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竜吞都市ウーガ

 イスラリア大陸北部の平地、その中央に存在する巨大都市と周辺に広く分布する衛星都市が大罪都市グラドルの支配域である。

 この都市、というよりもグラドル支配地域にある大きな特徴の一つに“魔物の出現率の低さ”がある。迷宮の出現率が非常に少なく、魔物の出現率も少ない。結果、この土地では非常に、【人類生存圏外】の開拓が積極的に行われている。


 故に衛星都市は非常に多い。今なお“建設中”のものも含めて。


 ウル達が向かう先の場所もそんな建設途中の衛星都市の一つ。

 【衛星都市ウーガ】だ。


「あったぞ。待ち合わせの“止まり木”だ」


 進む先の丘の上、“名無し達”が建てた都市外の休息地点に足を踏み入れる。程なくして待ち合わせの相手が見つかった。天陽騎士のエシェルは此方を見るや否や、顔を顰めて怒り顔でウル達を歓迎した。


「遅いぞ貴様等!」

「一応最短距離を全速力で来ましたがすみません」


 ウルは謝った。エシェルはプリプリと怒っている。彼女の背後には何やら大きな魔道機械が鎮座している。鳥の翼を模した機械の羽が伸びている。アレが彼女がウル達よりもいち早くここまでたどり着けた理由だろう。


「天陽騎士専用の“飛行移動要塞”ですか」


 リーネが興味深そうにそれを眺める。ウルも同様に近づく。精巧な魔動機械だ。そして規模の割に、乗り込む場所がおおよそ一人分しか存在していない。と、なるとウル達が利用するというのは難しいかもしれない。

 ここまでの道中の困難さを考えれば、鳥のように空を飛び、困難を簡単に飛び越えるというのは実に爽快だったろうに、残念だった。


「見世物じゃないぞ」


 そう言って彼女は手をかざすと、飛行移動要塞が動き出す。魔術の発光と共にその姿が変形し、みるみる内に小型化し、気がつけばキューブのような形となってエシェルの手の平に収まった。


「凄いな」

「これは精霊様のちからではなく、魔道機械の仕掛けでしょうか」

「喧しい……【勇者】はどこだ」

「寝てます」


 馬車をウルが指さす。依然としてディズはすよすよと馬車の中で眠っている。ついでアカネも、エシェルから姿を隠すため、今は外套となってディズと共に就寝中だ。ジェナはエシェルを前には黙って頭を下げるだけで、何かを口に挟むことは無かった。


「末席だろうと世界の守護者ともあろう者が、無様な」


 馬車の外から、ディズの様子を見たエシェルは彼女を嘲るようにして罵った。


「自分たちを救うために死にもの狂いで奮闘してくれたので、ご容赦ください」

「黙れ、お前等の意見など聞いていない。さっさと行くぞ。ついてこい」


 ウルの小さな抗議を無視し、近くに留めていた馬にまたがりエシェルは止まり木を出る。ウル達もそれを追った。


「この先に【ウーガ】があるのですよね」

「そうだ」

「では何故、集合地点を此処に?」


 死霊馬となったロックの背にまたがりながら、シズクはエシェルに問うた。確かに、素直にウーガに集合すれば話は早かったように思える。問われたエシェルはいつも通り怒りながら返事を――するのかと思っていたのだが、少し黙って、俯いてしまった。


「エシェル様?」

「……着けば、分かる」


 その言葉に不穏さを感じたのは、ウルだけではないだろう。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その後、遭遇する魔物の数は極めて少なく、非常に安定した道をウル達は進んでいった。高低差も少なくなだらかな平原は平和そのものだった。時折、空高くを舞う翼の大きな鳥の鳴き声がどこまでも響いていった。


 一時間ほど、そうして何事もなく進んで、ようやく目的となる場所がウル達の視界に映り始めた。


「あれが衛星都市ウー…………ガ……………?」


 リーネが目視した“ソレ”に対しておかしな呼び方をした。しかしそうなる気持ちはウルにもよく分かった。ウルもそれを見た瞬間、疑問に首が大きく傾いたからだ。


()()()()()()


