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審問会


 国の中心にはかつて、城があった。


 今、都市の中心にあるのは神殿だ。


 ヒトが集い、祈りを捧げる場所。多くの者にとって寄る辺であり中心。都市を維持する全ての要。都市民ならば必ず毎日この場を訪ね、精霊達に、そして太陽神に祈りを捧げる。今ある平穏がずっと続くようにと願うのだ。そして神官達はその祈りを精霊に届け、対価に与えられた恩恵を都市へと届ける役割を担う。

 では名無しは?都市に住まえぬ流浪の民、“名無し”は神殿との関わりは薄い。都市の維持は彼らの義務ではない。精霊達との繋がりが薄い彼らの祈りは都市民達と比べあまりに“薄い”からだ。太陽神への祈りは名無しであれ変わらず捧げられるものの、神殿にわざわざ出向き精霊達に祈ることは殆ど無い。


 そんな、縁の無い場所にウルは立っていた。


「…………圧が凄い」

「大きいですねえ」


 隣でシズクがのんびりとした声を上げる。

 目の前の建造物、神殿は大きかった。縦にも、そして横にも。土地の限られる都市国で建造物が縦に高いのは当然のことだが、横面積の広い建物は限られる。大罪都市ラストでそれが許されるのはラウターラ魔術学園以外では此処しかないだろう。


 見上げてもまだ天辺が見えない白の外壁が視界の全てを埋めていく。大人が3人で囲んでもまだ届かない太い石柱が連なり、大いなる“精霊達の住まうところ”を支えている。晴天の中、陽の光を受け、更に眩く、その雄大な神殿の姿を大罪都市の中心で照らしている。


 まさしく国の中心である。だが、ウルが此処を尋ねた理由は祈りを捧げるためではない。


「ここで尋問されるのですね」

「……とても嫌だなあ」


 竜の案件で尋問を受けるためである。

 都市の法に触れる犯罪などに巻き込まれたならば、法と秩序の番人である【騎士団】を尋ねるのが当然であるが、ウル達が巻き込まれたのは竜騒動である。竜に巻き込まれたら向かうべきは此処だ。グロンゾンやディズが指摘したとおり、大罪の竜との遭遇は決して「不運だった」で済む話ではない。

 予告されたとおり、神殿から冒険者ギルドに出頭命令が出され、詳しい詳細を説明させられる羽目になった。


「私に付き合わせてしまいすみません。ウル様」

「今日だけで十回は聞いた」


 面倒くさそうにウルは手を振り、諦めの境地で神殿への階段を上る。もう此処まで来て逃げても仕方ない。後ろめたいことは無いはずなのだから――――恐らくは。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 縁が無い、と言っても神殿に一度も足を踏み入れたことが無いかといえば流石にそんなことは無い。小さな衛星都市の神殿に少し足を踏み入れたことくらいはウルにだってある。だが大罪都市国の神殿は流石に無かった。

 都市民達の祈祷の場はこの魔術大国であっても美しかった。信仰心を削ぐあらゆる穢れを許さないかのようだった。たとえどんな無作法者でも、一歩足を踏み入れれば身を引き締めることだろう。

 だが、ウル達の要はそちらではない。神殿の神官や従者達しか立ち入れない。都市民達が使わない通路へと進んでいく。やがて大きな扉の前にたどり着いた。


「此処で待つように」


 神殿の守りを任されている騎士――――【天陽騎士】からそう告げられ、ウル達は扉の待たされた。そして間もなくまずウルに声がかかった。シズクはその場で待たされる。ウルとシズクとで一人一人尋問を行うらしい。


「お気を付けて」

「まあ、下手に口滑らせないようにだけ注意するよ」


 不安を誤魔化すために軽口をたたきながら中に入る。そこは大きく、広い。ホール型の大部屋。天井は高く、そして天板には硝子窓がはめ込まれ、太陽の光が中央の立ち台に注ぐ。太陽神が全てを見ていると言うことを示していた。

 そこを囲うようにして作られた中二階から神官達が並び、此方を見下ろしていた。この国を、全員神官服の胸元に【真偽の精霊・ジャッジ】の紋章をつけている。彼らを前にして嘘偽りは決して出来ない。


