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竜吞都市ウーガの冒険⑤


 シズクは唄い、宙を舞っていた。


「【【【氷よ唄え、穿て】】】」


 竜の猛襲を踊るようにして躱し、自らが手繰る杖を足がかりに宙を歩き、息を吸って吐くような速度で魔術を放つ。魔術の合間に竜牙槍が隙間を縫うように竜を切り刻む。


「【【【雷よ唄え、奔れ】】】」


 端から見ればそれは曲芸の域だった。まるで優雅に踊りながら、荒れ狂う飛竜を相手にとって翻弄し続けている。魔術師の戦いとは到底思えない。熟練の戦士であってもこうはいくまい。


「【紫華突貫】」


 しかしそれは、どれだけ天才的な彼女であっても限界を大きく超えた戦い方に違いなかった。

 術の詠唱速度も、物質の操作技術も、竜を翻弄し続ける体の動かし方の一つ一つも、全て彼女自身が定めた限界点を大幅に超過している。

 彼女は分かっている。これはどうしたって長続きはしない。もう後数十秒もたてば潰れる。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 しかしその彼女の限界を待たずして、飛竜は痺れを切らしたのか、その巨体でシズクに向かって突撃する。むちゃくちゃな動きだった。幾ら巨大な迷宮とは言え、空が抜けているわけでもない地下空間。勢いよく突っ込めば確実に自分も体をあちこちにぶつけ、ダメージを負うだろう。捨て身の特攻だった。

 シズクにはまだ、それを回避することは可能だった。


「位置が悪いですね」


 背後に瀕死のウルと、その彼を救おうとするリーネがいなければ、だが。

 このままだと背後のウル達が巻き込まれて死ぬ。故に、


「【骨芯変化・骨刃風】」

『ッカ!』


 自身の僕たる死霊騎士をたたき起こす。

 突撃をかましてきた飛竜の、ちょうど真下で焼き焦げていたロックに魔力を送る。既に彼の回復は済んでいた。最適のタイミングまで、飛竜の意識から外すために動かさずに置いていた彼を叩き起こす。


『GAAAAAAAAA!!?』


 突如眼下から、爆発するようにして鋭利な骨が湧き上がり、渦を巻いて飛竜を引き裂く。その突撃は半端に叩き潰された。飛竜が距離を空け、前を見れば、忌々しい魔術師の前に、再び死霊の騎士が剣を構えていた。


『カカ!無茶をやらすのう主よ』

「もうしわけありませんロック様。ですが窮地ですので」

『つーまり、いつものことじゃ、の!』


 骸骨の騎士が跳ぶ。剣を振りかぶり、飛竜の身体に叩きこむ。


『カカカカカカー!!おーうどうした黒トカゲェ!温いぞ!!』

『GAAAAAAAAAAAAA!!!』


 ロックにとってもこれは二度目の戦いだ。

 前回はウル達の横やりで中断されたとはいえ、続けていればロックが敗北していたのは明らかだった。だが、今回は逆に、ロックがやや飛竜を押していた。無論、その異様に硬い―――と、いうよりも、手ごたえが掴みにくい、異様な黒いうろこに阻まれているもの、攻撃の手数は明らかにロックの方が上だ。

 飛竜にとっては単純に、場所が悪い。左右天井どこを見ても肉の根の壁。いかに立派な翼があろうと、その巨体が動ける空間は少ない。羽ばたく翼もふとした拍子に天井を擦れバランスを崩しかねない。

 その隙をロックは突く。皮膚が通らないというのなら、眼球を抉るように刃を突き出したり、あるいは翼の動きを阻害するように剣を叩きつけ、バランスを崩させて落とそうとする。


「【【【炎よ】】】」


 そしてその合間合間にシズクが魔術によって追撃を果たす。

 戦況は悪くはなかった。と、いうよりも押している。この調子を続けていけば、最低限、ウルが回復するまでの時間稼ぎは達成できそうだ。


 だが――


『む』

「来ますね」


 シズクとロックが同時に動きを止める。飛竜が一気に後ろに飛び上がったのだ。


「咆吼ですね」

『堪え性ないのう』


 一行を壊滅の機に追いやったあの咆哮をもう一度放とうとしている。シズク達もまた一気に後方へと、ウル達の間近へと下がった。3人を今動ける二人が護らねば死ぬ。


「ロック様。核だけは壊さないように注意を」

『カカ!おうとも好きに使えよ主よ!』


 ロックの身体が変化し、再び障壁のように変化する。シズクはロックの障壁を盾のようにして構え、そのまえに竜牙槍を備え、【咆吼】の発射準備を完了する。先ほどまでの喧噪から一転して、静寂が訪れる。間もなく起こる破壊の嵐の前の静寂だった。


