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円卓


 イスラリア大陸で最も太陽に近い場所


 この世を遍く照らす太陽神の恩恵を最も受けることが叶う場所は何処か。その問いには恐らく全てのヒトは一つの都市を指すだろう。

 それはイスラリア大陸の中心。

 この世で最も賢人たる王がおわす場所。

 この世界で最も強き、太陽の使徒らに守られた最も堅牢なる都市。


 大罪都市プラウディア。


 最も偉大なるその都市の中心、天賢王のいる高き城がある。名を【真なるバベル】、神に認められ、神の威光をあびることが許された唯一の塔である。

 その最上階にて――


「今回の集まりはこの程度か!悪くはないな、普段と比べればな!」


 野太く、響く声で口を開くのは【天拳】、グロンゾン・セイラ・デュランだった。神より賜った両拳でもって竜を殴り殺す、恐るべき戦士である彼は目の前の光景に対して豪快に笑う。

 最上階に備えられた巨大なる円卓、七天が集い腰をかける七つの椅子には欠落が多い。何より中央に一際美しく作られた椅子、つまるところ七天の長、天賢王が腰掛けるための玉座もまた、空席だった。


 この場にいるのは四名、グロンゾン、の隣には白の神官の衣装を身に纏った小柄な只人。老人のような真っ白な髪をしているが、見た目は幼い子供だ。男とも女ともつかない中性的な容姿をした者が座っていた。


「……………そう、ですか…………ええ……では……そちらはそのように……」


 【天祈】スーア・シンラ・プロミネンスは、()()()()()、一人で虚空に向かって言葉を交わしていた。まるで独り言のようにも見える。あるいは気が触れてしまったようにも。

 視界を自ら隠し、言動も虚ろ、しかし紛れもない七天のスーアは、()()()()()()()との対話を続けた。


「【天賢王】から賜りし【七天】の名を軽んじる愚か者が多い。不愉快です」


 グロンゾンの向かいの席に座るのは濃い蒼の獣人。【天剣】、ユーリ・セイラ・ブルースカイ。見た目は小柄で可憐なる少女だった。その声も小鳥の囀りのように愛らしい。

 だが、対照的に彼女自身からは、触れれば裂けるような、殺意にも似た怒気を纏っていた。言葉の通り、それは此処に集ってはいない他の七天へと向けられていた。


「ハッ!今より始まったことか?元より【七天】多かれ少なかれ、タガが外れた異常者達の集まりであろう?」


 彼女の嘆きに対して、そう言葉を選ばずに自身達を評し笑うのは、彼女の右隣に座る森人の男だった。眉目秀麗、まさに森人に相応しい若々しい青年の姿。しかし長命種たる森人の見た目の若さは当てにはならない。

 実際、その見た目の若さに相反して【七天】を“異常者”とせせら笑う彼の顔に浮かぶ皮肉と悪意は若々しさとはかけ離れていた。年齢を重ねた老獪さが浮き出ている。

 【七天】の一人。【天魔】のグレーレ。彼はニタニタと笑みを浮かべる。隣から放たれる血も凍るような殺意を楽しげに笑い飛ばす。


「……」

「カハハ!そう睨むな。決してお前が王より賜った【七天】の称号まで馬鹿にしたわけじゃないともさ。なあ?なんて言ったか?【天犬】だったか?」


 重ねられる明確な侮りと侮辱の意は、元よりとうに超過していた彼女の沸点を更に超えるには十分だったらしい。彼女は腰にある金色の剣に手を触れた。


「不必要に回るその舌、削ぎ落とすのが望みなら、そうしますよ」

「それはいいな!面白そうだ!【大罪竜ラスト】の話を聞いてから、魔術を一個組んでみたんだ。実験体で何度か試したし、そろそろ自分で試したくてねえ」


 状況は混沌とし始める。が、同時にそれはいつもの光景だった。メンバーが違えばまだましなのだが、【天剣】と【天魔】が揃うとトラブルは常である。どちらかといえば強引で豪快なやり口で周囲から窘められることも多いグロンゾンが、この面子のなかでは抑えに回ることも多い。

 今日もまた、さてどうやってこの二人を抑えるか、と彼が考え始めていた頃だった。


「鎮まれ」


 囁くように告げられたその声に、あれほど荒れ狂っていた一同が静まりかえる。喧噪を無視して“会話”し続けていたスーアすらもピタリと、言葉を止めた。起立し、声の主へと頭を深く下げる。

 従者を引き連れ現れたのは、神殿の長の冠をした男。大罪都市プラウディアにおいてその証を身につける者、ソレ即ちこの世の王の証でもある。


 【天賢王】アルノルド・シンラ・プロミネンス


 最も偉大なる知を修める神殿の長、

 眩い金色の髪を獅子の如く靡かせる若き王は自らの玉座に腰掛ける。


「王。ご壮健で在られること喜び申し上げます」


 【天剣】ユーリは真っ先に言葉を述べる。最も王への忠義の厚いのは彼女だ。その様を見て「犬のようだ」とグレーレは時折彼女をからかうが、ユーリはその嘲りも眼中にはない。ただ自らの忠誠を示すのみだった

 アルノルド王はその彼女の言葉に義務的に頷く。そして彼のとなりに控える老齢の女が彼に報告した。


「【天衣】様と【勇者】様が欠席でございます。必要とあらば転移の聖遺物で呼び戻しますが――」

「要らぬ。アレらは今それぞれ必要な場所にいる」


 そう告げる彼の言葉の一つ一つが、重く空間に響き渡る。見た目は只人でありながら、纏う気配は森人のそれよりも遙かに超越者じみていた。ヒトのそれというよりも、顕現した精霊と比べて遜色ないものだった。