 ――……いや、圧がすごい


 ウルは二度目となる感想を抱いた。ウルは自分が犯罪者になったような気分になった。いらんことを口走らないようにしようと改めて心に誓う。

 そしてジャッジの神官の左右に、彼らを補助する外部からの補佐要員とおぼしき者達が並んでいる。見れば、ギルド長のアランサの姿もあった。


「……」


 彼女はウルの顔は見向きもせず目をつむっていたが、一瞬だけウルを見つめると、軽く手を振った。ウルは少しだけほっとした。

 他の者達は殆どは知らない顔である。が、見える姿からなんとなし察しは付いた。大きな髭を蓄えた騎士鎧に身を包んだ土人の老人。騎士団のお偉いさんだろう。その横には珍しい森人がいる。赤黒の制服を身に纏っている事から、恐らくラウターラの関係者だろう。そして


「……ん?」

「………………」


 白金色の騎士鎧を着た女がいた。左右に神官を従えるようにしている女だ。やや目立つ。こっちを見ていた。というか、睨んでいた。


 ――少し色が違うけど、外にも立っていた、確か、神殿の天陽騎士の鎧……?


 ウルは黙ってそっと目をそらした。なんだかよくわからんが、睨まれる覚えは無い。ということにしよう。


 更に周囲を見渡すと、審問官の立つ中二階、その更にもう一段上に更に階層がもうけられているのが見えた。おそらくは傍聴席なのだろう。そこにはこの状況を見学しにきたであろう神官達の姿が見える。騎士達もいる。それほどの数ではないが、彼らはジッと興味深そうに、あるいは嫌悪の混じった表情で此方を見ている。

 神官というのは思いのほかヒマなのか、あるいはそれほど彼らにとって竜の存在は重いのか。


 ――ちゃんと受け答え出来れば()()大変なことにはならないよ


 ディズの言葉を思い出し、ふっと肩の力を抜く。今から緊張してもしかたがない。まあ、向こうだってこんなとるにたらない冒険者をいきなりどうこうしようなどという気は無いだろう。と、ウルは自分に言い聞かせ、質疑応答台に立った。


「名無し、しかも竜の呪を抱え神殿に……!なんと嘆かわしい!!」


 そして立った瞬間白金色の騎士の女が吠えた。

 おっといきなりケンカ腰だぞ?


「もう少し静かにしてくれんかね、天陽騎士様、まだなんもはじまっとらんじゃろ」

「黙りなさい!!そもそもラストの騎士がふがいないから竜が好き勝手するのよ!!」

「全くだ!貴様等が役割を果たさぬから、我らが出張る羽目になったのだ!恥を知れ!!」


 ウルのことで、ウルの意思を全く介さずケンカが始まった。ウルは気が遠くなった。帰りたい。一刻も早く。という衝動をこらえた。我慢して目の前の情報をなんとか集める。


 天陽騎士の事はウルも理解している。


 【神殿】が保有する武力。都市を護る騎士団とは違う、神のための剣。

 通常の騎士団では解決不能な問題を、都市を跨いででも収束させるための任務を主としている。竜問題もその一環。大罪都市プラウディアの王【天賢王】こそが彼らのトップとなる。騎士団とは似て非なる組織。


 故に、それぞれの国の【騎士団】と【天陽騎士団】との間の折り合いがよろしくない。


 都市そのものに仕え護る事を目的とする騎士団と神殿に仕える天陽騎士団とでは根本的に思想も目的も異なる。結果、激突することは決して珍しくはない。騎士団の多くは都市民であり、自国を自らの手で護っているという誇りと自負がある。そんな彼らからすれば【天陽騎士団】は余所者で有り、にもかかわらず上から指図してくる厄介者だ。

 勿論、【天陽騎士団】とて、好き好んで余所の国に介入し指図をするわけでは無いだろう。彼らには彼らの仕事がある。【天賢王】、偉大なる王の下、必要であるからこそ彼らは世界を飛び回り、そして必要な処置を行なっている。にもかかわらずソレを解さず反発する都市の騎士達があまりに不理解でならないと苛立つ。


 結果、眼の前の光景である。どういう状況かは少しわかった。状況は解決しないが。


「そもそも今回の竜案件の事情を聞くために呼び出したんじゃろ!神殿に招かずどうやって話を聞くんじゃい」

「牢獄にでも突っ込んでおけば良いでしょ!!神殿に竜の穢れを連れ込むなどあり得ない!!」

「我ら、冒険者ギルドのギルド員を、一体どのような罪で牢獄に放り込むと?」

「たかがギルド風情が!出しゃばるな!!」


 そこにアランサが口を挟む。アランサはいつもの快活さはなりを潜め、冷静な声音で質問しているように見えたが、短い間とはいえ彼女と関わったウルには分かる。あれは結構キレてる。


