冒険者になろう 阿鼻叫喚編
【大罪迷宮グリード】
カテゴリ:地下階層型迷宮。
イスラリア大陸、南東部、アーパス山脈の横に構えた大陸の”端”に位置する大罪迷宮。
百年前に発生した迷宮大乱立騒動で発生した最大級レベルの迷宮の一つ。定期的な変動と、大規模な魔物の大量発生を起こす”活性期”を繰り返しており、現在でも攻略は出来ていない。現在確認するだけでも30層以上、一説では50層以上先まで存在するという話もあるが、真実は定かではない。
一人の黄金級の冒険者が深層で竜を討って以降、その者が到達した迷宮踏破の記録は破られていない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
迷宮都市グリード冒険者育成訓練所、授業開始1日目
ウル達訓練生たちはグラウンドに集合していた。
この時点で5名の尊い犠牲者……もとい脱落者達が出てからというものの、オラついていた訓練所の参加者達は随分と物静かになっていた。少なくとも目の前の無精髭の男、グレンに罵声を浴びせるような者は一人も居ない。誰も、天井のインテリアにはなりたくはないらしい。
無論、ウルも同じく不安ではあった。が、一方で安心した点もあった。
グレンが、間違いなく強いという事だ。
「グレン様はお強いようですから、強くなれるかもしれませんねえ」
「強いイコール指導力があるとは限らないが、まあな」
シズクの言うことは安易だが最もだ。少なくともウルよりは強いことは間違いないのだから何か学べることがあるはずだ。
――向上心を強く持ち、そして辛抱強い努力を保てねば――
ジーロウの忠告を思い出す。現在ウルには本当に何一つ持たない。才能も努力も財産も知識も技術も、流れ者である故に、土地勘も、知り合いも何もない。黄金不死鳥、そしてアカネの件がなくとも、どのみちウルは生きるための力が必要なのだ。
力を手に入れる。生きていくための力を。アカネと幸せに生きていけるだけの力を。
ウルは自身をそう鼓舞する。少なくとも、隣のシズクの前向きさくらいは持っていなければやっていけないだろう。
「おーし集まってんなクソども」
そこへ、訓練生たちの不安の大本であるグレンが満足げに声をあげる。不安と恐怖の視線を一斉に浴びながらも彼はどこか平然と、気にする様子も見せずに訓練生一同を眺めた。そして一言
「お前らにはさっそく迷宮にもぐってもらう」
「ちょっと待て」
即座に待ったをかけたのはウルだった。
「なんだクソガキ」
「早ない?」
迷宮に潜るための力を付けるつもりだったのに即日で迷宮に突撃をするというのは流石に想像していなかった。
「普通こういうのは、基礎訓練の指導みたいなのから始めるものと思ったが」
「ここいらグルグル走り回ってたって迷宮に潜れるようにはなんねえよ。迷宮を学びたきゃ迷宮に行け。魔石を稼げ。指導代としてギルドで搾取するから」
「クソみてえな理由が聞こえたんだが」
条件付きでタダ
というロッズの言葉をウルは思い出した。条件とはつまりこれか。全然タダでも何でも無いじゃ無いかあのアマとウルは思った。当然、ウル以外も不満を持ったのだろう。落ち着いていた不満の声が再び湧き上がった。
「てめえふざけんな!ろくな指導もしねえ!迷宮の稼ぎは減らしますだ?!だったら訓練所なんて今すぐ辞めててめえで迷宮掘りに行くわ!!」
極めてごもっともな意見ではある。指輪のご褒美が無ければ彼らは今すぐにでもここから立ち去っていたことだろう。ウルとて、本当にこれからまともな指導が受けられないならそうするつもりだ。
グレンもまたその罵声をきき、なるほどと頷いた。
「んじゃ、こうしよう。この中で最も魔石を取得出来た奴に指輪をくれてやる」
次の瞬間、文句の声をあげていたならず者達は一斉に飛び出していった。凄まじい速度で、訓練所を飛び出し、ウルは取り残された。
「…………馬の鼻先に吊り下げる人参みたいにつかっていいのか、その指輪」
「使えるものは使う強かさがうんたらかんたらなんだよ冒険者」
「せめて最後まで言い訳頑張れ」
「で、お前等はいいのかよ」
お前等、と言われてウルは隣を見ると、シズクもまたウルの隣に居る。彼女も残ったらしい。まあ、それはいいとして、ウルは溜息をついた。
「どうせ指輪をやるつもりなんてないんだろ?」
「そりゃそうだ。誰がやるかあんなバカどもに」
