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竜吞都市ウーガの冒険/フラグⅣ


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 記録地:竜呑都市ウーガ 

 筆記者:ウル

 対象:飛竜

 賞金:不明 ← 絶対エシェルから金をせびる。

 解析魔術情報:階級不明/喰/囲 ← シズクが指輪で調べていた。


 探索1日目

 竜呑都市の探索が始まった。

 一行(パーティ) 自分、シズク、ロック、エシェル、リーネ。

 ロックンロール号の導入は今回は避ける。ジャインの情報の確認を優先。


 前みたいな事故はゴメンなので、“蟒蛇”のルートからは徹底して外れるよう意識したが、今度は魔物の数が多く、キツい。


 居住区予定エリアだが、建造途中の建物が魔物の住処になっている。

 →高い建造物の真上に住み着いていた魔物が上から降ってくる。

 →ヤバい。


 特に粘魔がヤバい。降ってくる時風圧で身体が広がって広範囲に降り注いでくる。頭だけ護っても、その周りに粘魔が降り注げば、そのまま捕らわれてお終いだ。事前にジャインから話を聞いていなければ確実に死んでいた。マジで危ねえ。


 空が抜けている場所には絶対いてはいけない。

 そもそも地上部はジャインが大体探索し終えて何も無いという結果が出てる。

 地下に潜らなければ。 


 尚、エシェルは今回は混乱する様子もなく此方の命令に従っていた。

 前と比べると、随分と精神状態が安定しているが、シズクが言ったことが影響しているのかは不明。


 あと、指示通りにこなしたあと、チラチラこっちをみてきた。なんだろう。


 2日目

 地下もやべーんだが???

 都市建設予定地。限られた土地を有効利用するための地下通路の殆どに肉の根がはびこっている。地上と比べれば細いが、足の踏み場も無い。それだけなら、まだ足の踏み場が悪い程度ですむのだが、困ったことにこの肉の根が通路を複雑化している。本来通れる道を塞ぎ、順路を複雑化する上、竜牙槍で穴を掘ろうにも地面や壁にもびっちりと肉の根が侵食している(キモい)。

 地下への階段も本来地下5階まで続くはずなのに、地下2階でそっこうで詰まった。別の地下への降りる通路を探さなければならない。

 まさに迷宮だ。狭い空間に魔物が溢れかえる。きっつい。早々に撤退。


 エシェルには後列からの銃撃で魔物を撃退させた。割と順調に魔物を撃ち落としていた。

 ただその後じっとこっちを見てきた。

 →試しに頭を撫でると黙って撫でられ続けた。


 大丈夫なんだろうかこの天陽騎士。リーネの度し難いものを見る目が痛い。



 3日目

 引き続き地下探索。

 ジャイン曰く、この竜呑都市の“肉根”は地下から伸びているらしい。で、あれば目指すべきは地下だろう。地上にも【真核魔石】も見当たらなかったらしいし。

 で、シズクの音響と、エシェルの都市建設計画の知識を併せてなんとか地下への通路を発見。5階まで続いていたので地下五層に到達。3,4層はシズク曰く「肉の根で埋まってる」ので無視。


 ジャイン曰く、階層自体はそこまで深くないらしい。と、なると終点は近いか。


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 四日目 五層、地下水路


「……エシェル様。此処はなんだったんだ」

「都市の下水の浄化設備、予定地だ。まだ殆ど建設出来ていなかった」

「水路でしょうか?これは」

『地下にこんな空洞を作って崩れんのかの?』

「都市建設は迷宮が出現してからの数百年間蓄積されたノウハウをもとに建築されてるのよ。そう簡単に崩れることはないでしょう」


 ウル達の目の前に広がるのは、入り乱れた四方に広がる水路の空間だ。元々は下水が流れる場所であったらしいが、使用していなかった事もあり、悪臭がたちこめるといった事は無かった。代わりに、やはりここにも肉の根が蠢く不気味な空間が完成していた。石造りの水路がまるで、生物の臓腑のように蠢いている様は不気味極まった。

