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衛門の言葉

このお話を別の連載中のところに貼ってしまっていてビビりました‥。

<真秀>


どこからともなく耳の内側に響いてくる声。

衛門の声だ。


<真秀>


答えたくない、答えたくないと思っているのに、眠りから引きこされて目を開かされる。起きたくないのに身体が起き上がる。


<真秀>

「‥‥何だよ」

<せっかく私が来てやったというのにずいぶんなご挨拶だ>

「‥‥酷似次元異生物(ようかい)の常識は知らねえけど、この次元の人間は夜の一時過ぎはたいてい寝てんだよ‥」

<そうか、今は夜か。うっかりしておったわ>

「じゃ、出直してきてくれ」

衛門は空中に浮かんで座った姿勢のまま、何かをつまみ上げる仕草をした。すると布団をひっかぶって再び眠りにつこうとしていた真秀の襟首がビヨンと伸びて無理矢理に起こされる。

「‥何だよもう‥」

<私はお前に用があってきたのだから、ちゃんと私のために働け>

真秀は両手で乱暴にごしごしと顔を擦った。

「何の用?」

<最近、変わった異生物と戦っていないか?>

半ば寝ぼけた頭で真秀はうーん?と考えた。変わった異生物‥というか、最近戦ったのはC県の異生物しかいない。あの異生物の変わった点と言えば・・

「あー、闘字封字じゃなくてもダメージ負わせられる、異生物のことか?」

衛門はすっと真秀の顔の真ん前にその顔を寄せた。急に近づいてきた人間らしくないつるりとした顔に、真秀は驚いて思わず身体をのけ反らせた。

「うあ、な、何?!」

<‥‥こちらの次元の武器や人の手で、異生物を傷つけられた、ということかえ‥?>

低く、血を這うような衛門の声は、今までに聞いたことのない響きで真秀の頭の中に重く入り込んだ。その声ではっきりと覚醒した真秀は起き直って衛門の方を見る。

衛門はその足を地につけて、その場に立ちつくしていた。衛門の金色の髪だけが重力に逆らって、ふわあっと広がり宙に舞っている。

その目はもはや真秀を映しておらず、身体も所々透けて輪郭が曖昧になっている。

「衛門?どうした?」

真秀の不審げな声にも反応せず、衛門は立ち尽くしたままだ。声をかけても全く反応しない衛門に、真秀はなすすべもなくただ起き上がった姿勢のまま衛門を見つめるしかなかった。

どれほどの時間が過ぎただろうか、ぴく、と衛門が肩を震わせようやく動いた。そして顔を真秀に向ける。

<‥‥真秀>

衛門は、何か言いたそうにしながらも言えない、といった表情で真秀を見つめた。真秀もただならぬ気配を衛門から感じてごくりと生唾を呑み込み、衛門の目を見つめる。

口を開けて、また口を閉ざし、また開ける。そういった行動を繰り返し口を閉ざししばらく沈黙が辺りを包んだ。しばらくしてようやく、衛門は声を発した。

<‥‥お前、生きていて‥楽しいかえ?>


何を訊かれたのかぱっと理解できなかった。なぜ、いまこんなことを訊かれているのかわからないまま、反射的に真秀は答えていた。

「あー、多分、楽しいと思う。周りの人にも恵まれてるし、俺が異生物と混じり合っているってわかっても態度を変えず接してくれる人も‥結構いるしな」

<‥‥左様か‥>


衛門は俯いた。そのまま立ち尽くす。

そしてまたピクリとも動かなくなった。


真秀はだんだん気味が悪くなってきた。衛門のこのような様子は見たことがない。いつも余裕に溢れて真秀や読真を翻弄している酷似次元異生物(ようかい)、という意識しかなかった。

だが、今目の前にいる衛門は、真秀の事など頭にない、といった様子でただそこに立っている。


「おい、衛門、どうしたんだよ」

衛門はゆっくりと顔を真秀の方に向けた。その顔に表情はなく、どこか人形のように作りものめいて見える。真秀はそれを見て、改めて目の前にいるものが同じ人ではないモノなのだと思った。

衛門はじっと真秀の目を見つめた。心の底まで見透かしてきそうな強い眼差しだった。

<‥‥選択、せねばならぬ時が、来ているのやもしれぬ>

「選択‥?何をだ」

衛門はふいっと視線をそらしてまた空を見つめた。

<秩序か、混沌か‥私はどちらを取るのだろうな>

「衛門?言ってる意味がわかんねえぞ」

真秀の顔を見ないまま、衛門はすうっと空中高く浮かび上がった。

<この次元に住まう者には、つらい時期が来るだろうな>

「は‥?何言ってんだよ」

<さて、その時お前たちは生き抜けるか>

衛門はそうひとりごちるとふっとその姿を消した。


誰もいなくなったその空間を眺めて、真秀は何とも言えない気持ちでそこに佇んでいた。


衛門の言葉の意味は、まもなく身に沁みてわかることになる。



衛門との邂逅から十日余り。

世界中で異生物の大量発生が始まった。




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