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地獄

 絶対に勝てない格上と対峙してしまったら、どうすれば良いと思う?


 【大罪都市グリード】にて、数ヶ月前、冒険者訓練場にて、ウルはグレンにそういう質問をしたことがある。その質問に対するグレンの回答は実にシンプルだった。


「死ぬ」

「クソの役にも立たない回答ありがとう」

「しょうがねえだろ、事実だ」


 グレンはつまらなそうな顔で言い切る。


「絶対に勝てない格上ってのは、つまりそういうことだ。運不運、実力の好調不調、それら全てが最善だったとしても勝利できない相手。そんなのと戦う羽目になったら死ぬしか無い」

「どうにもならんと」

「もし可能なら逃げろ。戦うよりはワンチャンある、まあ無理だろうが」 

「無理なのかよ」

「お前が言ったんだろ、絶対的格上って、なら逃げるのも無理だろさ」


 自分の実力の範疇ではどうにもならないという想定である以上、逃げようが何しようがどうにもならないという結論にならざるを得ない。今回に関してはウルの質問の仕方があまりに曖昧が過ぎた。


「質問を変える。絶対的な格上相手に生き延びるとしたらどんな手段がある」

「ない…………と言いたいが、ない訳じゃない」


 グレンのその言葉にウルは瞬かせた。この時のウルは冒険者を志してから一月も経たない新人も新人で、ふと油断すれば一瞬で死が訪れる危険極まりない冒険者の生活に少しでも安全を求めていた。セーフティが欲しかったのだ。

 それがある、というならあるに越したことは無い。ウルはグレンの答えに期待した。


「ただし」

「ただし?」

「たっけえぞ」


 ウルは苦虫をかみ潰したような顔になった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 転移術式の巻物


 これがグレンが教えてくれた「万が一の時の切り札」だった。

 内容は極めてシンプルだが高等な魔術が刻まれていた。即ち、任意の対象を別の空間に移動させる、【転移】の魔術だ。


 転移術は一般普及していない。なぜならヒトだけの力では成立しないからだ。


 精霊の力が必要なため、製造は神殿で行われる。だが神殿から卸される数は僅かであり、当然高価で、希少だ。

 用途はそれこそ多様である。本来ならば相応の日数と、運搬、保存を用いなければ運搬不可能な大量の物資を一瞬にして別都市に運ぶ事も出来る。極めて困難な人類の生存可能圏外の探索の保険にも使える。深き迷宮の闇の底からの帰還も叶う。


 そう、迷宮からの脱出も、可能なのだ。ウルはそれを保有している。


 グレンから教わった直後は到底手を出せない代物だったが、あの死霊術士との戦いで得た賞金でたった一枚、それを手に入れていた。神殿から卸された一枚を商人から売ってもらったのだ。金額は限界ギリギリまで交渉し、ついでにシズクの泣き落としまで使って、金貨8枚、かなり安く手に入ったほうだろう。それでも手痛い出費だった。

 だがそれでも、絶対にこの“保険”は手に入れるべきであるとウルは確信していた。何が起こるかも分からない迷宮で、絶対的な脱出装置はあった方が絶対良い。


 そして、その確信は正しかった。


『よば れても  い な いの   に  厚か まし いの   う』

「…………………」


 ぎちり、と、少女のような顔をした竜が笑う。笑った、ように見えただけなのか、あるいは本当に笑っているのか、判別がウルにはつかなかった。

 ウルは、懐にある切り札に意識を向けた。発動は実にシンプルである。巻物の中心にかかれた魔法陣に手を触れるのみ。後は本人の意思に合わせ、周囲にあって望むヒトとモノを望む場所に運ぶ事が叶う。

 一回使い切りの脱出装置、今すぐにでも使って 逃げだしたい。


 だが、目の前には竜がいる。


 竜、間違いなく竜だ。前見た時のものとは全く違う形だが、目の前に居る存在は間違いなく、竜だ。死霊術師との戦いで見たアレよりも小さく、それなのに遥かに悍ましい存在が目の前に居る。


 なんでだよちくしょう


 ウルは改めて、この世全てを呪う勢いで悪態をついた。

 コッチはついさっきまで、毒花怪鳥との戦いで必死だったのだ。本当に全身全霊と持てる資金を尽くして戦って、そして勝ったのだ。それだけ頑張って、戦って、なんだってこんな仕打ちを受けなければならない。なんだって、こんな、世界の敵対者と相対しなければならない!!