 ウル達がいるのはその水路の上段。管理者が移動するための通路入り口だ。


『さて、先に進むかの?』

「……いや、シズク、周辺の環境は」

「魔物の数は少ないですね。水路奥に蠢く気配が小さいのが幾つか……」

「よし……、周辺探索後、此処に中継定点を設営する」

「中継?」


 エシェルが首を傾げる。ウルは水路から目を離さないまま、よく分かっていないエシェルの疑問に答える。


「結界を組んで魔物も立ち寄らない休憩場所を作る。ここから先は、地上までの距離がありすぎるから、安全圏を用意したい」

「迷宮の中にそんな場所、作れるのか…?」

「魔物から少し目をそらせれば上出来で、見張りありきなのが基本らしい……普通は」


 ウルは後ろを見る。リーネはぐっと親指を立てた。


「何年持たせれば良い?」

「数時間でいいわい。っつーかそんなに持つ結界作れるのか?」

「迷宮は魔力の坩堝よ。魔除けくらいの結界ならいつまでもやれるわ」

「白王陣様々だ。居心地良い奴を頼む」

「1時間ちょうだい」

「了解。全員、リーネの護衛開始」


 ウルの一言で各々、エシェルを中心として周囲を見張ることとなった。尤も、周辺の魔物に関してはシズクと魔導書の【新雪の足跡】があればいち早く発見できるため、常時気を張っておく必要は無い。

 結果、小休止の状態となった。

 辺りにはリーネの魔法陣を刻む音だけが響く。魔物の気配は依然として少ない。シズクは遠くでその存在を感知しているが、未だ、コチラに来る様子は無いという。ウルは自身の竜牙槍の汚れを払っていた。出来れば分解し整備をしたいが、流石にいつ魔物が来るか分からない状況で、武器を使い物にならなくするのは間抜けだ。


「……」


 すると、ウルの横にエシェルがやってきた。彼女はウルのやや斜め後ろに座り込むと、そのままウルをジッと睨み続けた。最初、ウルは無視してやろうかとも思ったが、あまりに熱心に、そして何か言いたげに睨むので顔を向けた。


「どうしたんだ」

「…………別に、何も無い」

「そんなツラして睨み付けといてなにも無いわけ無いだろ。話なら聞くぞ。今なら間がある」


 迷宮にゆっくり出来るような時間はそんなに多くはない。地上に戻ったら戻ったでウル達はクタクタだし、やるべき事も多い。エシェルは仮にも仮都市のリーダーだ。彼女は彼女でやるべきことは山積みだろう。腹を割って喋れるタイミングは本当に少なかったりする。

 ソレを理解してか、少しエシェルはウルに近づいた。他のヒトに聞かれたくないらしい。そして、


「…………私は役に立っているか」

「ん?」

「答えろ」


 ウルはしばし考え、頭をかいた。周囲にはリーネが術式を刻む音だけが響く。迷宮の中とは思えないほど、静かだった。やがて、ウルは顔を上げると、なにやら深刻な顔でウルの答えをまっていたエシェルを改めて見て、答えた。


「それなりに」

「なんだそのいい加減な答え!」


 怒った。ご不満らしい。


「詳細に言うなら、少なくとも戦闘面では役に立ってる。近接は俺とロック、後衛はシズクとリーネだ。シズクは詠唱、リーネの【白王符】、魔術の発動までに時間や枚数制限がある」


 シズクの魔術の詠唱速度は規格外だが、やはりノータイムというわけにはいかない。リーネの符も自作出来るとは言え、個数には限度がある。白王陣の使いにくさは言うまでも無い。

 ウルの投擲技術はあるが、あくまでもサブウェポンだ。今現在のウルの仕事は近接で手一杯である。後列の手が増えるに越したことはない。


「アンタの“銃”は威力はそれなりだが、速い。時間差なく魔物を撃ちぬいていくのは頼りになる。が、まだ不慣れな分、初動が遅い事がある。のでそれなり」


 ウルは真正直に答えた。嘘偽りも媚びへつらいもない忌憚なき意見だった、つもりだ。それが果たして彼女の望む答えであったかどうかは兎も角として。


「…………」


 そしてエシェルは、ウルの解答に対して、しかめっつらな表情で返してきた。残念ながら彼女の望むような答えではなかったらしい。


「この答えでは不満だったか?」

「………五月蠅い」


 顔を伏せてしまった。今日の情緒はダウナー気味らしい。

 彼女の精神の浮き沈みの激しさにウルは既に慣れていた。迷宮を探索し始めてからはかなり落ち着いてきた。声を荒らげることも無くなっていた。つまり現在の状態は大分マシだ。

