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暁の大鷲②


 中は一見するよりも広く、家具一式が揃っていた。夏場の時期に合わせているのか風通しも良い。そして中央の座敷に座るのは二人。一人は迷宮で遭遇した大男、ジャインだ。となるともう一人は必然的に【暁の大鷲】のギルド長になる。


「来たね。怪鳥殺し」


 仮住居に足を踏み入れたウルを出迎えた獣人の老婆、スーサンは、ウルの顔をみるやニヤリと楽しそうに笑った。怪鳥殺し、【毒花怪鳥】をウル達が討ってから一月も経過していない。にもかかわらず彼女は既に情報を仕入れているらしい。ウルがこの“仮都市”にいることは流石に知らなかっただろうに、情報収集の範疇は凄まじい。

 ウルは感心と警戒を強めた。といって、警戒するもなにも、後ろめたいことがあるわけでもないのだが。


「どうも、初めましてスーサン殿【歩ム者】のウルと言う」

「シズクと申します。ジャイン様は先日ぶりですね」

「なんだ、昨日の騒動で死んでなかったのかよてめえら」


 ジャインは舌打ちと共にウル達を迎えた。とんだ歓迎だが、ウルが用があるのは彼の方である。


「ジャイン殿と迷宮内で話していた情報の取引に来たのだが、会談中で構わなかったのか」

「あ、邪魔だよ後にしろや」

「おや、私は気にしないとも。どーせこのデカブツと茶をしばいてただけだからね」


 ジャインは忌々しげにスーサンを睨むが、彼女はケラケラと笑うだけだ。思ったよりも面倒くさい空間に足を踏み入れてしまったことにウルは気づき、何も気づかなかった事にした。ウルは用意していた金貨1枚をジャインの前に差し出した。


「では、ジャイン殿、約束の支払いだ。可能な限りの迷宮の情報を譲ってほしい」

「俺の縄張りに踏み入るなって条件も忘れるなよ」

「おやまあ後輩相手に随分とぼるねえ。もう少し加減してやっても良いんじゃないか?」

「黙ってろババア、次口挟んだら殺す」


 話が進まないから俺も黙っててほしい、と言いそうになるのを堪えながら、ウルは交渉を続ける。


「約束は違えない。俺達の目的は攻略だ。そちらと活動範囲が被ることも無いだろう」

「はっ、だと良いがね。途中で攻略を投げなきゃな」


 ジャインは鼻で笑う。なるほどとウルは納得する。

 彼は、ウル達がエシェルの依頼、迷宮攻略を途中で投げると思っているのだ。そしてその後、自分たちと同じように迷宮に居座ろうとするのではと懸念している。

 それほどウーガの攻略が困難である、ということなのかもしれないし、あるいはウル達にそれほどのモチベーションがなく、逃げ出すと踏んでいるのかもしれない。


「残念ながら、逃げ出す訳にもいかない事情がこちらにもある」


 ならば、と、安心させるようにウルは自分らの事情に軽く触れた。ジャインは訝しげに此方を睨んだ。


「人質でも取られたかよあの天陽騎士様に」

「そんなところだ」


 シズク関係の事情は適当に濁した。シズクはその事情が自分のことだというのに僅かたりとも動じずニコニコとしていた。とはいえ、元々容姿の段階で目立ちすぎる彼女だ。ジャインは既に察しているかも知れない。


「だから安心してくれ、とは言うつもりはないが、安易に方針変更したりはしない」

「……ふん」


 ウルの言葉の意図するところに納得したのか、以後淡々と、ジャインは彼の知る限りの【竜呑都市ウーガ】の情報をウル達に提供するのだった。言動の粗暴さに似合わず、取引はきちんと行う性質なのか、ジャインがウルにもたらした情報は非常に詳細であり、有益だった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「……厄介だな」


 一通りの説明を全て聞いたウルは確認した情報を整理し、メモにまとめ、そして感想を漏らした。


「言っただろうがよ」


 ジャインのせせら笑う声に、ウルは返す言葉もなかった。確認した情報を見る限り、この迷宮は最低でも13階級中、9階級の魔物が出現し、そして確認できただけでも7階級の魔物が出現している。より深層に近づけばそれ以上の出現は十二分にあり得る。