 そんな理不尽に対する煮えくりかえるような怒りを力に換えて、ウルは歯を食いしばり、倒れ込みそうになるのを堪えていた。


『 の  う  なにを しに  きたの  だ  木っ 端』 

「……用があるのはそっちだろう。こんな所に引っ張ってきて」


 ウルは早口に応答する。竜が何を言っているのか、あまり頭に入ってこない。頭が捻れそうな重く、響く、その竜の声は、マトモに聞いていると発狂しそうだった。

 なんとか必死に舌を回しながら、隙をうかがう。虫のような歩みでゆっくりと、手を懐に近づけていく。


『 我 が  目   的  は   そこ の  “銀” よ 』

「……シズクのことか」


 ウルは無感情に口を動かし、時間を稼ぎながらシズクの身体にそっと触れる。転移の際に彼女を一緒に連れていくために。ダラダラと汗が流れる。上層と違って、湿度も無く、光も届かず、むしろ寒いくらいの気温なのに、流れる汗が止まらない。それは緊張のためか、疲労のためか、それとも目の前の異形から放たれる気配のためか。


「彼女は、どこにでもいる、只人の、魔術師だぞ」


 時間稼ぎのためにウルは更に言葉を口にする。

 と、それが、なんの感情に触れたのだろうか。ガタガタガタと竜が音を立て始める。不気味な、木々が風に揺れ擦れるような音、それが笑い声だと気づいたのは暫く経ってからだった。


『そ れ  が   ただ  の   ヒト  に  みえる の   か』

「……違うと?」

『    ち    が    う    な    』


 ウルは、竜が奇っ怪な笑い声をあげている間に、その手を懐に当てていた。転移魔術の術式に触れている。発動は出来る。だが、起動してから数秒の時間を有する。その時間をこの竜が許すか、相当怪しい。

 別にこの転移術に隠蔽術なんてモノは備わっていない。発動すればすぐにバレる。


『 ソ レ   は     我  ら の   』


 ウルは、シズクの身体を掴んだ。同時に残された全力の全てを脚に集中し、大木の背中を蹴りつけた。歪んだ空間の重力に従い、ウルとシズクの身体は果てのみえない虚空へと落下を始める。落下の最中、転移の術式をウルは起動させた。


「転移!!!」

『    児    戯    』


 真っ白なツルが、ウルの腕をまるごと貫いたのは、一瞬の事だった。

 【鷹脚】を装着したウルの右腕をそのまま貫通し、“横向きの地面”にたたき付けた。


「が………!!!」


 衝撃と激痛で、ウルは呼吸が出来なくなった。掴んだシズクの身体も同じく大樹に転がった。奈落に落ちなかっただけ幸運だったが、しかし、現状の最悪は全く変化していない。


『精霊 の まねご と とは  くだ  らぬ ことを  おも い つく  』


 竜は、ウルの手からこぼれ落ちた簡易の転移術式を眺めると、それを脚で踏みにじる。 ウルにとって現状を打破する最後の切り札は、あまりにも呆気なく奪われた。痛みを訴え、か細い悲鳴が漏れる喉とは別に、頭の中は冷たい絶望が包んでいた。

 もう、打つ手が無い。


『 こ  の  まま  闇 の 果て に すてても  いい のだが  ふ む』


 竜は、ぐりんと首をひねり、地面に投げ出されたシズクを見つめる。無機質な目が、初めて僅かに感情を宿した。だが、ヒトとあまりにかけ離れたそれの感情の大半を読み取ることはウルには出来なかった。

 だが、一点だけ、まるで突き刺さるような怒りだけは、感じ取った。

 

