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冒険者になろう 阿鼻叫喚編③



 迷宮大乱立


 数百年前を境に突如世界中に発生した魔窟、地底の奥深くから魔物を次々に生み出す恐怖の洞穴。人々の生活圏を侵略し、破壊し、崩壊させ、生活を根本から変えてしまった全ての元凶。

 そして今や人々の生活の要とかした資源採掘場。その成立ち、状態は様々だが、基本その規模から小中大と単純な種類分けがなされる。

 ただしそれらに当てはまらない例外がこの世界には七つある。ヒトが背負いし宿業の7つに分けられた七つの迷宮


 傲慢 憤怒 嫉妬 怠惰 強欲 暴食 色欲


 強欲(グリード)の名を関する迷宮が此処となる


 しかし大罪の名に反して迷宮の内容は実にオーソドックスだ。大乱立以降、多く出現した小型の迷宮らと同じ地下階層迷宮型、大型迷宮に時折存在する地形変化も起こさない実にシンプルな作りをしている。中層、深層へと至ればその様相は更に変化するものの、低層の段階では迷宮そのものがこれといって特殊な変化を起こすことは基本的には無い。


 その成り立ちは通常の迷宮と変わりない。

 では、何が通常の迷宮と違うか


「来たぞ来たぞ来たぞ!!正面!!」

「ウル様、背後からも来ています!」


 魔物の”濃度”である。


『GYAGYAGYAGYA!!!!』


 ウルとシズクが大罪迷宮に踏み込み始めてから数分後、ウル達は小鬼(ゴブリン)と接敵していた。魔物としてはもっと脅威度の低く、小迷宮でウルはもっと装備が貧弱な時に打倒した事がある小鬼だ。


 それが1()0()()来た


「多いわ!!!!」

『GYA!?』


 ウルは叫びながら槍を突き出す。馬鹿正直に突っ込んできた小鬼の腹を貫き、更にその奥にいたもう一匹を突き殺す。二匹同時、やはり小鬼自体は脆く、弱い。

 ただしまだあと8匹いる


『GYAAAAAAAAAAAAA!!!』


 醜い子供のような体躯の魔物が、死んだ仲間の背後から何匹も飛び出してくる。鋭い爪を伸ばし、涎まみれの牙を剥き出しにして。食いつかれ、引き裂かれれば当然、死ぬ。

 ただ数が増えただけで爆発的に脅威が増す。それもまた小鬼の特性だった。


「危ないです!!」

『GAAA!?』


 対抗するならば、此方も数でもって戦う以外無い。ウルの隣に立ったシズクが魔術師の杖を振りかぶり、振り下ろす。小鬼一体の頭をたたき割った。魔術の杖、という使い方としてはいささか物理的だが、後方でじっとするだけの魔術師では無いことが今は頼もしかった。

 ウルは急ぎ小鬼から槍を引き抜き、即座に薙ぐようにして振るう。二匹捉えた。一匹は逃れたが、もう一匹は壁にたたき付ける。ごきりと骨が折れるような音がした。脆い。

 残り6匹。先の薙ぎ払いで哀れにもすっころんだ小鬼が目の前に転がってくる。ウルは容赦なく蹴りを繰り出し、首をへし折った。残り5匹。


 やはり、小鬼は脆く、弱い。乱雑な攻撃でも呆気なくその命を散らす。だが、どれだけ一方的であっても、数が多ければ殺しきるには今のウル達には手数が足りなかった。


『GYAAAAAAA!!!』

「っくっんのお!!」


 殺しきれなかった残りの小鬼がウルに飛びかかる。口を大きく開き、腕にかみつこうとする。革鎧がソレを防ぐ、が、つきたった牙と爪が肉に食い込み、血が噴き出す。更に2,3引きととびかかりに来る姿がウルには見えた。


 このまま受ければ、なぶり殺しにされる。


 その恐怖は正確だった。魔物の十三階級最下層の小鬼、個体としてはたいしたことがなくとも群れることで飛躍的に危険性が高まるこの魔物は、他の魔物と同じく決して侮ってはならない存在だった。

 その脅威を前に、怯えず、パニックを起こすこと無く動けたのは、社会的弱者であるが故に陥った窮地の場数の多さから来る「慣れ」による所が大きかった。


「に、げる!!!」

「はい!!」


 此処にいてはいけない。という直感からの彼の動きは速かった。飛びかかった小鬼達から距離を取り、同時にそのまま背中を向け、そして走る。

 小鬼を相手取るとき、小鬼自身の脆さと弱さから正面で、”足を止めて”迎え撃ってしまう者が多い。だが、足を止めれば格好の餌食だ。囲まれて死ぬ。


 走る、振り返る、小鬼との距離は離れていく。小鬼は足が遅い。


「シズク!!」

「【焔よ唄え、我らが敵を討ち祓え――火球!!】」


 シズクの唄が迷宮に響き、そしてヒトの頭よりも大きな火の玉がシズクの目の前に出現し、そして直進した。


『GYAAAAAAAAAAAA!?』


 爆散した炎の球に、残る小鬼達は一気に焼かれた。大牙猪の時のように耐えられる、と言うことも無い。魔術の詠唱、そして回数の制限、様々な制約がありつつも、やはり魔術は絶大だった。


