【完結/短編】今さら戻ってきてくれとか言わないでくれ。もう遅いから。こっちはタイムがかかってるんだ。くれぐれも悪質な遅延行為を繰り返すな。世界滅亡阻止RTA走者の俺の邪魔はよせ

作者: 稲荷竜

本作は短編で完結しています。

『1話目だけ掲載』とか『反応がよかったら連載にする』とかはいっさいありません。

「お前は追放だ」


「わかった」


 素直に応じたら持ちかけた方がおどろいた顔をするもので、少しだけ笑ってしまう。


 すると俺の笑いが気に障ったのか、わかりやすく『気に入らない』という表情を作ってそいつは続けた。


「今日中に荷物をまとめて――」


「まとめてある」


「……じゃ、じゃあ、そのなんだ」


「もういいな?」


「……あ、ああ」


 承諾されたのを待って、すでにそこに置いておいた荷物を肩から提げて宿舎を出て行く。

 振り返れば思い出の詰まった宿舎がそこにあるはずだが、振り返るとタイムロスが発生するのでそのまま歩いていく。

 本当は走り出したかったが、走るとルート分岐が発生するので、あくまでも急いでいるように見えない速度で、しかし可能な限り素早く歩いて街から出ていく。


 ――さて。


 百三十六周目(・・・・・・)だ。


 この追放ループを抜けるために、今度の周回は可能な限り迅速に結末へとたどり着き……

 今度こそ、世界の滅亡を防ごう。



 このループ能力に気付いたのは三周目ぐらいのころで、どうやら二周目の俺はエンディング到達特典に『記憶の引き継ぎ』を選んだらしい。

 追放シーンから始まり、世界滅亡で終わる俺の『ループ』は、どうやら俺の選択次第では滅亡を避けられるらしいことが判明している。


 これまでも色々やってみたが世界は破滅したので、今回はなるべく早く世界滅亡フラグを立ててしまおうという腹づもりだ。


 さて、パーティから追放された俺は真っ先に故郷に向かった。


 これは一周目からやっていたことで、故郷に向かうという選択をしないとそもそもそれ以降の世界滅亡イベントが発生せず、六十六日後に俺のまったく関知しないところでいきなり世界が滅ぶのがわかっている。


 なので可能な限り急いだ。

 ステータス引き継ぎの特典を選んでいるので、馬車や馬を借りるより走った方が早い。


 この『特典』だの『エンディング』だのいう耳なれない概念は、俺に世界滅亡阻止を託した神様がつけてくれたものだ。

 これを駆使してなんとかしろ――それ以外はノーヒントだが、何度失敗したってやり直せるというのは俺の感性に合っていた。


 さて、故郷に帰った俺は両親に『ただいま』を告げるより早く幼馴染の家に向かった。

 時刻はもう夜だ。農村の夜は早く、朝はもっと早い。

 幼馴染はもうとっくに寝ているので、俺は気配遮断スキルでこっそり幼馴染の家に侵入(この農村では家に鍵をかけることがあまりない)、寝ているベッドまで近寄った。


 そして幼馴染を起こす。

 この時、ゆさぶったり肩を叩いたりすると「うーん、むにゃむにゃ」とかふざけたことを言うばかりでまったく目覚めようとしないので、起こす時にはベッドに体をこすりつけるようにしながら肩に手を置いてガクガク震えてやると、効率よく幼馴染は目を覚ます。