『きさ  ま の  うで  を つ  か うか 』

「――――ッアァア!?」


 右腕の、抉るような痛みが、その激しさを増した。ウルは耐えきれずみっともなく悲鳴を上げる。白い蔓が腕に食い込み、中で暴れている。激しい痛みと共に血管の中を強引に侵入してくる感覚は、耐えられない苦痛だった。

 しかも、激痛と、不快感の激流の中で、ウルは何故か、“心地よさを感じていた”。得体の知れぬ、強大な何かに支配される不快感が、何故か心地良さに変換されている。現状と相反する感覚が強制的に植え付けられている。


 腕が、うごめく。ウルの意思に反して、ウルの身体を引きずるようにして凄まじい力で、ウルの身体を引っ張り、そして、間もなくシズクのもとへとたどり着いた。


 彼女の、首の下へと


『 不快 な   モノは  早々に  摘むが 吉   よ』 

「ぐ……ギィ……!!」


 シズクの首にかける手に力が入る。魔物を殺すときのように、全力の力が入る。そして、その事を“ウル自身が望んでいた”。こうしたいという、圧倒的な幸福感、全能感がウルの意思全てを支配しようとしていた。

 右腕を抉り貫いたツルが、そのままウルを操り人形にしてしまったかのようだった。


 疲労、重圧、激痛、絶望、快感、めぐるましい感情の洪水にウルは脳みそが軋む音を感じた。このままでは、狂う。いや、もう狂っているのかもしれない。で、なければ何を喜んで、仲間の首を絞めているのだ。


 首の骨の軋み、手の感触から伝わる。このままだと、殺してしまう。絶望的な不快感、それらが全て快感に変わる。抗いようのないソレに、ウルは逃れられず悲鳴を上げた。


「シズ………グ………」


 逃げてくれ。と、ウルは彼女の名を呼ぶ。だが、彼女は身じろぎしない。魔力も、精神も尽き果てた彼女に、その余力はない。だが、ウルの呼びかけに、シズクはうっすらと、そのまぶたを動かした。

 そして穏やかに微笑んだ。


 いいんですよ


 そう、口が動いたのが、ウルには見えた。


「………だ、から」


 ソレを理解した瞬間

 ウルのぐちゃぐちゃに混乱した頭の中の全ては烈火のような怒りに振り切れた。


「そういうのやめろつってんだろうがああああああああ!!!!!」


 ウルは抜き去ったナイフを言うことの聞かない自分の右腕に思い切り突き立てた。血しぶきが舞う。無論、激痛が走る。だがウルは意に介さず更にナイフを繰り返し突き刺し、抉る。刻まれた腕から力が抜け、シズクの首にかかっていた指が抜ける。ウルはそのまま地面を蹴り飛ばし、竜へと向かい突撃した。


「がァァァアああああ!!!!」 

『  ほ   う    我 が   色 欲   超え る  か』


 竜が何かを言っているが、ウルには聞こえない。ナイフを構え突撃する。竜は微動だにしない。よけるまでも無いと思っているか。事実としてよける必要は無いだろう。毒花怪鳥を切りつける事すら一苦労な安物のナイフでは、このバケモノに傷一つつける事は出来ないだろう。

 だが、ウルは、その事を理解していた。焼き付けるような怒りに心臓を叩くが、頭はクリアになっていた。だから、“血まみれたナイフ”を構え、そして竜の身体に接近するその一歩前で、ナイフを振るった。


 血しぶきが竜の瞳を潰すように。


『   む    ?   』

「だああ!!!」


 腰を落とし、脚に全力の力を込め、タックルする。まるで大樹に突撃でもしたかのような衝撃がウルに跳ね返る。が、血の目潰しと、ウルの行動自体に驚いたのか、竜は僅かに後ろに下がった。踏みつけていた術式から脚を退けた。

 ウルはそのまま、竜が踏みにじった転移術式を再び掴む。あの鋭い爪のついた脚で踏みにじられ、ボロボロのそれを開く。再びシズクの下へと駆けながら、術式を起動させようとした。


「発――」

『  児   戯     とは  いう  まい  驚 くほど  あがく  』


 次の瞬間、ウルは未だに腕を抉っている白い蔓に地面にたたき伏せられた。防御は、やはりままならない。だが攻撃を受けるかもしれないという覚悟だけは事前にしていた。転移術式だけは必死に守っていた。

 身を焦がす快感が再び来る。が、それを上回る熱で焼き尽くす。


 操られてたまるか。そして、あの女を殺させられてたまるか!