 シズクの感想は実に端的だったが、しかし正確でもあった。

 “巨大で真っ黒な半球体”。

 それが平原のど真ん中に出現している。迷宮の中でもそうそう見ないであろう、奇妙な光景にウルは言葉を失った。断じて【太陽神の結界】ではない。あの不吉さしか感じない真っ黒な球体は太陽の結界の安心感とは対極に位置する存在だ。あれがいったいなんなのかまるで見当がつかないが、一点だけハッキリしている。

 少なくともアレは“都市”ではない。


「……あれが、【衛星都市ウーガ】だ」


 しかし、ウルの認識に反して、苦々しいニュアンスを込めてエシェルはあの謎の球体を都市と呼んだ。何言ってんだお前、とウルは口に仕掛けた。

 都市というものは基本的にヒトの営みを行うための最後の砦、魔物に溢れた世の中で唯一の“生存圏”だ。間違ってもあんな怪しげな真っ黒な球体のことではない。


「先月、建設途中だった【衛星都市ウーガ】が突如として“竜の呪い”を受けた」

「竜……」

「中心の神殿から半径数百メートルまでの距離を“正体不明の魔力結界”で覆い隠された。結果、現在は建設途中で中断となっている」

「大変ですねえ」


 シズクの暢気な相づちを尻目に、ウルは非常に嫌な予感に包まれていた。というか確信だ。何故にエシェルが“対竜兵器”という不確かな要素を持つシズクを強引に引き抜こうとしたのか、その理由が今の説明に集約していた。


「あの解放がお前達の依頼(クエスト)だ」

「……………………………………………ウッス」


 罵詈雑言の言葉も拒絶の悲鳴もあげず、ギリギリで頷いた自分をウルは褒めた。



 依頼:【竜呑都市・ウーガ】を解放せよ





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






『…………ほお。こりゃ壮観じゃの』


 エシェルに聞こえぬように小さく呟かれたロックの他人事めいた感想には、これから当事者になるという事実がなければ概ね賛同できた。目の前に広がる真っ黒な巨大な壁。遠目には半球体だった筈だが、近づくと壁にしか見えない。本物の壁と比べ不確かに揺らぎ、しかしその内側にあるものを一切映さない。此処が元々は衛星都市ウーガの“正門”だったらしいが、まるで見通せない。

 魔術で引き起こす結界に印象が近いが、ハッキリ言って不吉だった。


「……で、都市を解放しろとは」

「言葉のままの意味だ。この現象を元に戻せ」

「具体的なプランはあるので?」

「お前達で考えろ」


 ノープランか畜生。と、睨むように見返すウルの視線にエシェルも気づいたのか、少し焦るように、言葉を続けた。


「し、仕方が無いだろう!ウーガの崩壊で作業員を避難させて、生活を安定させるので手いっぱいだったんだ!」

「避難……って、都市の外に?大丈夫なのか?」

「近くで簡易の拠点を作ってる……コッチだ」


 “真っ黒な結界”に沿うようにして歩き始めた所に、エシェルの言うところの簡易拠点があった。だが、簡易、と呼んでいるが、それはウルの想像を大きく超えていた。


「これは……止まり木っていうか、集落じゃないか?都市の外で?」

「防壁もありますね」

 

 想定したものよりも遙かに立派な“都市もどき”がそこにはあった。

 岩石で出来た防壁が周囲を取り囲んでおり、簡易の門まで造られている。門を潜れば幾つもの居住者が住んで居るであろうテントが幾つもある。更に中央には周囲の防壁と同じ材質の巨大な建造物が屹立していた。