「ウルの神殿への出向は、重い後遺症を負って、それでも世界のためにと無理をして出た善意のたまもの。その善意を蔑ろにする発言は看過できませんね」

「被害者?竜の覚醒をいたずらに招いた張本人かもしれないんだぞ?!」


 今度はアランサと天陽騎士と神官らの間でバチバチと火花が散る。此処は地獄か?とウルが思っていると更に別の者が声を上げた。


「そもそも、今回の件、その真偽を確かめるための審問だろうに。それが始まる前から事態を停滞させて、何がしたいのだ、貴方たちは」

 

 深々と、空気に響き沁みるような低い声が放たれた。ラウターラの制服を着た森人だ。その言葉一つで、先ほどの喧々諤々とした雰囲気が一気に鎮まった。天陽騎士はまだなにか言いたげだったが、全て言葉になる前に森人の視線に飲まれ、最後には沈黙した。

 その後森人は視線を動かし、一瞬ウルを捉えたのち、中央に立つ神官に顔を向けた。


「【真偽】の僕、そろそろ始めてもらって良いか。私も仕事があるのだ」

「承知いたしました」


 中央の審問官が頭を下げる。そして彼らはウルへと向き直った。


「それでは、ウルへの審問を開始します。太陽神と、真偽の精霊ジャッジの名の下、嘘偽りの無い真実を述べるように」


 ウルは黙って頷き、顔を伏せたまま深く溜息をついた。


 まだ大変なことにはならない。


 ほんとうにそうなんだろうなあ?

 と、此処にはいないディズの肩を揺すり問いただしたい気分で、ウルの審問が開始した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 出だしの騒乱と比較して、ウルへの質疑応答は極めて淡々と、冷静に行われた。真偽の精霊の“権能”を宿した審問官がウルに対して問い、それにウルが答える。本当に只それだけのことだ。ただし、問われた問いに虚言を述べれば、その瞬間、それを審問官は見抜く。故に誤らぬよう、ウルは慎重に答えた。

 質問の内容は今回の竜との接触時のみならず、ウルがいかようにしてシズクと接触し、彼女と行動を共にしはじめたのか、そもそも何故ウルが冒険者となったのか、その生い立ちにいたるまで徹底的に掘り下げられ、その全てに真実で答えさせられた。


 その過程で、ウルがシズクの目的、“邪霊の復権”についても勿論、全てを語る事となった。事前、こうなることはシズクと話し、仕方ないことであると了承をしてもらっている。


「……では、これにて尋問を終了致します」


 最後の質問を終えて、審問官が静かにそう宣言する。神官の身体を覆うようにしていた仄かな光が集う。神官はその光に向かって祈りを捧げる。【真偽の精霊・ジャッジ】がそこにいるのだろう。ウルには“うすぼんやり”としか見えないが。

 その光ふっと、天に向かって消えていくのを見届け、ウルは溜息をついた。


「疲れた……」


 嘘偽りの全てを見抜かれる。無論、嘘など付くつもりはないが、何もかも見抜かれるというプレッシャーはただ喋ってるだけでも嫌な汗が出た。


「――シズクという女は天陽騎士の預かりとする」


 そしてむせた。それを言い出したのは最初に騒いでいた天陽騎士の女である。

 追従するように控える神官がしたり顔で頷いた。


「邪霊の巫女、対竜兵器、冒険者ギルドの手に負えるものではない、決まりだ」


 何が決まったのだと問いたくなったが、すんでで止まる。アランサがギロっと天陽騎士の女を睨んだからだ。あの間に間抜け面でのこのこと入っていったら死ぬ。


「彼女は冒険者ギルドのギルド員です。天陽の預かりなど、監禁と同義ではありませんか」

「人の世の秩序のための当然の処置だ!!」

「そもそも精霊とは世の理の化身。ならば邪霊といえど自然の一部であり世の理。神殿の教えの否定ではありませんか?」

「黙れ!!邪霊がどれほど危険か理解せぬまま勝手なことを!!!」


 ばっちばちにやり合う彼女らを前にウルはひたすら黙って嵐が過ぎ去るのを待つ、訳にもいかなかった。ウルは注意深く状況を観察した。


 黙って顔を伏せて過ぎ去ってくれるものならばそうするが、黙っているだけでは誰かが自分の都合をウルに押しつけてくる。相手に流されて、それが自分にとって都合よくいくことに賭けるのは分が悪いだろう。動かなければ。