講師役失格としか思えない台詞を平然とのたまいながら指輪を指で弾く。名無し達が喉から手が出るくらいにほしがるものをオモチャのように…、と思いつつも、グレンの言うことに内心で同意もしていた。あのチンピラ達があのまま冒険者の指輪を獲得し、都市の中に蔓延るようになるのは正直いやだ。
「では、これはあの方達の
今度はシズクが問う。
やや物騒な言葉の響きに、グレンは楽しげにケラケラと笑った。
「そだよ。よくわかったな」
「皆様、とても元気が良さそうで、話を聞かなそうでしたから」
「から?」
「落ち着いてもらった方が良いかなと」
グレンはソレを聞いてケラケラと笑った。そしてしげしげと興味深そうにシズクを眺めた
「変な女だな。なんで冒険者なんかになろうってんだ。
「強くなりたいのです。一刻も早く」
その言葉にある強い意志は隣に居るウルにも感じ取れた。グレンは「面倒くさそうだな」と鼻を鳴らした。
「もっとも、名無しなんて大概、ヒザにキズ抱えてる奴ばっかだがなあ。んで、都市の外に居るから、野良のちっせえ迷宮なんかを既に経験済みな事も多い」
なるほど、とウルは頷く。ウル自身も迷宮探索の経験はある。アカネの一件で迷宮で魔石採掘として働かされるよりも前から、その日のメシを稼ぐため、何度か迷宮の出入り口で剣を乱雑に振り回し、魔物から魔石を奪ってその日の飯の種にしたことはあった。
「だから、そういう奴らは自信満々で、迷宮のことを侮って、つけあがる。んでそう言う奴らほど死亡事故やトラブルを起こしやすくてな」
「だから鼻っ柱をへし折ると」
「そゆこと。こっちの監視下でな。一度自信失えば少しは慎重になるからな」
とてつもなく乱暴な人格矯正法だった。こんな真似を冒険者ギルドがやってるのかと呆れもしたが、冒険者らしい扱いということなのかもしれない。
「そうすりゃ、適度に自信をなくして、ビビって、浅い層で毎日毎日魔石を取っては都市に還元する都合の良い奴隷が出来あがるっつーわけだ。頭良いだろ」
いややっぱひっでえわ。
「一回の挫折で心折れるような奴はその程度だ。死なないようにセーフティ強いてやっただけありがたく思えっての」
「最初から成功するかもしれんぞ。迷宮探索。余計自信を付けるかも」
「最初から上手くやれる奴らならそれでいいんだよ。【大罪迷宮】の上層くらいなら上手くやれる”腕”と”頭”があるって事だからな……そんな奴ばかりなら俺も楽だ」
グレンの言葉は何処か確信めいていた。大罪迷宮。実際ウルも大罪迷宮に足を踏み入れるのは初めてだ。さっきのチンピラまがい達も初めてだろう。現存する迷宮の中でも最も巨大な規模となる大罪迷宮。それらは全て大連盟及び、”都市の政治を司る神殿の管轄”で有り、冒険者ギルドを通さなければ立ち入れないのだから。
しかし冒険者として成り上がるなら、避けては通れない。
「さて、てめーらもとっとと行けよ。」
「折っておきたい鼻柱なんて存在しないが」
ウルがそう言うとグレンはうるせえとウルの額を小突いた。痛かった。
「指輪目当てでも無く訓練所にのこるっつー事は、殊勝なことに強くなりてえんだろ?」
頷く。隣に居るシズクも同様に頷く。
「なら1にも2にもまず迷宮に行くしかねえんだよ。実戦しろ。死線を越えろ。魔力を喰らって血肉に変えろ。戦い方の指導なんてその後だ。行け」
そう言ってグレンから蹴り出され、ウルとシズクもまた、大罪迷宮グリードへと向かうのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
迷宮都市グリード 行軍通り。
かつて迷宮からあふれ出んとした魔物たちを抑え込むため毎日のように迷宮へと軍隊や冒険者たちが突入を果たしていたころに付けられたその名だが、現在はそのような光景は見られない。迷宮探索家の増加、結界術の発達に伴い、迷宮から魔物があふれ出る心配がほとんどなくなったからだ。
代わりにこの行軍通りにはさまざま店舗が立ち並び、日々激しい活気に包まれている。迷宮から算出される豊富な資源、それらの加工品等が立ち並ぶこの通りは大陸随一の商店道と言えるだろう。
~イスラリア大陸の歩き方~
行軍通り
かなりの広さの大通りなのだが、そうは感じられない。立ち並ぶ商店、露店、それらを目当てに集まるたくさんの人々でごった返しているからだ。それもただ人通りが多いというのではなく、そこには凄まじい人の熱気が溢れかえっていた。