「うわっ⁉︎ なに⁉︎ え、君、まさか、五年前に村を出て行った――」


「無駄なことをしゃべるな。タイムがかかっている」


「――は?」


「ただいま」


「え、あ、お、おかえり?」


 ヨシ。


 これで俺が村に帰ったフラグが立ったので、次の行動を開始する。

 もう村内に用事はない。

 さっそく幼馴染の両親を起こさないように気をつけながら、家から出て行く。起こすとイベントが発生してロスになるからな。


「え、ちょ、ちょっと、なに? なんなの⁉︎」


 答えている暇はない。

 疑問の解消はタイムより軽いから。



 村の近くには不気味な洞窟があって、ここに魔王の魂が眠っている。


 世界の滅亡はこの魔王の魂を幼馴染がうっかり目覚めさせ、体の中に取り込み、魔王になってしまうことが原因だ。


 しかしこの洞窟内の魔王の魂がある場所には選ばれた者しか入ることができず、さらに俺は選ばれていない。


 なので魔王の魂の間に続く壁に体をこすりつけながら下を向き、ジャンプを繰り返すことで扉の内部に浸透する。

 この行為を専門用語で『バグの利用』と言う。


『フラグ』だの『バグ』だのは神の知識だ。

 神は基本的にヒントを与えてはくれないが、この世界でただ生きているだけでは想像もしなかった理外の力があることは教えてくれた。


 もっとも、このバグというやつはいつでもどこでも利用できるわけではない。

 特定の場所で特定の行動をとらなければいけないことがほとんどで、その発見のために五周ほどループを費やす羽目になった。


 扉の内部にバグで浸透した俺は、だだっぴろい石造りの空間の真ん中に、魔王の魂が封じられた宝石を発見する。


 どす黒い拳大の宝石だ。


 俺がそれに触れた瞬間、急に背後に出現する者があった。


 それは――家で寝ていたはずの幼馴染だ。


「ふえっ⁉︎」


 わけのわからない状況に困惑の声をあげている。

 最初は俺も『人がいきなり転送されてくる現象』におどろいたが、今ではこれは『フラグスキップによるイベントの強制進行』というものだと理解している。


 俺がこの空間に入り『魔王の魂』に触れるには、幼馴染が絶対に不可欠だ。

 しかし、幼馴染なしでバグによる浸透をした結果、因果が逆転し、『幼馴染が不可欠の状況にいるなら、そこには幼馴染がいる』というふうに世界が解釈する。

 結果として幼馴染が生える。


「え、なに、なんなの? ここはどこ?」


 さて、幼馴染が『魔王の魂』に触れると幼馴染魔王化イベントが発生する。


 フラグには『無視できるもの』『無視できないもの』『無視してもいいが、そうするとイベントが進行しないもの』『本来は無視できないが、バグ利用などによりスキップできるもの』が存在する。


 俺はパーティを追放されたあと故郷の農村での生活を始め、その中で幼馴染と仲良くなり、交流していくうちに、なんやかんやで幼馴染の家系に眠る不可思議な血とか、この村の一部の家にのみ伝わる魔王封印伝説とかを知り、二人でここに来ることになる。


 もちろん幼馴染と交流を深めないルートもあり、そこでは幼馴染が勝手に魔王になるのだが……


 ともあれ、どのルートにおいても、幼馴染の魔王化は必須だ。


 魔王の魂が封じられた宝石を持ち逃げしたこともあったが、時間制限である六十六日が来ると自動的に宝石は幼馴染のもとに転送され、魔王に目覚めた幼馴染が世界を滅ぼし始めることになっている。


 なので、俺は手にした宝石を幼馴染に押し付けた。


「え、なに、なに、なんなの⁉︎ プレゼント――⁉︎ か、体が、熱い……⁉︎ 頭の中に、知らない人の声ッ……⁉︎」


 このまま幼馴染をしゃべらせておくとタイムロスなので、素早い当身(あてみ)で意識を刈り取った。


 床に倒れ込む前に体を支えて抱き上げる。


 俺が渡した宝石はすっかり消え失せていた。幼馴染の中に吸収されたのだ。


 このルートの場合、しばらく幼馴染の魔王化はなく、その兆候が現れ出したころに『ひょっとして……』と魔王化するかもしれない(その情報は正規のルートでこのイベントを起こすころには集まっている)と怯える幼馴染をなだめつつ、魔王の魂の新しい封印先を探していくことになる。


 その際に幼馴染を連れ回すことになるのだが、幼馴染はステータス引き継ぎループをしていないのでクソ弱く、そしてすぐに疲れて足を止めるし、なにより死なせてしまうとその時点で問答無用で世界滅亡だ。


 その存在は魔王以上の敵として俺の旅路に立ち塞がる。


 この邪魔者を伴わずに魔王をどうにかする方法を探ることが、攻略速度アップのためには不可欠なので、幼馴染のHPをとりあえずこうして1にしておいて、しばらく家で寝込ませておくことで、幼馴染を伴わない冒険が可能となる。


 とりあえず幼馴染を家に帰したあとで冒険を始めることとする。

 帰り道は扉を開けるための鍵を抱き上げているので、バグ利用で脱出する必要はない。



 なぜか俺の冒険にはお使いが数多く発生するので、モンスターからのアイテムドロップと金策が必要になる。


 金策についてはすでに安定した方法を編み出しているのだが、モンスターからのドロップは運勢が大幅に絡むので、これをいかに早く終わらせられるかが本世界滅亡阻止の冒険の鍵となる。