「幸いなのは、賞金首に足りうる、長命の魔物の気配がないことでしょうか」


 賞金首相当の、つまり、長く生存し魔力をため込み続け肥大化した長命の魔物は、現在までジャインが探索する間見かけることは無かったらしい。恐らくは、迷宮として成立し間もないが故なのだろう。

 体内の魔石を育てきった魔物は、その階級を一気に引き上げる。この迷宮に出現する魔物の元々の強さを考慮すると、生存し続け、育たれるのは大変に不味い。ウル達の戦力では到底太刀打ちできない魔物が出現する可能性が高い。

 もっとも、迷宮を踏破するのであれば、【真核魔石】と、それを守護する【主】を討たなければならない。勿論、ウーガに存在しているかは不明であるが、まだ油断は出来なかった。


「なんだ、賞金首がいなくて残念じゃないのかい?」


 ウルとシズクの反応に、スーサンはなにやらつまらなそうに言う。ウル達の情報を知っているのなら、ウル達が賞金首を狙っていることも当然知っているだろう。

 ウル達の事を好き好んで賞金首を狙うバトルジャンキー集団なのかと思っていたのかもしれない。当然、そんなわけが無い。


「何も、好き好んで命をベットにギャンブルなんてしたいわけではないので」

「なら出世かい?狙いは」

「出世と、金だ。冒険者らしくシンプルだろう」


 何故にそれを目指す羽目になったのかは省きつつ、ウルは解答する。実際、ウルの目標は、切っ掛けを省けば実にありきたりだ。賞金首狩りは急ぎ目標を達成するための手段でしかない。リスクに酔っている訳では断じてない。


「今回の場合、賞金首なんていない方がありがたい…がそれでもこの迷宮は厄介だな」


 ただそこにいるだけで体力が、魔力が吸い尽くされる迷宮。単純に食事を取ればそれで済む訳でもないだろう。魔力の補充はさらに困難で、そのための薬は高価だ。ロックならば魔石を喰っていれば何とかなるが、儲けは目減りする。


「しかしよく此処で稼ごうと思ったな。ジャイン殿」


 確かに競争相手が居ないなら魔石稼ぎに専念できる。金も集まるだろうがやはり、リスクは大きいように思える。それでも尚此処で稼ごうというのは、かなりリスクを飲んだやり方だった。


「知るか」

「素っ気ない反応だ」

「敵にくれてやる情報なんぞねえ」

「俺達は敵か」

「食い扶持取り合う同業者なんて敵に決まってる」


 これまでの冒険者達との遭遇時には比較的、友好的な対応が多かっただけに中々厳しい反応だった。だが、その反応自体は別に、悪いことでは無かった。

 これまでのウル達は同業者達から悪感情を向けられたことは無い。アドバイスも沢山受けてきたし、色々と良くされてきたと自覚している。だがそれは彼等にとってウル達が「多少融通してやっても害になることはない」と見くびられていたということでもある。


 だが、ジャインはそう思っていない。つまり正しく“同業者”として認めているということだ。得することでも、嬉しいことでもないが、見下してきているわけではないようだ。


「他人の心配する前に、自分の心配したらどうだ?あのヒス女に邪魔されないかってな」

「エシェル様のことでしょうか?」

「アレ以外誰がいんだよ」


 天陽騎士であり、神殿の官位を持つエシェルに対する敬意というものをジャインからは感じない。その事にウルは特に驚かない。正直な所を言えばウルもそうだからだ。

 ウルもジャインも“名無し”だ。彼らの帰属意識は“都市国”には無い。無論、だからといって都市の権力者達相手に好き勝手出来るわけがないし、彼らの一息で吹き飛ぶような立場ではある。


