閃璧の滞在
高杉さんは痩せの大食い。顔はまあまあ美人です。
真秀は、内心の不快感を何とか抑え込んだ。この『閃璧』の二人が言っていることは間違いではない。確かに自分には油断も未熟さもあった。‥二人の物言いが癇に障ることには間違いないが。
実力が伴っていない以上文句を言うことはできない。真秀は唇を噛んで黙っていた。
そんな真秀の様子を見て、読真はため息をついた。トレーニングの内容を組んだのは主に自分だ。対人間用の鍛錬を何も入れていなかったのは自分の落ち度である。自分の方が真秀よりも多少なり経験はあるのだから、自分のミスだ、と読真は思っていた。
それにしても、謹慎明けの確認判断とはどういう事だろうか。
「謹慎明けの確認、というのは‥どういう事でしょうか?」
素直にそう尋ねる読真に、丹沢はにやりと笑って言った。
「まあ、シンプルだね。俺たちがお前たちをどう判断するか、ってところ」
高杉が木刀をぶんぶん振り回しながら言う。
「でもまあ、戦ったらお前たちの事を潰してしまうかもしれないからねえ」
そう言って、丹沢の方を見る。丹沢はにやにやとした笑いを全く消さないまま、読真の方を見て言った。
「流文字の坊ちゃん、俺たちと鬼ごっこしようか」
「鬼ごっこ」は、明日行われることになった。丹沢と高杉は、ともに今夜は書字士会の施設に泊まると言う。仕方なく、読真と真秀で空いている部屋を掃除して寝泊まりできるように整えることにした。
真秀はぶつぶつ文句を言っている。
「わかるよ?わかるけどさあ、俺たちが未熟だって。でも、あんなやり方ある?急にさ~」
読真は特に気にしたふうでもなく布団をばさばさと振るった。埃が舞うのに少し咳き込みながら、窓の外へ逃がす。床に散った埃を、真秀は丁寧に雑巾でふき取っている。文句を言いながらでもこういうことに手を抜かないのが、真秀のいいところだなと読真は思う。
「あの『閃璧』の二人は実力も飛びぬけていますし、まあちょっと変わった人たちっていう事でも有名ですからね」
「へえ‥全然知らなかった」
少し間の抜けた声を出す真秀に、思わず読真はふっと笑った。
「俺も知ったのは半年くらい前ですから」
真秀は目を丸くして読真の顔をじいっと見つめている。何も言わずに手を止めたままずっと読真の顔を見てくるので、多少気持ち悪くなって来た読真は嫌そうに言った。
「‥何ですか、字通」
「‥‥いや~、読真がちゃんと笑った顔って、初めて見たなあ、と思ってさ。もともとイケメンだけど笑うとイケメンが増すな!!」
あっけらかんとそう言ってはははと笑う真秀に、何となく腹が立ったのでもう一組の布団を目の前で盛大に振るってやった。大量の埃が舞い、真秀の身体を包み込んだので「うわ!」と悲鳴をあげている。
「俺の顔の事なんかどうでもいいんですよ」
「ぶへっぶへっ‥と、読真って。褒められ、なれてねえな、げほ、すぐ照れちゃうんだから」
雉も鳴かずば撃たれまい。今度こそむかっ腹を立てた読真は、布団の塊をばしっと真秀に投げつけどすどすと部屋を出た。出て行きしなに「後の掃除はお任せします!」と捨て台詞を吐いて台所へ移動する。
本来二人分の夕飯なのだが、今日は倍量作らねばならない。何にしようか、と考えたが、先ほどの真秀の顔が浮かんできたので、肉少なめの野菜炒めをメインにしてやることにした。あいつの分の皿には特に肉を少なくしてやることにする。
「坊ちゃん!料理旨いねえ!いや~俺野菜あんまり好きじゃないんだけどこれ旨いよ!」
そう言いながら丹沢がバクバク食べている。読真は丹沢の様子を見てから高杉の方をちらっと見た。高杉の皿はほぼカラだ。そのまま残ったご飯をかっ込んで間を置かず高杉が「お替わりちょうだい」と言って皿を突き出してきた。