 三日かけて必要アイテムが集まらなければ、その周回はあきらめて、レベル上げやバグ探しに移行することにしている(十敗)。 


 ただ、レベルももう頭打ちだし、バグもさほどタイム更新につながるものが見つからないので、可能なら運勢に恵まれたいものだが……


 さて、今回はなんと、二日ほどですべてのアイテムをそろえることができた。


 中でも必要なのが『スライムの核』と呼ばれるもので、これを十個ほど確保しないとこの先の冒険で必要なぶんの金銭が確保できない。


 俺は王都に戻るとスライムの核を十個まとめて売却し、そこでありったけの回復ポーションを買った。

 そして、その店で出入りを繰り返す。


「いらっ、いや、なんだよアンタ」


「アンタほんとなにしてんの⁉︎」


「入りたいのか入りたくないのかどっちだよ⁉︎」


 十回ほど出入りをすると、店主に顔を覚えられる――そう、『常連』判定が出たのだ。


「もう、とっておきの店を紹介するから、店の入り口でむやみに出入りを繰り返すのをやめてくれないか⁉︎」


 こうして『隠しショップ』を紹介され、その店に出入りするフラグを立てることに成功した。


 すぐさま走って隠しショップへ向かうと、先ほど購入した回復ポーションをすべて売る。


 すると、出るのだ――ポーション一つにつき、2の利益が!


