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仮神殿にて②


 “仮”神殿、執務室。


「私は反対です」


 そう言って、カルカラはエシェルの迷宮探索の同行に真っ向から反対した。元々、エシェルが先の迷宮の様子見に同行することにも反対していたが、本格的な探索にも同行すると聞くや否や、強硬な反対の姿勢を見せた。

 強い怒りを堪えた瞳で、主にウルを睨む。となりでエシェルは助けを求めるような目でこっちを見てきた。なるほど、エシェルがわざわざこっちを呼び出した理由が判明した。彼女を何とか説得しろと、そういうことらしい。


「同行を望んだのは俺達じゃなく、エシェル様だ」

「そ、そうだ。カルカラ。私が望んだのだ。コイツらだけでは不安だから」

「エシェル様」


 ぴしゃり、とカルカラが口を挟むと、エシェルは萎縮したように言葉を止める。官位はエシェルの方が上の筈なのだが、なぜだかこの場での立場が逆転しているかのようだった。


「貴方は【大罪都市グラドル】からの勅命でこの都市の建設を任されているのですよ。迷宮の探索など、冒険者どもに任せれば良いのです。地の底、悪神の配下の住処を這いずり回るのは神官の役目などではありません」


 カルカラの言い分は全くもってごもっともであり、故にウルは反論する事はない。これでエシェルが諦めるならそれはそれで構わないと思っていた。


「……イヤだ」


 しかしエシェルは、彼女の指摘に対して、引き下がるような顔はしていなかった。これも、そうなるであろうというのはウルにもわかっていた。

 あの最初の探索で、あそこまで無様を晒し、危険な目に遭い、挙げ句ウルに服従を誓ってでも同行を願った女だ。生半可な覚悟じゃない。


「私がやるんだ。私だって、やれるんだ…!!」


 絞り出すような声だった。特権階級にあるまじき、功績への執着だった。何故彼女がこうなったのかはウルには不明だ。しかし、カルカラには察するところもあるのだろうか。少し間を空けて、小さく呟いた。


「……お父上の顔に泥を塗りますよ」

「……っ」


 その一言は急所だったのだろう。エシェルは一気に顔を青くした。泣きそうな顔になって、顔を伏せた。小さく、何か言いたげにもごもごと口を動かすが、しかしどれも言葉にならない。

 その彼女の様子に少し安心したようにしたカルカラは、続けて口を開こうとして、


「とっくに顔に泥を塗ってると思いますが?」


 それよりも先に、シズクが口を挟んだ。カルカラが虚を突かれてる隙に、シズクはエシェルへと顔を向ける。


「私は神官ではありませんし、官位を持つ家の家庭事情に詳しくはありませんが、建設途中の都市の崩壊、避難した労働要員に襲来した竜による被害。汚名を被るという点ではとっくに取り返しがつかないかと」


 紛れもない追い打ちである。エシェルは更に沈んだ。顔は伏せて分からないが多分泣いている。突如として湧いて出た援軍、というよりも追撃に、カルカラは喜ぶよりも先に訝しんだ。

 その疑念は正しいとウルは内心で思った。経験から理解している。彼女がこうして相手を追い詰めるのは、決して、カルカラを助けようなどと思ったわけではない。


「――故にこそ、汚名は貴方が濯がねばならないでしょう」


 シズクは、エシェルが沈みきったタイミングで、すくい上げるように言葉をかける。カルカラが口を挟む間も与えず、続ける。


「それ以上の失態を恐れて黙っていたとして、更に失敗を重ねることはないかもしれませんが、既に積み重なった失態は無かったことにはなりません」

「…………」

「失敗を、代わりに消し去ってくれるヒトはいません。貴方の失態は貴方のもの」

「……そうだ」

「貴方が、貴方自身がやらねばなりません。貴方を救うのは、貴方です」

「そうだ……!!」


 エシェルは立ち上がった。顔色は真っ青だ。恐怖に歪み、切羽詰まった顔になっている。しかし、その立ち姿は力強く、鬼気迫っている。追い詰められ、死ぬ寸前となって、藻掻き抗う事を決めた者の気迫だった。


「私がやるんだ!証明する!そうでなきゃ私はお終いだ!!」


 泣きながら震える声で叫んだ決意の言葉に、シズクは笑みを浮かべ、カルカラは苦い顔で顔を手で覆った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 夜、仮都市内にて建設された宿泊施設にて


「――――で?どういうつもりなんだ。シズク」

「怒ってます?」

「勝手にエシェルと俺に主従契約をむすんだ事については怒ってはいる」


 シズクは正座し、ウルは腕を組んで彼女の前に立っていた。ちなみに正座については到着後シズクが自主的に行なったものである。別に、上から頭ごなしに否定したいわけではないのでいきなり怒られる姿勢になるのはやめろと言いたい。


「今更、俺がデメリットを背負うような真似をするとは思ってないが、説明しろまず」


 いつも、唐突かつ、突拍子も無い行動でふりまわされる身にもなってほしい。


「で、まずなんであんな契約にしたんだ。反発必至だろ」


 名無しのウルに対して、官位持ちのエシェルが期間限定とはいえ絶対服従など、自然に考えれば反発必至、不敬罪かなんかでしょっぴかれかねない。竜撃退後、何故彼女がキレちらかさなかったのか不思議でしょうがなかったくらいだ。


「恐らく大丈夫だと思いますよ」


 だがシズクは断言した。確信したような言い方だった。


「理由は?」

「彼女、命令“されたがって”いましたから」

「したがる、じゃなくてか?」

「はい」


 迷宮探索のため、必要な装備の準備をする。と言って1度別れたエシェルをウルは思い浮かべる。いつも顔に怒りを浮かべ、ウルに対しても怒鳴り散らしてばかりの彼女が、命令をされたがっている。と聞いてもピンとこない――――わけではなかった。


