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白の蟒蛇と残念な騎士


 【白の蟒蛇】のジャインは朝の食事に勤しんでいた。


「クソが、また角豚の干し肉かよ。他にねえのか」

「我慢してくださいよジャインさん」

「うるせえ黙れクズ女、ベジラの実寄越せ」

「ひでえっす」


 一行(パーティ)の女の抗議を無視してジャインは食料を淡々と口内に放り込む。一見して縦にも横にも巨体な彼は、その姿にふさわしく豪快に目の前の食料に食らいついていた。干し肉を食い千切り、水を呷る。他の者のものまでまとめて食い尽くす勢いだ。


 しかし彼らがいる場所は、決して食事を楽しむような所ではない。


 此処は【竜呑都市ウーガ】の“大通り予定地”、竜の結界に覆われた都市であり、ヒトの住処から魔の迷宮となった死地である。

 しかし、食事を我慢するわけにはいかない。

 何も喰わずにいると、“喰われるのだ”。


「今日でコレ何回目の食事でしたっけ、ジャインさん」

「数えとけクズ。5回目だ」


 竜呑都市、暴食の竜の迷宮、その特色は実に単純明快だった。

 存在するだけで、“命を喰われる”。

 規模自体は通常の中小規模の迷宮と大差無いはずだが、その特色は明らかに通常のものとは異なっていた。【大罪迷宮グラドル】と合致したその性質は、此処が大罪竜グラドルの力が干渉している何よりの証明だった。

 故に彼らは食事を取る。過剰なまでに。さもなければ身体が保たない。半日も何も食べなければ否応なく、精気を迷宮に食い尽くされ、“餓死”によって死亡するだろう。


「でもジャインさん、もう食料も限界っすよ。一度戻らないと」

「次に補給が来るのはいつだ」

「明日っすよ。【暁の大鷲】がくるっす」

「あのババアのとこかよ…」


 ジャインは思い切り顔を顰め、唸り、咥えた肉を骨ごとバリバリと喰らい始めた。豪快なその姿は、しかし周りの一行にはいつもの光景なのか、気にすることもせず命を繋ぐため自身の食事に没頭する。不機嫌な自分たちのリーダーに不用意に触れたくないのかもしれない。という単純な理由もあるかもしれないが――


「えー、何が嫌なんすか。あそこ、ボッてこないからいいじゃないっすか……いっで!」


 しかしそんな中、全く気にせず話しかけるのは、クズと最初にいきなり罵られた小柄な女、名をラビィンと呼ぶ獣人だった。クズだなんだと罵られて尚、彼女は気にする様子もなく、ジャインが確保していた果実をつまみ食いしようとして、頭を殴られた。


「ババアが嫌いなんだよ俺ぁ、いつも見透かしたような事言いやがって鬱陶しい」

「めっちゃ私情じゃないっすか。アタシは好きっすよ。お菓子くれるし」

「ガキ扱いされて舐められてんだよテメーは!」

「いーじゃないっすかー侮られていた方がー」


 青筋を立てるジャインに対し、ラビィンもまるで口を減らす事もせず、このままいつものように再び拳が飛ぶか飛ぶまいか、と周りの仲間達が予想しはじめたその時だった。


「――ん?」


 最初にその異変に気がついたのはラビィンだった。獣人、兎族特有の長い耳をぴくんと動かし、その音を聞き取った。遅れ、他の仲間達も音に気づく。ジャイン達のいる大通りよりも手前、本来憩いの場となるはずだった大広場、現在は噴水だったものの残骸の上で、多数の魔物達が溢れ、侵入者を襲う危険区画。

