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癒字士

「よみね、ちゃん‥?」

「ゆじし‥?」

真秀と読真がそう口に言葉を載せて、茫然としながら目の前の子どもを見つめる。子どもは小さな手で頬杖をつきながら真秀に向かって言った。

「カフェオレ。アイスで、、砂糖なし」

「は?」

突然の注文に驚いた真秀は間抜けな顔で問い返す。子ども‥観音寺よみねはこつこつとテーブルを指で叩きながらもう一度真秀に向かって言った。

「アイスカフェオレ。早く買ってきて。話がしたいんだから、飲み物くらい買ってよ」

よみねにそう言われ、何となく立ち上がった真秀は釈然としないまま飲み物を買いに行った。よみねはその真秀の後ろ姿を見ると、今度はその顔を読真に向けてきた。思わず居ずまいを正してよみねの顔を見る。

「流文字、さっきの『混ざりもの』の子、いつから混ざっているのか知ってる?」

『混ざりもの』という言い方にうっすらと不快感は覚えたが、有無を言わせぬ雰囲気を醸し出しているよみねに思わず素直に答える。

「十歳の時から、だそうです。衛門が言うには異生物の割合は一割ほどに満たないくらい、ということでしたが‥」

よみねは大きな目をもっと大きくした。まん丸になった目が余計にあどけなさを感じさせる。

「‥驚いた。十年近く異生物と混ざっているわけ?‥確かに規格外ね‥」

そのタイミングでアイスカフェオレを持った真秀が戻ってきた。ほらよ、といささか乱暴によみねの前にカップを置く。気にするふうでもなく、よみねはそれを受け取ってごくりと一口飲んだ。

そして二人に向かって話し出した。

「まず、言っておくことがある。あたしはこう見えてあんたたちより年上だから。今24歳」

「「は?!」」

二人そろって同じ驚きの声を上げた。目の前の子どもはどう見ても10歳か11歳くらいにしか見えない。そんな二人の反応にも動じず、よみねはもう一口カフェオレを飲んだ。驚かれるのには慣れている、といったふうだった。

「私の家系、と言えばいいのかな。一門の人々は年を取るのが遅いの、大体普通の人の半分の速度かな。私があんたたちくらいの見た目になるには、あと十五年近くかかる」

「そ、んなこと‥」

あるわけない、と続けたかった真秀の心を読んだのか、よみねはつなぎのポケットから何かを取り出してぽいとテーブルの上に放った。

「疑うなら見て。保険証」

真秀はそれをひったくる勢いで取り上げ、生年月日を見た。横から読真ものぞき込む。‥‥確かに、真秀と読真よりも五年早い生年月日が記されていた。

茫然としている二人によみねは言った。

「わかった?じゃあ今後あたしのことを子ども扱いするのはやめてね。こう見えてあんたたちよりキャリアは長いから。それから癒字士についてだけど‥聞いた事ある?」

「ないです」

「俺も‥」

そう答えた二人に、うんうんと頷いてまたよみねはカフェオレを飲んだ。

「あまり大っぴらにその存在を明かしてないのよ。色々と不都合が出てくることが予想されるからね。‥癒字士になれるのは私たちの一門だけ。‥正確に言えば年を取るのが遅い人だけなの。成長が遅いあたしたちは、大体寿命も倍くらいある」

「ひえ!?」

「!」

わかりやすく声を上げて驚く真秀と声を出さずに驚く読真、二人の顔をみてよみねはにやりと笑った。

「ま、ちょっと生きづらいけどね。一応国はこのことを把握してるけど、公にはしてないからあなたたちも注意して」

「はい‥」

読真は何とか返事をしたが、真秀はまだ頭の中が混乱しているようで口をパクパクさせるだけだった。

よみねは話を続ける。

「癒字士っていうのはね、癒す字を書く書士。癒字を書いて傷を癒す。それができるのがあたしたち一門だけなのよ。‥世界で見てもこういう能力の書士はかなり珍しいから秘密にされてるの」


読真は驚いた。

基本的に闘字封字は、異生物にしか働きかけないものだ。人や動物、ものなどには働きかけることができない。歴史の中で『闘封』を戦争に使おうとした者たちもいたのだが、この特性のせいで戦争利用はされずにすんできていた。

だが、いまのよみねの話からすればよみねの「癒字」は人に働きかけることができるということになる。‥いったいどういう仕組みになっているのだろう。

よみねはそんな読真の疑問を見透かしたように言った。

「なぜあたしたちの癒字が人に作用するのかは理屈としてわからない。ただそういう技術をあたしたち一門が持っているという事実があるだけよ。一門のトップは知っているかもしれないけど、あたしは知らないわ」

よみねはそう言ってカップのアイスカフェオレをぐいっと飲み干した。コン、とテーブルにカップを置いて二人の顔を見上げる。

「あなた達『闘封』にあたしが入って三人で行動するように言われてる。それなら二人が怪我をした時すぐに対応できるでしょ。‥ただ、奇跡のように治るわけじゃないわ。傷は塞ぐけど体力を回復するわけじゃないし、何なら傷を塞ぐときに使う力はあなたたちの基礎体力よ。だから相当に基礎体力を上げておいてほしいわね」

「基礎、体力・・」

そう呟く真秀に、そう、と答えるよみね。読真はよみねに質問をした。


「‥なぜ、あまり公になっていない、貴重な癒字士であるあなたが俺たちと組むことになったんですか?」

よみねはちらりと真秀の方を見た。急に顔を見つめられた真秀は、え?という顔をしてよみねと読真の顔を交互に見ている。よみねは真秀に向かって言った。

「あなた、十年近くも混じってるんだって?何か不都合が出て来てるってことはないの?」

「へ?‥いや、別に‥異生物にやられた傷の治りが早い、ってのはあるけど‥あとはこないだの異生物と繋がっちまったってだけかな‥」

「‥ふうん」

よみねは真秀の身体を上から下まで舐めるように見た。真秀は何となく薄ら寒いものを感じてぞくっとした。

「‥多分、誰にも言われてないと思うからあたしが言うわ。字通。混ざってる人はね。一か月も持たないのが普通なの。身体が耐えきれずに崩壊して死んでしまうケースがほとんど」

がた、と音がした。読真が立ち上がった音だった。その顔には怒りが滲んでいる。よみねはちらと読真の方を見たが、構わずに話を続けた。

「つまりあんたはいつ死んでもおかしくない状況なわけ。でも身体に特に影響もなく崩壊もせずあんたは生きてる。‥それがどういう事なのか、探りたいの。だからあたしはあんたたちと組むことにした」


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