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混じり合う

真幸は黙って衛門の話を聞いていた。ここで「知りたい」と言ってしまえば当然に何がしかの対価を要求される。だがわざわざ衛門がここに姿を現した、ということは、こちら側に「告げたい事実」があるからに違いない。黙って待っていればこの酷似次元異生物(ようかい)はそのうち話すだろう、と真幸は踏んでいた。

その真幸の考えを読んだかのように、高杉も衛門から目をそらし知らぬふりをしている。

衛門はそんな二人の様子を見て、可笑しくてたまらない、といった風に背中を丸めてくっくっと低い笑い声をあげた。

<まあいい、教えてやろうか。一つは、異生物どもが連携を取って攻撃をしていたこと。‥ゆえに一度封殺されてもすぐにこちらの次元に引っ張られ戻ってきた>

真幸は心の中でやはり、と思った。公園内のカメラで撮れた映像から見た限り、どうも異生物たちの動きがこれまでのものと違っていたように見えたのだ。衛門の言葉で確信に変わった。そんな真幸を横目に見ながら衛門は言葉を続ける。

<お前たちがもっと重要だと思う情報はこっちだろうねえ。‥‥あの異生物は、この次元の生物と混じり合っていた>


「混じり合って、いた‥?」

思わず高杉が声を上げる。衛門は少し顔を引き締めて言った。

<真秀の身体からあれを引っこ抜いた時に、少し探ってみたがおそらくこの次元でいう毒虫‥‥とげを持つような生き物を取り込んだのではと考えている>

だから二人を、針のようなもので攻撃していたのか。真幸はそう思った。

しかし、これまでこの次元の生き物を取り込んだ異生物など聞いたこともなければ各国で共有しているデータベースでも見たことはない。

「今、が、転換期、ということか‥?」

思わず口をついて出た真幸の言葉に、衛門はすっと目を細めた。

<そうとも言えるかものう。‥我らの次元は物質より精神の方が意義が強いゆえそのような影響は見られぬが>

そう告げると、とん、と真秀が眠っているベッドの柵の上に足をついて立った。高いところから真秀をじっと見下ろす。

真秀は何も知らずまだ昏睡したままだ。

<一応、言っておくが真秀の中にいる異生物の割合は一割にも満たぬほどじゃ。しばらく心配するほどの事はあるまいよ>

「ずいぶん真秀に親切じゃねえか。‥何を企んでるんだ?」

低い声で威嚇するように高杉が言った。高杉の拳はずっと白くなるほど握りしめられたままだ。衛門はちらりとそれを見やって、ふっと鼻で嗤った。

<お前には関係のないことさ、高杉>

目で殺せるものなら殺していただろう。高杉は恐ろしい顔で衛門を睨みつけた。衛門は全くそれには構わず、真幸に話しかける。

<「中将」はこのところどこかに現れたかえ?>

「‥いや、報告は受けていない」

<高杉、お前の血筋のもののところにも現れていないのかい?>

高杉は衛門を睨みつけながらも、返事をした。

「‥俺は聞いてねえ」

<ふむ>

衛門はすうっと上の方へ移動し、天井辺りで寝転がるような姿勢になった。腕枕をして思案顔をする。

<‥もし「中将」が現れたなら、混じりものの異生物について少しつついてみるがいいさ。何やら出て来るやもしれぬ>

そう言うと寝転がった姿勢のまま、衛門の姿はすうっと消えた。


「中将」は対異生物特務庁(イトク)と書字士会が把握している酷似次元異生物(ようかい)のひとつだ。その年齢はおそらく衛門よりも上で、千年を超しているとも言われている。衛門に輪をかけて気まぐれであり、滅多に人の前に姿を現さない。

だが、闘書士の高杉菖蒲を気に入っているようでこれまで高杉の前に二回ほど姿を見せている。ちなみに闘書士の高杉菖蒲は、対異生物特務庁(イトク)の高杉源太郎の従妹(いとこ)である。

