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仮都市の住民達


 竜吞ウーガ攻略に向けた準備をウルは進めていた。

 暁の大鷲と交渉を繰り返し、消耗品、特に食料を買い漁った。【白の蟒蛇】のジャインから得た情報を基に、必要なものを揃えていく。そしてそのついでに、仮都市の被害状況をウルは確認していった。


《もんだいなさげ?》

「意外にも落ち着いてるな」


 ディズの仕事が一段落した、という妹と共に。

 竜の襲撃によって混乱していた仮都市の状況だが、一日経って、意外にも混乱は落ち着きを取り戻しつつあった。元々、“仮神殿”以外は簡易テントばかりだったため、復興は容易だったらしい。

 それでも逃げた名無しは何割かいたようだが、それでも残った者達の数はまだ多い。

 それに加えて


「【岩石の精霊(ガルディン)、大地を押し上げよ】」


 【岩石の神官】であるカルカラによる補修が行われていた。


 カルカラが自らの精霊の名を宣言する。同時に、大地が隆起し、壊れた防壁の修繕や、残った住民達の新たなる住居の作成などを次々に行なっていく。石材などを切り出す必要も無い。地中で加工され、完成された建造物がそのまま下からせり出している。


「……凄いなあ」

《すんごーいのね》


 ウルとアカネの兄妹は語彙の浅い感想を述べた。


「見事なもんだなあ」

《ほんになあ》

「あなたは何をしているのですか。一人でブツブツと」


 のんびりと話していたウルとアカネの下に、カルカラがやってくる。彼女はウルしか認識していないのは、アカネがネックレスの形状に変化しウルの首に掛かっているからだ。ウルは平静を崩さず彼女に向き直り、深く頭を下げた。


「どうも、カルカラ様。精霊の力ってのを見学させてもらっていた」

「仕事しなさい。何のためにエシェル様があなた方を呼んだと思ってるのです」

「今日の仕事は大体済ませた。この仮都市の状況も把握しておきたかっただけだ。それが終わったら攻略に向かう」


 攻略、と言った瞬間カルカラは露骨に顔をしかめた。まだエシェルが自分たちの旅に同行することに納得していないらしい。


「エシェル様が迷宮に行くのは彼女の選択だ」


 そう告げると、ものすごい勢いで睨まれたのでウルは目を逸らした。


《……こーわ》

「絶対に外に出たらダメだぞアカネ」


 ヒソヒソと話すウル(とアカネ)を睨みながらも、カルカラは引き続き作業を続ける。

 本来であれば多数の人手と大量の時間が必要な建築を、たった一人で作り続けていく様は圧倒的だ。その力でもって、竜に破壊された建物や防壁を補修していく。その修繕速度は凄まじい。

 しかしそれ以上に感心すべきは、その補修の“自由さ”だった。


「神官様、申し訳ありません、よろしいでしょうか」


 竜騒動が起こった後も仮都市から逃げ出さず、カルカラと共に修繕作業を続けていた名無しの一人が深々と頭を下げながら彼女に声をかける。カルカラは一時的に作業を止め、視線をそちらに移した。


「顔を上げなさい。何用ですか」

「先の騒動で崩れかかっている建物が。地盤が柔くなってしまっているようです」

「場所は」

「此方です。周囲の補強のための土台も欲しいのです」


 案内された場所に彼女は動く。そして場所を確認すると、そのまま不意に片手を上げた。途端、その地面が動く。加工されたように真っ直ぐな石が、柔らかだった地面を塗り替える。


「土台はあちらですね」


 彼女が再び手を上げれば、その先に足場が生まれる。望む場所、望むまま、望む形に。

 魔術とは違う。

 魔術はまず、術ありきだ。様々な魔術が研究し、生み出され、問題に際した時、事前に組まれた魔術をその対処にあてる。故に「その時その場所その問題のためだけの魔術」というのは殆ど無い。たった一つの問題だけのために作られる魔術など、非効率の極みだからだ。


 だが、カルカラは“それ”をしている。


「補強は終わりました。幾らか陥没が進んでいたので均してもおきました」

「おお、神官様、ありがとうございます」

「足場を拡張しておきました。引き続き作業を進めなさい」


 カルカラは岩の精霊の力をその場その場に合わせて使っている。石畳のような岩を地面に広げ補強し、階段のような岩を足場に、防壁を広げて魔物に備え、それを支える柱をも生み出す。

