を組み合わせ、今回の依頼(クエスト)の輪郭が浮き上がってくる。そこには災害のような不確か性は皆無だった。あるのは、ただただ生臭い、ヒトの悪意と意図だ。


「……竜の形を模した魔物を利用して、黄金級を誘導した…?使い魔の類いか?」

「この都市に起こってるのは竜害じゃない。人災だよ」


 現在、グラドルで発生している竜害も含め、全ては人災である。彼女はそう確信したらしい。目的も、理由も不明な、恐ろしい竜災害が、悍ましいヒトの悪意にすり替わった。竜害よりはマシであるはずなのに、竜の悪意よりよっぽど気色悪く感じた。


「そして、形だけとはいえ、竜の姿を利用するというなら、邪教徒の関わっている可能性はかなり高くなった。竜を模すなんてのは、この世界の住民ならどんな悪党でも忌避する」

「邪教徒は確定と……めんどくせえな」

「この程度の面倒ならまだましだけどね」


 ディズが滅茶苦茶不吉なことを言ってくる。コッチを怖がらせるための冗談ならよかったが、微笑みすらしていない。


「そのくっそ不穏な物言いの理由は?」

「たかが建設中の都市に混乱を招くにはいささか大がかりだ」

「この騒動がなにかしらの布石だと」

「だろうね。というわけでウル」


 ウルは口を大きくひん曲げた。


「探れと」

「話が早い護衛を雇えて私は幸せだよ」

「これが護衛の仕事か?」

「私と、君たち自身の身の安全を守るという点では間違いなく」


 反論しようとして、ぐうの音も出なかった。


「だが、ウーガ探索だけでも多分手一杯だ。余裕無いぞ」

「まさしく、そのウーガを探ってほしいのさ。なにかあるとしたらあそこだ」


 そもそもこの仮都市、避難所が生まれたきっかけ。リーネの攻撃を受けて、飛竜が逃げ出した先の場所。全ての中心地があそこだ。確かに探るならあそこだろう。


「仮都市側はアカネに探させるよ。いくら邪教徒が悪辣な人類の敵と言えど、食事も水も取らなきゃ死ぬ。仮都市の何処かに潜んでいる筈だ」

《かくれんぼね!》

「アカネが鬼だね。精々見つけてあげなさい」


 ディズの言葉にアカネはむふーとやる気顔だ。

 追いかける相手は全人類の敵なのだが果たして大丈夫だろうか。


「俺は結局、エシェルの依頼通り、フツーに迷宮探索すれば良いって事か?」

「うん、ただし()()()()()()()()()()()()()()という視点は持っておいてね」

「というと?」

「自然発生の迷宮と違って、ヒトが生み出した迷宮には絶対に明確な目的が存在している。自衛か、侵略か、別の何かか。それを掴む事だ。攻略のためのヒントにもなる」


 彼女の助言にウルは黙って頷いた。


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