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暁の大鷲


 仮都市


 と呼ぶこととなった、衛星都市ウーガからの避難民の集まりなのだが、当然だが都市と呼ぶほどの人口が此処に住んでいるというわけではない。何せ此処は人類の生存圏外だ。正式な都市のように、【太陽の結界】で守護されてはいないのだから当然だ。


 が、一方で寝泊まりせずとも立ち寄る名無し達はそれなりの数が存在していた。


 元々ウーガは都市と都市の間に建設された【衛星都市】。

 都市間の移動が多い名無し達にとっては都合の良い場所に存在しているのは間違いない。故に、ウーガ建設のために動員された名無し達とは無関係な者達が此処に立ち寄り、利用する。結果として、奇妙な賑わいを見せていた。


 【暁の大鷲】と呼ばれるイスラリア大陸一の通商ギルドもまた、この中継地点を利用するギルドの一つだ。


 元々はウーガがまだ“呪われる”よりも前、ウーガ建設に必要な資材の準備を担当していたギルドだった。しかしウーガが呪われ、混乱した状況下において住民達の避難を誘導するだけでも四苦八苦していた指揮官に当たる天陽騎士の代わりに名無し達の誘導と、仮都市の建設を実質的に主導したのがこのギルドだ。

 故に、此処に避難している名無しの者の中には【暁の大鷲】に感謝している者は多い。


「あんまり崇められても、神殿連中に睨まれそうで困るんだけどねえ」


 【暁の大鷲】のギルド長、年老いた獣人の女、スーサンはやれやれとぼやいた。資材の売買のため、“仮都市”に立ち寄った彼女ら【暁の大鷲】が設営したテントの中には、もう一人の客がいた。


「評判利用して荒稼ぎしといてよく言うぜ、ババア」


 【白の蟒蛇】のジャインは呆れたような顔で目の前の高齢の老婆を睨んだ。自分よりも二回りもデカイ巨体の大男に睨まれて尚、スーサンは気にすることなく部下が運んできたカップを口にしてうむむ、と唸った。


「プラウディアの神官達の間で流行ってるって言うから取り寄せたんだけど、私の好みじゃあないね。ちょっと匂いが強すぎる」

「獣人には甘ったるすぎるかもな。プラウディアの神官が好みそうな花の匂いだ」

「ああ、プラウディアの神官は只人多いからね。なるほど」


 そう言って彼女はカップを置き、目の前の大男に視線を向ける。


「攻略はどこまでいったんだい?【白の蟒蛇】」

「3層。これ以上突っ込む気はねえよ。元々建設途中の衛星都市だから層自体は少ないが、代わりに一層ごとの範囲がえらく複雑だ。深入りは火傷にしかならねえ」

「おや消極的だね。あの天陽騎士の嬢ちゃんが泣いちまうよ?可哀想に」

「心にもねえ事ぬかすなよババア」


 ジャインの指摘にスーサンはケラケラと笑う。この老婆はこういう女である。一見して優しそうな見た目に騙される事が多いが、基本的に底意地が悪い。

 天陽騎士のエシェルの前では彼女は猫を被るが、ウーガが無事なときの都市建設中も、あの事故の後の仮都市の建設の折も、容赦なく報酬をふんだくっていたのをジャインは知っている。可哀想とはよく言ったものだ。


「ま、いいさ。つまりアンタの魔石の荒稼ぎ続行かい。ライバルのいない独占の狩り場で随分ともうけたんじゃないのかね」


 問われたジャインは鼻を鳴らした。


「残念ながら独占じゃあなくなったよ。短いボーナスタイムだった」

「おや、何処かの冒険者が聞きつけてきたのかい?早かったね」

「いーや、あの天陽騎士が引っ張ってきたんだよ。俺らの代わりにな」

「ほお」


 スーサンは目を細めて、少し意外そうな顔をした。


「あのお嬢ちゃんにそんなコネがあるとは思わなかったね」

「大方、天陽騎士の立場つかって無理矢理引っ張ってきたんじゃねえかね」

「ありそうだね。可哀想な冒険者だよ。名前は?」

「【歩ム者(ウォーカー)】のウルだとよ。銅の指輪をしてたが聞いたこともねえな」


 その名前を聞き、しかしスーサンは今度は興味深そうに口端をつり上げた。その反応を見てジャインは眉をひそめる。こういう反応をするときのスーサンは、面白い玩具をみつけた時の反応だ。


「知ってんのかよ」

「割と有名だよ。いや、有名に“なった”。金稼ぎで彼方此方の迷宮に潜り続けてたアンタが知らないのも仕方ないね。名前が聞こえてきたのはここ数ヶ月の内だ」

「何やらかしたんだよあのガキども」

賞金首狩り(ジャイアントキリング)さ」


 その言葉に、ジャインは眉をひそめた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ウル達が【暁の大鷲】達の拠点に顔を出す事になった経緯は単純だ。

 此処に【白の蟒蛇】の頭、ジャインがいると他のギルド員から話を聞いたからだ。


 ――ジャインさんならそっち行ってるっすよ?用件?さあ?