書士って、よく食べるやつが強いんだろうか。多少無理してでも自分もたくさん食べた方がいいんだろうか、と考えていると、横で真秀が「あー!」と声を上げている。
「何で後から来た人が遠慮もなくバクバク食ってんですかっ!俺の分がなくなる!」
「早く食えばいいのよ」
高杉がそう言いながら、読真にお替りを注げと目で合図する。仕方なく立ち上がると横から丹沢も皿を出してきた。
「坊ちゃん、俺も!後、この卵サラダも旨い!これも!」
「‥はいはい」
お盆に先輩二人分の皿を載せ、台所に行こうとすると「まっへまっへ」と言いながら真秀が爆食いしている。自分の分のお替りも欲しいのだろう。何となくイラっとして、
「お前はゆっくり食え!汚いですよ!」
と言ってやりさっさと台所に移動する。鍋や容器を見てみると、相当にたくさん作ったつもりだったがもうあまり残っていなかった。白飯なんて今日は一升炊いたのに。
だが仕方なく、真秀の分をほんの気持ちくらい残してやってお替り分を注ぐ。
食堂に戻ってめいめいに皿をおいてやると、先輩二人はまた猛烈な勢いで食べ始める。丹沢はともかく、見た目が華奢に見える高杉の喰いっぷりがすごい。相当に筋肉質の身体なのかもしれない。
そこまで考えて、「鬼ごっこ」とはどういうものかを聞いておこうと思いついた。
「丹沢さん、「鬼ごっこ」って結局どうするんですか?」
丹沢は卵サラダを食べて幸せそうな顔をしていたが、読真の言葉を聞いてにやりと笑った。ごくんと卵サラダをのみ込んで話し出す。
「単純だよ。明日、‥そうだな、8時からにしようか。そこから鬼ごっこ。この狭原山の中で。お前たちが鬼。俺たちを捕まえたら勝ち。足でも髪でも腕でも、どこかつかめれば勝ちね」
あっという間にお替り分も完食してしまった高杉が言葉を付け足す。
「ただし、二人一組、『闘封』で動くこと。私のことはそこの莫迦が捕まえる、丹沢のことは流文字が捕まえる」
ちゃっかり自分でお替り分を注ぎに行っていた真秀が、思わず立ち止まって言った。
「山、山全体でやんの?!無理ゲーじゃね‥?」
高杉は真秀の腕をひっつかんでぐいと座らせ、真秀の持っていた皿を奪って食べ始めた。
「あー!ひでえ!」
もぐもぐと咀嚼しながらじろりと真秀はを横目で睨まれる。どうもこの先輩には嫌われたようだ。まあ俺だって別に好きじゃないからいいけどね、と真秀は心の中で思った。
ごくりと咀嚼していたものをのみこんだ高杉は言葉を継いだ。
「そう、私はあんたが嫌い、莫迦だから。しかもやる前から無理という莫迦は本当に嫌い。謹慎解けなくていいならやらずに帰ってもいいんだけど?」
ふふん、と唇を吊り上げ、お茶を飲んでいる高杉に、真秀はむかむかしたが、ぐぐっと心で握りこぶしを作るだけに留めて言った。
「スイマセン、ヨロシクオネガイシマス‥」
「はじめっからそう言っときゃいいのよ」
むぐぐ、という顔を全く隠せていない真秀を見てやれやれとため息をつきながら、読真は丹沢に質問を続けた。
「もし俺たちが捕まえられない時は謹慎は続行ですか?」
「ん~どうかなあ?‥君たちの追いかけっぷり次第だね。諦めずに頑張ってくれれば、若者のやる気に絆されちゃうかもしんないなあ‥まあ、かすりもしないなんてことはないと思うけどね」
そう言いながらにやにや笑っている丹沢に、読真は明日の「鬼ごっこ」は体力勝負になりそうだと今から気が重くなった。
自転車操業が過ぎる‥
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