C県海岸の闘い 終結
大きく開けられた口はぐるりと裏返り、異生物自身の本体を覆っていく。
裏返ったところには、無数の白く鋭い牙が所狭しと生えていた。異生物全体が、無数の白い牙で覆われ、異生物は獣型から牙に覆われた球体のような形に変化した。その変化の途中で、グルーネットは分解されて地面に散らばり、真秀の射た血矢は裏返った牙の群れにのみこまれ見えなくなった。
真秀は、封字陣がかき消されたのを感じ取った。
「読真!封字陣が消された!」
「えっ!」
あの異生物は、身体の形態を変えることで封字陣を消し去る能力があるのだろうか。だとすれば‥封殺にまで持ち込むにはどうすればいい?
読真がそう考えていた一瞬に、異生物は牙だらけの身体で襲いかかってきた。反射的に字柄血刀を横さまに振り抜いた。ガン!という音がして無数の牙に字柄血刀が弾き返される。
今や異生物の身体は白い牙のみで形成されているようになってきていた。この硬そうな牙を突き抜けるほどの血刀を形成しなければダメージを与えられない。ギリギリと迫ってくる異生物の身体を、分厚いブーツの底と血刀で何とか食い止めながら読真は必死にどうすればいいかを考えた。
横でソネも音波銃を連射している。その後ろからシダも近づいてきた。大型の音波銃を構え、異生物に向けて打ち出した。
大型音波銃から放たれる波動が影響を及ぼしたのか、異生物は読真に迫るのをやめ、じりじりと少しずつ後ろに下がっていった。
その後ろからしばらく姿が見えなかったキョウが、グルーネットを持って現れた。辺りに配置していたものを拾ってきたようだ。そしてそのまま異生物に投げつける。
グルーネットと音波銃で、異生物は動きを止めた。その場で<グルルルル>と唸り声をあげながらゆらゆらと身体を揺らめかせているだけだ。
読真は必死に考えた。この隙を早く使って闘字を書かねば。しかしあの硬い身体をどうすれば。斬る、のは難しい。ならば。
「穿刺削体」
穿刺放擲の穿刺の部分と、削体玉緒の削体の部分を組み合わせた。うまくいくかはわからない。だがうまくいかせねばならない。
闘筆に血を吸わせ、思いきり祈念しつつ闘字を書いた。美しい闘字が浮かび、ふわっと血刀を形成していく。
そこに顕現したのは、まるでフェンシングのフルーレのような鋭く細長い刀身だった。
「真秀!今からこれで削ります!もう一度封字陣を張ってください!シダさんソネさんキョウさん、そのまま音波銃の牽制を!」
そう言い捨てると読真はそのまま真っ直ぐ牙だらけの異生物に突っ込んでいった。身体の全体重を乗せるつもりで跳躍し、字柄血刀を握った両手をぐっと右脇に引いてそのまま異生物に飛び込んだ。
ぐじゅっ!という大きな音と共に、長い針のような血刀は牙が生えている隙間を縫って深々と異生物の身体を刺し貫いた。
ぐんっと体力が持っていかれるのを感じる。これを抜かせるわけにはいかない。読真は自分の身体に牙が触れて刺さり、あちこちからじゅうじゅうと肌が焼ける音がしているにもかかわらずぐぐっと字柄を差し込み、祈念し続けた。異生物は<ウガアア>と喚き、読真を振り払おうと体をよじった。
だがそこに異生物に近寄ってきたシダ、ソネ、キョウの三人が音波銃を近距離で打ち込んだ。異生物は動きを止める。
それを見ていた真秀は素早くもう一度血封字を書いて血矢を形成する。
極縄縛導滅を再度書こうとしたが、一字付け足して書いた。
「鋭極縄縛導滅」
血矢の矢じり部分が、ごく細く形成された。それを弓字幹につがえて狙いを定め、異生物の頭頂部に当たるよう少し斜め上に向けてひゅうっと放った。
無数に生えている牙のうちの一つ、その根元に血矢は深々と刺さった。それを確認して真秀は祈念を始めた。封字陣を張り、できる限り早く昇結させなくてはならない。
そうしないと、読真がもたない。
ぎりぎりと歯を食いしばりながら真秀は必死に祈念した。
読真は読真で、異生物の身体に深く刺し込んだ血刀に向けて祈念を続けている。時折、異生物の中でぐぐぐっと何かが蠢くのを感じた。それが異生物が弱っている証なのかそれとも反撃の兆候なのか、判断はできない。
読真が字柄血刀を差し込んだまま祈念している間に、ソネの音波銃のエネルギーが切れた。ソネは音叉刀を振りかざし、異生物に取りすがったまま祈念している読真の左側に回り込んで思いきりそれを叩きつけた。
固く、重い音叉等の一撃を受けて、異生物の牙が、ボロッと欠けた。
そこにいた四人全員がその光景を見て息を呑んだ。
異生物は、闘封字以外で傷つけることはできない筈だ。
だが、確かに、今書士ではないソネの一撃で、異生物の身体の一部が欠けた。
対異生物特務庁の隊員たちは一瞬茫然としてそれを見ていた。が、誰より先にシダが反応した。
「キョウ、お前も音叉等を構えろ!ぶっ叩け!」
言うや否やシダは自らも腰から音叉刀を引き抜いて異生物に飛びかかった。
音叉刀は、ごく細いU字型の刀である。本来は打撃によって波動を出すものだが、音叉の片側のみ外側を鋭くして刃をつけている。万が一にでも異生物を傷つけられたら、という願いが込められた装備だ。
シダはその刃が立っている方を思いきり異生物に向け叩きこんだ。
がきん!という鈍い音と共に異生物の牙が二、三本吹っ飛んだ。それを確認してからもう一度シダは音叉刀を振りかぶり、牙が無くなった部分に斬りこんだ。グジュッ!という音がして異生物の身体がへこむ。
エネルギーがどんどん削がれている!
異生物の中に血刀を突き入れたままの読真にはそれがよく感じられた。祈念を途切れさせることなく叫ぶ。
「効いてます!もっと打撃をお願いします!」
読真のその声で、キョウも音叉刀を構え、読真とは反対側に回り込んで横殴りに斬りつけた。ガン!という音がしてやはり異生物の牙がすっ飛んでいく。ソネもどんどん音叉刀で斬りこんでいった。
そのせいか、真秀は随分早く昇結することができた。
「封字昇結!」
真秀のその言葉を聞いて読真は真秀の方を振り返った。目を合わせて叫ぶ。
「闘封!」
真秀は最後にありったけの気力を注ぎ込みながら叫んだ。
「封殺!」
異生物に刺さった血矢から赤い封字陣は光って浮かび、ふぉおおん!という大きな響きを遺して異生物は消滅した。
先ほどの事もあり、しばらくその場を注視していたが何も起こる気配はない。
二分ほどして、ようやくそこにいた全員が力を抜いた。
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