『  憤  怒  の情   成る 程  私 と  相性が   悪 い な』


 竜がのぞき込むようにウルを観察し、ガタガタと歪に笑う。先ほどのように、まるで興味が無いという態度から、少しばかりの好奇心を誘われたような、そんな愉快げな声音だった。

 無論、それはウルにとって何も嬉しい事ではない。


『  よかろ う    なれば    私自身が  喰ら っ  てやる  』


 竜の好奇心を多少誘おうが、全く命の危機が回避できていないのだから。なんとか、なんとか転移の術を発動させなければ、転移さえ出来れば――

 その、ウルの思考をどう読み取ったのだろう。竜はその大きな口をにんまりと切り開いて、嗤った。


『ちな  み に    その術式  ただ  の   飾り  ぞ   』

「………………は?」

『 転移  の 術式 だ が、 精霊の【加護】が  ない   ニセモノよ』


 ウルは暫くその言葉を飲み込むのに時間がかかった。虚偽の可能性も勿論考えた。足下にある術式を覗き見る。ボロボロになった術式を見て、もう一度竜を見る。


「…………試しても良い?」

『  う  ん  』


 試しに発動させてみる。仄かな光と共に発動した。ような感じの発光を起こした。数秒待ち、十数秒経った。

 何も起こらない。


「…………」

『… … … … な?』


 可愛らしくそう言う竜を前に、ウルは、これを簡易転移術式と言い売ってきた男を思い出した。


 ――コレは俺も苦労して手に入れた大事な品 だがそれほどまで望むなら、若い者を助けてやろうじゃあないか


 なんだかとっても凜々しくいい顔でそう語った商人の顔を思い出し、そして思った。


「あの詐欺師呪い殺す……!!!!」

『う   む   良き  絶望と  憤怒 よ  では 喰らおう 』


 がぱりと、少女の顔が割れた。顎が外れた、なんてものではない。頭部が真っ二つに分かれた。膨張し、まるで、巨大な蛇のようになって、悍ましい速度でウルに迫った。

 ウルは動けなかった。逃げようとしたが、貫かれた右腕がまるで根のように張りウルを固定していた。


「――――アカネ」


 最後の一瞬、逃れようのない死を覚悟したウルは、妹の名を呼んだ。




《にいいいいいいいいいいいいいたああああああああああああんん!!!!!!》




 その名を呼ばれたアカネは、一直線に飛び出し、竜の頭を切り裂いた。


『  む  』

「――――は?!」

「ウル!!!」


 新たに鋭い声がウルの思考停止していた頭に響く。誰の声なのかはすぐにわかった。


「ちょーーーーーーーーーギッリギリだったね、私の友達」


 外套を翻し、アカネを身に纏ったディズがウルを守るように降り立った。


「ディズ…!」


 肌に吸い付く紅の鎧と刃、金色の髪の美しい少女がウルの前に現れたとき、ウルは思わず彼女を拝みたくなった。右腕の凄まじい痛みすら忘れるほどだった。ディズはウルをみるや、アカネの剣を使って、ウルの腕を貫いた白の蔓を引き裂いた。


「ぐっ……!」

《にーたん!しにそう!?》

「だいじょ……いや……死に、そう、だ」


 アカネがディズの鎧から妖精の顔を出す。ウルは気が抜けて、意識が飛びそうになるのをなんとか堪えた。腕に突き刺さった蔓を引き抜こうとするが、肉体にまるで根を張るようになっている蔓は完全にウルの腕に食い込んでいた。