露店を張る商人たちが道行く人々に声を張る。その凄まじいエネルギーは熱気となって、道行く人々に当てられ、それが更なる熱気へとつながり、全体の活気と熱気へと変わっていく。
ウルは放浪の間、様々な都市を巡っては来たが、此処ほど活気のある場所は見たことはなかった。大罪迷宮を中心とした複数の迷宮から流れ込む莫大な魔石が産業を高めヒトを呼び、活気と金を生む。尽きぬ魔石によって夜も照らされ、住まうヒトは欲望に酔いしれる。
大罪都市グリードとはそう言う都市だ。この通りはその縮図のようだった。
「皆様、元気で、とても活気があるのですね」
「伊達に大罪都市の一つじゃないからな」
となりで歩くシズクののんびりとした感想にウルも頷く。活気があり、
「元気がありませんね?」
「正直に言って憂鬱だからな。冒険者になるハメになるとは」
「お嫌いですか?冒険者」
「嫌いで苦手だ。金好き酒好き暴力好き。下品な刹那主義者。関わりたくない」
昔から、冒険者という生き物に対して純粋な生理的嫌悪感をウルは常々感じていた。彼らが根っからのろくでなしばかりで無いと言うことは勿論知っている。時としてウルやアカネを気遣ってくれるような心優しい冒険者に助けられたこともある。誰もがアホでバカではないとウルは知っている。
要は、それとは別に、ただただウルが冒険者という存在が苦手なのだ。堅実な人生をと願う彼にとことんそぐわぬ生き方であるような気がしてならないし、実際にそうだと思う。命を賭けて魔物達と切った張ったする生き方は、刹那的だ。
「そんな冒険者になるのですね」
「いやだなあ…………」
改めてシズクから指摘され、ウルはへこんだ。大変に辛い。
「で、お前は?強くなりたいのは分かったけど、なんで強くなりたいんだ?」
迷宮での殆ど事故みたい出会いから、何故か同行し続けている羽目になっているが、肝心要の彼女の目的については全くもって分からないままだ。恵まれすぎている容姿も捨てやって、兎に角強くなりたいと言うことしか分からない。
質問に対して、しかしシズクは困り顔になった。
「申し訳ありませんが、あまり私の事情は説明できないのです」
「そうか。まあそれならいい」
ウルは彼女の言葉に納得し、会話を切った。すると今度はシズクが首を傾げる。
「いいのです?」
「喋りたくない事情に首突っ込んでも得なんて無いだろ」
コッチの事情に踏み込むな。
という奴はウルは結構知っている。彼らは犯罪者だったり、【神殿】の法に触れるような所業をしていたり、様々だった。結果、距離の取り方をウルは学んでいる。聞くなと言われれば聞かないし、問わない。踏み込まない。彼にとって何時ものことだった。
しかしシズクにとっては違うらしい。彼女は顔をほころばせて笑った。
「ウル様はお優しいのですね」
「こんな事に優しさ感じられてもな」
ニコニコと嬉しそうな笑みを浮かべるシズクにウルは不安を覚えた。
「ダメですか?」
「いちいち恩を感じてたらそのうち騙されて売られるぞ」
冗談では無くマジだ。今の時代、ヒトの売買は決して珍しくはない犯罪の一つだ。都市の中は安全だが、大連盟法に守られない都市の外ではそのような犯罪も起こりうる。都市の中で安全にうつつぬかしていた都市民が気がつけば都市の外で奴隷になっていた、なんて話も珍しくは無いのだ。
ましてシズクは容姿の恐ろしく整った女である。誘拐されるリスクは十分ある。
ウルがそう説明するとシズクは納得したように頷いた。そして、
「では色々と教えていただけますか?」
「は?」
「ウル様ウル様、あの出店は何を売っているのでしょう?」
なんで俺が?と聞き直す間もなく、シズクはキラキラとした眼で通りに開かれる出店を指さしてウルに問うた。ウルは一瞬無視しようか悩み、沈黙し、彼女の目を見て、唸った。そして諦めたように溜息をついた。
「……子供の駄菓子だよ。ミナっていうやわい果実に蜜塗って焼いてる」
「あちらのなにかキラキラと輝いてるのは?魔道具?」
「玩具だよ。空にかざすと七色に光る。万華光とか言ったか」
「あちらのうねうねとしているのは」
「……大人の玩具だな。表で売るなよあんなもん。あ、しょっぴかれた」
「まあ」
そんなこんなで、二人でまるで観光のような会話を続けながらも、通りを進んでいった。
そして間もなくして、彼らの目の前に大罪迷宮グリードが姿を現すのだった。
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