 そのためには、まず現状を理解しなくてはいけない。


 シズクの管理、ソレは困る。世の秩序を守る、とやらの為に真に必要な処置であるかは兎も角、ウルの目的のため、彼女という存在がいなくなられるのは非常に困る。そうなればロックも必然的にいなくなるだろう。ウルとリーネだけでは今後の活動に大きなブレーキがかかる。

 何よりシズクの意思を完全に無視して彼女を捕まえる、という天陽騎士の判断は純粋に受け入れられない。抵抗しなければ。


 天陽騎士の提案を撤回か、妥協か、歪めるかする。これが今しなければならないこと。


 では次、現状の把握。観察。


 様々な思惑が入り乱れ、荒れている審問の場だが、現状問題となっている人物、ウル達の所在をどうこうしようとしているのは天陽騎士のみだ。彼女が今回対処すべき敵だ。だが攻撃して倒せばいいというわけでは勿論無い。


「…………むう」


 場の意識が自分から外れている間に、ウルはじいっと天陽騎士を見る。

 天陽騎士は現在進行形でアランサと激しい口論を続けている。彼女の高い声は天井高い審問部屋によく響いた。そんな彼女の言い分に騎士団長の土人は時折怒鳴り、ラウターラの森人がたしなめる。天陽騎士の後ろに控える神官らは口汚く彼らを罵る……が、よく見るとあくまで彼らは天陽騎士の女の発言に追従するばかりであり、決して積極的に前には出ていない。


 なんというか、ポーズだけそうしている感じだ。

 この場において、彼女は酷く孤立しているように見える。

 つまり、天陽騎士のその振り回す言い分は、それほど理が通ってはいないということか?


 邪霊、彼女がシズクの確保の理由として挙げた一つ目の理由。

 が、少なくともこの場の様子を見る限り、「邪霊の巫女」であるとわかったからと言って、即刻人権剥奪されるレベルの問題では無い、らしい。シズクが言っていたように、殆ど情報が少ないから判断に困っていて、だから他の連中は(ウルも含めて)物知らずで、天陽騎士の彼女だけが危機を理解しているからそれを訴えている、かも、だ。


 だが、もし本当に“邪霊”という存在が竜のような恐るべき脅威であるならば、シズクはもっと、問答無用で連れていかれても仕方がないはずだ。だが結局、それができないから彼女はここできゃんきゃんと叫んでいるのだ。


 となると、彼女は邪霊という存在の危機を訴えるために必死になってるのか?


「そもそも邪霊の巫女などという汚らわしい存在を排除してやろうというのだ!感謝の一つでも述べたらどうだ!!!」


 と思ったが、どーにもそんな感じではないらしい。

 しかしそれにしたってどうしてあんな風に……?そもそも――


「あの、もし」


 真偽の神官の問い以外終始沈黙していたウルが挙手すると、一瞬騒音が静まりを見せた。議論を途中で中断させられた天陽騎士は露骨に苛立った表情でウルを睨む。ウルは彼女の顔を正面から見た。

 女、髪は黒にかなり近い赤色、獣人、耳が凄い立ってる。背が低い。化粧が濃い、が、意外に若い。下手するとウルと変わらない?にもかかわらず部下っぽい騎士を引き連れている。そもそも騎士なのに化粧?

 ウルはそれらの情報を飲み込み、言葉を続ける。


「そもそも俺達は七天の【勇者】と同行しています。シズクの管理というのなら、彼女に任せてしまうのが適任なのでは?」


 次の瞬間、天陽騎士の女はものすごい顔をひしゃげた。逆鱗に触れたかな?とウルは思った。あるいは急所か。


「【勇者】など!!!」

「など?」

「…………!!そういう問題ではない!!」


 どういう問題だ?と疑問はあったが口にはしなかった。


「馬鹿め、何が【勇者】だ。あの役立たずがいたからどうだというのだ」

「汚らわしき“混ざり”でありながら、神官など!」


 天陽騎士のとりまきがせせら笑うようにディズを罵倒するが、ウルはそれを無視した。ただのノイズだ。それよりも、と、ウルは更にじっと観察を続ける。顔をさっきよりも更に真っ赤にしている天陽騎士を。

 ウルは今、恐らく、この場の要点を突いた。あるいは掠めた。今回狙うべき場所は此処だ。しかし、不用意に触れれば相手を激昂させ、乱雑に殺されかねない。

 現状、彼我の権力の差があまりに違う。形振り構わなくなったら潰される。まだギリギリ理性を取り繕ってる状態を維持しなければ。


「神殿の事情には詳しくはないが、ディズ、【勇者】は神官であることは間違いないはず。グランの監視となるというのなら、話としては非常にスムーズです。現在彼女の依頼で、我々は彼女と同行していますから」