 だからウルは慌てずに、出来るだけ落ち着いた声で話しかけた。


「なにか、不安でもあるのか?」

「……気になるなら聞き出せば良いだろう。お前の命令には逆らえないんだ」

「別に、言いたくないことを言わせる気は無い。逆に、言いたい事があるなら聞くが」


 そこまで言って、ウルは黙った。竜牙槍の汚れを落とし動作を確認しながら彼女の反応を待った。もしも返事が無いのならそれはそれで構わなかった。


「私は」


 やがて、ポツリと小さくエシェルは声を漏らした。ウルは手を止めて振り返る。


「……もっとちゃんと出来るって示さないと駄目なんだ……そうじゃなかったら……」

「新人冒険者の活躍程度では足りない?」

「足りるわけが……!!」


 エシェルは声を張り上げ、ウルを睨む。だが、それも長くは保たなかった。ピンと立った耳はへなへなと倒れ込み、抱えた足に顔を伏せた。


「……お前達と私は違うんだ。現状に甘んじるわけにはいかないんだ……」

「その向上心の高さは尊敬するがねえ……」

「馬鹿にしてるだろ」


 エシェルが苛立ちながら顔を上げる。ウルは首を横に振った。


「心から思っているさ。見習わなければとも思う」

「見習う……?」

「何しろ俺は、新人のエシェル様を除外すれば、一行の中で一番貢献度が低いからな」


 え?と、初めてエシェルが顔を上げた。別に、彼女の顔を上げさせるために自分を卑下したのではない。ただ事実を述べただけだ。


「最大戦力はシズクと、要所ではリーネだろ。ロックは近接戦闘、更には自身の骨を変化させるオールマイティな能力持ち。それに引き換え俺は凡百の戦士職に過ぎない」


 強大な格上の賞金首を撃破し続けることによって、魔力の吸収、肉体の強化は確かに進んだが、未だその力に四苦八苦している。あまりに間断なく強力な魔物を倒し続けた結果、ずっと肉体のコントロールが不安定な状態が続いている。食事の時、加減を誤り、カップを握りしめ粉砕してしまうこともあった。

 シズクはそんな事もなさそうだというのに、なんていう劣等感も最早言い飽きた。


「だから、このままではいけないと努力することを、嘲ったり、馬鹿にするような事はしない。んなこと出来る立場じゃあないからな。俺は」


 ウルがそう言うと、エシェルは先ほどとは少し違った表情をした。バカにしているような風ではない。同類を見つけた、とも少し違う。少し不思議そうな表情だ。

 再び沈黙に戻ったが、しばしして、意を決したように顔を上げ、彼女は尋ねた。


「…………平気なのか?」

「いや、日々劣等感に苛まされているが。惨めなもんだ。指示する奴が一番弱いのは」


 ウルは正直に答えた。エシェルは更に変な顔になった。そしてまた少し黙る。ウルもまた黙って竜牙槍の手入れを続けた。術式の刻まれる音だけが再び辺りに木霊する。迷宮の中とはとても思えぬほどに静かだった。


「…………出来ないのに、指示しないといけないのが、辛いのは、それはわかる」

「ああ」


 しばらくして、エシェルはぽつぽつとしゃべり出した。ウルは手を止めて、ゆっくり肯定した。


「従者の奴らも、皆こっちのことを小馬鹿にしてる。何を言っても鼻で笑われる。なんども言い聞かせたら、疎ましい顔でこっちを睨むんだ」

「ああ、きついな」

「私だって自分の指示が完璧じゃないのは分かってる!でも、こっちだって必死なんだ!それなのに、アイツらは……」

「努力を汲み取ってもらえないのは嫌だよな」


 最初はウルの言葉への肯定だったが、徐々に自身の胸の内を、エシェルはゆっくりと明かしていく。同時に、今まで堰き止めていた感情の抑えが利かなくなったのだろうか。言葉とともにぽろぽろと涙が零れ始めた。