「中将が何か知っているということでしょうか?」

高杉は真幸に問うた。真幸はそれには返事をせず、黙って考え込んでいた。



結局真秀の意識が戻ったのは、読真が目覚めてから三日後のことだった。目を開けはしたが、意識が混濁しているのか最初はこちらの問いにもあまり応答しなかった。しっかりとした受け答えができるようになったのは、目を開けてから丸一日経った後だった。

今回は読真も身体の消耗がひどく、なかなか病床から身体を起こすことができなかった。ただ、病室は真秀と同じだったので寝そべったままぽつぽつと話をした。


「真秀、‥森林公園内の監視カメラの映像を解析されたようで‥お前の身体の中にいる異生物の事は把握されてしまったようです」

読真のその言葉を聞いても、あまり真秀はショックを受けていないようだった。「ああ」と短く答えてから、天井に向けてふーと長い息を吐く。

「‥まあ、いつかはばれるって思ってたからな‥今回はちょっとヤバかったし」

「‥異生物と繋がったことですか」

真秀は目をつぶって答えた。

「うん。‥もう、封書士として働けねえのかな‥」

力なくそう呟く真秀に、読真は何と声をかけようかと迷いながら、頭に浮かんだ言葉を口にした。

「俺は‥真秀はいい封書士だと思います、カンもいいし、昇結も早いと思う。‥能力はあるんですから諦めるには‥早いです」

読真なりの慰めの言葉を聞いて、真秀は薄く笑った。

「ありがとな」

「いえ‥」

まだなかなか思うように動かない手をやっと持ち上げて真秀は目を擦った。

「俺、読真と組めてよかったよ。‥色々話も聞いてもらえたし、鍛錬も、しんどかったけど‥結構楽しかった。飯も旨かったしな」

そう言って顔をゆっくりと読真の方に向けた。読真も真秀の方に顔を向ける。真秀の目には少し涙が浮かんでいるように見えた。

「読真‥もし俺が封書士できなくなってもお前は闘書士やめるなよ」

「‥‥どうでしょう‥俺と組んでくれる人なんていませんからね。真秀がこのまま組んでくれるのが一番いいですけど」

読真はふいっと顔を背けそう言った。父、真幸の言いぶりでは自分たちが今後『闘封』として封殺を請け負うことにあまり乗り気でないように感じていた。だが、読真は真秀と『闘封』を組んでいたかった。

これだけ自分を表面に出していても、嫌がらず普通に接してくれたのは真秀が初めてだった。冷たい物言いをしても厳しい鍛錬につき合わせても、真秀は文句は言うがちゃんとついてきてくれた。読真が作った食事をうまいうまいと莫迦のように食べて笑っていた。

読真の妹の話も、ただ受け止めて聞いてくれた。

読真は、今の時点で他の封書士と『闘封』を組むことは考えられなかった。

天井を見ながらそう考えていると、真秀が声をかけてきた。

「読真」

「なんですか?」

「気づいてるか?」

「何がですか?」

「お前、俺の事真秀って呼んでるぞ」

あ、と読真は思った。確かにそうだ。いつから呼んでいたのだろう。自分では全く気づかなかった。真秀の方に顔を向ければ、真秀は嬉しそうににやにやしながらこちらを見ている。読真はカーッと自分の顔が赤くなるのがわかった。ふいっと真秀から顔を背けた。

「読真俺のこと好きになったんだなあ」

「‥‥」

「いや~最初あんなにつんけんしてたのになあ。ようやく名前で呼んでくれるようになったかあ~。いや長かったなあ」

真秀がにやにや嬉しそうに話している様子が見ていなくてもわかる。だんだん読真は腹が立ってきた。‥真面目な話をしていたのに、こいつは本当にこういうデリカシーのないところが‥!

「やっぱり字通って呼びます」

「え~!?なんでだよ、真秀でいいじゃん」

「いえ、仕事のパートナーなだけですから」

「ええ~結局風呂も一緒に入った中じゃん」

「‥うるさい!」

身体もギシギシ痛むのに、読真は無理をして体勢を変えて真秀の背を向けた。


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