 魔術ならば、それぞれに対して別種の魔術を使わなければならない。それも細かな術の調整も必要だろう。そういった工程の一切を彼女は省いている。


「精霊の力は……なんというか、“何でも出来る”んだな」

「当然、制限はありますが」


 と、ウルの言葉を聞いていたのか、カルカラが補足を入れる。


「制限とは」

「魔術による魔力のように、精霊様の加護の力を扱うにもエネルギーが必要です」

「ああ、都市民や従者達の【祈り】の力でしたか」

「それなくば力は尽きます」


 分かりやすく言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という認識で間違いないらしい。都市民はその力を溜めるために神殿に通い、祈りを捧げる。


「じゃあ、一人では力は使えない?」

「使えますが、魔力が尽きるのは早いでしょうね。精霊の【加護】を扱うための祈りの【魔力】を個人が生み出すのには、限界があります」

「限界」

「此処にちゃんとした神殿があれば、【岩石の精霊】の加護をもう少し自由に振るえていたでしょう。あの仮初めの神殿では祈りの貯蔵庫としての役割は果たされない」


 従者からの祈りはカルカラに直接譲渡されるが、そのカルカラという神官の器には限界がある。“蓄える”ということが出来ないために、効率がかなり落ちている。らしい。


「なんというか……神官というのは万能ではないんだな。神殿が無いってのが大きいんだろうけれど」


 ちゃんとした神殿があるなら、魔術以上に汎用性の高い力を無尽蔵に使える。都市内において神官の力は圧倒的と言って良いだろう。だが、此処ではそうではない。

 だから第三位(グラン)の従者、グルフィンの存在にエシェルも拘っていたのだ。


「あくまでも、精霊様の力を【加護】として借りているだけですから、当然です。ヒトの身で力の全てを扱えない。私のような第五位(ヌウ)では特に」

「なるほど……じゃあ、例えば第一位(シンラ)の神官とかだとまた違う?」


 それは興味本位の質問だったが、カルカラの瞳は明確に鋭くなった。怒りではない。そしてウルの方を向いているわけでも無い。

 その瞳に込められた感情は、畏怖だ。


「……第一位(シンラ)は精霊との親和性が高い。祈りの量も圧倒的ですが、何よりも与えられる加護の強度が違います。私のような小手先とは次元が違う」

「……具体的には、どんなことができると?」

「天変地異」


 極めて端的かつ、分かりやすい説明だった。


「我が国、グラドルの第一位(シンラ)なら、一瞬でこの地全てを山脈に変える事も出来ますよ」

「わあお」

「無論、ヒトの身である以上魔力貯蔵の限界という問題は残りますが、第一位(シンラ)であれば、自身の担当する神殿との直通回路(パス)も持っていますから、その領内であればほぼ無尽蔵です」

「……正直、想像も出来ないな」

「どうせ貴方には縁も無いこと。想像の必要はありませんよ。それよりも、手伝う気があるなら貴方も祈りを捧げてほしいのですが」


 カルカラがウルを睨む。

 確かに彼女の説明によれば、彼女は【従者】達の祈りを自分という器にしか蓄えることが出来ていない。つまり効率が悪い。今の修繕で再び彼女は消耗したのだ。


「名無しの祈りで良ければ」


 ウルは頷き、両手を合わせる。名無しの祈りでは大した力にはならないだろうが、少しは足しにはなるだろうとそう思った。だが、そうしていると、カルカラは不審そうな顔になる。


「……何か?」

「貴方……真剣に祈ってますか?」

「ここで適当かます理由はないが」

「なら何故そこまで祈りが……名無しにしたって限度が……」


 おかしな言い様にウルが不思議そうにしている間、彼女は自分の覚えた違和感を探っているのか、ウルの周りをグルグルと回り、そして、じっと、ウルの右手を睨んだ。


「貴方、それ、なんですか」

「え、ああ。エシェル様からきいていなかったので?」


 黒睡帯が巻かれた右腕を彼女は睨む。ウルは帯を少しだけ捲る。現れたのは、元のウルの肌の色とはかけ離れた真っ黒な皮膚、固く、禍々しい、ヒトのものでない右手。


「実は最近竜に呪われて」

「近寄らないで下さい」

「酷い罵倒だ」


 カルカラは汚物でも見るような凄まじい表情で顔を顰めるので二重に傷ついた。まあ、呪いなど、見て喜ぶ者はいやしないだろうが、それにしたってカルカラの忌避する態度はかなり露骨だった。

 2歩3歩と後ろに下がり、悍ましいものを見るような顔でウルの右手を指さす。


「……()()()()()()()()()()()

