錬地5号にて 3
つい今しがたまで二人が立っていた場所が黒煙を上げている。何かがぶつかり、燃えたように見える。
読真は今の動きで負荷がかかってしまった足を思わずさすった。ぬるりとした感触が掌をつたう。
(結構、出血したな)
後、わずか200m。それがとてもつもなく遠く感じる。緊急脱出通路のサインボードを確認してから、周囲を見渡した。神経を研ぎ澄まし、空気の揺れを追う。
二人が身を寄せた木から20mほどのところに、ふわりと黒い影が降り立った。
人、のように見えるが、縮尺がおかしい。おそらくは4mほどの大きさだろうか。そして腕は両脇から二本ずつ生えており、髪の毛はまるで意志を持っているかのように広がってざわざわと蠢いている。
顔とおぼしき所には大きな目がひとつ。鼻も口もない。その大きさに見合った緩慢な動きで四本の手をバラバラに動かし、掌から赤白い熱線を繰り出して当り構わず焼いている。バシュッバシュッと地面や雑草が燃え焦げる音がする。そしてその熱線はすぐに二人が身を潜めた木にも降りかかってきた。
だがとっさに立ち上がれなかった読真は、真秀を抱え込んだまま横に転がって直撃を避けた。問答無用で真秀とともに転がったせいか、真秀から「ぐっ」という声がした。どこか傷めたのかもしれない。
「悪い、大丈夫ですか」
「いや、助かった」
真秀の息が少しだけ整ってきたようだ。見れば闘筆を握っている。軸先に針が仕込んであるタイプの闘筆だ。真秀は親指をその針に突き刺した。たらりと赤い粒が滲む。迷うことなく穂先でその赤い粒を吸い取った。それを見て読真は思わず闘筆を握った真秀の腕を掴み止めた。
「何を!?今、血封字など使えば」
「読真、怪我、してる」
絞り出すような真秀の声だった。真秀は顔を上げて真っ直ぐに読真の顔を見つめた。目は澄んで固い意志に彩られている。
「怪我の事、気づかずに無茶やった、俺が悪い。‥死ぬ気は、ない、」
「‥怪我の事を軽く見てあなたに言わなかった俺も悪いんです。‥作戦は?」
そう会話している間にも、大型異生物は熱線を繰り出し続けている。二人はお互いを抱え込みながら転げまわって攻撃を何とか避けた。転げまわりながらも少しずつ出口の方に近づけるよう周りを見ながら。
「‥あいつは、あまり早くはなさそうだ。血封字で動きを止める、が、多分昇結はできない。だから、さっきの封字紙を、使ってくれ。‥封殺できるかわからないが」
そう言いながら真秀は身体を起こし、血封字を書き始めた。
「塊置総躯」
ふわりと浮かんだ赤い封字を見ながら、弓字幹を掴み、祈念する。赤い封字が弓柄のあたりでビシンと固まり、赤い血矢が浮かび上がる。
それを横目で見ながら、読真も字柄に親指を滑らせた。闘筆に血を吸わせ、自分も血闘字を書き出していく。
「削体玉緒」
ふわっと血闘字が浮かんで字柄の上にのり、字柄血刀が形成された。
読真が確認のために真秀に向かって囁いた。
「まず字通が血矢を射って下さい。その状態を確認してから俺が字柄血刀で相手の体力を削げるだけ削ぎます。その間に、字通は出口の方へ死ぬ気で走ってください。近づいたのを確認したら、封字紙を使います。その時タイミングを合わせて祈念、封殺に持ち込む」
「わかった」
「俺があちらへ行くから合図したら射ってください‥行きます!」
痛む足を叱咤しながら読真は飛び出した。できうる限り出口の方に近づけるよう走る。急に現れた獲物に、大型異生物は集中して熱線を浴びせてきた。音を頼りに必死に避けるがやはりいつもよりは動きが鈍く、肩口を少し焼かれた。構わず出口まであと100mというところまで移動し、大きな木と盛り上がった土の陰に滑り込む。
そして真秀の方を見て、目で合図をした。その読真を確認した真秀は、弓を構え血矢を異生物に向けて放った。ひゅう!と音を立てて血矢がぐさりと異生物の腰辺りに深々と刺さる。異生物が<ルアアアア!>と異声を上げた。鼓膜を揺さぶられるような不快感が身体を襲ってくる。奥歯を噛みしめ必死に耐えながら、真秀は祈念した。血封字のせいでどんどん気力と体力が削がれていくのがわかる。くらくらと眩暈に襲われながらも懸命に祈念を続けた。そのかいあって、異生物からの熱線攻撃が止んだ。四本の腕を振り回し、辺りの地面や木々を手当たり次第に切り裂きながら苦しんでいる。
それを確認して真秀は祈念を続けながら、這うようにして出口を目指した。そして読真は、このタイミングで異生物の後ろへ回り込み、字柄血刀を大きく振りかぶって自分の体重を乗せながら飛びかかった。
異生物の背中がじゃく!と鈍い音とともに深く斬り裂かれた。斬られた傷からしゅうしゅうと黒い靄のようなものが立ち上る。あれはいわゆる瘴気のようなもので人体には害がある。それを吸わないように気をつけながら、足を引きずり異生物から離れる。真秀の方を見れば、何とか出口まであと50mほどのところまでは移動できたようだ。二人で目を合わせてから、読真は封字紙を取り出した。字柄はもう使えないのでしまっておく。
(だめもとだ)
親指の傷をぐっと押してもう一度血を出し、封字紙に吸わせた。そして異生物の方に投げつける。封字紙がふわりと光って大きな陣を浮かび上がらせた。と、その瞬間先ほど垂らした血のせいか地面に引きずり込まれるような重さを感じた。ぐっとこらえようとしたがこらえきれず、思わず膝をつく。
それを見た真秀が思わず駆け寄ろうとしたが、足が立たない。だが封字紙が機能しているのを見て、まずは封殺が一番だと祈念をする。真秀からの祈念を感じて読真も祈念しようとした時、異生物が苦し紛れに大きな腕を読真の身体をめがけ横薙ぎに振り払った。
「ぐあ!」
その威力に読真の身体が吹っ飛ばされ、奇しくも真秀が潜んでいた場所のすぐ近くまで転がされる。土と砂利の混じった地面に叩きつけられ、身体のあちこちに鋭い痛みが走った。
「読真!」
真秀が近寄ろうとしてくる。かすむ目の端でそれを見た読真は、それを制止しようと思うが声が出ない。重い腕をわずかに上げて、来るな、と合図した。きねん、と口を動かして異生物を指さす。それを見た真秀は、動きを止め異生物の方へ向き直り祈念を始めた。
読真も重い瞼をこじ開けながら異生物を睨みつけ、祈念を続ける。どんどんと体力が削がれていく。‥だがその分、封字紙は働いているということだ。希望は持てる。
祈念の波が二人合わさった感覚がした。それぞれ掠れ声で叫んだ。
「「闘封!」」
封字紙の陣がふわ、と光った。だが、この光り方ではおそらくまだ足りない。祈念し続けながら真秀の方を見る。真秀は力強く頷いた。一か八か、やってみる気らしい。
気力が練り上がった。祈念の渦が陣の上で固まる。
真秀の声が聞こえた。
「封殺!」
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