闘書士 流文字読真
「他にもっとましな封書士はいなかったんですか?!」
読真の冷たい声を聞いているのかいないのか、書字師会幹部である父、流文字真幸は呑気な顔をして手元の書類に目を落としていた。それを見つめる読真の顔は険しい。改めて真幸は読真の顔を眺めた。
よく、育った。もうすぐ十九になる。背も伸びて、今は180㎝を越えているようだ。根が真面目だからよく鍛錬をしているのだろう、身体にはみっしりと実用的な筋肉がついている。そのくせ顔立ちは繊細で、切れ長の一重の目、細く通った鼻筋に柳のような眉。さらりとした肩口を過ぎるほどの長い黒髪に細い眼鏡がよく似合っていて、我が子ながらモテるだろうな、という顔立ちだった。とはいえ、浮いた噂など一度も聞いたことのない息子だったが。
あの事件以降、読真は人生にそれしかないかのように闘書鍛錬に励んできた。本来であれば封書の方をやりたかったようだが、適性は闘書だったのだ。
未成年、高校までは現場に出せないと口を酸っぱく言ってきたのに十八は成年だと言って誕生日を迎えた去年六月から現場に出始め、あっという間に位階を一つ上げて今は「鋭」だ。確かに現場の勘働きもよく、優秀であるという報告も受けている。
だが、真幸はそんな我が子に一種の危うさを感じていた。このままではいつかどこかで。呆気なく命を落とすのではないか。そういう危うさだ。
「聞いてますか?」
「聞いてる」
反射的に言葉を返した真幸に向かって、読真はふうとため息をついた。
「こないだの人、酷すぎますよ。アレで本当に封書士「環」なんですか?「塊」でもあんなに遅くないですよ、封字」
「‥‥まあ、そういってやるな。彼はあそこまでの大物は初めてだったんだ」
「‥俺もですけどね」
読真は全く譲る気配がない。真幸はまた、怒れる息子の顔を見つめた。
ここは、日本の中でも一、二を誇る大きさの書道関連団体「日本書字士会」だ。だがそれは飽くまで表向きの姿であり、本来の組織は「闘書士・封書士」を管轄するものである。
闘書士・封書士は、異生物と闘い封殺することのできる者たちの事を言う。
異生物とは、この世界とは違う次元世界が何かのきっかけでこの世界と重なってしまったとき、別次元から現れる生物の総称だ。これらの厄介なところは「何をもってしても死なない」ところである。人々は古来からこの異生物に悩まされてきた。
そして編み出されたのが「闘封書」だ。
「書」を以て異生物と闘い、弱らせる役目の「闘書士」。
「書」を以て異生物を封じ、この次元世界から追い出す役目の「封書士」。
この二つの役割の書士たちが、異生物の退治を担ってきているのである。
だが誰でも書士になれるわけではない。そもそも闘字、封字が書けるというのは生まれつきの異能だ。
代々書士を出してきた家ではほとんどの者が書士の才能を持って生まれるが、近ごろは年々減少している。そこで「書字士会」から全国に派遣された書字士会員たちが才能のあるものを探すようになってきている。
この闘書士・封書士たちは表向きは「書字士会」所属だが、内部では国の管轄庁である「対異生物特務庁」に属している。彼らの給与は国から支給されているのだ。書士は歴史の長い国にしか今のところいないので、海外からの派遣要請が下る場合もある。
そういう事情もあって、とにかく数が欲しいのだが如何せん常に人材不足の感は否めない。‥‥だから今回のような事態が起こってしまう。
読真が今、ボロクソにこき下ろしている封書士は、下から二番目の位階「環」に上がったばかりだったのだが今回の封字がよほど恐ろしかったのか、今は休職が申請されている。
「‥‥彼は休職するらしいから、もうお前を煩わせることはないな」
「‥‥はあ?‥全く‥」
信じられない、という顔をして眼鏡をくっと上げた息子の顔を見て真幸は言った。
「うちは常に人材不足なんだ。あまり人を追い詰めるようなものの言い方をするな」
「‥そんなものに気を使っていたら異生物に引きずり込まれます」
真幸は両手を顔の前に組み、いささか目を厳しくして読真を見つめた。父の顔の変化に、思わず読真は姿勢を正す。
「‥他人の強さを自分の基準で測るな」
「はい。‥申し訳ありません」
「彼はいい封書士だった。これから育てていきたかったんだ。‥‥お前、いつになったらちゃんと『闘封』が組めるんだ?」
言われて読真は少しうつむいた。拳を思わず握りしめる。
自分の力が不足しているとは思っていない。‥だが、やり方がまずいのはわかっている。根っこのところで自分は他人を信用していないから、それが封書士にも伝わってしまうのだろう。本来、闘書士・封書士二人一組で『闘封』として活動するのが常であるのに、いまだに読真には固定の封書士がつかなかった。‥‥封書士からの評判がよくないのである。
闘書士には『封字』は書けない。異生物を別次元に送り返すためには必ず封書士の存在が必要だ。それはわかっているのに、上手く封書士との人間関係が作れない自分をどうしようもできない。
恐らく自省はしているだろう息子の様子を見て、真幸は手元から一枚の書類を抜き出した。
そして読真にそれを差し出す。
「お前はこの子と組め。これは命令だ。少なくともこの子を封書士「環」に上げるまでは組の解消は認めん」
「は!?じゃあ、今「塊」ってことですか?‥‥えっちょっと待ってください、こいつ」
「異論は認めない。私はこれから仕事がある。帰れ」
そう言って立ち上がった真幸は物理的に読真の身体をぐんとドアの外へ押し出した。されるがままに追い出された自分に呆気にとられ、引退しても馬鹿力は残ってるんだなと苦々しく父親の消えた扉を見つめる。
仕方なくもう一度手元の紙に目をやれば、同じ大学に通う同い年の学生の名前があった。
「しかも、現場ではまだ封字を行ってないって‥現場研修から俺にやれってことですか‥」
読真は肩を落としながら書字士会の建物を後にした。
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