世界会議にて
「シド!」
懐かしい呼び名に思わず振りむいた。日に灼けたたくましい男がこちらに向かって手を上げている。
「アルト」
男はゆっくりと歩み寄ってしっかりとシダの身体を抱きしめた。
『久しぶりだな。異生物相手の部隊に入ったと聞いたが本当だったのか』
『ああ』
男は40代に入ったくらいの年齢だったろうか、とシダは思い巡らせた。
男の名はアルテュール=ロラン。フランスの外人部隊でシダと同じ部隊に長くいた人物だ。シダが除隊した後しばらくしてこの男も退いたと聞いていたが、まさか自分と同じ道に進んでいたとは思わなかった。
『アルトこそ、今度は軍関連ではないところに行くのかと思っていた。対異生物チームにいるとはな』
アルテュール‥アルトはにやりと笑ってみせた。
『人間相手が面倒になったからな。異生物相手なら面倒くさくねえかと思っていたんだが、結局人間相手の部分が多くて当てが外れた』
珈琲でも飲まないか、と大きなコンベンションホール内にあった小さなカフェへ誘われる。
対異生物関連機関の世界会議が緊急に招集され、およそ20か国が集まった。緊急の呼びかけにしては集まった方だ。歴史の古い国はほとんどが参加していたが、会議自体はそれぞれの国の思惑が絡み有用な情報の共有はあまりなかった。これでは何のために集まったのかもわからない。が、アルトに声をかけられた時点でシダはこの会議の真の目的が見えた気がした。
エスプレッソを頼んで舌の上で転がす。濃い苦みとコクが口の中に広がった。鼻に抜ける香りを楽しんでいるとアルトが切り出した。
『シド、どうせお前は現場で戦っているんだろ?いたか?通常攻撃が効く奴は」
『‥お前は現場じゃなさそうだな。‥偉くなったのか』
アルトは首元を締める窮屈そうなネクタイの結び目に太い指を差し込んで、ぐっと乱暴に緩めた。
『ま、そうだな。40も過ぎてくりゃあそんなに身体もきかねえ。シドも後々の事考えといたほうがイイゼ』
『俺はまだ36だ』
相変わらず聞き取りづらい、俗語だらけのフランス語を懐かしく感じる。
『あっという間だよ』
アルトはそう言ってゆっくりと珈琲を飲んだ。一緒に頼んだ大きなマフィンにかぶりついている。
『で、どうなんだ?』
口いっぱいにマフィンを頬張りながらも鋭い目でこちらを見てくる。シダはどうやって情報を出そうかと考えながら口を開いた。
『俺が戦ったのはつい最近だ。‥しかも封殺前にほんの少し、有効だった感じがあっただけだから詳しくはわからねえ』
『ふん』
アルトはマフィンを咀嚼して飲み下した。もう一度珈琲を飲んでから、じっとシダの目を見る。
『シド、情報交換と行こうぜ。日本が酷似次元異生物と何体か契約してるのは知ってる。フランスにはそういう個体は一体しかいねえ上に滅多に姿を現さねえ。日本の契約個体は結構姿を見せるだろ?あいつらは何か言ってなかったか?』
『‥‥そっちはどういう情報があるんだ』
アルトはマフィンの屑がついた口元をぐいと拭って目を細めた。こちらを値踏みするような顔つきである。古馴染みとはいえ、この人物は全く気を許せる人間ではない。こちらもしっかり武装しておかなければいつ寝首をかかれてもおかしくない、そういう人物なのだ。
アルトはゆっくりと言葉を吐いた。
『確定ではないが、通常攻撃が有効になる異生物の条件を把握している』
シダは目を瞠った。それこそこの会議でどの国も一番欲しかった情報ではないのか。それを会議上では出さずに今シダに向けて出そうとしているのはどういう狙いがあるのか。
シダは注意深く目の前の男を見つめた。
アルトはふっと息を吐いて身体の力を抜いた。椅子の背にもたれかかって天井を向く。そしてゆっくりと顔を戻した。
『相変わらず怖え顔するな。ニホンジンてのは平和を愛する民族じゃねえのか』
『それはお前の勝手な思い込みだ』
シダのそっけない返事にアルトはくくっと含み笑いをした。
『‥フランスは圧倒的に書士の数が足りねえ。出来れば通常攻撃が有効な異生物が増えてくれた方がありがたいのさ。‥異生物側にどういう動きがあるのか知りたいが、ソースがねえ。おたくらと違ってな』
シダは黙ってエスプレッソの最後のしずくを呑み込んだ。
『俺は対異生物特務庁の所属で、書字士会の直接の所属じゃねえ。だから肝心なところを知っているとは言えねえよ』
アルトはテーブルに腕をついて手を組んだ。身体が前のめりになる。
『それでもいい。酷似次元異生物に何か聞いたことがあれば教えてくれ』
『有効条件が先だ』
シダも冷静な目をアルトに向けた。アルトはにやりと笑う。
『いいねえ、シド。お前のそういうところ、ニホンジンらしくなくて好きだよ』
そう言ってから低い声で囁いた。
『確定ではない、という前提だ。‥異生物に通常攻撃が有効になるには、異生物が二体以上こちらの次元の生物を取り込むことが条件だと考えてる。実際そういうケースがフランスで二件あった』
こちらの次元の生物を、二体、取り込む。
つまりあの時犬を取り込んだ異生物は、既に他の生物を取り込んでいたのか。
だから犬を取り込んだ後に、攻撃が有効になったということか。
だが、まだ確定ではない。しかも最近になってなぜそういうケースが世界でも増えてきているのかの理由はわからない。
シダが考え込んでいると、その腕を強くアルトが掴んだ。ぐっと握りしめられる。
『そっちは?』
『‥俺が聞いたのは、異生物同士が連携をしているようだ、ということだけだ。実際に戦った書士たちもそう言っていた。そして酷似次元異生物もその事に言及していたようだ』
アルトはその話を聞いて少し考えこむ。そして立ち上がり、にっとシダの方を向いて笑った。
『ありがとう』
そしてそのまま立ち去って行った。
恐らく、こういった会議外の情報交換にこそ、今回の世界会議の意義はあるのだろう。シダはそう思ってエスプレッソカップをカウンターに戻した。
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