異生物多発生地域 狭原山 2
衛門の姿は、実は固定されていません。
<新しい闘字か。‥人は色々と考えるのう>
くつくつと衛門は笑っている。見た目はすっかり人間に見えるので油断しがちだが、衛門は異生物だ。所詮人間とは身体の造りも違えば考え方なども全く違う。それをしっかり認識していなかったから、真秀の血を取られる羽目になってしまったのだが。
当の真秀はまだ衛門に対する危機意識が薄いらしく、普通に話しかけてしまっている。血の縛りもあるのかもしれないが、読真からすると気が抜けているとしか思えなかった。
「衛門の次元には異生物は出ないのか?」
<山のように出るな>
真秀は目を丸くした。
「え、それで困んないのか」
衛門はふっと笑顔を作りながら真秀の鼻をつついた。
<真秀は、素直じゃな。読真もこのような時期があったのに>
イラっとしたが、この口調にのってしまっては負けである。読真はぐっと唇を噛みしめて沈黙を貫いた。衛門はにやにやと何か含むところのありそうな笑顔で話し続ける。
<我らの次元は、お前たちの次元より物質の意義が弱い。精神の方が意義が強いのさ。‥異生物はどちらかと言えば物質よりだから、そこまで私たちの次元に悪影響は及ばないんだよ>
「へえ‥」
真秀は酷似次元異生物と詳しく言葉を交わすのはほぼ初めてである。素直に異次元の話を聞いて興味深そうにしている。それを見て思わず読真は真秀に言った。
「衛門が真実を語っているとは限りませんよ。‥‥何でも鵜吞みにしないことです」
「えっ」
そう言われて、しまった、というようなわかりやすい顔をした真秀が、気持ち悪そうに衛門を見た。衛門はそれを見て、またくつくつと笑った。
<まあ、信じようが信じまいがお前たちの勝手さ。好きにするがいい>
読真は衛門に返事をせず、その顔を見ようともしない。読真が警戒するのも、先日の錬地での恐ろしい衛門を見ている真秀にはよくわかるが、もっとこの酷似次元異生物から色々話を聞いてみたい、という欲を抑えられなかった。
「応えられる範囲でいいから教えてくれよ。‥何で衛門は、読真に構うんだ?本当は俺じゃなくて読真の血が欲しかったんだよな?」
衛門はふわふわと浮き上がっていた身体をぴたりと止めて、すうっと読真の目の前に立った。ふいと顔をそむける読真を、微笑みながら見つめる。
<我々は精神の意義が強いと言っただろう>
「うん」
<読真の精神は、とても面白いんだよ‥見ていたくなるし、壊したくもなる>
「壊し‥って物騒だな!」
ふふっと衛門は笑って、今度は真秀に近寄りその顔を両手でつかむと金に輝く瞳で真秀の目をじいっと凝視した。吸いこまれそうな金の輝きに、ぞわりと背中の産毛が逆立つような感触を覚える。
<真秀も、面白い精神だ。お前の血を縛れたのはなかなか拾いものだったかもしれぬ>
思わずその手を振り払って後ずさる。横に読真も身を寄せてきて同じように衛門を睨んだ。衛門はすーっと二人から離れてまた宙に浮いた。
<読真、すっかり真秀とつるんでいるな。この前はそのようなけぶりもなかったのにのう>
にやにやと読真の顔を見ている。ん?俺読真にあんまり好かれてなかったのか?と一瞬真秀は考えたが、読真の声でその考えがかき消された。
「俺の、唯一の組相手ですから。もうどこかに消えてもらえませんか。あなたがいると邪魔です」
はっきりとそう言う読真の事など、全く意に介さない様子で天井まで浮き上がり下半身を天井に埋めて上半身を逆さにした状態になった。
<冷たいの、読真。‥まあお前たちと遊ぶのはあとにしてやろう。鍛錬の時に、またな>
そう言って衛門の姿はすっと消えた。
「‥あてにはなりませんが‥錬地ではありませんから命を狙ってくることはないでしょう」
そう読真が言うのを聞いて、疑問に思っていたことを真秀は尋ねてみた。
「酷似次元異生物って、錬地以外なら人を傷つけないとか決まってるのか?」
読真はふむ、と少し考えてから話し出した。
「字通は、酷似次元異生物を見たのは衛門が初めてですか?」
「うん、多分」
「衛門のような、高次の酷似次元異生物は、何体かいて対異生物特務庁が管理している高次のものは、契約を交わしているようです、人を傷つけないと」
真秀は初めて聞く情報に素直に驚いた。人の感情などに全く斟酌しなさそうな、こちらの常識など何も気にしなさそうなあの酷似次元異生物が、そのような縛りを引き受けているというのはかなり意外なことだった。
「なんか、意外だな‥衛門を見ていると自分の興味があること以外、何もしなさそうなのに」
「‥‥先人の犠牲のたまものですよ。おそらくは何十年か何百年か前に、何らかの犠牲を払ったのでしょう。酷似次元異生物は、契約や縛りをとても大事にする。嘘偽りを言われるのも嫌います」
「へえ‥じゃあ、酷似次元異生物に人が襲われることはないんだな」
「ありますよ」
あっさりそう言われて真秀は驚いた。
「え、だって今」
「高次のものは、と言いました。意思の疎通ができない低次のものは勝手に動きますから。そういうものも『闘封』は封殺します、結局異生物ですから」
「‥じゃあ、この山近辺に出ている異生物の中にも酷似次元異生物が混じっているってことか‥?」
読真は鍛錬計画をメモしていた紙に意味もなく丸を描きながら答えた。
「そうでしょうね‥次元がどれほどの数あるかわかりませんし、意思疎通ができる高次のもの以外は正直どの次元からのものかなんて見わけもつきませんから」
「そう、かあ‥確かに、異生物がどの次元から来たかなんて考えたことなかったなあ‥」
読真はなぜか、ふっと笑って真秀の顔を見た。笑顔が見えるとは珍しい。
「俺もあまり考えたことはないですよ。‥『闘封』は封殺が仕事ですから、それでいいんじゃないですか」
そう言って、新しいメモ用紙を出し「新しい闘字・封字を考えていきましょうか」と言った。
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