「このまま都市がだめになったら……お父様に今度こそ……でも、どうしたら……」

「何とかするために、こんな所まで来たんだ。俺達は」

「ダメだったらどうするんだ……そうなったら……もう……どこにも……」


 がっくりと、そう言ってまた泣き出した。ウルが思ったより遙かに、彼女は追い詰められているらしい。特権階級で、しかも天陽騎士である彼女が何故そうなるのか。そんな彼女が何故都市建設なんていう重大な役割を背負わされているのか、疑問は尽きない。

 ウルとはあまりにも立場が違う。だから彼女の苦悩はウルには分かってやることは出来ない。だが、彼女が何に追い詰められてるのかは一応分かっているつもりだった。


 逃げ場のない場所で殴られ続け、悲鳴を上げることも出来ず潰される苦しみだ。

 いつ終わるとも分からない苦痛に、耐えなくてはならない絶望だった。


 頑なにウル達との同行を通そうとした理由も少し分かった。もう、ただ何もせず、もたらされるともしれない結果を待つのは、もう耐えられなかったのだ。

 逃げ道を用意してやらないと、彼女は潰れてしまうだろう。だが、ウルが用意できるものなんてたかが知れていた。


「……ま、全部駄目だったらウチに来れば良いさ」


 とはいえ、何も言わずに放置するのも無い。ので、ウルはそれを口にした。


「……は?」


 エシェルはウルの言葉に数秒おいてから反応した。全く予期しない言葉だったのだろう。ぽかんとした声だった。


「なんだ、嫌なのか。だったら残念だな」


 まあ、名無しの冒険者ギルドに入るなんて嫌か、とウルは肩を竦める。が、エシェルの反応はそういったものではなかった。どちらかというと、驚愕したような表情である。


「…………お前の、ギルドに、入る?」

「ああ、そう言ったが」

「そんなの……そんなのは……駄目に、決まってる」

「決まってるのか?名無しの冒険者稼業のギルドに入るハードルほど低いものはないだろ」


 ほぼ地に沈んでる。と、ウルは笑った。

 罪でも犯していない限り、ウルとしては問題ない。彼女がどのように追い込まれていて、失敗したらどうなってしまうのかはイマイチピンと来ないが、最悪身体一つ残って無事なら、ウルとしては歓迎である。それくらいハードルが低い。

 勿論、当人から願い下げと言われればそれまでではあるのだが――――


「…………………いい、のか?」

「いいよ、別に。何せ人手不足だ。猫の手でも借りたい」

「……いい、んだ……」


 エシェルはそれから暫く、ぶつぶつとその言葉を繰り返した。それが彼女にとって良かったのか悪かったのかはわからないが、少なくとも先程のように死にそうな表情ではないだけ、マシだろう。

 ウルは彼女をそっとしておいて、再び竜牙槍の整備をしようと手を伸ばした。だがそれよりも早く


「ウル様」


 シズクが声をあげた。探知を続けていた彼女が声をかけてきたということは、つまり魔物が近づいてきた証拠だ。ウルは竜牙槍をもって立ち上がった。

 エシェルも慌ててそれに従う。


「魔物か?!」

「はい。確認できる限り五体ほどの魔物が。内四体は小型の魔物です」

「じゃあ残り一体が大物と……サイズは?」

「高さ4メートルほどで長さが50メートル超はあるかと」

「「そう……」」


 ウルとエシェルは1度、シズクに与えられた言葉をそのまま飲み込んだ。飲み込もうとして、まったく飲み干せない情報であった事に気づいて、それを吐き出した。


「「は?!!」」

『GUBUUBOBOBOBOBOBOBOBOBOOOO!!!!!!』


 次の瞬間、迷宮となった水路から、その水路目一杯にその巨体を滑らせうごめく巨大なる土竜蛇(サンドワーム)が姿を現した。




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