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錬地5号にて 2

異生物が消えた空間を確認して、ふう、と読真は大きく息を吐いた。思ったよりも消耗した。いきなり六体の相手はきついものがある。しかも一体はその存在を掴めていなかった。もし、真秀がいなかったら。腕の一本くらいは持っていかれていたかもしれない。

礼を言うべきだろう、と真秀の方に向き直ると、そこには地に伏し倒れている真秀の姿があった。驚いて近くに駆け寄る。腕を掴んで起こしてやれば、はっはっと荒く短い息を何度も繰り返している。

「大丈夫ですか?体力が尽きましたか?」

自分の身体で支えるようにしてやれば、ぐったりとした身体全体を読真に預けてきた。その身体は衣服の布越しでもわかるほどに熱い。発熱しているのか、と真秀の顔を見れば、頬を赤くしたまま目は半分閉じられていて意識が朦朧としているようだ。

あれだけの大きな陣の昇結に加え、読真のフォローとして別の封字を書きそれを身矢にのせて飛ばすという荒業までこなした真秀である。おそらくは相当に消耗しているに違いない。吾妻袋から水を取り出し、真秀の唇につけてやる。最初はたらたらと唇を伝って流れるばかりだったが、そのうち水を意識したらしく少しずつ喉が動いているのが見えた。それを確認して、もう一度声をかける。

「字通、大丈夫ですか?‥この後も鍛錬が続きますが」

衛門(えもん)の姿が見えないということはこの近くで様子を見ているということだろう。あの酷似次元異生物(ようかい)は、体力が尽きたからといって鍛錬を中断してくれるような生易しい生き物ではない。そもそも人間とは違う条理の中で生きているものなのだ。

もし、無理そうであれば緊急避難通路を使って脱出するしかないが、ここから一番近い通路入り口まで五分はかかる。‥五分は衛門にとって十分すぎる時間だ。そんなことを考えながら読真は軽くぴたぴたと真秀の頬を叩いた。

「意識はありますか?」

真秀がようやくうっすらと目を開けた。水にぬれた唇がわずかに動くのが見えた。細い声に耳を近づける。

「わり、い、ちょ‥うご、けねえ」

鍛錬が始まってまだ一時間も経たないというのに、この男は全ての体力を使い切ったのだろうか。‥その原因の一つとして自分の迂闊さもあると思い出した読真は、思わず出そうになったため息を呑み込んだ。

「歩くのも難しいくらいですか?」

「今、は、無理‥」

それだけ言って真秀は浅く短い息を繰り返す。目を閉じている顔は紙のように白くなっている。冷や汗のようなものが顔周りに浮かんでいるし、かなり具合が悪そうなのは見て取れた。

だが、読真自身先日の対異生物戦で負った足の傷が開いている。普段であれば多少の距離ならこのでかい真秀の身体も多少運べたかもしれないが、今のこの足では無理だ。

「さっきの封字紙、ちょっと借りますよ」

ぐったりしている真秀の腰から吾妻袋を取り出し、中に収められていた封字紙を取り出した。最悪はこれでしのぐしかない。

字柄の刃で指を切り、闘筆の穂先に血を吸わせておく。いつでも血闘字が書けるようにだ。そうしてベルトに字柄を挟み込み、闘筆を口に咥えて真秀の腕を自分の肩に回させた。そのままぐっと立ち上がる。ずき、と負傷した足が痛むが今はそれを気にしている余裕はない。

「いいですか、ここから直線距離で500mほど行ったところに緊急脱出用の通路があります。そこが一番近いのでそこまで歩くしかない。‥辛いのはわかりますが、何とか自分でも足を動かしてください。俺もできるだけ力は貸しますが、妖怪や異生物が来た時のために体力はできるだけ温存したい」

読真に肩を担がれながら、真秀は力なく頷いた。

「わか、た、すまん、おれ」

「返事はしなくていいです、体力を使う」

そう言って真秀を黙らせるとそろそろと歩き始めた。

ざっと辺りを見回したところ、異生物や酷似次元異生物(ようかい)の気配はない。力の抜けた大きな体の男を半分担ぎながら歩いているわけだから、進みは異常に遅い。この調子では通路まで十分以上かかりそうだ。

そして足の傷は本格的に開き始めてしまったようだ。厚手のデニム生地に濡れた感触がじわじわと広がってきている。

「‥‥くそ」

読真自身も冷や汗をかき始めてきていた。まずい状況である。今、ここに衛門が来たら。

思わず足を速めようとするが、気持ちとは裏腹になかなか動いてくれない。

「すまん、読真」

横で重い身体を引きずるようにして歩いている真秀が呟いた。何と声をかけるべきか、一瞬迷った読真だったが、思ったことをそのまま伝えることにする。

「いえ、俺も助かりました。六体目に全く気づいてなかった。‥慢心がありました」

ふっと笑ったような雰囲気が伝わってきた。下を向いたまま歩いているのでその表情は見えないが。

だが今の言葉は真実だ。どこか、自分ならすべての場合において対応できるといった根拠のない思い込みの自信があった。そんなものが何の役にも立たないことはよく知っているはずだったのに。

「俺の、ミスもある。‥だが確かにあの陣は大きすぎた。次回から無理をする時は体力の三分の一は残るようにしてください」

「わか、た」

重い身体を支え合うようにして少しずつ歩く。デニム生地の濡れた部分が膝を越してき始めた。‥出血が止まっていない。

通路の目印がやっと見え始めた。後、200mほどだろうか。

その時、ぴたりと風が止み、空気の動きが止まった。

「!来る!」

読真は真秀の脇の下にぐっと腕を差し込んで半ば抱え上げるようにして大きな木の陰に滑り込んだ。


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