 そこから“戦闘音”がする。


「魔物と戦ってるっすね、多分。武具の音、魔物の鳴き声が聞こえるっす」


 魔力成長による異能、【超聴覚】によりラビィンは戦闘音を聞き分ける。その情報にジャインは両腰から手斧を引き抜き立ち上がる。そして顔を顰めた。


「ウチの居残り組が入ってきたんじゃねえだろうな」

「竜牙槍なんて“ゲテモノ”使ってるのウチにいないでしょ」

「んじゃ、別の冒険者か。面倒くせえ、てめえら準備しろ!」


 ジャインの一声で一行達は速やかに食事を終え、片付けを始めた。既に準備を済ませていたラビィンは彼の横でナイフを構えつつ、面倒くさそうにぼやいた。


「いくんすか?」

「独占していた稼ぎ場に来た闖入者だ。縄張りは示す」

「獣人よりケダモノみたいっすね」

「黙れクズ」 


 ラビィンを軽く小突き、その巨体でノシノシとジャインは音のする方へと歩みを進めた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 時は少し戻り、


「……()()が、元都市か」


 【歩ム者】、ウル達が“迷宮・竜呑ウーガ”に足を踏み入れていた。

 そしてウルは目の前に広がる光景を見て、その異様さに少々圧されていた。

 竜の結界、太陽の光の一切を遮断された元都市は、今は内部に充満する魔力が替わる光源となって都市全体を下から赤紫色の光で不気味に照らしていた。

 建造途中だったとはいえ、そこは確かに都市としての痕跡が強く残っていた。限られた土地に建築される高い高い建造物が均等に並び建つ。これをたった一人の神官と、精霊の加護など全く持ちようのない名無したちだけで建設したのだから大したものだった。

 尤も、それらすべてが、奇怪な肉塊に覆われ、台無しになってしまっているのだが。


「……なんでしょうか、肉の……根?」


 シズクの表現は的確だった。肉の根。うごめき、脈打つ、皮膚もない剥き出しの肉の塊が伸び、建造物に巻き付いている。建造物だけではない。それは地面にも伸び広がり、整えられていた舗装された通路を砕くようにして広がっていた。


「……なにかの魔物の一種かしら?」

『不用意に触れるのはやめといた方がよさそじゃの。“生きとる”わ、コレ』


 興味深そうに近づいて見ていたリーネは、騎士鎧の姿をしたロックの忠告に飛び退いた。地面にも這い、脈打つ肉の根は確かに、生きているように見える。


『さて、それで、これからどうすればええんかの?騎士殿』

「…………」


 ロックが振り返り、問う。そこには眩い白金の鎧を身に纏った天陽騎士、エシェルの姿がそこにあった。彼女はロックの問いかけに対して、少々忌々しそうに顔を顰める。


「黙れ死霊兵め、気安く話しかけるな」

『背後から襲われても黙っといた方がよいカの?』

「貴様……」


 睨むエシェルに、ロックはカカカと歯を鳴らし、笑った。兜の影から真っ白な歯が覗く。


『冗談じゃよ。そうイキリなさんな。ちゃーんとお主の言うことは聞くとも』

「基本、彼は私の命令に逆らうことは出来ません。ご安心を。エシェル様」


 シズクが更に言葉を重ね、エシェルは不満げに、しかしシズクの言葉に納得したのか押し黙り、顔をそらした。ウルは彼女に聞こえぬよう、小さく溜息をついた。


 何故に彼女がついてきているのかといえば、彼女がついてくると言ったからである。


 「お前達だけでの活動は信頼できないから私も同行する」と、エシェルが言い出したときは、ウルは非常に困った。いきなり一行に新人が加入するというだけでも連携などに不安を覚えるのに加えて、ロックの存在がある。

 既に正式に冒険者ギルドには使い魔として登録し許可を取っているとはいえ、彼の存在は正直あまり表に出せない。死霊術は都市によっては禁忌とされる程のあやうい術だ。そしてエシェルはそういった物に対して、寛容な性格とは思えなかった。

 が、しかし、彼女が同行するという以上、彼の存在を明かさない訳にはいかなかった。迷宮に一緒に突入する以上、たとえ相手が騎士だろうが神官だろうが、命を預け、支え合わなければならない。迷宮とはそういった死地である。半端な隠し事など、論外だ。