 まさしく、集落といってもいい。が、そうなると疑問がある。


「魔物に襲われないのか。こんなにヒトが集まって」

「グラドルの土地は、迷宮数が少なく、魔物の出没地点が絞られる。元々【ウーガ】の建設予定地だ。そういう場所が選ばれる」

「だが……」

「分かってる、こんなのは一時しのぎだ。だからお前達を呼んだんだっ」


 太陽の結界はこの場には無い。

 防壁で防げる程度の小型の魔物達程度なら対処は容易だが、それを崩せるような大型の魔物が1度でも襲いに来た瞬間、この集落は決壊する。

 一見して平和に思えるが、あまり猶予は無いらしい。


「“仮”神殿に行くぞ」


 言われ、“仮都市”の中を進んでいく。幾らかの視線が刺さる。

 その視線の内半分、ウル達に向けられているソレは新たなる来客に対する警戒、好奇心の類いだ。特にロックンロール号に向けられている。

 だが、それらの視線に悪意の類いは感じない。少なくとも突然やって来た自分たちに対して、それほど警戒している様子はない。

 そして視線のもう半分は、エシェルに向けられたものだった。そして何人かが此方に気付き近付いて、声をかけてくる。


「お、エシェルお嬢様じゃないですか。帰ってきたんです?」

「あ、エシェル様だー。何してんのー」

「エシェル-、遊ぼうぜー」


「喧しいぞ貴様ら!仕事に戻れ!!」


 やけになれなれしい“名無し”の住民達に対してエシェルは憤慨する。神官の激怒に対して、名無しの住民達はへいへいと慣れた様子で受け流し、去っていった。

 シズクはふむ、とその状況を見て頷き、ウルに耳打ちした。


「慕われてますね?」

「舐められてるって感じもするが、悪い印象じゃあないな」


 大罪都市ラストで彼女が口走った「此処でもか」という言葉の意味が分かった。どうも彼女は此処でも、神官としての畏敬を向けられてはいないらしい。それが良いことなのか悪いことなのか判断はつかなかった。が、


「何故アイツらはいつもいつも…!!」


 少なくともエシェルはこの状況をなんとかしたいらしい。イライラと声を荒らげた。


「慕われるようなことをしたので?」

「してない!赤子が生まれたというので生誕の祝福を懇願してきたからしてやっただけだ!!そしたら次から次に……」

「ああ、なるほど」


 都市内で生まれた赤子は、基本神殿で神官から祝福の儀式を受ける。なんら特別な精霊の加護も無い、形だけのものだが、それでもありがたがる者は多い。

 そして“名無し”はそれを受けられない。都市に永住する権利を持たない彼ら彼女らが神官から直接祝福を受け取ることは殆ど無い。

 それを知ってか知らずか――恐らくは知らなかったのだろう。エシェルは名無しの赤子に無償で祝福を施した。天陽騎士といえど官位持ちのからの祝福だ。名無し達からすればそれは破格で、感謝するに十分な行いだ。


「まあ、いい。兎に角行くぞ」


 そしてそのまま彼女に連れられてやって来たのが、外からでも見えた、集落の中心に建造されていた建物だった。

 周囲のテントとは比較にならないほど、石造りのその建造物は立派だった。しかも加工された石材を組み合わせて造られたような痕跡も一切無い。それが【神官】の力による物だろう、というのがすぐに分かった。


 そして、その“仮神殿”の住民と思しき者達が、入り口から此方を見つめていた。


 神殿の紋章の刻まれた白いローブを身に纏った男達。装いが違うので神官ではないのだろうが、神殿の関係者であるのは間違いなかった。つまり天陽騎士のエシェルの同僚と言うことになるわけなのだが……


「……、…………」

「………」

「…………」


 雰囲気が悪かった。先ほどの名無したちの雰囲気と比較するとあまりにも。

 仮にも、別の大罪都市領まで来て助けを連れてきたはずのエシェルに対する彼等の視線は冷ややかだ。出迎えに来た、と言う印象も無い。エシェルが彼等に視線を向けると、逃げるようにして中に入っていってしまった。


「なんだありゃ……」

「……」


 ウルは疑問を零すが、エシェルは答えることは無かった。だが、先程よりも更に機嫌が悪くなったように見える。雰囲気は最悪だった。帰りたい。


「エシェル様!お戻りになられましたか!」


 だが、そんな空気に割って入るような声が響いた。

 先程逃げるように中に入っていった男達と入れ替わるように、一人の女性が“仮”神殿の中から外に飛び出してきた。褐色肌に橙の髪の只人、彼女の姿を見て、エシェルはようやく少しだけ肩の力が抜けたような表情になった。


「カルカラ、今戻った。そちらはどうだ?」

「変わりません。相変わらずウーガはあの状態です……後ろの者達は?」

「例の連中だ」


 そう紹介され、此方をみる女の目は、一瞬様々な感情が巡ったのが見えた。が、ウル達が何かを口にする間もなく、彼女はぺこりと頭を下げた。


「【岩石の神官】、カルカラ・ヌウ・シーラです。中へどうぞ」


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