「精霊が?」

「加護を通して、嫌悪が、伝わるので、隠して」


 帯を戻すと、ふうと、途端、彼女はしかめ面を解いた。それほど違うのだろうか、と思っていると、首にかけていたアカネが小さな声で囁いた。


《にーたん、“おび”はずしとったらいかんよ?》

「いかんのか」

《はずすときはよらんとってな》

「泣く」


 ウルは念入りに右腕を黒睡帯で縛り付けると、カルカラは今度はその帯を注視した。


「その帯は……」

「機織りの魔女という方に織ってもらったものですが」

「大罪都市ラストの……なるほど、随分奮発したものですね」


 この帯が幾らしたのか、考えるのが本当に怖くなってきたウルだった。


「おーいカルカラ様ー」


 と、そんな会話をしていると、再び別の声が聞こえてきた。仮神殿の方から手を振ってやって来たのは、つい最近顔見知りになった男の顔だ。


「カランさん。だったか。どうも」

「っと、よう、冒険者。まーた会ったな」


 仮神殿で出会った従者のカランがひらりと手を振り挨拶する。ウルも挨拶を返したが、彼が用事があるのはウルではないらしい。彼はカルカラへと向かっていった。


「何用ですか」

「ちょーっと神殿で他の従者の皆様が騒ぎ始めてましてね。なんでも食事に虫が混入していただとか。全ての備蓄食料をチェックして、同じ事がないようにしろと」

「不可能なことを喚かないでくれと言っておいて下さい」

「それこそ、俺如きにそんな事を言うのは不可能だと理解してくれよ。カルカラ様」


 カルカラは深々と溜息をついた。そして振り返り、彼女を手伝っていた名無しの作業員達に振り返りよく通る声で指示をだした。


「いまできる範囲での補修作業を続けなさい。終わり次第、今日は解散です」


 その言葉にまばらな返答が返ってくる。そのまま彼女はカランと共に仮神殿の方へと向かっていった。


「大変そうだな……」

《にーたんもてつだう?》

「遠慮しとく。全然楽しくなさそうだ……しかし」

《どしたん?》

「……結構、残ってんだな。名無し」


 カルカラが去っていった後、ウルは竜に破壊された仮都市の現場を眺めてみると、そこには興味深い光景があった。防壁作りを行う名無し達。精霊の力など当然持ち合わせない彼らは、カルカラが用意した足場を辿り、えっちらほっちらと資材を組み立てて、補修作業を続けていた。


《みんながんばってんねえ》

「ああ、そうだな。カルカラもいないのに」


 そしてその彼等は、尻を叩く監督役もいないのに熱心に作業をしていた。

 嫌々なら、必要なことと分かっていても、手を抜くものだ。見張る者が誰もいないなら、空気は自然と弛緩する。だが、彼らにその様子は無い。

 彼らのモチベーションは高く見える。そもそも、飛竜の騒動を受けて尚、逃げ出さずこの場所を維持しようとしている者達が居ること自体、意外だ。


「おーいお前ら、サボってんじゃ……って、確かエシェル様が呼んだ奴らか」


 と、そこに作業員と間違えたのだろうか。恐らくカルカラの代理で此処を仕切っているのであろう土人の男が声をかけてきた。様子を見るにウルの素性は知っているらしい。ウルは会釈を返した。


「どうも、少し見学させてもらっていた」

「ほおん、ま、邪魔しねえならなんだって構わねえけどよ」


 じろじろと顔を見てくる。露骨に胡散臭く思われているようだ。彼も名無しなら、冒険者は見慣れているとは思うのだが。あるいは見慣れ知っているからこそだろうか。


「名無しの流れ者には、神官の御業を見れる機会はそう無くてな」

「おお、そりゃ違いねえ。俺も初めて見たぜこんな間近でよ」


 土人は豪快に笑った。警戒を解くために振った雑談だったので、ウルは少しほっとする。そしてそのついでに、思っていたことを口にする。


「しかし、名無しの皆、仕事熱心だな。それに逃げた奴が思ったより少ない」


 問いに、うむ、と土人が頷く。


「ワシらは、エシェル様に恩があるからなあ」

「……恩?」


 それは思ってもみない言葉だった。


ご高覧頂きありがとうございます!

此処まで土日を二回投稿でやってきましたが、後から読んでいただいてる方に追いついてもらう為にも投稿を1日1回ペースにしていこうと思います!

楽しみにしていただいた皆様には投稿ペースが落ちてしまうこと申し訳なく思いますがご理解いただければ幸いです。


今後も楽しんでいただけるよう頑張ります! よろしければ今後も応援お願いします!

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