 という超絶適当な兎の獣人の指示によりたらい回しされて今に至る。


「昨日までこの辺りは何も無かったのに凄いですね」


 シズクが驚いたような声をあげる。ウルも声には出さずに驚いていた。二人が居る場所は仮都市の最南部、魔術による結界のぎりぎり内側で、何も無い平地だった。が、今は違う。幾つもの簡易住居が建ち並び、商人達が声を張り上げ別の都市から仕入れたと思しき商品を並べている。

 あっという間に商店通りが出来ていた。仮都市に住まう者や、此処を駐留地として利用していた旅人、冒険者達も利用するため顔を出している。


「【暁の大鷲】だからなあ……」

「ご存じなのです?」

「昔世話に……いや、迷惑をかけた。俺じゃなくて、親父の方が」


 暁の大鷲はこの大陸でも指折りの大規模通商ギルドである。規模も大きく歴史も深い。迷宮大乱立の直後、つまり現在の世界の形となってからずっと続いているというのだから相当だろう。

 構成員の殆どは名無し。都市間を渡り歩き、商品を仕入れ売る。都市を渡り歩く名無しがギルドの源流である事を考えれば、名無しが集まるのは自然の流れだった。


 そういった事情からか、魔物を狩る冒険者の類いに成らなかった“名無し”の多くは、通商ギルドに所属することが多い。その中でも【暁の大鷲】は門戸が広い事で有名で、上手く都市滞在を延長できず都市を出る羽目になった名無し達は、彼らを頼りにする事も多かった。

 ウルの父親もその口である。幾らかの仕事を融通してもらい、旅路の世話をしてもらった事がある。だから無関係ではない。


「まあ仕事適当にどこぞに冒険に出かけやがってそっこうで追い出されたけどなクソが」

「残念な思い出ですねえ」

「なまじ、【暁の大鷲】のギルド員はこっちを哀れんで良くしてくれたのが辛かった」

「優しい思い出ですねえ」


 ウルはどうしようもない思い出を頭の隅においやって、目的地に向かう。商店通りを少し外れ、【暁の大鷲】のギルド員達が集う拠点へと足を踏み入れる。するとウル達の姿を見たギルド員がコチラに近づいてきた。


「なんだボウズ、こっちに用でもあるのか」


 表情には笑顔を浮かべているが、警戒しているのが見て取れる。盗人か何かと警戒しているのだろう。此処は都市の外だ。全てに対して警戒しようともしすぎると言うことは無いだろう。

 ウルは右手を挙げ、冒険者の指輪を見せる。ギルド員は少し驚き、そして少し肩の力を抜いたのが見て取れた。冒険者の指輪の効果は絶大だと改めてウルは感心した。


「冒険者ギルド、【歩ム者】のウルという。【白の蟒蛇】のジャイン殿を探しているのだが、此方に来ているという話を聞いてきた」

「ああ、ジャインさんなら、ウチのギルド長と話している最中だ」


 商店通りには見当たらなかったはずである。コッチの約束をスッカリ忘れているのか、あるいは、覚えていてわざと、イニシアチブを握るためにコッチを振り回しているだけなのかもしれない。

 迷宮での遭遇時の彼の反応を見る限り、後者の可能性の方が高いな、とウルは思った。


「まあそれなら、時間を潰してくるか」

「うーむ、だがあの人、話し込むと長いからなあ……ちょっと待ってろ」


 そう言うと、ギルド員の男は奥にある仮設住居へと向かい、中へと入っていった。暫くの間そうしてから、再び彼は外に出て、ウル達の下へとやってきた。


「中に入っても良いそうだ。ウチのギルド長もあんたらから話を聞いてみたいってさ」


 ウルとシズクは互いに顔を見合わせる。元々やることは金を渡してジャインから情報を買うだけの話だったのだが、何やら少し話がややこしくなりそうな気配を互いに感じていた。


「じっとしていても仕方ありません」

「虎穴に入らずんば……は、失礼か流石に」


 そう言って、ウルは腹をくくり、シズクを連れて奥の仮設住居へと足を進めていくのだった。



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