「まあ、ヒトの上に立つのに向いてる女じゃないのは確かだが……」


 特権階級の家の生まれである割に、やけにヒトの使い方が下手くそとは思っていた。

 何を指示するにしても、頭ごなしに怒鳴りつけ、わめき散らすばかりだ。癇癪を起こした子供のようである。いくら彼女が権力を有していようと、相手を不快にするような振る舞いをすれば、立場が下の相手だろうと不快感を覚えるものだ。

 その結果が、ジャイン達の彼女への態度だ。現状の彼女は、良い上司になれるようなタイプではない。


「だが、それが何故命令“されたがる”になるんだ」

「現在の彼女の立場は、この衛星都市建設のトップです。あの幼さで。誰もその責任を負ってくれる人間はいません。自分よりも遙かに年上を相手に命令し続けなければならない立場にあります」

「…………つまり、重責に疲れていると?」

「そうでしょうね。情緒が不安定でしたから。限界いっぱいいっぱいなのかと」


 怒り、泣き、叫び、怯える。あの態度が、ストレスに追い詰められ続けた結果だとすれば、確かに彼女は限界の瀬戸際まできているだろう。


「だからでしょう。先の迷宮で、ウル様に命令されていた時、彼女は安らいでました」


 自分で考える必要も無く、ただ相手の命令をうけ、責任を相手に預ける。その事の彼女の安堵の仕方はとても露骨だったとシズクは言う。ウルにはあの時、エシェルの様子を確認する余裕なんて全くと言って良いほど無かったのだが、しかし彼女がそう言うのならそうなのだろう。人間観察において彼女の洞察力は最早疑うまい。

 ならば、とウルは次の質問を投げる。


「そういう奴がいるのは否定しない……が、なら何故俺だ」


 命令する相手なら、何も別にウルじゃなくてもシズクであっても良いはずだ。何故にウルと彼女に一時的であれ主従関係なんていうものを結ばせたのか。自分がギルドの長であるから、と言われれば納得するしかないが、理由は確認しておきたかった。


 問いに対して、シズクは神妙な表情で頷いた。


「男からの命令の方が、彼女は響くと思いまして」

「ゲスい」

「隷属願望にはいろんなタイプがありますが、彼女は見た目から入るタイプです」

「クッソゲスい」


 ウルはシズクの側頭部を拳でぐりぐりと捻った。シズクはあーうーと悲鳴をあげた。


「じゃあ、なんでそうまでしてエシェルを連れていこうとしてるんだ?」


 ウルは問う。それこそが最大の疑問だ。

 単純に考えるなら、エシェルを連れて迷宮を行くのは賢い選択とは言い難い。彼女との契約で、最初の探索の時のような大事故は起こらないだろうが、


「彼女への配慮と懸念、そして打算があります」

「ふむ……?」


 続きを促す。シズクは頷いた。


「配慮は勿論、彼女の願いを叶えたいということ。結果を残したい。成果をあげたいというのなら、それは叶えて差し上げたいです」

「まあ、一応指揮官の立場でなんで現場に出ようとするんだって疑問はあるが……」


 とはいえ、理解は出来る。自分以外の相手の願望を叶えたいというのはシズクの基本行動だ。そこは正直予想も出来ていた。


「懸念は?」

「放置していたら、一人で勝手に動いてしまいそうです」

「ああ……見張ってたほうが良いか」


 シズクの言うとおり、エシェルがかなり精神的に追いつめられているのは間違いないだろう。その彼女を目の届かない所に放置するよりは、手の届く所に置いた方が安心できるのは理解できた。


「最後、打算は?」

「彼女には無茶をしなければならない事情があります。たとえ命の危機に陥るような場所にも、立ち向かわなければならないと本気で思っています」


 シズクのその言葉をウルは最初飲み込めなかったが、暫く考え、そして思い当たった。彼女が言いたいのは、つまるところ


「……仲間になるかも、と?」

「人手不足の我々の無茶に付き合ってくれるヒトは稀です。一時かも知れませんが、同行者が増えるならそれに越したことはない」


 元々、ウル達のギルド、一行(パーティ)の懸念事項の一つだ。無理無茶無謀な挑戦をするウル達の戦いに付き合える仲間の不足だ。真っ当な神経をしていれば、ウル達の行軍に付き合おうというような輩は少ない。

 仲間が増える、というのは望むところではあるのだ。


「だが……使えるか?」

「彼女が依頼者であるという偏見を取っ払って考えてみてください。どうですか?」

「……」


 ウルは暫くエシェルの動作を考え、そして頷く。


「ちゃんと落ち着いてくれたら……まあ、確かに許容範囲か。経験不足で醜態さらしたが、そんなもん、最初に失敗しない奴なんていない」


 事情が入り組みすぎて分かりにくくなっていたが、先の探索が新人の初戦闘だったと考えるなら、確かにどうしようもない、というほどではなかった。


「首輪も付けました。勿論、経験の浅い新人を連れる基本的なリスクはありますが……」

「ま、そこは俺がフォローするよ。ギルド長だ。新人のケツ持ちは仕事だろ」


 そう言って、ウルは確認した情報を整理し、頷く。色々と無茶苦茶だが、しかし彼女の判断が間違っているとはウルも思わなかった。


「了解、納得した」

「良かったです」

「ただし緊急事態を盾にいいように話進めようとした件については説教続行」

「まあ」

「まあ、じゃない。それともう一つ」

「はい」

「あの竜についてだ――――」


 こうして幾つかの意見の交換を進め、その日の話は終わった。

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