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竜吞都市ウーガ②



 カルカラという神官に案内され、ウルとシズクの二人は仮神殿の一室に案内された。

 ちなみにロックやリーネ、ディズにアカネ、ジェナには外で待機してもらっていた(ディズは変わらず冬眠中、ジェナとアカネは付き添いで、リーネも疲労が溜まっていたのでロックが護衛に付いた)。

 案内された部屋に備え付けられていた家具の大部分が石造りであり、ウルは少し驚いた。【岩石の神官】と名乗っていた彼女の仕業だろうか、と想像しながらも石の椅子に腰掛ける。少しひんやりとしていた。


「“ウーガの結界”が発生してから今日で二月が経過しますが、現時点では未だどのようにすれば結界が解消されるのか全く判明しておりません」


 そして椅子についたウル、シズク、エシェルの前でカルカラは状況を説明しだした。


「迷宮化の類いじゃないのか?」

「確かにウーガの内部は迷宮の性質を有しています。内部でも魔物の生成と襲撃が確認できています」

「魔物が出た……んじゃあ、まあ、そりゃ都市建設続行は無理だわな。そりゃエシェル様としてはなんとかせにゃならんわけだ。それ以外で分かってるのは?」

「【真核魔石】にあたる存在が何処にあるか、存在するのかも不明です。ハッキリしているのはウーガの内部が異形化し、魔物が出現し、容易にヒトが立ち入れなくなったという状況だけで」



 カルカラから教えられた情報にウルは頭痛を覚えた。つまりそれは何も分かっていないということだ。


「……まあ、そうなったら、ウーガの中を調べるしかないんだろうが、情報は無いのか?」

「冒険者ギルド、銀級【白の蟒蛇】が。彼らは現在も迷宮の探索を行っています」

「【白の蟒蛇】」

「元々は都市建設中の護衛を依頼した冒険者“でした”」


 でした、という言葉に不穏な響きを覚えた。

 見ればエシェルがあからさまに不機嫌になっている。


「俺たちより上等な冒険者がいるならそいつらに任せれば……って、言いたいけど」

「はい、既に彼等との契約は解除しています。護衛依頼の延長で、ウーガの調査と解決を依頼しましたが、本来の護衛の依頼とは異なるということで拒否されました」

「ま、確かに迷宮の攻略と護衛は全然話が違うわな……でもまだ此処に居るんだろ?」


 現在もウーガを探索しているというのなら、引き上げたわけではないはずだ。


「契約解除後、彼等はウーガで魔物狩りを開始しました。「途中で契約解除になった分は稼がせてもらう」だそうです」

「こっちの依頼を軽々しくつっぱねておいて、あの“白豚”……!!」


 カルカラの説明で、その時発生したいざこざを思い出したのか、エシェルは石造りの机を強く叩いた。

 確かに、雇用者を突っぱねておいてその場には居座るというのは中々に図太い所業である。だが一方で、ウル的にはその銀級の冒険者ギルドの行動も理解できた。中途半端に解約された依頼、銀級ともなれば一つの依頼をこなすためにかける費用は相応となるだろう。 

 その依頼が半端なところで終わった。どの程度の報酬が支払われたのかは不明だが、足が出そうなら補填しようとあがくのは普通だろう。


 多少気まずかろうが、金には換えられない。

 しかしその感想は口にはしなかった。それを言えばエシェルが更に不機嫌になるのは目に見えていた。


「なので、恐らくウーガの内部状況に一番詳しいのは彼等です。もっとも、迷宮の攻略ではなくあくまでも魔物狩りを目的としているので、ウーガの深層部については知らないようですが」

「……アイツらと交渉するなら勝手にしろ。仮拠点の一角を根城にしている」

「了解しました」


 エシェルは投げやりにそう言い、ウルは頷いた。関わるのも許さないとか言われたらどうしようかとも思っていたが、安心した。


「失礼します。一つよろしいでしょうか?」


 すると次にシズクが声を上げる。


「なんだ」

「そもそも何故、今回の件が竜の仕業であると、竜害であると判明したのでしょう」

「竜が出たからだ」


 まあそりゃそうだ、とウルは思った。同時にマジかよ畜生という気分にもなった。

 

「……竜が出たなら、七天……いや、黄金級の案件では?」


 プラウディアとグラドルに何かしらの確執が存在し、七天に協力を要請するのに問題がある、という話は確かにちらっと聞いた。だが、それなら呼ぶべきは黄金級の冒険者か、それに並ぶだけの実力者だ。

