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甘え

最近、短めですみません‥。

二人は黙り込んでしまった。

よみねが発する言葉の一つ一つが心に突き刺さった。

傍で対異生物特務庁(イトク)メンバーが出動しているところを見る機会がほとんどなかった、ということを差し引いても、自分たちはあまりに無知で無神経だった。

机の上に無造作に並べられた装備品が、無言で自分たちを責めてきているように感じる。

よみねはそれ以上何も言わず、ただ壁の方を見つめていて二人には目もくれない。

読真は、何とか言葉を絞り出した。

「‥‥俺たちは、無知で‥自分たちのことしか、考えてなかったんですね‥」

よみねは何も言わない。ただ壁の方を向いている。真秀はぎゅっと拳を強く握った。

「‥‥甘えてた、んだな。俺。別に辛かったり事情があったりするのは俺だけじゃなねえのに。‥命がけで異生物と対峙してるのは誰でも変わらねえのにさ」

よみねは身体を二人に向けた。だがまだ何も言わず、二人の顔を見つめているだけだ。そのよみねの顔を見て、読真は言った。

「観音寺さん。‥俺たちを対異生物特務庁(イトク)の訓練に加えてもらうことはできますか?」

よみねは片眉をひくりと上げて読真の顔を見た。その横で真秀も真剣な顔をしている。おそらくは真秀も同じ気持ちだろう、と思いながら読真は言葉を続けた。

「初めて見せていただいた装備品‥多分、俺はそれを全て装着すれば走ることもやっとだと思うんです。そういう人たちと一緒に現場に出るならそれがどれだけしんどくて大変なことかをわかっておく必要がある、と思いました」

真秀はよみねの前のテーブルに両手をついた。そして頭を下げた。

「俺の思い付きで、勝手なことばっか言って、悪かったと思う。‥対異生物特務庁(イトク)の人たちもきっと嫌な気持ちしたよな。‥でもそれはもう取り消すことはできねえから‥だから俺は、読真と一緒に対異生物特務庁(イトク)の人に信頼してもらえるように努力する。まずは読真が言ったように、訓練に参加させてほしい。‥それから俺たちの事、決めてもらいたい」

よみねはそう真剣に言う真秀の顔をつまらなさそうに見つめていた。腕を組んでため息をつく。

「‥あんたたちさ、安西さんの事どれくらい知ってる?」

「え?」

急に話が変わって二人は戸惑った。よみねは構わずに話を続けた。

「あの人は度胸もあるし、スペイン語も英語も話せるし、海外渉外の現場ではなくてはならない人だった。‥でも、ある現場でプロテクターを溶かされる事態に陥った。現地の書士の対応は遅くて、安西さんは背中全面を爛れさせながら現地の一般人のために異生物を制御したの」

よみねはテーブルに肘をついて両手を組み、顎をのせた。

「酷い怪我でね。‥しばらくは動くこともままならなかったそうよ。でも一年以上もリハビリを頑張って今の状態まで持ってきたの。‥‥本当は歩くたびに背中の火傷痕が攣れて痛いはず。でもそれを見せないで働いてる。現場から離れても、メンバーのために」

「‥‥」

いつも柔らかい笑顔で対応してくれる安西に、そのような事情があったとは全く知らなかった。‥人には皆、それぞれの事情や歴史があるのだ、と今さらながらに当たり前のことを読真は思った。

辛いのは自分だけではない。辛さの種類は違っても、人は辛い事を胸の内に畳みながら生きているのだ。

よみねは、おそらくそう言っている。

二十四歳なのに、十一、二歳位にしか見えないよみねが。

真秀も黙ってよみねの顔を見ていた。

そして言った。

「よみ‥観音寺さん。ありがとう」

「‥‥何が」

真秀は真顔で、まっすぐよみねの顔を見た。

「俺たちが、甘えてるんだって思い知らせてくれて」



読真と真秀は、講義が早く終わる木曜と土曜の週二日、対異生物特務庁(イトク)の新人メンバーと共に訓練に加わることになった。

とはいえ、新人が加入してからすでに半年は過ぎているので二人は本当に何もできない新入り、という感じだった。

メンバーたちの年齢や職歴はバラバラで、最年長は三十六歳、最年少は読真たちと同じ十九歳だった。三十六歳の男は海外で傭兵をやっていたという変わり者で、戦場で異生物に会った時の絶望感を払拭したくて加入したのだと言う。彼を加入させるにあたっては随分ともめたようだ、と本人が笑って言っていた。


書士と働くことが多いため、メンバーたちはニックネームで呼ばれる。漢字の氏名で覚えられてしまうと、闘字封字のイメージに影響を与えてしまう恐れがあるからだ。

読真たちが加わった訓練のチームは六人で、それぞれカイ、ツメ、ゲン、ダン、ナミ、シダと呼ばれていた。傭兵上がりの男はシダだった。

対異生物特務庁(イトク)標準装備を完装して事もなげに走れるのはシダだけだった。無論読真たちは一回目では立ち上がるのがやっとだった。一番小柄な女性メンバーのカイも苦労してはいたが、読真たちよりしっかりとした足取りで走ることができていた。それを横目に見ながら、喉の奥が灼けつくような苦しさと戦って走る。

読真と真秀が、完装して曲がりなりにも「走れる」ようになった頃には、訓練に参加してから三か月が経っていた。


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