「――――――ううううう…ああああ!!!」


 だから、そのほんの僅かな間を打ち破って、エシェルが飛び出した事に、シズクもロックも、そして恐らく飛竜さえも、虚を突かれる事となった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ()()だけは決して使うなと、彼女は幼少期から怒鳴りつけられていた。


「う……うぅ………ぅぅううう」


 危険であり、許されぬ事であり、罪であり、悪である。

 故に、ソレを使う彼女もまた、不出来な者であるとして、父から吐き捨てられた。

 だから彼女は決してソレを使うことはしまいと心に誓っていた。そうしなければ、本当に、本当に自分が見捨てられてしまうという恐怖から来る忌避感が彼女を支配していた。

 味方はいない。家族にもいない。両親も、兄弟姉妹も、自分を見る目は落伍者を見る目だった。選択肢も与えられず家を追い出される形で騎士になって、それでもその先でも腫れ物扱いされて、ますます心を拗らせた。

 それでも、やっと実家から役割として命じられた大任は、災難ばかりだ。


「うう…………ううううう……」


 打ちのめされて、打ちのめされて打ちのめされて打ちのめされて、だから、やっと掴んだかもしれない状況打開の光に彼女はしがみついて、すがりついた。思えば、あまりにも無様に。それこそ振り払われても仕方ないくらいにみっともなく。

 しかし結局、すがりついたその光も、頼りになるようなものではないと知り彼女は絶望し、そしてその先で、思わぬ支えを得た。

 

 ――――俺達は仲間だ


 そう、ウルが言ったとき、本当はどれだけ嬉しかったか。彼は知ることはないだろう。必死に顔を顰めなければ多分泣いていた。


 ――――ま、全部駄目だったらウチに来れば良いさ。


 不安に潰れそうになって、泣き言をめそめそと続けたとき、顔を顰めず話を聞いて、そう言ってくれた事がどれほど衝撃で、どれほど嬉しかったか彼が知ることはあるまい。

 此処に居て良いと、そう言ってくれる者など彼女の人生にこれまで無かった。


 ――――危ないと思ったらちゃんと助けを呼んでくれ。可能な範囲で助ける 


 助けを叫ぶ事も出来なかった自分を、彼は助けてくれた。そして今、彼は自分を護って死にかけている。


「――――ダメだ」


 それだけはダメだ。それだけは許されない。


「うぅぅぅうううああああああああああああ!!!」


 気がつけば、喉からうなり声のような叫びが飛び出した。身体が動く。目の前の死闘のただ中に足を踏み出していた。それはあまりに愚かしい特攻であり、まったく無為に命を散らす行為でしか無い。通常ならば、


 しかし彼女は()()()()()()。決して。



「【ミラルフィィィイイネエエエエエエエ!!!!!】」


 

 その名こそ、決して口にしてはならないと戒められた言葉だった。

 神官としての彼女の才覚。精霊から貸与される人知を超えた圧倒的な【加護】の力。脈々と受け継がれてきた官位の血は、彼女にもその才を与えた。

 だが、彼女に寵愛を与えた精霊は、異端だった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 “邪霊”と呼ばれ忌み嫌われるその精霊の力が解き放たれた。
















「――――――あー………」


 ウルは、自分の身体から起こる鈍い痛みに目を覚ました。

 そこは薄暗く不気味な地の底、肉の根の床ではなく、簡素だが柔らかなベッドの上だった。実は死んで唯一神の元に召されたのかとも思ったが、身体中が痛いのでそうではない。

 ゆっくりと上半身を起こすと、外は星空が見える。夜だ。そして空が見えるということは迷宮の外だった。ランタンの魔光の明かりに周囲を見渡すと、自分の膝を枕にエシェルが寝ていた。すぐ側に置かれた椅子にはシズクが眠りにつき、隣のベッドではリーネが杖を抱えて同じく眠っている。


『カッカカ、モテモテじゃのう、ウル』

「お褒めにあずかり光栄だよジジイ」


 そして部屋の隅で眠る必要のないロックがウルにカタカタと笑いかける。いつもと変わらぬ戦友の態度に、ウルは自分が生き残ったと理解した。


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