『G………』


 残り5匹、全員が燃え焼け、僅かに悶え、その後動かなくなった。そして、肉体がグズグズと溶け始める。迷宮の地面にまるで吸い込まれるようにして消えていった小鬼の肉体、その後には魔石が落ちた。


「……危なかった」


 ウルは、額に吹き出した汗を拭い、深々と溜息をついた。


 ウルとシズクが迷宮の入り口に入って最初の頃は魔物は殆ど出現しなかった。故に通路を進み、暫くすると一匹二匹と小鬼が沸いて出た。それを倒すとまた出現しなくなったので更に奥へと進み、進み、進んで、ある程度進んだ矢先、いきなり10匹の小鬼取り囲まれ今に至る。

 まるで誘い込まれたかのような唐突さであった。いや、実際に誘い込まれたのかもしれない。この大罪迷宮に。


 10匹を目安にしろ


 という助言の意味が、わかった。この迷宮で欲張り深入りすれば、死ぬ。欲を掻いて奥に進めば、その瞬間逆に食い尽くされる。この場所はそう言う場所なのだと、思い知るには10匹という目安は。丁度良い数だった。


「……そりゃ、あのチンピラ達は一網打尽になるだろうさ」


 ウルとシズクは互いに助け合って、いわば一行(パーティ)をくんで尚、今のような窮地に至ったのだ。グレンに挑発されたあのチンピラ達は恐らく競い合うようにして急いで魔物達を倒そうと、どんどん迷宮の奥へと突っ込んでいったのだろう。当然、ウル達以上に激しい猛攻に遭ったはずだ。

 必然的に死屍累々になる。グレンの思惑通りに。酷い話である。


「ウル様、ご無事ですか」


 魔術を放ち、ウル以上に疲労の表情を浮かべたシズクが近づいてくる。ああ、とウルは手を上げて彼女の方へと振り向き――


「――は?」

『GAAAA!!』


 彼女の背後から新たに沸いた小鬼に驚愕した。


「伏せろ!!」

「――っ」


 醜く鋭い爪を伸ばし、シズクの首へと伸びた小鬼に即座に反応し、槍を繰り出せたのは、この大罪迷宮の脅威を目の当たりにして、戦闘完了後も緊張を解くことが出来なかったから。要はビビっていたからだ。そしてそれは正解だった。


『GOE………』


 突き出された槍はシズクの頭を掠め、小鬼の喉を貫き、殺した。小鬼は魔石になったが、ウルはそれを拾うよりも先に驚愕した。


「……マジか、もう沸いたのか次が」

「……ありがとうございます、ウル様」


 迷宮の魔物の出現速度は、迷宮の規模によってまちまちだ。出ないときは一日の間に何度か、というレベルで少ないことも。しかし今のは、一〇匹まとめて出現してから1分も立っていない。なら、この後も?こんな調子?

 いや、まさか、という楽観が出来るほど、ウルは脳天気では無かった。


「シズク、急いで帰ろう」

「魔石はどうします?」

「いら――――いる」


 一刻も早く逃げたい、という衝動を堪え、ウルは言葉を翻した。

 訓練所で寝泊まりは出来るらしいが、メシは出ない。メシを食わないと人間は死ぬ。ウルは一文無しである。此処で魔石を拾わず逃げ帰ったとあってはどっちにしろ死ぬ。可能な限り魔石は拾わねば。


「逃げてきたので、落ちた魔石は先ほどまで進んだこの通路の奥です」

「……………畜生!!」


 ウルは先ほどまで居た道へと全速力で駆け出した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 大罪迷宮グリード、迷宮出入り口 欲望の顎にて


「あー辛気くせえ」


 そこに訓練所の主であるグレンが悠々と姿を現した。大体の人間は彼の出現を気にもとめなかったが、広間に集う冒険者達の何人かは彼の姿を見るとぎょっと顔色を変えた。グレンはそれらを無視して大罪迷宮グリードノ入り口前、自分の生徒達がゴミのように折り重なっている現場へと足を進めた。

 ぶったおれ、治療を受けている訓練生徒達はグレンを見るが最早何か罵る気力は無いらしい。黙ってうなだれるばかりだ。それをグレンは鼻で笑う。


「なんでえ根性のねえ。まだ罵る気力残ってたら割と見込みあったんだがな」

「勝手なことを言うな。筋肉ダルマめ」


 そこに声をかけてきたのは、外套を身に纏った女だった。彼女は訓練生と共に迷宮に突入した冒険者であり、怪我人だらけの中一人無傷の帰還者であり、そして今回の突入の折、グレンの仕込みの冒険者でもあった。