 故にウルは彼女が同行を決定としてすぐ、ロックの正体を明かし――


「ふざけるな!死者冒涜の禁忌を扱うなど正気か!!」


 と、予想通り滅茶苦茶に怒鳴り散らされた――――が、意外にも、と言うべきか、最終的には彼女はロックの存在を許容した。しぶしぶと、怒り混じりでではあるが。

 それは彼女を説得したシズクの話術のたまものか、あるいは自らが管理する都市の状態に対する危機感か、もしくはその両方かは不明だった。が、兎に角、ロックを連れていくことは叶った。

 問題はエシェル自身である。


「で、改めて確認するが、あんたの武器は、“ソレ”か?迷宮探索可能なのか?」


 ウルが指摘したソレは、彼女が肩から提げた得物だった。細く長い筒状の長物、所謂【銃】と呼ばれる武装の一種。基本的に“対人武器”であるとウルは記憶している。魔物を相手に使う場合、火力不足が問題だった。

 しかし彼女は恐れることなく誇らしげに銃を構えた。


「【魔道銃】だ。言っておくが、貴様らごときに後れを取る腕ではない」

「聞き覚えがあるわ。理屈としては貴方の竜牙槍と同じよ。内部に魔道核がある」

「より高度な技術により小型化したものがコレだ。貴様のゲテモノとは違う」


 彼女はウルの背中にあるブツを鼻で笑った。ウルは自身の獲物、竜牙槍を引き抜き、確認し、そして頷いた。


「正直もうゲテモノなのは否定しない」

「ウル様の竜牙槍、大分独特な形になってまいりましたね」

『正直きっしょいの』

「見た目もう少し気にした方が良かったと後悔し始めている。今」


 ウルの竜牙槍は槍身、柄、魔道核の三つの部品から構成される武器であり、魔力を吸収することで成長を果たす魔道核以外の部品は、鍛冶などで依頼することで徐々に更新していく。


 現在のウルの竜牙槍の槍身は、あの毒花怪鳥の強靭なる足爪、【毒花怪鳥の鉤爪】を錬金術により分解し、再構築した【紫華の槍】と銘打たれた姿である。名前は何やら美しいが、ぶっちゃけ毒々しい。色が赤紫であり、怪鳥の魔力の影響を受けたのか、何故か禍々しく歪んでいる。毒色の雫が刀身からこぼれ落ちるかのようだ。

 完成品を見せられたときは返品しようと即思ったが、機能としては全く問題なく動いていたので何の文句も付けられなかった。理不尽である。


「まあ、なんだ、コレで便利なので勘弁してくれ」

「こっちに近づけるな気持ち悪い!!!」

「まあそう言わず」


 雇用主との嫌がらせ(スキンシップ)をとりつつ、ウルは周囲を巡らした。現在、魔物の気配は、“ある”。当然だ。此処は迷宮だ。間もなく襲いかかってくるだろう。だからウルは気を引き締めた。二つの意味で。


「さて、エシェル様。約束を覚えてるだろうか」

「は?なんだ」

「自分たちに同行するにあたっての条件」

「ああ……下らん。あんな忠告私には――」

「エシェル様」


 シズクが追撃すると、エシェルはまた気まずそうに黙った。その場の自分以外の全員の視線を浴び、そして諦めたように吠えた。


「“どうしようもなくなったら全力で地面に伏せろ”、だろ!分かっている!無論、そんなザマを晒すつもりは無いがな!!」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「きゃあああああああああ!!!」


 晒した。


『ま、こうなる気はしたのお。で、何じゃあコイツ』


 “事故”の結果、地面にぶっ倒れて悲鳴を上げるエシェルを横目に、首がすっ飛んで地面に転がっているロックが暢気に尋ねる。【歩ム者】一行の周囲には、大小様々な、真っ黒な、巨大な、軟体生命体がゆらゆらと薄気味悪くうねっていた。


「【粘魔(スライム)】だ。行くぞ」


 既に若干疲れ気味なウルはげんなりしながら戦闘開始の声をあげた。



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