 シズクがいかに特異な冒険者だからといって、間違っても未だ銅級の冒険者に任せる案件ではない。

 そんなウルの嘆きのような疑問を察したのか、カルカラは頷いた。


「理由はあります。まず前提として、先月竜が出没した場所は()()()()()()()()()。出没したのはこの衛星都市の中心都市。【大罪都市グラドル】近郊です」

「……それで?どうなったんだ」

「大罪都市の周辺を旋回、その後天陽騎士団が出動し竜の迎撃に動きましたが逃走。大きな被害はなく、竜は姿を隠しました。そのため、黄金級、【真人創りのクラウラン】はグラドルの護衛についています」

「だが、そうなると此処はこんなことに?」

「事案が発生した直後、グラドル領の複数箇所で“迷宮化現象”が発生しました。巨大な黒の結界に包まれ、その内部が迷宮となったのです。ウーガもその一つです」

「だから竜が原因である可能性が高い、と……」


 少しずつ、理解できてきた。

 ザックリ言ってしまえば、このウーガという都市は直接的に狙われた場所ではなく、【大罪都市グラドル】に竜が出現した際の“余波”に巻き込まれた場所だということだ。

 当然、大罪都市グラドルとしては、都市近郊に竜が出現したなら、グラドルの護衛にリソースを集中させるし、一方で建設途中で、完成すらしていなかった都市のために資金や戦力を割くことも無い。


 まさに道理だ。だがそれは詰まるところ――――


「……ちなみに、この都市の状況について、主星都市、グラドルはなんて言ってるんだ?」


 ウルはそれを問うた。

 正直なことを言うならば、あまり聞きたくはなかった。何故なら大体予想が付いているからだ。しかし、聞かないわけにはいかなかった。

 ウルの質問に対して、エシェルは表情を深く曇らせて、小さく俯いて沈黙する。彼女の代わりというように、カルカラは淡々とした声で、ウルの問いに答えた。


「物資支援は兎も角、戦力的な支援は困難なため、可能な限り、現地にて対応するようにとの事です」


 ウルは顔を覆った。ひどい話だった。

 このウーガという建設途中の都市は、見捨てられている。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「都市の迷宮化後は、作業員達とともに避難し、仮拠点を建設しました。【岩石の精霊】の力を借り、防壁や建造物を生みだして、魔物から身を守っています」


 つまり、この建物も防壁も、目の前のカルカラが創り出した、ということらしい。

 勿論、ヒトの手で同じ事をしようとしたら、魔術を利用したとしても大仕事だ。流石は神官、と言うべきなのかも知れないが、一方で疑問が生まれた。


「……他の神官はどうしていたのです?」

「いません」

「は?」


 ウルは思わず聞き直した。


「ここに、私以外の神官はいません」


 ウルはエシェルを見る。ウルの視線に対して、エシェルの表情は苦虫をかみ潰したような表情だった。


「この仮神殿にも何人もの神殿の制服を着たヒト達がいました。彼等は?」

「彼等は官位を持っていますが、祈りを捧げ神官を補助するための【従者】の者達です。精霊たちから精霊の加護を授かっていません。当然、力は振るえません」

「貴様も噂には聞いているだろう。グラドルは現在多数の衛星都市建設を同時に執り行なっている。配属する神官の数が足りていない。少数精鋭による建設作業だ」


 エシェルの補足に、ウルはなんとも言えない顔になる。

 少数精鋭とはまた、物は言いようだった。

 都市建設というものがどういった計画で組み立てられるのか、勿論ウルは詳しくはない。が、神官が1人だけで、しかも第五位(ヌウ)の神官だけというのは絶対におかしい。

 そしてその挙げ句、都市が迷宮化したという。


「兎に角!迷宮化したウーガの攻略が貴様等の使命だ!わかったな!」


 それ以前に問題が多すぎるという点を見ぬ振りするように、エシェルは強く言い切った。無茶苦茶を言いやがる、とも思うが一方で彼女は正しいことも言った。


「確かに、ウーガをなんとかしないと話にはならない、か」


 あらゆる問題の中心点がウーガなのは確かなのだ。ならば、そこを攻略するしか無い。

 石造りの窓から覗く暗黒の球体をウルは忌々しく見つめた。


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