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合流

そこから歩み去ろうとしていた高杉は、足を止めて振り返った。太い眉がぎゅっと寄せられている。

「‥錬地壊すなよ」

「壊すつもりでは鍛錬はしません」

「‥鍛錬はすぐ始めるのか」

問われて読真は腕時計を見た。

字通(あざとり)が時間通りに来れば、あと20分後からです」

字通、と聞いて高杉の眉が開かれた。驚いた顔で読真を見る。

「お前のバディは、字通真秀、か?」

今度は読真が驚く番だった。まさか対異生物特務庁(いとく)のメンバーが、一介の新人封書士の名前まで把握しているとは思えない。だが、高杉は知っているらしい。‥どういうことだろうか。

「ご存じなんですか?」

高杉はすぐには答えなかった。何か少し考えるような様子をして、全く違う回答を寄こしてきた。

「後で俺も錬地の方に行くわ。‥お前のバディがいる時に」

そう言ってひらひらと手を振り、今度こそ建物の奥の方へ去っていく。どういう経緯で字通のことを知っているのかわからないが、あの感じであれば本人がいる時にでもいうつもりなのか。

それとも、衛門とのあれこれでうやむやにするつもりなのか。


錬地での死亡は事故扱いになる。

無論、そこに至るまでの過程などは詳細にわたって調査されるが(だから錬地には各所に監視カメラが設置されている)、基本的には故意でない場合、事故扱いになるのだ。

十年ほど前、やはり衛門が鍛錬に加わった時、まだ対異生物特務庁(イトク)に入庁して間もないメンバーが鍛錬中に死亡した。

この時の調査結果として、本来鍛錬に加わるはずではなかったのにこのメンバーが急に錬地に立ち入ったこと、また申請外の武器で衛門を攻撃したことなどから死亡したメンバーの過失も認められ、事故扱いの殉職となった。

鍛錬に加わる時の衛門ら酷似次元異生物(ようかい)は、殺すつもりでかかってきている。それを甘く見ていたそのメンバーの過失ではあったのだが、同期であった高杉はその事を忘れていない。以来、衛門が鍛錬に加わる時は必ず自分も加わってくるのだ。

復讐を考えているのか、と思ったときもあったが、正直読真には高杉の心は読めなかった。


錬地内に着けば、入口の鍛錬開始時刻までをカウントダウンする画面があと14分ばかりとなっている。

字通はまだ来ない。

読真は時間にルーズな人間が嫌いだ。時間、という共通の概念を共有できない愚かな人間だと思うからである。‥打ち合わせなのだからせめて10分前には来ておくべきところだろう、と自分ならそうする読真は考えてしまう。

腰の吾妻袋を覗く。吾妻袋とは呼んでいるが、使いやすいように改良を加え腰と太腿にも括りつけて滅多なことでは取れないようにしている。この中には闘書士に必要な道具がいくつか入っている。忘れ物など無論、しない。毎日必要な道具の手入れは怠らないしチェックもするからだ。


まずは闘筆(とうひつ)。これは闘書士でも封書士でも闘筆と呼ぶ。名隠字見(ながくしあざみ)神社境内に生えるご神木を軸とし、そこに住まう神鹿(しんか)の毛を穂先としている。通常であれば、この穂先を咥え唾液を吸わせて身闘字を書く。血闘字の時のみ、血を吸わせて書くが体力が異様に削がれるため何度もは書けない。

その血闘字を書くときに使う、字柄(じつか)。刀の柄と鍔のみのような姿をしているが、5㎜ほどの小さな刃がついている。読真はここで指を切って血を垂らす。血闘字は空に書いた後、祈念することによって字柄の上に刀身となって表れ、異生物に大きなダメージを負わせることができる。書士が扱う武器を専門に作っている職人が、一人一人の書士に合わせて調整し、作ってくれるものだ。他には槍を使うものの場合も字柄と呼ぶが、刀身のものと区別するため、槍字柄(そうじつか)と呼ばれている。また、弓を使うものはその弓の本体を持ち、弓字幹(ゆじがら)と呼ばれる。およそこの三種類のいずれかを使う書士が多いが、他にも変わった武器を持っているものもいるらしい。が、まだ読真はそういう書士に会ったことがなかった。

資料を読んだ限り、字通は弓を使うようだ。弓字幹(ゆじがら)は、その弦を調達するのが難しいためなかなか持てる者がいないと聞いていたのだが、どこで調達したのだろう。

そこまで考えた時、掲示板が10分前を示し、三度点滅した。字通はまだ来ない。‥今日だとしっかり伝えたはずだが、何をしているのだろうか。錬地5号には来たことも鍛錬をしたこともあると言っていたのでここにしたのだったが。

あと五分で来なければ字通は時間にルーズなやつ認定だ。しかも同い年とはいえ、後輩のくせに遅いとはけしからんやつだ。読真は意外とそういう序列を気にする男である。

吾妻袋を身体に結わえ直した時、離れたところからどたどたという煩い足音が聞こえてきた。ふと目をやれば、字通が走ってこちらに向かっている。

まあ、時間は守る気があるということだな。

そう考えている読真の元まで走り寄ってくると、字通真秀は膝に手をついてはあはあと荒く息を吐いた。随分急いで走ってきたと見える。

「すぐ錬地内に入っても大丈夫ですか?」

荒く息を吐き続ける真秀に構わず、読真はそう尋ねる。はあはあと息をつきながらも、真秀は必死に言葉を吐いた。

「お、遅く、なって、すまん、封字紙を、ハア、いくつか、書きたい、から‥」

封字紙(ふうじし)は、封書士がいなくとも弱めの異生物なら封殺できる代物だ。無論、ある程度相手を弱らせてからでないと使えない。だから基本、闘書士が持つことが多いがここ、退異生物特務庁(イトク)のメンバーの中にも常備しているものもいる。おそらく書いてくれと頼まれたのかもしれない。

「‥ひょっとして、入り口とかで頼まれたりしました?」

地面に紙を広げていた真秀は、闘筆を咥えたまま読真を見上げた。息が弾んでいた清か顔が赤くなっていて、余計に童顔に見える。闘筆を右手で掴み直して真秀は言った。

「うん、鍛錬前に申し訳ないな、とは思ったんだけどさ、何か退異生物特務庁(イトク)の人も困ってそうだったからよ」

‥‥それはそうだろう。封字紙を書くのにも体力は使う。さらには使われるときにも知らぬ間に体力は奪われる。こちらが異生物と戦っている時に、急に体力を奪われて困る可能性だってあるのだ。現役で現場に出ている封書士ならまず書きたがらない。

そういうことをまだ知らないのだろうか?それとも単に人が好過ぎるだけなのだろうか?



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