「おう、ご苦労さんカルメ」

「重役出勤とは良いご身分だな、グレン」


 そう言い、彼女は頭にかぶせていた外套を外す。鋭い目つきが印象的な女。頭の上にピンと立った二つ耳、獣人のそれだった。それ自体別に珍しくも無い。問題なのは彼女の指に、美しく銀色に輝く指輪が嵌められていたことだ。


「……指輪」


 訓練生の一人がうめくように呟く。彼女の指には訓練生達の白亜のソレとは違う、本物の冒険者の指輪が陽に照らされ輝いていた。”銀色”は一流の冒険者の証だ。

 本来であれば、訓練生のお守り、なんて仕事は任せるようなヒトではないが、ちょうど彼女の一行が迷宮中層から帰ったばかりの、要は休養期間中だったのでグレンが仕事を(強引に)依頼したのだ。結果、貧乏くじを引いたのが彼女である。


「ちなみに一番狩ってきたのもカルメなので賞品コイツな」

「イラン」


 最初のやりとりがペテンであることを明かされて尚、文句をいう気力が残っている者は此処に残っていなかった。


「これで全員か…?」

「いや、あと二人……おっ来たな」


 グレンがそう言って間もなく、迷宮の入り口から新たに二人分の影が姿を現した。


「……太陽の光が、眩しい」

「眩いですね……」


 大罪迷宮グリードから最後の組ウルとシズクがよろよろになりながら生還した。

 二人は息も絶え絶えであり、外に出た瞬間ぐったりとうなだれたが、しかし少なくとも自分の足での帰還を叶えた。怪我もしているが、即座に治療が必要というほどでも無い。そして何より、魔物を倒した後の魔石も回収している。握りしめた麻袋から魔石が零れているノが見えた。魔物と遭遇しただただ逃げ帰ったというわけでもない。ちゃんと”儲け”を出している。

 初の大罪迷宮探索者としては”まあ悪くない出来”である。グレンはよしよし、と満足げに笑うと、死屍累々の冒険者もどき達に向き直った。


「っつーわけで、今回初探索が終わったわけだが……んー、よし、カルメなんか言え」

「押し付けるなと言ったはずなのだけれど」

「いーだろがよ。報酬はギルドから貰ってんだろ?これもお前の仕事だ」


 割に合わない、などと小さくカルメと呼ばれた女は愚痴を呟き、しかし諦めたように顔を上げると、ボロボロで座り込んでいる、彼女が連れてきた一団を睨みつけた。


「理解できただろう。迷宮探索は、特に大罪迷宮探索は決してたやすくない」


 鋭いその声は、疲れ切ったウル達の頭に深々としみ込んでいった。


「魔物の凶悪さ、出現頻度の高さ、迷いやすく孤立しやすい嫌らしい迷宮の作り、どれをとっても小中規模の迷宮とは訳が違う。それらを攻略して図に乗って、此処も同じだと高をくくって死んでいった冒険者は数え切れない」


 びくりと、思い当たる節がある者は反応するが、返す言葉はなかったのか顔を俯かせる。それを知ってか知らずかカルメは容赦なく言葉をなげかける。


「己の実力を知り、慎重さと協調性を重んじれば子供だって探索は可能だ。今回しくじって、私に助けられた連中は自分が子供以下だったと理解しておけ」


 子供、とは最後に迷宮から出てきたウル達のことであろうという事は誰もが分かっていた。幾つかの視線がウル達の方へと向けられるが、ウル達もウル達で疲労困憊しているのか、その事を気にするような元気はなさそうだった。


「そして、今回比較的、まともに探索をこなせた者は……そうだな」


 彼女はしばし考えた後に、自身の銀の指輪を爪でキンとはじいた。


「気づいてるかもしれんが、この訓練所で本物の指輪を渡す気なんぞ最初から0だ。要領さえつかんだらとっとと訓練所なんぞやめて実践で経験しろ」


 彼女は腕を組んでのんびりとしているグレンをびしと指さした。


「この男は実力は確かだが指導能力は壊滅的だ。盗めるところは早いところ盗んで適当に見切りをつけろ。以上」


 いうべきこと言い切ると、仕事は終わった、と、颯爽とカルメはその場を後にするのだった。割と言われた放題だったグレンはと言えば、彼女の言葉を一切否定することもなく肩をすくめ、


「そんじゃーけーるぞー。帰ったらグラウンド20週なー魔力なじませねえと」


 やる気があんなら、だが

 と、一言付けくわえ、後は何かいうでも無く、軽快な足並みで訓練所へと戻っていくのだった。取り残された冒険者未満の一同は、互いに互い、顔を見合わせ、その後に、げんなりとうなだれたのだった。



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