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閑話 恋愛事情

一応、恋愛事情をさらりと書いてみました

慌ただしく年が明けた。訓練や打ち合わせなどでクリスマスや正月らしきこともすっ飛ばした感じで過ぎていった。安西やよみねに「一緒に過ごす彼女とかいないの?大丈夫?」と聞かれた真秀は無の境地で返事を保留しておいた。読真は単純に「いませんね」とさらりと答えていた。

真秀は彼女が欲しくない訳ではないが、今の状態でそういう事に割ける時間の余裕は全くない。真秀は友人は多いがなかなか男としては意識してもらえないタイプ、読真は‥実はかなりモテているのだが、本人に自覚がないタイプだった。

今までずっと自分を罪悪感の殻で覆って閉じこもってきたような読真は、顔立ちやスタイルがよく、頭脳も明晰であるという絵に描いたようなモテる男ではあった。しかしその他人を寄せ付けない空気は、読真に対して何かアクションを起こそうという気を人から奪い去ってしまっていた。だから具体的に読真に対して行動を起こそうという人は少なかったのだ。

しかし、このところの読真は雰囲気が柔らかくなった。冷たく人を寄せ付けない感じが全て拭い去られたわけではないが、それでも以前よりは表情も豊かになり、時には笑顔も見せるようになってきていた。

だから少しずつ読真に声をかけてくれる学生が増えてきていたのだった。


「やっぱ俺のお陰なんじゃね?」

「‥何がですか」

「読真がモテ出したの」

「別にモテてません」

正月明けの後期試験期間、学内で会って昼食を一緒にとっている時急に真秀がそんなことを言い出して読真は唖然とした。何を言っているんだこの男は。

真秀は唐揚げをむぐむぐ口いっぱいに頬張りながら続けた。

「俺、結構学内で読真といるときあんじゃん?めっちゃ聞かれる、あのイケメン誰?とか彼女いんの?とか」

「‥‥何の用があるんでしょう」

すっとぼけた返事をする読真を、真秀は唐揚げをごくりと呑み込んでからじいっと見つめた。

「‥読真本気で言ってるんだよなあ、それ‥人付き合いをしてこなかったにもほどがあるよ」

「俺は今なんかけなされてるんですか?」

既に食べ終わっている読真は珈琲を飲みながら返事をした。真秀の言いたいことがよくわからない。

「あのねえ、女子がお前の事かっこいいと思ってるわけ!んでお前は誰とも基本喋らねえから俺のとこに色々質問が回ってきちゃうわけ!」

「失礼な、別に喋らない事なんてないです、必要がある時はちゃんと喋ってます」

「必要、って‥」

はあ、と疲れたため息をついて白飯をかっ込んだ。今現在、この時でも読真の後ろでちらちらこっちを見ている女子がいるのだ。なんであれに気づかないのか。そして何で何も不思議に思わないのか。


「お前さ、彼女欲しい、とか思わないわけ?」

「いまそんな暇ないでしょう?」

「まあ、そうだけどさ‥」

読真は冷静に答える。

「仮に今お付き合いを始めたとしても、訓練もありますし大学もありますし、封殺現場に行くこともこれからはありますよね。その中で一緒にいる時間なんて取れないじゃないですか。そういう状態でお付き合いをするというのはちょっと無責任じゃ‥」

「あーーわかったわかった、ストップ!」

真秀は味噌汁を飲むのをやめて手を振り、読真を制した。だめだ、こいつはまじめの上に正論武装しやがる厄介なやつだ。

「流文字読真は誰ともつき合う予定はないそうです!‥って言っとくわ」

主に前半部分をデカい声で叫んで真秀は味噌汁を飲み干した。真秀のデカい声は学食内になかなかに響き渡り、一瞬しんとしたがすぐにまたざわめいていった。

「‥相変わらずデカい声ですね‥普通に喋ってもらえば聞こえますから」

読真が嫌そうに片耳を押さえながら言った。その後ろで女子たちががっくり肩を落としているのを見て、真秀はごめん、と心の中で頭を下げておいた。



後期試験も終わり、長い休みに入った。と、同時にチームでの訓練も本格化していった。チームでの訓練は二週間おきに第六と第九が交替で入っている。メンバーの名前や性格も少しずつわかってきていた。

今日は第六隊、シダのチームだ。シダは細かいことは言わずおおざっぱな指示だけしてあとは各自で動け、というタイプの指揮官だった。それが合わない人もいるだろうが、第六隊にいる他の三人はシダと息の合う者たちばかりのようでうまく訓練もこなしていた。

疑似異生物がいる錬地での訓練に入ることを最初安西は渋っていたが、シダの「そのために俺たちがいるんだろうが。ぶっつけ本番よりは錬地でやっといた方がマシだろ」という言葉に説得されたようだった。

チーム訓練には観音寺よみねも参加していた。よみねの役割は癒字で外傷を治すことなので、訓練中にケガでも発生しない限りやることはないのだが、それでも重い装備をつけて隊員とともに走り回り自分の位置取りの確認などを行っていた。

「よみね、お前ちっこいのに頑張るなあ!」

シダはいつもそう言って豪快に笑い、よみねの頭をぐしゃぐしゃと撫でていた。そのたびによみねが怒って「髪が乱れる!」とシダのむこうずねを蹴り飛ばしていた。シダは「いってえ!」と言いながらもよみねをからかうのをやめなかった。


ある時、真秀は気づいてしまった。よみねがシダを蹴り飛ばして、シダが「いてえ!」と言いながら去っていく時その後ろ姿をじっと見つめていることに。

それに気づいてしまえば、訓練の時のよみねの視線に気づくのも早かった。

よみねは、シダが好きなのだろう。

確かに年齢だけで言えば三十六歳と二十四歳で、まあ離れてはいるがおかしくはない。

ただ、外見で言えば親子にしか見えない二人だ。

真秀はその事に気づくと胸が苦しくなった。よみねはずっとこんな気持ちで過ごしていかねばならないのだろうか。よみねが肉体的に恋愛ができるようになるまで、あと十五年はかかるのだ。

そんなことをいろいろ考えていたら、よみねにバレた。

休憩時間になった時よみねは真秀の傍まで寄ってきて、何考えてんのよ、と真秀の頭をはたいた後、はあとため息をついた。

「よりによってあんたなんかにバレるとはね。あたしも甘いわね」

まあ、流文字はその辺鈍そうだけど、と呟きつつ隣に腰を下ろす。

真秀は何といっていいかわからず、ただ黙っていた。

「‥‥どうしようもないのよ。身体は子どもなんだから。あと十五年か二十年か、そういう気持ちを持たないようにしなきゃなんだけどね」

「‥‥しんどいな」

ようやくその一言を絞り出した真秀に、よみねはからりと笑う。

「しんどいわね。でも仕方ないわ。これがあたしの人生だから」

「観音寺は強いな」

そう、心から思って言った真秀の言葉には、よみねは苦い顔をした。

「‥強くない。本当に強ければこんな風にあんたに悟られたりしない。‥どこかであたしも期待してるのかもね。こんなあたしでもいいって言ってもらえるのを。だから強くないのよ。自分の人生を受容してるだけ」

よみねはそう言って立ち上がった。小さい背中は、そこに負うにはあまりに重いものを背負っている。

「思いが通じたとしても絶対に相手を見送らなきゃいけないんだから‥一門の者と結婚しない限りはね」


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