 だが、言ってしまえば“名無し”という立場の者は、既に吹き飛んだ後なのだ。


 名無しとは、都合が良いときに都市に招かれ、都合が悪くなれば追い出される哀れなこの世界の最底辺。

 結果、開き直る。持たざる者の余裕とも言う。名無しの立場の人間には共通してこのような考え方はある。だからか、時折、神官と名無し、神官と冒険者のトラブルは起こったりもする。

 つまり、ジャインの言葉を察するに


「エシェル様となにかトラブルでもあったか?」

「起こらないと思うかよ。生まれ立ての雛より喧しいぞあの女」

「雛はかわいいですよ?」

「あの女は可愛くないね。おかげで部下を抑えるのに無駄な労力を割かれた」


 エシェルが継続した契約を断られた理由をなんとなく察せた。トラブルの内容も大体想像がついたのでそれ以上の追求もしなかった。


「迷宮探索は事前に潰せるリスクは叩き潰すのが基本だ。ただでさえクソ面倒な迷宮に、クソうぜえ魔物が湧いて出るのに、クソ喧しい女までオマケにつけるなんて酔狂だな」


 嘲笑うジャインに、ウルは反論する言葉もなく、それどころか少しばかり同意した。今現在の彼女は明確な足手まといで、ハッキリ言って邪魔だ。しかも迷宮につれていけと喚き散らしている。

 しかし、こうして彼女の事を思い返してみて、何故かウルは彼女に対して不愉快な感情を抱いていないことに気づいた。トラブルを持ち込んで巻き込んできたのは間違いなく事実だというのに。


「どうかしましたか?ウル様」


 隣で不思議そうに首を傾げている無駄に顔の良い災難製造装置(シズク)を眺め、そして、気づく。ウルがここまで出会ってきた様々な女達が、ウルの基準を滅茶苦茶にしていると。

 その上でエシェルのヒステリーを思い出し、ぽつりと感想が漏れた。


「可愛いもんじゃないか」


 次の瞬間、ジャインは顔を顰め、そしてスーサンは、


「ふ、ふふふあはは!!言われたねえジャイン!あっははははは!!」


 爆笑した。何故に、とウルが疑問に思っている間にジャインが舌打ちし、鬱陶しそうにテントを出て行った。スーサンは引き続き大爆笑をしている。どういう事なのか全く分かっていないのはウルだけである。困り果てたウルに、シズクが横からそっと口を寄せた。


「ウル様。ウル様は今、ジャイン様が「面倒だ」と言ったエシェル様を「可愛いもんだ」と一蹴したのですよ?」


 意味が分かった。ウルは己の失言に口を手で覆った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 スーサンの大爆笑はテントの外まで響いたのか、何事かと顔を出した【暁の大鷲】のギルド員はギルド長の大爆笑に目を丸くさせた。


「あ゛~~~~笑った。っはーこんなに笑ったの久しぶりだわ」

「勘弁してくれ……謝った方がいいだろうか」

「追い打ちですか?」

「……止めとく」


 シズクの指摘にウルは黙った。相手を引っかき回す達人の彼女にこう言われたらどうしようもない。


「なあに、自分の無様を引きずって八つ当たりするほどアイツは恥知らずじゃあないさ。安心しな。腹の底は知らんがね」

「……どうも」


 全く安心できないアドバイスに、ウルはぐったりしながら礼を言った。なんで単なる情報交換だけでここまで疲れなければならないのだという理不尽な気分になった。そして目の前の同席しただけの部外者は随分と楽しそうである。

 ウルの恨みがましい視線にスーサンは当然気づいており、更に楽しそうな顔をするのだからこの老婆の性格は随分と良いらしい。


 しかし、次に彼女が口にした言葉に、ウルはぎょっとなった。


「くく、いやあ、全く、あの()()()()()()()()()の息子は随分と面白いモノに育ったじゃないか」


 それはこのところ、すっかり耳にすることも口にすることもなかった、自身の実の父親の名前だったからだ。あの男が【暁の大鷲】に迷惑をかけた事は知っているが、末端も末端だったはずだ。


