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仮都市の住民達②/フラグⅢ


 防壁建設をカルカラに代わり仕切っていた土人の男はダッカンと名乗った。


「大罪都市グラドルが衛星都市を彼方此方に作ってるのは知っとるか」

「知ってる。ついでに、名無しを雇って無茶苦茶な働かせ方してるのも」

「ふん、なら話は早いな」


 グラドルにおける名無しの扱いは、奴隷だ。と彼は語る。


「都市永住権なんて餌で釣られて、給金もまともに払われず酷使される。口答えすれば殴る蹴る。まともな住処も与えられず、粗末な部屋にすし詰め状態よ」


 見てきたように、というよりも、実際に体験したのだろう。その様子を語るダッカンの目は昏い色に淀んでいた。


「逃げられなかったのか?」


 ウルは当然の疑問を口にした。都市永住権は確かに、間違いなく魅力的な提案だが、しかし命には代えられない。名無しが都市外を彷徨うなんていつもの事。逃げようと思えば逃げ出せたのではと思った。

 だが、ダッカンは首を横に振る。


「天陽騎士に、神官様が見張ってんだ。逃げれねえよ」

「神の下僕が奴隷商人の真似事か……」


 神官、唯一神ゼウラディアの下僕。神の手足とも称される彼らがやる所業とはとても思えない……と、思うほど、ウルは彼らに幻想を抱いてはいない。彼らとて同じヒトなのだ。道を踏み外す者も出てくるだろう。

 国単位でそれを行う、というのは流石に、あまり聞いたことがないが。


「唯一神様の下僕なんてとんでもねえ!グラドルの連中は、私利私欲に精霊様の力を振り回すろくでなしどもさ!」


 聞く限り、グラドルを支配する神官達は、天賢王の目が遠くあるのを良いことに、随分と好き勝手にやっているらしかった。特に名無しへの扱いは、以前から噂を聞いていたが相当に酷いようだ。


「女子供も同じ部屋!身体もロクに洗えねえ!口答えも許されず文句を垂れれば鞭がとぶ!人身売買と大差ねえ!」

「なるほどな……それで?恩ってのはどういうことなんだ?」


 やや、話が逸れ始めたので軌道修正を行う。おお、それだそれだとダッカンは相づちを打った。


「まあ、今の話の通り、ロクな扱いを受けなかったもんだから、疲れ果ててボロボロになった奴が結構出てきた。病気になった奴もいた。幾ら鞭で打たれたって動けないんじゃどうにもならねえ」

「そりゃそうだ」

「で、俺達を管理してた神官達に、邪魔に思われたんだろう。ある日、仕事場を移すっつって、特に弱った奴らが選ばれて、運ばれたのが此処だ」

「……それは」


 と、言い淀み、ウルは口を閉じた。ダッカンは話を続ける。家畜を運ぶような手荒さで此処に運ばれた名無し達を迎えたのは、“衛星都市ウーガ”建設を取り仕切っていたエシェルだ。

 彼女は、自分で立ち上がることも出来ないほど弱った名無し達を見て、怒り散らしたらしい。


 ――なんだコイツラは!なんでこんな役に立ちそうに無い奴らばかり!


 病人に向ける罵声としてはあんまりだが、しかしその怒りも当然でもあった。彼女は名無し達に不足した神官の代わりの労働力を求めていたのだ。

 だというのに、労働力どころか、不良債権を押しつけられたのだから。


「で、だ。散々俺達に文句を垂れて、病人達を罵った後、あの嬢ちゃんどうしたと思う?」

「……病人を安静にして、食料を与えたんだろ」


 ダッカンは少し驚いたように小さい目を見開いた。


「なんで分かった?」

「ある程度はどういう人柄かは分かってきた」


 彼女の善性を信じた、というわけではない。

 恐らく、エシェルは余裕が無かったのだ。送りつけられた病人達に対して、それ以上痛めつけようだとか、処分してしまおうだとか、放置しようだとか、そういう私利私欲を満たすことを考える余裕が全くなかったのだ。

 余裕がないから、正しいことをする。病人、弱った人間は休ませ、癒やし、食事を取らせなければならないという、“当たり前”を選んだのだろう。


「ま、そういう事さ。だから俺達は、だからあの嬢ちゃんには恩がある」

「善意からの施しでなくても?」

「恩は恩だ。おかげで俺の嫁も死なずに済んだ。仕事の内容も、前よりか断然マトモだしな!」


 ガッハハと笑うダッカンに、ウルは納得した。名無しに帰属意識はない。権力者に対する畏敬も浅い。もっと直接的な損得、温情のやり取りにこそ動く。エシェルは結果としてそれを満たしたのだ。

