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任務

新しい任務です。‥何とか書けました‥

化け物だ。

間違いない。

真秀はのどの奥がひりつきそうな苦しさを感じながらそう思った。「鬼ごっこ」が始まってからずっとその思いだけが真秀の頭の中にある。隣にいる読真も汗をかきすぎてもはや顔色は青い。

『閃璧』の二人は伊達ではなかった。たった五分、先に出発しただけなのに全く気配を感じさせない。なのにちゃんと物陰から攻撃まで仕掛けてきてくれるというサービス付きだ。高杉は木刀を持っていないのに、その蹴りや手刀は何か入ってるんですか?と聞きたいほど鈍く重い。むこうずねなんぞ蹴られた日にはあまりの痛みで地面を転げまわる始末だ。

丹沢は丹沢で、嫌な罠を色々なところに仕掛け、そこにはまった二人を近くで見物してひとしきり笑ってからすぐさま姿を消すという神出鬼没ぶりだ。

身体中の筋肉がぎしぎしと軋んでいるような気がするし、息は上がりすぎて喉と肺が痛い。

読真も珍しく全く余裕のない顔をしてぜいぜいと荒い息を吐いていた。‥桁違いの体力がこの『閃璧』の一番の特長であるとは聞いていたが、おのが身で味わえばそれはもう地獄でしかない。

決められた制限時間は4時間だったが、読真と真秀は『閃璧』の二人に掠ることもできなかった。

4時間、たっぷり山道を走りまわされた二人は精魂尽き果て、地面に膝をついていた。

対する『閃璧』の二人は、汗もかかずに涼しい顔をしている。同じ程度、もしくは読真と真秀以上にこの山中を走り回ったはずなのに。

‥本当に化け物なんじゃないか。

読真でさえ心の中でそう思ったくらいだった。

12時が過ぎて、膝をついている二人を見下ろしながら高杉がつまらなさそうに言った。

「へばるのが早いね。もう少しくらい楽しめると思ってきたんだけど」

丹沢が腰を落として、読真と真秀の顔を覗き込んだ。二人とも身体は動かせなかったが、悔しい気持ちは重々にあったのでその顔を睨み返した。丹沢はふふっと笑ってその長身を起こした。

「‥でも、気魄はまあまあありかな。あとは鍛錬次第、今後に乞うご期待ってところだね。‥どうする?菖蒲(アヤメ)

高杉は丹沢にそう問われ、じっと考え込んだ。

そして言った。

「ま、いいんじゃない?‥あと半年後、また鬼ごっこをやろうか。その時までに成長してればよしとしよう。‥坊ちゃんの飯は旨かったしね」

そういう高杉の言葉を聞いて丹沢は立ち上がり、膝の土を払いながら言う。

「じゃあ、あの任務は坊ちゃんたちに引き継ごうか。坊ちゃん、ここから100㎞程離れたところにある鹿野山森林公園というところで異生物の発生予報が出てる。明日朝には現地に着けるようにここを発ってくれ。詳しいことは書字士会から連絡がいくようにしておくから」

二人はそう言うと、すぐにそこから走り去った。その足音が聞こえなくなるのもあっという間で、彼らは全く疲れてもいないのだと疲労困憊の二人はまた打ちのめされたのだった。


二人は言葉もなく疲れた身体を引きずって施設に戻り、すぐに風呂を使って身体の疲れを癒した。無論それで全部回復するわけもなかったが、疲れた体に温泉成分が染み渡るような気がした。しばらく無言で浸かっていた二人だったが、読真がぽつりと言葉を吐いた。

「‥‥やはり、別格でしたね、『閃璧』は‥」

しみじみと実感のこもった言葉だった。真秀も全く同意である。少々癪には触ったが。

「位階って、ちゃんと意味があるんだな。‥俺も読真の足を引っ張らないように頑張るよ」

そういう真秀に、読真は何か言いかけようとして口を噤んだ。‥正直自分の方が足手まといになるかもしれない。そんな気がしたのだが、それを今真秀に言うのは何か違う気もしたからだ。

「俺も、せいぜい(エイ)であることに恥じないように頑張ります。‥鍛錬は日々続けましょう。基礎体力はつけるに越したことはありませんから」

「そうだな!‥なあ、読真」

真顔でこちらをじっと見てくる真秀に、読真は思わず向き直った。

「何ですか?」

「今日、飯何作ってくれる?」

「‥‥‥」

「もう俺腹減っちゃって、飯早く食いたくってさ」

「‥‥‥」

「読真の飯旨いもんな~あの二人もがっついてたしな!ね、今日は何?」

読真はふーと長い息を吐いてからゆっくりと言った。

「字通、俺はもう今日は疲れてますからそんな気力もありません。第一、昨日あのお二人が散々食べた上にお前も馬鹿みたいに食ったから食材が足りません。今日は卵かけご飯でも食べてください」

真秀は衝撃のあまり「ええええ!?」と声を上げた。読真はそんな真秀には構わず、深く浴槽に身をゆだねて目をつぶった。

真秀の、何というか微妙なデリカシーのなさが読真を苛々させる。

だが、この合宿を通して読真はそんな真秀の事も受け入れられるようになってきているとも感じていた。

明日は早起きして始発の電車に乗らねばならない。もう少し湯で体をほぐしておこうと読真は身体を伸ばした。


夜のうちに簡単に掃除を済ませ、翌朝まだ暗いうちから施設を出る。バスはまだ来ていない時間帯だったので駅までは歩くことにした。まだ昨日の疲れが完全には抜けていないが、電車の中ででも少し休めばまだましにはなるだろう。

そう思いながら移動する。特急列車で一時間、地元のローカル線とバス、タクシーを乗り継いでようやく鹿野山森林公園に到着した。

異生物の発生が予報されていたせいか、人影はほとんどない。広大な敷地の中のどのあたりに出現するかはわからないが、異生物は比較的緑豊かな環境の中にある水辺を好む性質がある。そこで公園内にある池の周りをぐるりと巡回することにする。敷地が広いので他にも『闘封』が一組来ており、その組と手分けして探索して回る。


異生物発生予報は、退異生物特務庁(イトク)の研究班が出しているもので、その精度は高い。長年の研究の結果、異生物は発生する直前に、特殊な振動波を出す場合が多いということがわかっており、その振動波に関する分析が進んでこの十年ほどでずいぶんと正確に発生を当てられるようになってきていた。市民は緑豊かな自然の場所へ向かう時には必ずこの予報を見てから行動するようになっている。


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