現況
きっちり二日間、療養させられてからようやく読真はC県から自宅に戻ることができた。今年度は病院の世話になってばかりいるような気がする。真秀も同じ病院で点滴を打たれたらしいが、その日に戻ったと聞いていた。
正直、異生物に灼かれた傷はまだ癒えていない。じくじくとした痛みが残っているが、そこまで影響はないと医師の制止を振り切って戻ってきたのだった。真秀に連絡すれば、終わってしまったテストの再試日程を教えてくれた。そして対異生物特務庁での話し合いのことも伝えたい、ということだったので、また学内のカフェで会うことにする。
「よ!」
と明るく声をかけた真秀の前には、立派なケーキが並んでいた。このカフェでは日替わりで何種類かのケーキが売られている。そこそこいい値段がするが美味しいという噂ではあった。ただ、読真はまだ食べたことがない。
真秀はにこ、と笑ってケーキを指さした。
「珍しく今日はゲットできたから。読真好きな方食べていいよ。俺どっちも好きなやつ選んだから」
ケーキは苺のショートケーキとオペラだった。じゃあ、と言って読真はオペラを選んだ。
「読真意外にチョコ好きだよなあ」
と言いながら、真秀は自分の周りで女子がざわめくのを感じた。しまった、余計な情報を垂れ流してしまったかもしれない。‥しかも来月はバレンタインが控えているというのに。
「そうですね、結構好きかもしれません。気づかないうちにチョコ味を選んでることが割とありますし」
読真はそう言って手に持っていた珈琲カップをテーブルに置くと椅子に座り、すぐにフォークを取ってケーキに刺した。
真秀は、再び辺りがざわめくのを感じた。‥読真、お前自分でフラグを立てたな。知らんぞ、俺はお前がチョコの海に溺れても‥。
そんなことを思いながらぼんやりしていると、読真が話しかけてきた。
「字通、食べないんですか?」
「‥食べる」
ショートケーキにフォークを刺して口に放り込む。ほんのりとした甘さが口に広がった。甘くてうまいものはやっぱりいい。もぐもぐ咀嚼しながら読真を見た。
ゆっくりとケーキを口に運んで食べている読真の様子からは、怪我の名残りは見えない。まだ完治はしていない筈だ。しかし、傷があることを一切感じさせない読真の振る舞いに却って真秀は不安を覚えた。
「読真、身体は本当にもう大丈夫なのか?全部傷が塞がったわけじゃないんだろ?」
「まあ、そうですが‥観音寺さんに時々癒してもらったせいでしょうか、そこまで辛くはないです」
「ってことはまだ傷あるってことじゃんか‥無理するなよ」
「無理はしていないつもりですが‥そんなふうに見えますか?」
真秀は最後のケーキのかけらを口の中に放り込んだ。こちらを伺い見るような読真の目つきが気に食わない。
「‥見えねえよ」
「では、いいじゃないですか」
そう言って読真もケーキを全て腹に収めた。なかなか美味かった。不機嫌そうな真秀の顔が目に入って、思わず笑いそうになる。‥自分こそいろいろ大変な状況のくせに、この男はいつも人の事を気遣っている気がする。
「では、対異生物特務庁での話を聞きましょうか」
口調を改めて切り出した読真に、真秀も顔を引き締めて椅子に座り直した。
「他の現場でも同じようなことがあったケースが、三例ほど報告が上がってきていたらしい。共通しているのは、この次元の生物を取り込んでいたこと。だが生物の種類もバラバラでそこに共通点はない。逆に生物を取り込んだ異生物ではあったが、通常攻撃など全く効かない異生物の報告もあったみたいだ」
「‥つまり、通常攻撃が有効になる理由は、ただこの次元の生物を取り込んだから、という理由ではないってことか‥」
「今のところ、わかってないみたいだ。とりあえず、対異生物特務庁の装備で音叉刀だけ少し仕様が変わるって言ってたな。後、警察や自衛隊と連携を取る可能性もあるって」
結局今の法体制では、対異生物特務庁に銃火器の使用が認められないからだろう。銃火器が異生物にどれだけ有効かは未知数ではあるが試さないという手はない。
「いずれにせよ、もっとたくさんのケースがないと何とも言えないな」
読真はそう言った。今の状態では判断材料が少なすぎる。
「通常攻撃が有効ってのもそうだけど、高杉さんは俺たちが鹿野山森林公園で戦った異生物の方が気になるって言ってたな」
真秀が空になった紙コップの端をガジガジかじりながら言う。顔を顰める読真を見て、へへっと笑った。ため息をつきながら話を促す。
「どういうことですか?」
「連携を取ってたらしい、ってところが引っかかるって。‥今後大型異生物が何体も連携を取って攻撃を仕掛けてくるようになったら厄介だからって言ってた。‥確かに、あの異生物は結構好戦的だったよな」
異生物は別段「侵略者」という訳ではない。意志は感じられず、ただ突然現れて瘴気を撒き散らし、触れたものに大きな怪我を負わせたり破壊したりするだけだ。そこに明確な目的意識は感じられない。
だが、鹿野山森林公園で戦った大型の異生物は明らかに読真と真秀を「害そう」という意思があったように感じた。生物を害する目的をもって異生物に襲われたら、被害はこれまでの比ではなくなるほど大きくなるだろう。
「‥‥異生物が、変容・・変質してきている、ということでしょうか‥ですが長い歴史を見てもそういう事はなかったはずなんですが」
「だから危機感があるんだろ。対異生物特務庁から何人か世界会議に出て行ったらしいよ。多分、シダさんも行ってた」
他の国でも似たようなケースは報告されているのかもしれない。国家絡みのあれこれもあって、なかなか正確には異生物の情報は共有されないのが常だが、この異常事態ではそうも言っていられないのかもしれない。
真秀はボロボロになってきた紙コップを手でもてあそびながら、読真を見つめた。
「次、戦う時のこと、考えといたほうがいいと思わねえか?」
読真も静かに真秀を見つめ返した。
「‥そうですね」
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