「……父の事を知っていたのか」

「そもそも私は一時的にであれギルドと関わった奴の顔と名前は全部覚えるようにしているからねえ。その後呆気なく病死したのは残念だったね……いや、スッキリしたかい?」


 確か、ギルド員だけで数百を超えるのが暁の大鷲だ。

 そのギルド員を全員覚えているだけでも脅威だというのに、一時的に雇っただけの末端すら記憶しているというのは尋常ではない記憶力だ。ウルは目の前の老婆の認識を改める。彼女は一大ギルドをまとめ上げる恐るべき猛者だ。


「まあ、死人の話なんてどうでもいい。それよりも、折角こんなにも笑わしてくれたんだ。ちょっとしたアドバイスをしてやろうじゃないか」

「それは……もらえるものなら病以外ありがたくもらっておきたいが、何の助言を?」

「可愛いもんだ、とあんたが言ったエシェルお嬢様の事さね」


 スーサンはにい、と笑う。意地の悪さを煮詰めて形作ったような笑みだった。聞いたら間違いなく後悔する事を確信させる笑みだが、聞かなくても後悔するのは変わらないのもまた間違いは無い。ウルは腹に力を込め、続きに耳を傾けた。


「アンタはあの子を容易いと一蹴したし、確かにアンタの言うとおり、あの子のわがまま程度、アンタにとっちゃ可愛らしいもんなのかもしれない」


 だが、と区切る。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って奴は、ちょっと面倒だよ」

「……」


 ウルはスーサンの指摘に沈黙する。

 エシェルは確かに最初、シズクをかなり強引な手口で引っ張り出そうとした。

 最初それは、彼女が官位と、天陽騎士の権威を盲信し、振り回しているものだと思っていた。典型的な都市の内側のヒトの思想。“名無し”なんぞただの木っ端とみなした者の傲慢さであると。

 しかし話してみると、いや、実際話してみても彼女は傲慢な振るまいはするのだが、それが“地”ではない。というのがウルが彼女と接して得た感想だ。そもそも傲慢さというのは、余裕がなければ生まれない。自らの優位性を確信してこそ生まれるものだ。

 彼女にはそれがない。まるでない。あるのは焦燥感と、自信のなさばかりだ。


「慣れない仕事とその責任を突然投げつけられたみたいではあったが」

「そもそも、都市建設責任をあんな小娘に押しつけるなんて異常だろ?」

「人手不足と当人も言っていた」

「神官の、精霊様の力は都市建設の要だ。精霊様の力がいかに万能に近かろうと、力を蓄える神殿もなく、出力する神官が少なきゃ、どうにもならん。“名無し”で補うなんて限度がある」

「まあ……」


 だからこそ、ウルもまた、彼女から現在のこの都市の神官の人数を明かされたときは耳を疑ったのだ。やはり真っ当ではない。


「つまり、何か理由があると?」

「さあね。私らも所詮は“名無し”。都市の外様も外様。知らんことの方が多い……だけどねえ。思わないかい?」

「何が」

「まるで、“わかっていたみたい”じゃあないか」


 彼女は視線をウルから外す。彼女が目を向ける先にはテントの壁しか無いが、見ているのはその先にあるものであるとわかった。外の、仮都市のすぐ側に存在する竜呑都市となったウーガを見ている。

 彼女が何を言いたいのか、理解したウルは背筋が寒くなり、周囲を見渡す。今はシズクと自分以外、此処には居ない。


「安心しなよ。神殿の連中だって万能じゃあないんだ。私らのヒソヒソ話に耳傾けるほどヒマでもないさ」

「……だと良いが。兎に角、警告助かったよ。貴方の言う意味、少しは分かった」


 ウルは話を切り、立ち上がる。今の話の深掘りは、此処でするべきではないだろう。スーサンもそれは分かっているのか。ひらりと手を振る。


「携帯食ならウチで買い込んでいきな。良いのがある。魔石の換金もしてる。精々稼いで買い込んで、ウーガを解放出来るよう頑張ると良い」

「そうしよう」


 そんな風にやりとりして、ジャインとスーサンとの対話はお開きとなった。



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