 ディズには全く話を通していないので、正直えらく勝手なことを言っている気もするが、あくまでも提案としてのつもりの意見だった。そして別に間違ったことを言ってると思わない。これが一番無駄が無いように思える。

 だが、


「ダメだ!!!」

「何故でしょう」


 拒否される。そんな気はしていた。問題はソレは何故か。


「ダメなものはダメだ!!!我々で彼女は保護する!これは決定事項だ!」


 論理的に話してくんねえかなこの女。とウルは思った。

 だが、拒否する彼女の様子に、違和感がある。そもそもディズも【神殿】の所属で、同じ組織であるにもかかわらず、自分たちがシズクを確保しようとして、ディズに確保されるのは嫌?

 保護する、と彼女は繰り返している。保護、それが重要なのだろうか。危険というのは建て前か。この天陽騎士がシズクをほしがっている?


「聞き及ぶ限り、大変らしいな。()()()()()()()()()()()()()というのは」


 そこに、森人の教師が静かに声をかけてきた。相変わらずその声は深く、重く、よく響く。そしてその言葉を聞いた瞬間、天陽騎士がさっと顔色を変えて森人の方を睨んだ。


「エシェル・レーネ・ラーレイ。【グラドル】の天陽騎士が何故に【ラスト】までやって来たのかと思ってはいたが」

「貴様――」

「【大罪都市グラドル】は昔からプラウディアと折り合いが悪い。【七天】に助けを求めづらい立場なのは知っていたが、湧いて出た【対竜兵器】とやらの噂に飛びつくほどとはな」

「……ベラベラと、何が言いたい」

「落ち着いてはどうか、と言っている。太陽神の剣と言うには、余裕がなさ過ぎる。今の貴方は」


 森人の男は淡々と言葉を続ける。天陽騎士は彼を睨み付けた。

 どうやらこの男は現状の天陽騎士の狙いを大体は把握しているらしい。しかし何故にそれをわざわざ口に出して、相手を煽っているのか。状況を把握できて此方としてはありがたいが……


 ひょっとして、これは援護を受けている?何故かは知らんが。


 ちらっと森人を見てみると、彼は一瞥もコチラには向けない。表情もおっそろしく凜々しい顔を崩さない。森人は美形が過ぎて何を考えているのかわかりにくかった。あるいは此方を気遣い視線を向けないようにしてくれているのか。

 ウルは黙って内心で感謝を告げ、状況を整理した。


・【大罪都市プラウディア=七天】と【大罪都市グラドル】は対立している。

・今騒いでる天陽騎士はグラドル領の都市国で発生したトラブルを抱えている

・その解決にシズクの力を使おうとしている


 つまり、シズクの存在自体がどうこうというよりも、向こうの事情でシズクの処遇が振り回されている。


 なんというかすげえ帰りたくなってきた。


 しかし、シズクが色々と問題を抱えているのも、つまり神殿側が大義を振りかざすだけの理由があるのも事実ではある。ではどうするか――


「すみません、失礼致します」


 そこに、ウルの背後から声がした。

 よく知った声だった。

 シズクだった。


「……わあ」

「はい」


 シズクはいかんともしがたい表情をしたウルにニッコリと笑みを浮かべた。


「勝手に立ち入るな!!お前の審問はこの後だぞ!!!」

「ウル様の審問はもう終わったと聞いています」


 吠える神官に、シズクは小首を傾げながら可愛らしく答える。確かにウルに対する審議は既に終わっている。真偽の神官も既に所在なさげにしている。ぶっちゃけ早く帰りたそうだ。ウルも帰りたかった。


「シズク」

「待機している間に、何処かへ連れていかれそうになったので」


 ああ、つまり此処での審議は時間稼ぎも兼ねていたのか。実力行使で連れて行こうとしたのか。酷く強引な話だった。アランサが眼をひんむいている。ウルは彼女を見ないようにした。