 一つ一つは薬草一枚ぶんにも満たない利益だけれど、これを繰り返すことで億万長者になれる。


「あの、ウチは掘り出し物とか扱ってる店で……その……」


 普通の冒険をするならばこの店の掘り出し物は役立つと思う。


 俺は必要なぶんを稼ぐべく、ポーションを売ったら走って前の店に戻り、またポーションを買えるだけ買って隠しショップで売った。


 ここで安定をとるならばさらにあと十五回ほどポーション貿易を繰り返すのだが、今回は攻め進行でいくので、七回で止めておく。

 すると回復アイテムを買うことができなくなるのだが、ステータスに甘えて回復を省こうという進行だ。さて、その結果、タイムはどうなるか……


 俺は先の店に戻り、今後お使いで要求されるアイテムをあらかじめ買うと、すぐさま次のイベントに向かう。


 ここからは冒険者ギルドで依頼を受けたり、街の人の困りごとを解決したりするだけの、平穏な時間が続く。



 さて、王都においてお使いをこなしていくと『冒険者貢献度』が上がり、特殊な依頼を回してもらえるようになる。


 その中には魔王封印の鍵となる様々な依頼もあるのだが……


 こういった依頼をこなしていくと、以前に俺が所属していたパーティとの競合が発生し、連中にからまれるイベントが起こるのだ。


 だが、このイベントの発生を防止する方法がある。


 俺は俺を追放したパーティがクエストに向かうタイミングで、彼らの通る道に罠を仕掛けた。


 ちょうど崖を通る時に爆発する時限式の魔法が発動する。

 ただそこに仕掛けておいても回避されるので、お金を確保して隠蔽用の護符を買っておく必要があったんですね。


「あああああー⁉︎」


 落ちろ! ……落ちたな。


 死んではいない。

 魔王戦において彼らにはセリフが割り当てられているので、その時にはなにがあっても復活する。


 この高さだ……なぜ助かる……


 ともあれエンディングまでは行方不明になってくれるので、邪魔をされることもなく、特殊クエストをこなしていくことができるようになった。



 さて、魔王復活は最も遅くて俺が追放されてから六十六日後なわけだが、今回の進行ではこれを十日ほどで起こしてしまおうという目標を持って行動してきた。


 九日目になり、いよいよ明日に最終決戦をしたい時期だ。


 俺は特殊クエストや街のお使いなどであつめた大量の『重要アイテム』を持って、幼馴染のもとへ戻った。


「あ、ほら! 実在したよ! お父さんも、お母さんも! 私、夢で見たわけじゃなかったでしょ⁉︎ ちゃんといたんだよ! それで、会ったの! 夢じゃなくて!」


 セリフ終わりを待たずに、俺は手にしたアイテムを幼馴染へ次々に放り投げていく。


「えっ、ちょ、なに⁉︎」


 おじさんもおばさんも『どうしたらいいかわからない』という顔でこちらを見ているが、かまわず放り投げていく。


 するとアイテムの大半が幼馴染の体に吸い込まれるように消えていく。


「なに⁉︎ なにしてるの⁉︎ なにが起こってるの⁉︎ ――ッ、ま、また、知らない人の声が、頭に……⁉︎」


 すべてのアイテムを放り投げ終わるころには幼馴染が苦しみ始めるので、それを確認したら幼馴染の胸に剣を突き立てます。


 本来は聖剣を手に入れてからこなすべきイベントなのだけれど、これは普通の剣でも発生することが確認されている。

 聖剣フラグをまるまる飛ばせるので画期的なタイムの更新が見込めるというわけだ。


 さて、剣を突き立てられた幼馴染が紫色の光を放つ。

 ここからは(幼馴染の意識を絶っても)飛ばせないイベントが開始されるので、復活した魔王の話を聞き流しつつ、飲み物などを飲む。

 この九日間不眠不休飲まず食わずだったので、さすがにそろそろ水ぐらい飲みたかった。

 もちろん細々と休憩時間はあったけれど、トイレに行くとタイムロスなので、なかなか水を飲んだりするわけにもいかなかったのだ。


 さて。


 今までの周回ではここからの展開で世界を滅亡させてきた。


 避け得ないこと――かと言われると、そうでもない。


 これまでの周回で、俺は、世界をみすみす(・・・・)滅ぼしてきたのだった。


 幼馴染が紫色の光に包まれ、その姿を魔王へと変貌させていく。

 片田舎の農村で起こるにはあまりにも荘厳なイベントが進行していき、完全に魔王の姿となった幼馴染が、不敵な笑いを残して、俺の目の前から消え失せた。


 転移だ。

 バグではない、まっとうな転移――魔王のみが使用できる古代魔法だった。


 さて、これで魔王を殺せば、クリアとなる。

 そして俺は今までのループで、一度だって魔王を殺せたことはない。


 実力が及ばないとかではなく、殺す条件が整っていないわけでもない。

 ただ、あの魔王を殺すと、幼馴染も死んでしまうから、殺せなかっただけだ。


 だが今回は今までの周回と違うことをしている。


 早解きクリア。


 というのは、実のところ、副産物で。


「おじさん、おばさん」


 そこでまだおどろいた顔をしている、幼馴染の両親に声をかける。


「今の奇怪な行動で、俺がすべて知っていることはわかってもらえたと思います。俺は魔王を殺すために、この人生を百回以上やり直しました。お二人が魔王復活を目論んでいたことも知っていますし、その野望を砕くのは難しくありません。だから、教えてください。魔王だけ(・・)を殺す方法を」



 そこ(・・)以外をほぼすべて調べたので、情報があるならそこ(・・)だろう、という臆断だった。


 おじさんとおばさんにも、『理由』があった。

 そもそも、幼馴染の一家はとうに滅びた魔王から『我を蘇らせよ』という呪いを受けて生まれるようだった。

 ある程度の年齢になるとその使命に目覚め、行動を開始する。


 そうして『ある程度の年齢』になったおじさんとおばさんは、娘の依代としての適性を見出し、娘をやんわりと魔王の魂が封印されている場所に向かわせ、その肉体を使って呪われた使命を果たす――というのが、世界滅亡の原因だ。


 では、おじさんとおばさんを殺しておけば、魔王は復活しないのか?


 それは、たしかめていない。


 だって、世界が何度滅んで復活しようとも、親しい人をこの手で殺すことはできなかったから。


 俺は、助けたかった。


 何度やり直してでも、幼馴染も、おじさんも、おばさんも、助けたかったのだ。

 殺したルートで世界滅亡を阻止して、そのままループが終わってやり直せなくなるような事態は避けたかった。


 さて、早解きクリアをがんばったおかげで、おじさんとおばさんを説き伏せるだけの説得力は出たようだった。


 二人の中にある呪いは魔王復活をあきらめるしかないと悟り、二人の自我を解放した。


 そして、俺はついに、正解を引けた。


 王都に転移した魔王に立ち向かう。


 そこにはかつての仲間たちもいたし、お使いでかかわった人たちもいた。


 唐突に出現した魔王や魔物たちに追い詰められていた人たちを救って、それから魔王に近づいて、抱きしめた。


 本来、このルートでは、俺と幼馴染の関係は進展している。

 魔王になっていく幼馴染を励まし、応援し、幼馴染が完全に魔王にならないように手を尽くしていくというフラグをこなしていく必要があるからだ。


 しかし、今回は様々なものをスキップしたせいで、俺たちのあいだには特になにもない。


 だが、時間がもったいないのでキスをした。


 するとどうだろう、俺の聖剣に(聖剣は持っていない)魔王の魂が吸収され、幼馴染がみるみる元の姿に戻っていく。


「……あれ?」


 きょとんとする幼馴染。消えた魔王。


 これが世界滅亡阻止真エンド、『ふたりは幸せなキスをして終了』だった。


 もっとも、別に終了はしていない。


 なにせループを抜けた俺には魔王幼馴染がやってしまったことの後始末とか、これまでの奇行で失った信頼の回復とか、おじさんとおばさんへの様々な言い訳とか、まだ済ましていない両親への『ただいま』とかが色々ある。


 終わったのはループだけ――なぜかそういう確信がある。


 だから、これからは世界の滅亡とかそういうものは気にせずに、立て損ねたフラグを、少しばかり慎重に立てていこう。


 今さら時間を戻してほしいと願ってももう遅い。

 これからはやり直しのきかない人生が始まるのだから。

面白いと思ったら星が欲しい(激うまギャグ)