C県海岸の闘い 3
一度消えたかに見えた異生物は、すぐに小さな黒い染みとなって空中に現れ、そこからぐにょぐにょと広がり出した。
そして体長4,5mはありそうな獣型の異生物が現れた。
読真と真秀は荒く息を吐きながらその様子を凝視していた。獣型。のみこまれた犬。
「本当に、生物を吸収して取り入れてるのか‥」
真秀がそう呟く。
獣型の異生物は、<グアアアアア>と軋むような嫌な唸り声をあげた。びりびりと空気が振動する。
はっとして、読真は字柄を握り直してそれを見つめた。血刀はすでに消えている。新しい闘字を書かねばなるまい。
振りかえって真秀を見た。肩が激しく上下している。先ほどの封殺でかなり気力を使ったのだろう。すぐさま新しい封字陣を張るのは難しいかもしれない。
後方からシダの叫び声がした。
「キョウ、ソネ、グルーネットで異生物をからめとれ!あるだけ全部使っていい!それから音波銃で動きを牽制しろ!」
それまで姿の見えなかったキョウとソネの二人が、走る足音とともに近づいてきた。躊躇いもなく獣型異生物に近づいてグルーネットを次々に投げつける。
蜘蛛の巣のような網が何重にも獣型異生物を覆った。<グウウウ>と嫌そうな声が響く。その中でもまたシダの声が響いてきた。
「よみね、レンを頼む!このままだとやばい、第九隊にも連絡を取ってくれ。近くにいるはずだ」
その声に思わず後方を振り返った。少し離れたところに横たえられたレンと傍に付き添うよみね、そしてその二人をかばうようにして立っているシダの姿が見える。手に持っているのは荷物から取り出したらしい大型の音波銃だ。
シダは大型音波銃のガンベルトを身体に巻き付けながら、読真と真秀に向かって怒鳴った。
「真秀、すまんが一回動きを止める封字を書いてくれ、弱くていい!読真、お前は一回こっちに来い!」
シダの声に従って、真秀はすぐに身封字を書き始めた。とりあえず早い方がよさそうだったので身封字にしたのだ、
「塊置総躯」
封字を書き、空に浮かんだそれに祈念して腕を振り獣型異生物に向かって投げつけた。封字は白く光りながら獣型異生物に絡みつき、その動きを止めた。
それを横目で確認しつつ読真はシダがいるところまで何とか走り寄った。横に寝かされているレンの顔色は悪く、紙のように白い。よみねはすでに癒字を書いた後らしく、少し息を弾ませている。
「読真、応急処置をしてもらえ。治すまでの時間はとれねえがとりあえず傷を塞いでおけ」
「読真こっちに来て」
シダとよみねが一度に言った。読真はよみねの傍に身体を寄せた。よみねは指で読真の左腕を掴み癒字を書き始める。
「創傷止血壁」
ふわっと腕が温かくなり、痛みが少し和らいだ。だがよみねはまだ読真の腕を離さない。そしてもう一度、癒字を書く。
「”すこやかにあれ”」
ひらがなの癒字だった。指先で読真の腕を押さえながら癒字を書いたまま、よみねはじっと目を瞑っている。額にはじわりと汗が浮いてきていて、よみねの体力も相当に削られていることが見て取れた。それはそうだろう、あれだけ重傷のレンを癒して次にまたすぐ読真を癒しているのだ。
しかも二回、癒字を書いた。二回目の癒字が書かれた後、読真は体力が回復してきているのを感じた。よみねは読真から手を離し、はあはあと息をついた。
「‥少しだけ体力を回復したわ。‥後は頼むわね」
「ありがとうございます」
読真は血闘字を書いた。
「削体玉緒」
大きく鋭い血刀が顕現する。そこに祈念しながら再び読真は異生物の方へ駆け寄っていった。
異生物の傍ではソネとキョウが音波銃による牽制を続けており、真秀も封字に祈念し続け動きを最小限に留めていた。とはいえ、三人の身体にはあちこち青黒く爛れた箇所が見え、異生物からの攻撃がゼロではなかったことが伺えた。
その傷を確認しながら、読真は異生物に走り寄り助走をつけて跳び上がった。上から斬り下げるようにして異生物の身体に字柄血刀を斬りつける。
グじゃあ、という音とともに大きく異生物の身体が斬り裂かれた。一瞬、異生物の身体の輪郭がぶれる。
「削れた!」
そう言った読真の言葉を聞いて、真秀は封殺のための封字を書くことにした。鹿野山森林公園で、全の字をつけ有効だったことを考え、今までよく使っていた封字に新しい文字を足してみる。
「極縄縛導滅」
血封字を書き、弓字幹を構えて血矢を形成、獣型異生物に向かって構えた。できうる限り中心に向かって狙いを定め、ひょうと放った。
血矢は異生物のほぼ中心部に突き立って、異生物がその全身を震わせる。
<ワオオオオ>
そしてその身をぶるると震わせた後、一番近いところにいたソネに向かって駆け寄ってきた。ソネは左手で音波銃を撃ち続けながら、右手で音叉刀を構えた。
獣型の異生物が、その口をおぼしき所を大きく開けてソネに食らいつこうとした。ソネは怯まず音波銃を撃ち続けている。その波動を嫌がったか、一瞬異生物の動きが遅くなった。だがソネと異生物の距離はごく近い。大きく開けられた異生物の口とソネとの間は1mもなかった。
読真は字柄血刀を両手で握りながらソネの前へ飛び出した。口の中へ祈念を強めながら字柄血刀を突き入れた。
<グアアアア>
異生物の口がぶわりと広がり、裏返った。
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