「それで、王よ。俺の研究を中断させてまで我々を集結させた理由を聞いても?」


 だがそんな静謐な空気を纏う王に、無遠慮に口を挟めるグレーレの度胸は随分と据わっていた。あるいは彼自身が言っているとおり何処か精神が破綻しているかのどちらかだった。当然、ユーリは悍ましい害虫をみるかのような目でグレーレを睨み倒すが、彼は全く気にしない。

 そして王もまた、その不敬を気にしてはいないようだった。ただ、告げる。


「本題の前に、一つ伝えておく。建設中の都市そのものを器とした【卵】が発生した」


 王の言葉は短い。が、その言葉の意味を理解できぬ者はこの場に一人もいない。


「……邪教徒どもの仕業ですか。鬱陶しい」


 【天剣】ユーリは淡々と告げる。だが、先程よりも遙かに鋭く、濃密な殺意が彼女の身から発せられた。


「むう……建設に従事していた民達は無事であろうか?」


 【天拳】グロンゾンは腕を組み唸る。


「カハハ!面白い事を考える者が異端者にもいる。制御出来るとも思えんがな!」


 【天魔】グレーレは楽しげに嗤う。好奇を隠そうともせずニタニタと口を弧にした。


「――――――――場所は何処ですか?()()


 そして、【天祈】スーアは初めて意味のある言葉を口にした。


「グラドルの衛星都市ウーガ」

「グラドル…………嘆かわしい。そして面倒な位置ですね。干渉が難しい」


 それだけ言って、再びスーアは瞑目する。それ以外の七天の反応も、グラドルの名を聞いてプラスの反応を示す者は居なかった。


「……ですが、捨て置くことはできません。私が向かいますか?」


 ユーリがそう告げるが、天賢王は首を横に振る。


「異端者の狙いは此方だ。思惑に乗って戦力を割く必要は無い」

「しかし」

「現地には既に【勇者】がいる」


 勇者、その言葉にユーリは軽く眉をひそめる。

 そしてグレーレがケラケラと大きく笑った。


()()使()()に先を越されたな?」


 次の瞬間、閃光が奔った。

 雷をも引き裂くが如き鋭さによって抜き放たれた剣閃、【天剣】の刃がグレーレの首に叩き込まれる。が、同時に彼の首に魔術によって生まれた障壁が出現しそれを防ぐ。攻防としては極めて単純だが、そこに込められた力は異常だ。


「――――」


 金色の剣を振るうユーリの一振りに対し、魔術障壁は激しい光と音を立て、火花を放ち反撃せんとしている。にもかかわらず剣は一切、微動だにしない。グレーレの首を真っ直ぐに刎ね飛ばす位置から寸分違わずズレる事無く、緻密に組まれた魔術障壁を破壊し続ける。


「カッハハ!そうそうこれを試したかったんだ!」


 だが、魔術の障壁もまた異常な動作を繰り返していた。破壊される。その都度、砕けた術式が新たに再生する。砕かれ続けるたび、新たに魔術を再構築しているのだ。術を手繰っている筈の【天魔】グレーレは微動だにせず、詠唱も行なっていない。まるで魔術そのものが生きているかのように蠢き、進化し続けている。


 驚異的な速度の自己再生と自己成長。そしてそれすらも意に介さない不動の殺意。

 あまりに危険な拮抗を崩したのは【天拳】のグロンゾンだった。


「じゃれるな阿呆ども!!」


 距離ある向かいの机からグロンゾンが金色の手甲同士を大きく叩く。高い、鐘のような音が響く。途端、何かが弾けるような音と共にその拮抗が弾けとぶ。強い何かに叩かれたようにユーリの剣は弾き飛ばされ、術式は砕けた。

 介入され中断した二人は、しかし表情は剣呑だ。ユーリは感情の一切を殺してグレーレを睨む。グレーレも愉快そうに笑い続ける。

 グロンゾンは深々と溜息を吐いた。


「王の前だぞ!」


 そう短く指摘すると、ユーリはハッと顔を上げ、恥じらうように剣を収める。天賢王は目の前の小競り合いに怒るでも不愉快そうにするでもなく、ただただ観察するように眺めるだけだったが、それでも彼女を正気に戻すには十分だったらしい。

 そしてユーリが落ち着きを取り戻すとグレーレもつまらなそうに肩を竦め、自らが発動させた魔術術式を眺め始めた。この男は本当に自分の魔術にしか興味がない。ユーリへの数々の挑発も、自分の術を試したかったと、恐らくそんな理由だったのだろう。

 グロンゾンは事態の収束をみて鼻を鳴らし、王へと頭を下げ進言した。


「王。ディズに全てを任せてよろしいのですか。竜が絡めば、彼女一人では厳しいのでは」

「良い。グラドルはアレに任せる。他の七天は“本題”に備えよ」

「本題とは」


 天賢王はすっと上を見上げる。彼の視線の先にあるのはバベルの天井。

 だが、細工が成されている。視界に広がるのは石造りの天井ではなく青い空だ。太陽神に最も近いこの塔の最上階の天井は、太陽の恵みを間近に感じられるよう、魔術にて外の風景を天井に映しているのだ。

 故に、青空と、世界を包み守護する太陽(ゼウラディア)が輝いているのが室内からでもよく見えた。

 だがその蒼い空には一つ、あってはならぬ異物が存在していた。


()()()()()()()()()


 【大罪迷宮プラウディア】。天に輝く太陽をも呑まんとする()()()()。その稼働を指摘する言葉に、その場の七天全員が表情を変え、王と同じ空を見る。翼もなくとも天に浮かぶ巨大なる建築物は、沈黙を保ち続けていた。



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