 名無し達の労働意欲の高さの理由はコレだ。


「そうでなくとも、あのお嬢ちゃん、全然余裕がねえからよお」

「そうなのよねえ」


 と、話していると他の名無し達も集まってきた。老若男女、人種も多様だ。


「あたしの娘くらいの年なのに顔青くしてるのが不憫でねえ」

「グラドルの奴らもムカつくしなあ。あんなちっせえ子に何できるってんだ」

「だからまあさ、仕事はちゃんとしてやろうって思った訳よ」


 おそらくそれは、エシェルが本来望んだものからはかけ離れているようではあるが、しかし彼女へと向けられた確かな人望がそこにはあった。彼女の余裕の無さ、人柄、名無し達の元の待遇、様々な状況が重なった結果の偶発的なものなのだろうが、悪いことではなかった。


「まだ、逃げない奴が多く居る理由が分かったよ」

「ま、本当にヤバくなったら逃げるさね」

「そうなんねえように、オメーらも頑張れよ!あのウーガをなんとかしてくれや!」

「期待せず待っててくれ」


 仮都市、そこに住まう名無し達、そしてエシェルの情報を頭に入れながら、名無しの住民達の過度な期待をウルは聞き流すのだった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 翌日 

 竜呑都市ウーガ、正門前


「そんじゃあ、二回目探索行くかね」

『前はさんざんじゃったの』

「研究もう少ししたかったのに……」

「実戦も必要でございますよ」


 それぞれ好き勝手にしゃべっている。特に緊張はないらしい。固くなって動きが鈍るようなメンツではない。固くなるとしたらウルだけである。そう思うとマイペースな連中にちょっと腹が立った。

 いや、もう一人、問題になりそうな奴はいる。


『で、あのお嬢ちゃんはくるんかの』

「もう来たみたいですよ?」


 シズクの言葉にウルは振り返る。エシェルがやってきていた。カルカラもいない。天陽騎士の鎧を身に纏うが、見栄えのための装飾は取り外され、いくらかスマートになっていた。魔道銃を肩に提げ、携帯鞄をベルトで締めて装着している。昨日一緒に検討しただけあって、きちんと迷宮に挑む者の装いになっている。 

 だが、なにより違うのは、


「化粧ちゃんと取ったんだな。エシェル様」

「五月蠅い。汗で滲んで目に入るんだ」

「そうだろな」


 まあ、迷宮で化粧をして、誰にソレを見せるのだという話ではある。しかし、こうして化粧をとったエシェルを見てみると、なんというか大分幼く見えた。


「聞いてなかったが、年齢は幾つなんだ?」

「……いま関係あるか」

「単なる興味本位で、言いたくないなら質問を取り下げるが」

「…………18才」


 ウルの3つ上である。それにしては背丈も大分低い。年はもっと下に見えるくらいだ。だからこそ、似合わない化粧で背伸びをしていた、ということらしい。

 綺麗におめかしする女性も好ましく思うが、あの化粧は“無い”からとってくれてよかった。と、それを言ったら絶対にキレられるとわかっていたので黙っていた。


「文句でもあるのか」

「無い。その年で重責を背負っていることに尊敬の念に堪えないが」


 そう言って、ウルはそのまま片手を差し出す。エシェルは最初、訝しがった。


「なんだ」

「握手だよ」

「なんで」

「必要だからだ」


 ウルは差し出した手を引っ込めはしなかった。只人だがウルよりも小さいエシェルに対して、少し腰を下ろし、見下ろす事もせず真っ直ぐに彼女を見る。


「雇う側と雇われる側。命じられる側と命じる側。関係がやたらややこしくなったから一つ、ハッキリさせておきたい」

「何を」

「迷宮の中において俺たちは仲間だ」


 そのウルの言葉にエシェルは少し目を見開き、顔を顰め、そしてウルを睨んだ。ウルは目をそらすこともなく、依然として手は差し出し続けた。しばらく間があく。誰もそのあいだ、口出しはしなかった。そして、とうとうエシェルが折れたのか、あるいは何かを決めたのか、ウルの手を取った。

 ウルは彼女の手を強く握った。


「ちゃんと仕事をしろよ」

「一蓮托生だ。そっちも頼むぞ」


 かくしてエシェルが仲間となった。

 この二人の関係は、ウルが思うよりも、エシェルが思うよりも、ずっと長くなることを二人はまだ知ることはなかった。

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