「なので説得しまして此処に」

「説得したのかあ…」


 内容はあまり突っ込まないことにした。

 シズクはそのままウルの前に一歩出ると、天陽騎士を見据えた。


「天陽騎士様、先ほどまでの話は全て伺いました。私にも答えさせてくださいませ」


 天陽騎士の女はシズクの登場にあからさまな動揺を示した。彼女からすればシズクは既に自分の部下だか同僚だかが連れていっている手筈になっている予定だったからだろう。


「……いや、」


 だが、気を取り直して、尊大な態度を取り繕う。胸を反らし、声を張り上げ、シズクを指さした。


「ちょうど良い、シズク、貴様には我らへの協力を要請する!」

「わかりました」


 シズクは頷いた。天陽騎士は鼻息荒く宣言した彼女は、その返答に即座に反応できず数秒沈黙した後、へあ?と間抜けな声を出した。


「竜対策の協力、ええ、勿論でございますとも。この世界に住まう者ならば、あのような脅威捨て置くことは出来ません。私に出来ることがあればおっしゃって下さいませ」

「あ、……ああ、そうか……?」


 先ほどまで四方八方とバチバチにやりあっていた天陽騎士は一転して非常に協力的な当人の言葉にかなりの戸惑いを見せていた。アランサも何か口にしようとしたが、その直前、ウルが彼女に視線を向け、ふいと首を横に振ると、黙った。様子をみようと腕を組む。

 天陽騎士は思わぬ援軍に気を良くしたのか、先ほどの動揺を拭うように笑みを浮かべた。


「そ、そうか!ならば話は早い!今後は我々の管理の下その力を振るうか!?」

「もちろんでございます。ですが、条件が一つ」


 と、天陽騎士が全てを言い切る前に、シズクはそう付け加えた。台詞を途中で遮られた天陽騎士は少し眉をひそめる。


「なんだというのだ」

「引き続き、ウル様達との旅を継続させていただきたいです」

「それは――」


 一瞬言葉を迷った天陽騎士に対して、シズクは柔い声音で、しかし口を挟ませぬよう追撃する。


「元々、私の力、対竜兵器としての能力はそれほど強力なものではありません。ほんの僅か、ほんの少し、竜という存在に干渉するのが関の山でしょう」

「だが、貴様は一時とはいえ七大罪の竜にすら干渉したと聞いたぞ」

「ええ、そして、退くことが叶ったのは、そこに居るウル様と、【白王陣】の使い手リーネ様のお力あっての事なのです。決して、私一人で成したのではありません」


 場がざわめき、ウルに視線が集中する。ウルは居心地が悪くなり、シズクを睨みたくなった。大げさに物を言ってくれる。だが、同時にウソを言っている訳でもなかった。確かにあの時、ウルは白王陣の力を用いて竜の撃退に協力した。

 実際はほんの一助でしかなく、また、真に竜を撃退したのはディズであり、他の七天の二人であったのだが、事実は事実だ。シズクはその話で必要なところだけ絶妙に強調し、伏せている。嘘ではないので真偽の精霊も反応しない。


「ウル様たちの力なくして、どこまで天陽騎士の皆様のお力になれるか、分からないのです。ですからどうか、同行させてくださいまし」

「む……だが……」


 シズクの言い分は正しい。しかし、天陽騎士の反応はいささか渋かった。するとシズクはぽんと手を叩く。


「――――ああ、【勇者】めの動向を懸念していらっしゃるのですか?」


 勇者、という名を告げるとき、シズクはさげすんだ、嫌悪を感じるような声音を吐き出す。天陽騎士の感情に寄り添うようなその声に、彼女は強く頷いた。


「そうだ!あの女がお前という力を利用しかねないのだ!」

「私と彼女との関係はあくまで護衛とその雇い主の関係。決して【勇者】に忠誠を誓ったものではありません。信用なりませんか?」


 今度は深く、哀しげな声でシズクは嘆く。ウルは自分まで哀しいような気分に心が揺らされている事に気づき、嫌な汗が出た。魔術じゃないだろうに。


「い、いや違う、そういうわけではないのだが……」

「では、よろしいでしょうか?勿論決して勇者が邪魔とならぬよう、微力を尽くします故」

「そ、そうか……それなら……」


 まあ、頼まれなくたって、わざわざディズがウル達や彼女の邪魔を積極的に行うような事はすまいとウルは確信している。そんなしょうもない真似をするヒマは彼女にはない。だが、勿論、その事は黙っておいた。


「では、よろしくお願い致します!天陽騎士様!これから共に頑張りましょう!」

「あ、ああ………うん」


 シズクの晴れやかな笑みに、天陽騎士はかくりと頷いて、同意する。結果としてみれば、天陽騎士に協力すること以外、ほぼ全て現状のまま特に変わらず、という条件になったのだが、それに突っ込むことが出来るモノはこの場に誰もいないのだった。



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