 アカネが身体を伸ばし、小さな小瓶、回復薬をウルの腕に振りかける。ウルが自分で傷つけたナイフの切り傷の痛みが少し引いていく。だが、完全回復には至らない。


「ウル、重傷だね。シズクは?」

「気を失ってるだけ……だと、思う」


 少し離れた場所で倒れ伏したシズクは、やはり身じろぎしない。先ほど一瞬意識を取り戻したが、しかしやはり限界は限界なのだろう。だが、死んではない……はずだ。ウルはまだ、彼女の首の骨をへし折る感触を味わっていない。

 ディズはウルの説明に頷くと、竜に視線を集中させながら、背後のウルに話しかけた。


「さて、悪いニュースが一つあるんだけど、聞くかい?」

「聞きたくない」

「君には今私が神の助けみたいに見えてると思うけど」

「今も見えてる」

「まだ君達、全く助かってないからね」


 そう言うや否や、竜が動いた。蜘蛛の糸のような、白い蔓の翼が一斉に広がり、全方位からディズへと襲いかかる。縦横無尽、法則も無く一本一本が蛇のようにのたうちながら、ウルの目には全く追えない高速で飛びかかる。

 ディズは、その場でマントを翻し、一転した。瞬間、翼達が弾かれ、吹っ飛んだ。弾かれた翼は再び竜の背中に戻る。そして、竜は笑った。ガタガタガタと空気がひずむような笑い声をあげた。


『 【星華 ノ外 套】 ほ う  【勇  者】 か』 


 ディズをその細く長い骨のような指で指す。


『 イスラリア の守  護者   賢者  の 下 僕  何しに  来 た 』

「君が最深層から顔を出したと聞いて調査しに来たのさ。正直来たくはなかったよ」


 ディズは軽い口調で返事をする。だが、その表情は硬く、そして身体からは強い緊張が漂っていた。普段の彼女の、いつも何処かに余力を残している姿とは全く違う、

 その全神経を前方の竜に集中していた。


「魔の頂点がこんな所で何をしているのさ。最深層を陣取りなよ」

『 貴様 こ  そ  なにを  している  はよう  神を名 乗る  ガラクタ の 足  でも  なめては  どうだ』


 ウルは、二人の会話を背後に息を堪え、じりじりとディズから距離を取る。それが彼女の望みだというのはウルにもすぐわかった。ウルの挙動は竜には気づかれているだろう。それでも此方へと竜が意識を向けないのは、ディズが対峙してくれているからだ。

 距離を多少取ったところで助かるかは相当怪しい。が、それでも出来る限りの安全は自力で確保しなくてはならない。今のディズに、あの竜から、ウル達を守るだけの余裕を感じない。


「シズク、シズク……!」


 シズクのもとに再びたどり着く。ウルが左手で揺すると、彼女は僅かに身じろぎした。生きている。ウルは僅かに安堵し。すぐ動けるように、彼女を庇うように前を向く、と、そこで動きがあった。

 竜が、笑った。先ほどとは比べものにならないくらいに大きな声で嘲笑った。空間が軋む。迷宮そのものが同調し、迷宮そのものが一緒に嗤っているようだった。ウルは顔をしかめる。立っているだけで吐きそうだった。


『随分と  必死では ないか  なあ? そんなに  羽虫が  大事 か ? 』

「そうだとして、何か悪い?」

『いや  だが  なあ  気になるのだ  羽虫を 守る  それが――』


 少女の形をした竜は、ぐちゃりとその顔を歪めた。


『  それが   貴様の   死ぬ理由で   良いのか?  』


 そのまま、頭が膨らむ。身体が際限なく大きくなっていく。だがそれは、恐らくは本来の姿に戻っていっているだけなのだと、ウルは直感的に理解した。

 強い、毒々しいまでの華の香り。

 巨大なる、白い鱗。青紫の巨大な瞳。蛇のような頭、角が四つ。両翼は翼と言うよりも、伸び広がり自在に絡め取る蜘蛛の巣のようだった。悍ましきバケモノ。だがどこか、畏敬の念を抱かずにはいられない覇気があった。


 それはこの世にはびこる魔の頂点に立つからこそ放つ圧。


『なれば  望むように  死ね   疎ましき  イスラリア  の 守護者 』


 大罪の七竜が一体、【色欲(ラスト)】が現出した。



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